ウッカリさんの名門侯爵家
お読み頂き有難う御座います。
「あああ!!言うの忘れてた!?
て言うかお母様の姉妹の子供!?会ったこと無い!!
ええと、ライバー伯爵家?何処の潰れてる領地!?知らない!」
ドレッダ侯爵邸。
侯爵家独自のシステムである高速伝書係により、随時リアルタイムでフリックの涙は報告され、ミューンが家で悲鳴を上げていた。
「ピュアラ様の二番目のお姉様であらせられる、ココホレハマレに再嫁されたピュエリー様です」
「ああ!二番目って誰!?ココホレハマレ!?ネズミ獣人に嫁がれた!」
「当時、チンチラ獣人の伯爵閣下へ再嫁されておいでで御座います」
「知らないどんな人?そもそもご存命なの!?
物凄く疎遠な従姉本人も伯母様も全く知らない。どうしようどうしましょう!!フリック泣いてたの!?」
その慌てふためくミューンの心に隙を与える暇もなく、ガチャリ、と無情にもドアが鳴る。
「ふはっ!?」
聞き慣れた靴音に過剰なまでに反応したミューンは、反射的に剣歯虎ぬいぐるみで顔を隠した。
「ミューン様」
「フリック……」
たたっと、フリックの元へ剣歯虎ぬいぐるみを抱いたまま駆け寄り……ミューンは立ち止まった。
「あ、あの?」
「……怒ってて悲しんだのよね。私の、ド忘れのせいで」
「ド忘れ、だったんですか」
本当にド忘れだったことを聞いて、フリックはホッとした。だがミューンの顔色は良くない。
「言い訳は聞きたくない、わよね。
ええ、言い訳は敵よね潔くないもの。何をしたら償えるかしら。いえそれを聞かれてもって話よね。貴方の悲しみに真摯に寄り添うには私が考えて」
「ミューン様、お顔を見せてください」
フリックがぬいぐるみを抱えたミューンの手にそおっと触ると、小刻みに震えていた。
「ご事情を、聞かせてください」
「引かない?」
「ひ、引く、ですか?」
怒らない?ではなく、引かないか?と聞かれてフリックは戸惑った。しかし、覚悟を決めて頷く。
「少し長い話になるの」
フリックを引っ張って、ミューンは手近な応接間に彼を引き込む。
其処には冷たい飲み物を湛えたガラス製の茶器とお菓子が用意されていた。タイミングが相変わらず良すぎる。そして席に着くなり、ミューンは口火を切った。
「ウチって、付き合いの無い親戚が馬鹿みたいに多いの。覚えきれなくて直ぐに忘れるのよ」
「そうだったんですね……」
「正直そのプリシテって従姉とも、遠くでニアミスぐらいしかしたこと無くて」
「そ、そうなんですね」
「ええと、幾つ離れてたかしら?」
「ミューンお嬢様とプリシテ嬢は、12歳お歳が離れておいでです」
ミューンの後ろにいた執事が、本を読みながら答えているのが気にかかる。重そうだ。分厚すぎやしないだろうか。
「その本は」
「家系図……我が家の親戚オンリーの細かい備忘録ね」
立派なその本は、辞典ばりに分厚い。
レストヴァ子爵家の親戚は、軒並み昔の栄光に縋り、プライドを棄てきれず使い込みや借金で爵位を取り上げられている。だから貴族の親戚は居ない。本どころか半頁で済むだろうな、とフリックはちょっと遠い目になった。
「お母様側の祖父母は再婚同士で、連れ子が合計六人で……間に生まれたのが五人。養子に出したのが八人だったかしら?」
庶子も含めると従兄弟が五十人を越えるらしい。
貴族として没落した家も、没落しそうな家も多数なので、生死不明も多く、正直母方の親戚付き合いは全くといって良い程無いそうだ。
「名門って大変なんですね」
元名門で没落途中の子爵家の生まれであるフリックは、その多さに聞くだけでゲンナリした。
「お父様の方は叔父様が三人だからマシね。そっちの従弟は一人よ。おひとり夭逝されて、おひとりは独身、おひとりは去年離婚されてるわ」
「そうなんですね……」
子供は授かり物だが、実に極端な親戚関係なようだ。
「他人事だったの。本当にその従姉がユーイン様と婚約してたとか昔過ぎて興味もなくて、血縁関係をド忘れしていたのよ。
決してフリックを軽んじていた訳ではないの!!でも貴方を悲しませる忘却は罪だわ!!御免なさい」
「僕こそ、細かいことでイチイチベソベソとして情けないです」
「フリック!!」
「みゃっ!?」
ひし、と未だぬいぐるみ越しに抱き付かれて、フリックはちょっと鼻が苦しかったが、耐えた。
自分の毛皮の色に似ているが良い素材で、とてもモフモフしているぬいぐるみだ。
「……コレ、ミューン様が作られたんですか?」
「そうなの。図鑑を見てフリックみたいな若草色の布で仕上げたのよ」
「……」
ミューンの胸元に抱かれるぬいぐるみにジトッとした目を向けたフリックは、プルプルと頭を振ってムッとした気分を追い払った。
「え!?お耳に水でも入ったかしら?」
「い、いえ!何でも無いです!」
無機物に嫉妬して、放り出すのは子供っぽい。先程泣いたのも子供っぽいと恥ずかしくなったフリックは首を振った。
「その、それでミューン様は大悲劇をご存知なんですね?」
「6歳位の頃だったから、当時王宮が喧しかったのをリアルタイムで知ってる位だけど。後は新聞知識オンリーね」
つまり、殆ど知らないようである。……フリックは図書館での思い込みの醜態に泣きたくなった。
「どうしたのフリック!?」
「い、いえ。ユーイン様にご無理を申し上げて王様になって頂くので、お心を少しでも理解したいと」
「何て優しいの。大悲劇がどーのなんて取り繕って言おうとも、単なるユーイン様の女関係の黒歴史醜聞なのに……」
「そ、そうかも、でしょうけど……」
「うーむ、フリックの耳を汚したくないけど、ダメよね」
少しマスカラの滲んだ瞼を伏せ、ミューンは唸った。
「ゴードンへの文句を言いがてら、明日ユーイン様に会いに行きましょう!本人の口から聞いた方が早いわ!!」
「……え」
王子に文句を。その爆弾発言、そしてゴードンの名前にフリックは固まった。
「ユーイン様へ文句と対策を講じて貰わないと!丁度明日はお休みだわ。あっ、急ぎの課題とか試験対策が有る!?」
「い、いえ。課題は全て済んでます」
「ユーイン様に教えて貰えば良いわ。あの方、歴史は学者以上を自負するオタクだから」
「みゅ、ミューン様。大丈夫です。課題は済んでますから!」
ユーイン王子に教えを乞うなんて畏れ多くて、逆に体の具合が悪くなりそうだと、フリックは慌てて拒んだ。
「万が一何かあっても、あそこの設備なら万事オッケーよ!」
「ま、万が一!?」
「私、彼処の大砲に火打ち石で点火するのが夢なのよね!撃ち払いたいわ!!」
……一体何が起こるのだろうか。フリックはちょっと不安になった。
平和でも爵位を手放さざるをえない貴族はいるみたいですね。




