情報戦はご婦人に分が有り
お読み頂き有難う御座います。
所変わって商店街での出来事で御座います。
最近のロジェルは機嫌が良かった。
偶に気まぐれな宰相閣下とデートに誘われるし、この頃ショボンとローテンションな気性となった父が静かに武器を作る工房は静かになった。そのお陰で、やっとお弟子さんが三人も来て、やっと母が働かなくて済んだのだ。
そして、今日のロジェルは学校が早く終わったので、鍛冶屋のお手伝いとして隣のボロボロ沼商店街まで来たのだった。
派手なアーチを潜り抜けた入口には、年季の入った建物に『貸店舗』の札がからからと掛かっているのが見える。
「ふふん~ふふふん渦巻く策謀~奪い合う~それは純愛の村娘~。……あ、此処また潰れたんだ……」
最初は叩き売りのぬいぐるみ屋さんだった。その次はジャブザブザブーンから流行っていた塩入り卵クリームを入れた……オシャレだけど小さくて量の少ないお菓子。その次は……クジラ芋って言う珍しいお芋の焼き芋屋さんで……それはエキセントリックな色にビビりつつも買って食べたのは、かなり美味しかったので覚えている。次は何だっけとロジェルはうんうん唸った。
くるくると店が変わるので、覚えきれない。
考えている間に、大きな豚が大地を踏み鳴らす立派な看板の武器屋に着いた。
「おはよう、ロジェルちゃん」
「あ、武器屋のおかみさん。おはようございます!これ、配達に来ました!」
ロジェルは笑顔で挨拶をしてから大きな包みをカウンターに置いた。そして、おかみさんが中を改めるのを待つ。
「何時もすまないねえ。ロジェルちゃんは力持ちだから助かるわあ」
「やだおかみさんったら。私、おじさんみたいに樽を三つも担げないよ」
「あの宿六は猪豚獣人だから比べちゃ駄目よお」
「ふふ、逞しいですよね。あ、そうだおばさん。西入口のお店また潰れてたね」
「あー、ヤシエ商会の跡は本当にいつかないねえ……」
ヤシエ家。聞いたことの有るその名前に、ロジェルはびくりとした。
先日、関わった王家で聞いたその名前。だが、学校で噂になっていたようなフワッとした話しか知らない上、王宮で更なる騒ぎが起こったらしい。その後丁重に家に送られたのだが、詳しい話は聞けていない。
「や、ヤシエ?って……もしかして、大悲劇の?」
「ああ、そうだよ。懐かしいねえ。あの家は本当にあの時必死だったのも有るだろうけど……やり過ぎたねえ」
しかし……こんな身近にヤシエ家と関わる場所が在ったとは思わなかった。シャーゴン王都も広いようで意外と狭いようだ。
「ヤシエ家って、何のお店してたの?」
「主に何だったかねえ……。
ああそうだ、あたしの母さんが子供の頃は普通の八百屋さんだったらしいけどねえ。急に先代が珍しい農作物を扱いだして……羽振りが良くなったんだよ。
それから何だか威張りだして。
でも、あたしが娘時代には買い付けに失敗して急に方々にお金を借りだしたんだってねえ。こんなボロ武器屋のウチに迄頭下げに来たから覚えてるよ!」
恐るべし。商店街のおかみさんの情報網。聞いた以上の濃い情報が溢れ出てくるようだ。
「お金を……?それ、皆に返したのかなあ」
「同情して貸してやった店の分は、殆ど踏み倒したらしいよ。ウチは貸すモンも無いからある意味勝ち組だったけどね」
大きな体を揺らしておかみさんが笑う。引退した彼女の父親もかなり立派な体躯の豚獣人だから、追い返したんだろうな……とロジェルは推察した。
武器屋という職業柄、変な輩も多いからセキュリティはちゃんとしているのだろう。
「此処が損しなくて良かったね」
「ちょ、落ちる!!ギリアムのばかああああ!!」
「ハハハハハ!!スピードこそ最強おおおおおお!」
お花好きの息子さんが育てている可愛らしい花の植木が飾られて開け放たれた出窓。何だか往来から、話を遮るような大声……奇声が聞こえるようだ。
「……何かな、アレ」
「この頃変なのが多いからねえ。ロジェルちゃんも気を付けるんだよ」
おかみさんと一緒に武器屋から出たロジェルは、道を確認した。何もない。どうやら皆が見上げているのは上のようで、其方に視線を移す。すると、商店街入口の方の屋根で蒸気バイクが警備騎士に捕まっているのが見えた。
どうやらスピード違反と整備違反らしい。
あんまりご近所に評判が良くなかった家が有ったようですね。




