裏通りの裏稼業へ突撃訪問
お読み頂き有難う御座います。
裏通りでも電撃訪問を辞さない系侯爵令嬢、ミューンです。
闇の大地通り商店街の門を潜って三番目の通りを左に入ると、少し大きめの煙突と錆びた銅製の始祖鳥の付いた店がある。
ドア窓の意匠は、主によって変えられるが今は一角獣だった。
小汚ない酒場にも、飯屋にも見えそうなその佇まい。
本来なら、侯爵令嬢が入るような店では無かった。だが、ミューンは構わず扉を上品に開き、微笑みながら叫んだ。
「ごめんくださいな!!アポ無し訪問よ!!」
「はぎゃっ!?いらっしゃいませ!?」
「ジュラン、文句を言いに来たわ!!神妙になさい!!平伏していいわよ!!」
「お、おりませんっす!!お館様は不在っす!!あっ、首領呼びだっけ!?ぎゃ!」
あまりの暇さにカウンターで船を漕いでいた焦げ茶色の髪の青年は、突然の訪問に飛び起き、椅子から落ち掛けた。
「大丈夫かしら?相変わらず暇そうね」
「いててて……」
涙目になりながらも立ち上がった青年はミューンの姿に一瞬目を見張る。そしてこけた椅子を元に戻してお辞儀をした。
「うわ、ドレッダの姫様じゃ無いっすか。ご婚約おめでとー御座います」
「そうなのよもう!耳が早いわね何で知ってるの!?
私とフリックっては本当に最高に素晴らしくお似合いなのよ!
世にも羨まれまくるシャーゴン一のベストカップルなんだから!」
「……其処まで聞いてねーっすけど、お幸せそーで何よりっす」
ドン引きされているのを軽く無視して、ミューンは青年を見返した。ひっくり返った時に見えたが、つるりとした毛皮の大きな尻尾を持つ獣人らしい。
多分前に会った事が有り知っては居る筈だが、ミューンは名前を覚えていない。なので堂々と聞いた。
「それで貴方……ジュランの補佐官だったかしら?お名前は?」
「えー?三回ほど自己紹介してますけど?ソー・ケレジっす。
オオカワウソ獣人っす」
「聞いたこと有るわね」
呆れられて自己紹介されて、成る程と頷く。そう言えば何度も会っているので、名乗りを前にも聞いた気がする。だが、獣人を覚えるのが苦手なミューンは忘れていたのだった。
「ソーセージみたいな名前よねって何度も思うんだけど、あの伝説の暗殺者の人並みに覚えられないわ。
まさかこの店眠くなる成分とか漂わせてるの?」
「それ中に居る俺も寝ちゃうパターンっす」
「怪しげな組織なんだから疑うわよ。そこの置物とか怪しいし……怪しい煙とか吐きそうじゃない。まあ、蛇に耳が生えてるわこの置物。何製?」
偏見まっしぐらながらも、紫の蛇の置物をミューンはしげしげと眺めた。
「いや、アングラなのは認めるっすけど、そんな共倒れ企画やらねーっす。自分の身は最優先っす。寝こけたら危ねーっす。
そこの置物は冒険者が置いてった忘れ物っす」
「転た寝してたわよ」
疑惑を否定されてイラッと来たミューンは、先程の彼の様子を指摘する。決まり悪さげに頭を掻いたソーは、受け付け席に座り直した。
「ごほん、裏稼業ネットワークへようこそ。
ご用件は?ドレッダの姫様」
「兎に角ジュランを呼んで頂戴。文句と呼吸困難をくれてやりたいのよ」
「……何で首領はこんな人と付き合いを続けてるんすかね……?お待ちくださいっす」
ソーが連絡を取りに行ってしまったので、ミューンは古びたボードに張られている仕事の内容を見た。
他に人が居ないので照明がケチられているのか、とても読みづらい。
「汚い仕事……他国の公爵の暗殺……?何よ、此処めっちゃ遠いわね。相手は非常に強いです。即死横死焼死惨死注意で危険度∞?
しかも報酬安いわね。交通費入れたら採算採れないわ。死ぬボランティアじゃないの、誰が受けるのよコレ。
えーと、こっちは綺麗な仕事……商店街外れの溝の掃除……明け方から夕暮れまで……。冷凍倉庫の整理手伝い……防寒具貸し出します……。何かもっとこう、薬草取りとか害獣駆除とか?普通なのは無いのかしら」
ミューンは知らないが、そういう仕事は直ぐに剥がされて達成されてしまうので、残っていないだけである。
「ドレッダの姫様ー、首領、今手が離せないそうっすー。後、文句も聞きたくないし呼吸はしたいそうっすー」
「組織のトップがそんなワガママで良いと思ってるの!?クレーム処理は立派な業務でしょうが!
私の憂さ晴らしはどうなるのよ!!」
「庭でナイフでも投げてってくださいっすー。一回百ヨコセヨっすー。真ん中当てると商店街で使える五千ヨコセヨにつき五百ヨコセヨ割引の券が貰えるっす」
「へー、利益率低いわね」
しかもそんなにお得でもない。ミューンはお金に糸目は付けないが、ノリと勢いで買い物しないタイプであった。
そして、ストレス発散は番を撫でるに限ると思っている。
ヨコセヨはシャーゴンの通貨単位です。裏に狼の柄の着いたコインです。変な名前なのは仕様で御座います。




