泣き止まぬ子にはお菓子を与えよう
お読み頂き有難う御座います。
絡まれて困った筈の少年を連れて、お茶するミューンです。
「うう、グスグス……ミュウミウ」
ミューンは、何故か幼馴染特権で王宮内に与えられた部屋を持っている。
ゴードンが自分を側室にする気配をヒシヒシと感じつつも、何か有った時には鼻を殴って尻尾を踏んで逃げる気だった。だから使える物は便利に使っている。
その後、何かと文句を言われたら慰謝料だと言おうと思っていた。
「全く…どいつもこいつも番ツガイと依存症か!?
……大体番って何なのよ。見つかる確率も低いのに馬鹿じゃないの。
妥協せいや!!」
「そ、それはお前がその辺の人間だからそう言えるんだ……。後、僕は誇り高き剣歯虎だもん。その辺の犬じゃないもん」
グスグスと鼻を鳴らしながら抗議する少年は、剣歯虎と種族を名乗る。
逆立てた若草色の髪に、薄い緑の縦長の瞳孔の猫目。
見目は、確かに猫科のようだ。しかし、そもそも犬科猫科の区分けと古生獣人は厳密には違うらしい。
だが、ミューンは古生獣人にそんなに詳しくなかった。
獣人は山程居るし、そもそも幼馴染が獣人なので多少は詳しい。だが、古生獣人は絶対数が少ないのである。
ミューンには、剣歯虎が何なのかも分からない。取り敢えず虎の種類っぽいから猫科なのか位しか分からない。
そう言えば髪色と同じ色の耳と尻尾に少しくすみが有る。縞っぽい模様だろうか。
「古生獣人を知らないっての。
でもまあよく見ると可愛い顔よね。猫科といや猫か」
「みゅう!可愛くないーー!」
グズグズ鼻を啜る少年は、薄緑の大きな目を潤ませて抗議するも迫力の欠片もない。
古生獣人は珍しく、初めて見る事もありミューンは遠慮ない視線を注ぐ。この少年に限り、可愛いな飼いたいと良からぬ事を妄想しながら、ジャムや蜂蜜を塗った焼き菓子を差し出してやった。
素直に受け取り、ちびちびと噛っては緑の猫目が零れそうな位大きく見開かれるのがまた可愛らしい。
「おひしい……」
古生獣人はよく分からないが、この子は実に可愛い。
以前、新聞に古生獣人同士が、女の子を巡って恋の鞘当てで建物を半壊させたと、羨ましすぎる記事を読んだ程度だわ。ひとり分けろっての、とモテない今までの経歴を思いだし、ミューンはやさぐれた。
「お姉様の番を見つけなきゃならないのに、おいひい。
濃いココア飲むの初めて」
少年はえぐえぐと涙ぐみながらもココアにかぶりつきつつ、席を立とうとしない。
特に何も考えず普通のココアを侍女に頼んだつもりだが、余程飢えているのだろうか。
かぶりつく勢いで必死で飲んでいる。
どうやら少年の家はよっぽど貧乏らしい。そんな彼が何故王宮に入れたのだろうか。領地など実入りは無いが、爵位は高いのだろうか?偶にそういう立場の貴族がいることは知っていた。
だが、彼の素性よりも、悩みを聞いてやった方が良さそうだ。それと、あまりに美味しそうに食べるので実に餌付けがしたくなる。
「そもそもさ、番に拘るけど、あんたの親は?番同士なの?」
「ち、違うけど……政略結婚……」
「じゃあ別にいいじゃない。お姉様は好きな相手と結婚すれば」
「だってぇ……」
くしゃ、と大きな薄緑の猫目が潤む。
「生涯醒めない一目惚れなんて、確率低すぎるのよ。
政略結婚もいいけど、世の中には大量の他の人が居るんだから。フィーリングが合いそうなのに惚れて結婚すりゃいいのよ」
「うう……」
納得がいかないらしく、少年は涙目のまま、白い頬を膨らませている。
相手もいないのに、つい、ミューンは結婚について偉そうに説教をしてしまった。
「女々しいわね……。まさか、アンタのお姉様はあのバカ王子に滅茶苦茶にされたの!?」
あの番見付けたいマシーンと化した色狂いなら有り得る。まさかの惨劇が脳裏に浮かび、ミューンは顔色を変えた。
「されてないけどお……番じゃないとおおお」
どうも周りに色々吹き込まれたらしく、考えが凝り固まっており、頭が固い。このままでは話が通じないようだと考えたミューンは、軽く人差し指と中指とで少年のおでこを押す。
「あうっ!?」
突然の事に目を白黒させる様が可愛らしく、ミューンの胸が久々に小さくキュンと鳴った。
「小さいくせに頭が固いな、拘りが強いのも考えものよね」
「僕に力があればお姉様を庇えるのに……。僕が小さくて弱いから」
「まあ、世の中コネと権力と財産だものね……。
ま、まあ必要なものは適宜例外は有るけれど」
因みにミューンにはどっちも有るけれど、男は居ない。
「ど、どっちも今無いよおお!!お姉様が売られちゃううううみゃあああ!!」
とうとう彼の涙は決壊し、泣き出してしまった。
本人は猫らしさを否定していたが、泣き方が益々猫っぽいなとミューンは思った。
ミャアミャア泣く様子に加えて動きまで、本物の猫っぽく見えてくる。
人形を取る彼には、耳も尻尾も無いのにだ。虎らしいが。
「ああもう、泣くな!」
「みゃうううう!泣いてないっ!?ぼふっ!?」
可愛いのと煩いので、椅子を寄せ肩を抱き締めてやったら、急に大人しくなった。
肩を貸していた筈なのに、何故か能動的に頭の位置を変えてきている。
胸に圧力が掛かる頃、泣き声は消え失せていた。
「ったく、うるさい仔猫ね」
「みゃ……もちもち……」
「おいおい、貴方見目と違って意外とスケベな仔猫ね」
小さなセクハラの気配を感じたので剥がそうとしたが、離れない。
小さい体にそぐわず、彼は意外と握力が強かったようだ。
小さくとも獣人ということか。
「剣歯虎あ!仔猫じゃないもん!16だもん!!」
「げっ、10も違う」
通りで髪に艶はないが、肌の肌理細やかな訳だ。現実を突き付けられてミューンは苦い顔になる。
ミューンがガックリ来た様子に、少年は慌てた。
「と、年増とか言ってごめんなさい。ミューン様、いい匂い。僕の好みです」
「あらそう?」
意外といい子だな。剣歯虎とか言われても猫にしか見えないけどいいか、と褒められたミューンは機嫌を直した。
結構単純な質なのである。
ミューンに絡もうとしてゴードンに泣きつくも、逆に救われた若草色に薄緑色の剣歯虎の少年。
サーベルタイガーの方が有名ですかね。
人の姿の時は同系色の虎耳尻尾、犬歯が鋭い位の容姿です。
本物の虎より胴と尻尾が短いイメージですね。剣歯猫とも。