侯爵令嬢は、可愛い番を作ります
お読み頂き有り難う御座いました。
この後のお話は、また纏まりましたら投稿したいです。
そして耳がピョコピョコ揺れて……とても可愛いのでミューンは頭を撫で続ける。
さわさわ、なでなで。
「ふふっ」
「!!」
髪の生え際まで赤くなりながら固まっていた少年は、ミューンの笑んだ唇と、胸元を一瞥した後……恐る恐るミューンから離れた。
「あの、えと。子供扱い、しないでください」
「あら失礼」
小さくとも男の子なのねと感心したミューンは、それ以上揶揄うのを止め、椅子とお菓子を勧める。
座り直した少年に、ミューンは彼の口許まで小さく作られたシュークリームを摘まみ上げた。
その、ミューンの指を大きな薄緑色の目で凝視した少年は、唇にちょん、ちょんと付けられるお菓子に戸惑ったようだ。瞳を彷徨かせ、潤しながらもかぷり、と齧り付き……更に目を見開いた。
「これ、この赤いの!甘くて酸っぱい!おいしい!」
「ラズベリークリームのシュークリームね。上の赤いシロップもラズベリーよ」
「わあ……じゅる。はう、ええと、おいしいです!あ、えっと」
今度は自らの手で2つ目に手を出そうとして、ピタリと動きを止めた。どうやら図々しいと遠慮したらしく、アワアワしているようだ。
視線が彷徨い、耳が寝て、短い尻尾がピタ、ピタと椅子の座面を不安げに叩いていた。
「いいのよ!好きなだけお腹いっぱい食べなさい」
「あう、有り難う、ミューン様!」
食べながら家の事情を聞くと、どうも、学校では昼食が出るそうだが家では余り食べてないから小さいらしい。
「たんとおあがりなさい」
「あう、おいひい」
その膨れた頬っぺたについ老婆心を出したミューンは、あれやこれやと侍女に持ってこさせる。
小さな花の形の焼き菓子に、少し胡椒を効かせたチーズのクッキー。キラキラでふるふるの桃のゼリー。口に入れた途端とろりと蕩けるババロア。
お茶用の小さいテーブルはあっという間に小皿で一杯になってしまった。
やりすぎたかしら?と少年の様子を窺うも、目を輝かせてお菓子から目と手を離さない。
「わああ!わあ!わあ!」
「ふふ、良かったわ」
こんな穏やかでときめくお茶会は何年ぶりだろうか。
栗鼠のように頬っぺたを膨らまし、感動する少年とミューンは穏やかな時を過ごすのだった。
「へー、あのメメル大河沿いの学校に通ってるの。へえ!若いのに優秀ね」
「えとミューン様、親戚のオバちゃんみたい……」
「菓子を下げるわよ」
「ごめんなさいいい!!」
若い子がアワアワしてんのとっても可愛いなー。私にもこんな可愛い頃が有ったのに……と、荒んだ心に潤いを得たミューンは、少年と共に王宮を後にした。
が、もう少し一緒に居たい気分になった。
「ごち、そうさまでした。あの、本当に美味しかったです。ミューン様に会えて本当に良かったです。庇ってもらって、お菓子まで。何とお礼を言えば」
「良いのよ。私がやりたくてやったの。送るわ。君の家は?」
「あ、えと。あの、運河の跳ね橋の側の」
少年の家は貴族の邸宅街から少し離れた場所に有るらしい。
少し遠回りになるが、ミューンは馬車で少年を家に送ってやることにした。
「あの青い屋根の邸がウチね。ドレッダ侯爵邸」
「で、でっかい……。あの、ウチの家遠くて御免なさい。後、ボロくて、床抜けて、歓待とかは」
途端に耳がペショッと垂れてしまった。床が抜けているとは、彼の家はかなり困窮しているらしい。
その様子に思わず何とかしようかと申し出そうなミューンだったが、流石に初対面で其処までは押し付けがましいと気付き、微笑んだ。
「良いのよ。さっきお茶は飲んだから気を遣わなくて」
「ミューン様、優しい……」
少年は手を空中でアワアワと動かして、耳も一緒に動かしている。
最近ゴードンが耳を動かしているのを見るとイラッとしていたが、どうやら少年の仕草は心に訴える種類が違うらしい。
「古生獣人って癒し系なのかしら」
「いやしい!?ご、御免なさい食べ過ぎまして!!」
「あ、違うの。違うのよ御免ね。ああ可愛い」
「うう、また子供扱い……」
じわ、と涙を浮かべるも、ふるふると少年は頭を振った。
そして、多分本人的には真剣な顔でミューンを見つめる。
「あの、また僕と会ってくれますか。お暇な時でいいです。勿論、お手紙出します」
「良いわよ。濃いココアと素敵なフワフワした甘いコーヒーをご馳走してあげる」
「ふわふわで甘い……。こ、子供扱いは駄目です。僕、今度はちゃんと貴族らしくお誘いします!」
今更ながらにアワアワとマナーを語り出す少年の頭を、ミューンはたまらずヨシヨシと撫でた。
「う、ううー!ぼ、僕だって紳士的に出来ます」
「そうね、楽しみにしてるわ。着いたみたいよ」
馬車を降りた少年の上目遣いと仄かに染まったピンク色の頬の愛らしさに、思わず口元が緩む。
偶には、若くて可愛い子を愛でられるのは願ってもない。ミューンは彼の返事に安請け合いをした。
「改めまして、僕はフリック・レストヴァです。ミューン様、送ってくださって有難う御座います」
ぴょこりとお辞儀をして、ピョンピョンと跳ねながら古い屋敷に入っていく。剣歯虎ではなく、ウサギのようだった。
そんな可愛らしいフリック少年をミューンはニマニマと見守っていると、クルッと方向転換をして、此方を向く。
「あ」
「何?忘れ物?」
何故かトコトコと此方へフリックが戻ってきた。
「ミューン様、お耳」
「耳?」
内緒話だろうか。
「僕、ミューン様の番になりたいです。お勉強頑張りますね」
ポカンとしたミューンの耳に、頬にちゅちゅ、と可愛らしい音が響く。
「……マセてるのね」
キスなんて何年ぶりだろうか。
元夫のお義理のような結婚式のキス以来だろうか。
あれはノーカンにしよう、とミューンは記憶から抹消した。
ミューンは、初めてゴードンに挨拶せずに帰った。それを気付いておらず、その後大騒ぎになった。
そうして、ミューンの生家、ドレッダ侯爵家に明日、直ぐに王宮に来いと手紙が届く。
今迄に無かった事だ。
「え、嫌よ面倒な」
「お嬢様……ですが殿下の御召ですし」
「私が呼んでも来ないんだから従わないわ。あやつは面倒なのよ」
それよりも、だ。
ミューンにとっては、意外ときちんとした、可愛らしい相手からの手紙が届くのが楽しみでならない。
「次はどんな事をしてくれるかしら」
早く殿方に会いたい、なんて。
子供の頃以来のドキドキだ。
西の空には、黒い雲が掛かっている。
雷が鳴るかもしれない。
「まあ、好きなようにしてやるわ」
人間であるミューンに番の概念は無い。
だから、フィーリングで選ぶことにした。
フリックに告げた通りに。
「先ずは胃袋からよね。お菓子よりも、お肉にお野菜、お魚」
侯爵令嬢ミューンは初恋に破れて、花婿に逃げられた。
だから、『番を作る』ことにする。
幸い、ミューンは彼の好みに合うようだし、問題ない。
その決断が、シャーゴンを大いに揺らすことになるとは、ミューンは気付かない。
ゴードンは第三王子だ。彼の長兄の王太子は既婚者だが、未だ子には恵まれない。
次兄の第二王子は研究職に就いており継承権を返上したいと常々漏らしている。
ミューンの年頃の令嬢は、既に結婚しているか婚約者が居る。
ゴードンの妻になるべき令嬢、ミューンが浮気をしている。
いや、彼女は第三王子との結婚は望んでいないのでは?
そもそも付き合ってないと仰せでした。
でもこの間王子が口説いていたぞ、振られていたが。
まさか、本当にミューン嬢が他の男を番にするのか?
……まさかな。無いだろう。
ミューン嬢には何の得もない結婚をする筈がない。彼女も良い歳……いや妙齢の貴族令嬢。国策に全く掠らない弱小子爵の令息を婿にする筈がない。
弁えた行動をとる筈だ。
勝手なものだが、そういう結論で落ち着く。
そう、王宮内は甘く見ていた。
既に恋に落ちた乙女は、損得勘定を考えない。
そして、見切りも早いのだ。
沢山の素敵な作品の数々から、このお話を読んでくださって有り難う御座います。