関り合いになりたくない相手が居る
お読み頂き有難う御座います。
漸く翼竜シュラヴィが帰ってきたようです。
「ホホホ、フリック・レストヴァではありませんの!!」
本日の授業が終わり、帰ろうと廊下を歩いていたフリックは、聞き覚えのある高笑いに足を止める。
そして、脊髄反射で振り返ったのを滅茶苦茶後悔した。
「……何か用?」
赤い巻き髪が目にも鮮やかな翼竜シュラヴィ・キャリエルが本来空き教室である部屋の窓から上半身を乗り出している。
そう言えば暫く見なくて静かだったな、とフリックは思った。
「何か用ではありませんわよ!!『久しぶりー!』とかそういう友達っぽい単語は紡げませんの?その小賢しい頭のストックに有りませんの!?わたくし、偉業を成し遂げていたんですのよ!?」
相変わらず無駄に失礼で腹立たしいし、気が合いそうにない。
しかし、最後のシュラヴィの言葉が理解できず、フリックは首を捻った。
偉業。この口先だけ大きい彼女に全くそぐわないなとしか思えなかった。
「ちょっと!!」
「意味が分からなくて。後、何時から君の友達になったの、僕」
「……何という男ですのフリック・レストヴァ!!まさか貴方、わたくしという高貴なる翼竜に怖気づいて!?」
「……何かするの?」
「いや致しませんけど!!何ですのよこの男!!やはりわたくしの友達はチャミラ様しかいませんわ!!」
「……チャミラ、様?」
何処かで聞いた覚えが有る。
……最近見つかった、ユーインの娘である王女の名前ではなかったか。近いうちにパレードだか祝典だか開かれるとミューンから聞いていた。
何故その名前が出てくるのか。益々意味が分からない。
「……イマジナリーフレンドとはいえ、王女様の名前を使うのは不敬だと思うよ」
「違いますわよ!!わたくし、このシュラヴィ・キャリエルはチャミラ様の真の友!!」
叫ぶシュラヴィ共々変な目で見られている事に気付いたフリックは、話を打ち切ることにした。
「君、滅茶苦茶変わってるって評判だから慎んだ方がいいよ。僕は急ぐから帰る」
「おおおおおお待ちなさいよ!!わたくしだって事情ってものが有るんですのよ!!でなきゃ感じの悪いあんたなんか呼び止めたくありませんわよ!!」
「……感じ悪くて結構だよ」
「ええもう矯正は不可能ですわよね!それで結構ですから、わたくしに補習の解き方を教えてください!!もうこれ以上わたくしには理解出来ませんわ!!」
半泣きで見せてこられたのは、基礎の応用問題集だった。ノートには3行程書きかけて後は真っ白である。
進学校で何を聞いていたんだとフリックは眉根を寄せた。
「……授業の初めの方でやった範囲だよね」
「……ホホホ!!理解できないまま放置されてしまいましたわ!」
これが補習だとしたら、メメル校からすれば随分優しい内容ではないか、とフリックは思ったがシュラヴィは半泣きである。
「……これで理解が出来ないなら、他にも学校が有るんだし転入した方が良いと思うよ。寧ろ、此処に補習とか救済措置が有ったんだね」
「頼み込みましたもの!!ですけれど、難しすぎますのよ!!」
「コレ、教えたら僕に何か有るのかなあ……。ミューン様が待ってるんだけど」
「ホホホホホ!!ドレッダ侯爵令嬢にもお得なニュースをお届けできますわよ!!わたくし、ジュラン様の為にもこの単位を落とす訳には参りませんの!!他にもピンチはドシドシのし掛かってきますのよ!!」
どうやら他にもピンチの単位が有るらしい。
「実技はクリア致しましたのに!!座学は不得意ですのに!!ですが同じ学校を卒業して、わたくしを!!認めてくだされば番の道も!!」
番と学歴が関係有るのだろうか。身分差は関係有ると思っていたが、色々有るようだ。
自分が口を出すことでもないが、フリックは疑問を口にした。
「……ええと、そのジュラン様ってジワル校ご出身だよね」
「……え?」
「いやだから、ジュラン様は自分と同じ学校を卒業しろって言ったの?だったら違う場所だよね」
シュラヴィは固まってしまった。
知らなかったらしい。みるみる内に大粒の涙が、黄色の瞳から溢れ出ている。
「……ジュラン様あああああ!!」
「……ええ……此処で泣くの……?」
「フリック様、お時間です」
護衛が音もなく現れ、何事もなかったかのようにフリックを馬車へ誘導しようとする。
「ええと……放置して良いのこれ」
「フリック様がお悪いとはとても思えません」
「フリック・レストヴァが無神経なんですわよおおお!!この問題を明日の朝迄に解かないと怒られますのにいいい!!」
「……家でやりなよ。何で居残ってるんだよ……」
「教えてくれる方が誰もおりませんものおおお!!友達なんだから助けてくださいなああああ!!」
フリックは修道院で孤児達と長年暮らしてきて、子供達の扱いも慣れている。かなりワガママな子供とも付き合ってきた。
だが、このシュラヴィ・キャリエルにはイラッとする。助けてやろうという気が根こそぎ失せていく。
「……教科書12ページの数字違いだよ」
迂闊に仏心を出して、ドレッダ侯爵の屋敷迄着いてこられては溜まったものではない。
フリックは言い捨てて、その場を走り去った。
それで、終わる筈だった。
「お礼を申し上げたいのでご都合はどうかと、ジュラン・リオネス様及びシュラヴィ・キャリエル様お手紙を頂いております」
その夜、恭しく使用人が捧げ持つ手紙が届くまでは。
フリックにとっては相性がとことん悪い相手のようですね。




