浮かばれなかった想い
お読み頂き有難う御座います。
今回はスオリジェ軍将の過去話と現在、そして通りすがりのミューンです。
「スオくん」
耳に残るのは、空気を震わせ水を通さず溶ける声。
生きてきた世界すら違う、不思議な生き物だった。
「デカイ……デカすぎるサメ、め、目茶苦茶怖かった、けどおおお!助けてくれてありがとね」
数十年前になるが、昨日のように目に浮かぶ笑顔。
仄かな恋心を抱いたスオリジェは、陸へ送ってやろうという気持ちになった。
長年試験に落ち続けていた父が、念願叶って外交官となった、その最初の任務。その赴任先がシャーゴンに決まっていたのだ。
軽い親切心で母と共に物見遊山も兼ねて付いて行ったら、国同士の緊張が高まってしまったあの時。
国境閉鎖の憂き目に遭い、罷免され捕えられた父の代わりにスオリジェが、此方で家族の生活の糧を得ねばならなかった。
「シャーゴンに忠誠を。兵士ならば受け入れよう」
父を心配しながら慣れない大地暮らしにも戸惑い体調を崩す母と、怯える彼女。
父の知り合いの取り成しに、頷く他は無かった。
「スオくん、何か方法が……アタシも働くからさ。頑張ろーね」
彼女もパン屋での売り子の職を見つけ、母を励ましてくれた。
親戚ですらないのに、自分と母に優しくしてくれる彼女にスオリジェは慰められた。
そして彼らの間に、恋心は育つ。
水の中では追随を許さないし、体が他の少年少女達よりも大きい。だが、単なる少年。慣れない地で必死に訓練に付いていき……漸く兵士の資格を得られる所まできた。
翌日の模擬演習を終えれば、正式に職に就ける。
「やったね!帰ったらお祝いだね!」
両手を握って喜んでくれた彼女の笑顔が、忘れられない。
演習から帰ったスオリジェが目にしたのは、泣き崩れる母のみであった。
そして、スオリジェは異世界種の特殊性……自分の意思とは無関係に、突然現れ、突然消える習性を知る。
何時また現れるかもしれない。
あれから長年掛けて、緊張状態は一進一退を続けている。シャーゴンからザブジャブジャブーンに赴任した外交官の家族も、同じ目に遭っていたのだろうか。
見かけたことの有る大地生まれの少女を、敵サイドに見つけたこともあった。
父は放免され、文官の職を与えられた。最近退官して、母と細々と暮らしている。
嘗ての祖国に牙を剥き、スオリジェは生きている。
「軍将ー、演習のお時間でーす」
「……演習は1時間46分後の予定の筈だが。そして此処は関係者以外立ち入り禁止で人払いをしていた筈だ。ラシェマ少尉」
思考に浸っていたスオリジェに、扉の開閉音と共に軽薄な掛け声が掛かる。目を開けると、無意味に飾り立てた動きにくそうな軍服の若い女が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「そでしたー。んもー、軍将ったら。折角婚約者が来たんですからもーちょいスマイルスマイルー」
「婚約者の件を吾輩は受諾していない。正式にお断りしている」
「そんなツンツンも素敵ですよ!」
「あっ!また軍将の邪魔してやがる!早く出てけこのチンチクリン!!」
「うっ、煩いわね!!」
「出ていって貰えるか、ファニー・ラシェマ少尉」
「っつ!え、演習でお待ちしてますわっ!」
騒ぎを聞き付けたらしい軍将付きの侍従オリバーが柳眉を潜め、追い出しに掛かる。
ギャアギャアと暫くやり合う声が聞こえ、遠ざかっていく。
「……かるた。何処に居る。不自由をしていないのか。寒くはないのか。空腹ではないか。……」
漸く掴んだかるたらしき異世界種の行方は、連絡船に乗ったところで途切れていたのだった。
そして、その部屋の外では……。
ミューンは弟の方ではなく兄の方に文句を言う為、王宮に訪れていた。
「はあー。邪魔者が居ない王宮の空気は良いわねー」
「……こ、此方で御座います」
しかも今回先触れに選んだのは、ゴードンとの結婚をヒソヒソ同僚と話していた女官である。
気の弱い令嬢なら挙動不審になるところだが、ミューンは女官長の厚意を存分に味わうのであった。
「あら、何かあっち……軍の本部?騒がしいわね……」
「えっ!?あら、ミューン嬢は人なのにお耳が宜しいですわね、ホホホ」
女官の嫌味を聞き流し、ミューンは袖から凝った造りの双眼鏡を取り出して騒ぎの方向を見た。
因みに、誤魔化そうとした女官の引き攣った顔は無視である。
「……あれ、厚生大臣閣下の三女のファニー嬢23歳じゃないの?13かそこらの若くして嫁がれたけど、嫁ぎ先がギャンブルで没落して戻ってこられたのよね?」
「さ、左様で御座います」
「まさか、あんなド派手なコスプレ軍服で軍に奉仕活動?嫌ね格好からスベるのって。まさかお茶会ネタ作り?暇なのかしら?」
「ぐ、軍所属になられたそうですよ。何でも、数年前に軍将閣下に危ないところを救って頂いたとかで軍属を志されたんだとか。
ひたすらに軍将閣下に尽くしていらっしゃるそうですわ」
「……あの家、武力も魔力もからっきしのインドアモヤシ家系よね?権力で押し通したのかしら。使いどころ間違ってるわね……」
どうやら中年の軍人と言い争いをしている辺り、あまり軍として歓迎ムードでも無いようだ。
スオリジェ軍将は色んな所で人助けをナチュラルに出来るタイプです。




