溢れた扇子の破片
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「つまり、バイトしながらズズグロ男爵の家を長年家捜ししたカーデン君の話を纏めると……虹色油が異世界種……。今も昔もひっくるめたそれをくっ付けたり離したり出来るんだね?」
「まあ、あの油にそんな効果が?非常識ね」
コンラッドの操る雷の力で少し脅した所、カーデンは喋り出した。
今静かなのは、痙攣しながら隣の部屋で気絶しているからである。
「人工的な合成獣作りか……。戦時中ならさぞ喜ばれた事だろうね。滅茶苦茶強い戦士を作り出すことも不可能ではない……いや、無理か。異世界種は大概頭フワフワの非力モヤシ……か弱い者ばかりだしね。
後、何でか女性比率が高めらしい」
長い金色の睫毛を震わせて指を顎に沿わせた意味ありげなポーズをコンラッドが取る。
考えを纏めるのに芝居がかったポーズを取るのがこの男の常であった。人集りならキャーキャー騒がれるし滅茶苦茶ウザイわとミューンは常々思っている。
「シャーゴンのひ弱非力非道モヤシ馬代表のアンタに言われたく無いでしょ」
「モヤシ馬!?失礼だし非道って何だね!?
私は公務員として、国に顔向け出来ない非合法な所業なんてやってないよ!」
「今現在、拉致して拷問掛けてんじゃないの」
「これが拷問?陸軍が内輪揉めで機能してないからねえ。親切心からのお手伝いさ」
ミューンの目には、親切心がコンラッドに有るようにとても見えなかった。
「それにしても、虹色油ねえ……。まさかのまさかで納得と言えば納得か」
「もし虹色油で元に戻れるなら……。今まで油煙塔がそれを知った合成異世界種に襲われた記録が有ったかしら?」
「無いね。最近ゴードン関係と、とあるお嬢さんの事で油煙塔の記録を面倒ながら見たが、無かったよ」
金糸雀色の髪のプリシテ・ライバーの『事故』の件だろうか。
最近現れたユーインの王女の母親だとも聞く。
ミューンはあれから従姉の事を掘り下げようとは思わなかった。親戚でも大して面識が無かったし、今更出てきた王女に絡む気も殆ど無い。
ユーインが何か言えば関わらざるを得ないかしら?位のスタンスである。
「元々強い異世界種も居なくはないのだろうが、純粋な力比べのみで獣人に勝てる者はそうそう居ないよ」
コンラッドがドヤ顔で言うには、今までマッチョな異世界種がやって来た記録がないらしい。
記録が途切れている旧王国時代は分からないらしいが。
「来たとしても……不都合だから、改竄されてんじゃないのかしら」
「まあ、有り得るね。
はみ出したい者は何処にでも蔓延るから」
また無駄にポーズを付け始めたコンラッドに辟易していたら、遠慮がちにドアを叩く音が聞こえる。
「火急かね?」
「宰相閣下、スオリジェ軍将閣下が、即時お目通りをと」
珍しい。スオリジェが王宮内に長く逗留するのも珍しいが、コンラッドを訪ねてくる事自体が殆ど無い。
ミューンの胸に嫌な予感が過る。
そう言えば、フリックは無事なのだろうか。
コンラッドの拷問現場に付き合っていて、翼竜シュラヴィが拐われて以降の報告を受けていない。
「……?スオリジェ軍将閣下が?どうされたのかしら」
「……なーんか、嫌な予感がするね……。お通ししたまえ」
「不吉なこと言わないでくれる?」
「……非常時故、挨拶は省略して良いか」
何時も礼儀正しい海軍将、スオリジェの顔は真っ青だった。……勇壮な彼にしては珍しい。
……ミューンの心臓が、何時に無く早鐘を打つ。
一体どうしたのかと問う前に、彼が口を開く。
「フリックがサクラダイ獣人ロレットに拐われた。どうやら、旧王国水道の何処かの中に、閉じ込められている。
返して欲しいなら、油煙塔の発掘権を永久譲渡せよ。
そう、投げ込まれた文章には書かれていた」
ギャリ、と幾多の敵を退けてきた彼の鋭い歯が鳴って、血がポタリと床を濡らした。
「ミューン様!!体調を崩されてメメル校をお出になられたフリック様が行方知れずで御座います。!!
お、お迎えに行った護衛のマキは闇の大地商店街の裏通り、水路にて歩行者が発見!!重傷を負っております!!」
ミューンは自他共に認めるか弱い令嬢だ。握力は弱い。そんな彼女が、何時も持つ扇子を握り割った。
「……旧王国水道とはまた……空よりも行き辛い」
「……」
「ミューン?ミューン……駄目だ、怒りでブッ飛んでる……。魚系の獣人……ああ、盲点だ。文官しか今の所いないではないか」
あれだけ動く口を全く動かさず、顔色を真っ青にして立ちすくんでいる。何時も自信に満ちて動くオレンジ色の瞳は、全く動かない。
「ミューン嬢、落ち着いて聞いて欲しい。オレが探しに行きたいが、真水の中で長く人の形は保てない。しかし原型となって入ると、オレの図体では間違いなく水路を崩してしまう。
だが、幸いヌメドー家の倅が此処に来ている」
ピクリ、と瞼が動いてオレンジ色の瞳がスオリジェを映した。
「ヌメドー……?ですの?」
「……緑青銅の魔獣子爵殿……のご子息ですか」
「……厄介な気性だが……驚かないで欲しい。彼なら、適任だ」
「その方のお力を借りれますのね?気性の云々は幼馴染みで慣れてますわ」
「それでこそミューン嬢だ」
「軍将、ミューンを荒ぶらせないでくれたまえ……」
此処彼処に出ていた緑青銅のヌメドー子爵家、『青銅のヌチャヌチャ』の化身。
ヌメっとした生き物で御座います。




