時は流れて残酷な現実へ
お読み頂き有り難う御座います。
時の流れに流されて、アラサーの幼馴染み達です。
「最低。異世界種の女の子を口説いて捨てるなんて……」
此処はシャーゴンの一番高い丘に建てられた王宮。
街中から少し離れているせいか、賑やかを通り越して喧騒気味な歯車の音も油の流れる音も蒸気の音も届きにくい。
その静かな庭で向かい合い、ギスギスした歓談をするかつての男の子と女の子が居た。
ふたりの関係は今でも幼馴染みで、男は獣人で、女は人間。何も変わっていない。
だが、男の事情や素行は幼い頃よりずっと変わっていた。
とても駄目な方向へぶっ千切っていたのである。
「……今度こそ本物だと思ったけどなぁ。今回もダメだったかあ」
「煩い世界を跨いだ女の敵」
「辛辣が過ぎる!!」
「いい加減いちいち派手に婚約解消するの止めたら如何?」
「ミューン、君冷たいよ……」
「王子でなければ刺されているわよ。ポイ捨てやり逃げ番詐欺」
「ひっ、酷くねえ俺王子様よ!?シャーゴンの偉い人!ゴードン・ガウ第三王子!」
涙目ながらも胸を張り、自己紹介してくる目の前の人物のせいで、若くして獣人の番なんて偽りで幻想だと思い知った女の子……。嘗てそうであった、侯爵令嬢ミューンはオレンジ色の瞳を凍らせ、幼馴染みに投げかけた。
「大体番の概念の無い人間と、番詐欺の貴方と何が違うのよ?」
「おまっ、それ獣人差別だぞ!?番って大事なの!!運命の人なの!!」
ゴードンは憤慨したのか、バンバンと机を叩いている。図体に相応しく無駄に馬鹿力なのでヒビが入りそうだった。
だが、その勢いに負けぬ威圧感を膨らませて、ミューンは食って掛かる。
「その場のノリで惚れて、その場のノリで責任取る前に婚約破棄しまくるいい歳こいたオッサンの王子なんて聞いたこと無いわ!!
只単に、一目惚れが激しい!無責任で!傍迷惑な!!オッサンじゃないの!!」
過去を抉る辛辣なコメントにも、子供のように頭を振るゴードン。
「あーあーあーあー聞こえない!!オッサンちがーう!!」
「其処じゃない!!何が番だ運命だ!!いい加減妥協して結婚しろ!!」
あの日、的はずれながらも可愛らしかった少年は、変にヒネて女漁りを繰り返す女の敵となり、初恋に焦がれる可愛らしかった少女は、結婚初日に夫に逃げられたバツイチとなっていた。
初恋は叶わないを地で行った2人の今現在は、とても残酷である。
「だ、大体!結婚もアレコレも俺番以外とは出来ないから!!」
「は?デートに男女の彼是全てを、今までの運命の相手(笑)とご経験されてると伺ってますけど?」
「ひっ!?何で幼馴染のお前にそんな事情がバレてんだよ!!」
言わなくて良いのに、正直にゴードンは吐いてしまった。彼は良くも悪くも単純で、アラサーの王子なのに全く腹芸が出来ない。
幼馴染みの前だからではなく、何時もである。
「何恥じらってんだオッサン!!」
「止めて!!お前、昔はホントに可憐で可愛かったのに!!」
そう、ゴードンが叫んだ瞬間。
今まで熱量を込めて怒鳴られていた空気がぴしり、と空気と尻尾まで凍りつく。
「は ぁ ん?」
「ひっ!?」
極限まで冷やされた凍れるような視線と、たっぷりドスの効いた令嬢らしからぬ声がゴードンに突き刺さる。
ミューンは令嬢として腹芸を身に付けていたが、幼馴染みへの対応は切れていた。
「はぁん?可憐で可愛かったァ!?貴方その相手にキープでいいとか仰いましたわよねえ」
「いやえっとその、……ミューンちゃん、今もお美しいです」
「はんっ!!触るな!」
彼女は図々しくも伸ばされた手を払い退け、自慢の亜麻色の髪を払った。
ついでに寄ってきた尻尾も叩き落とし、椅子の距離を取る。
「冷たい……。ミューンはさあ、再婚しねーの?」
だがゴードンはめげずに、口を尖らす。それがまたミューンの苛つきを煽った。
「結婚はもういいわ。結婚式の夜に出奔、それから行方不明の旦那とこの間やっと離婚成立したのよ。
相手不在の離婚って、どんだけ面倒くさくて精神削りまくって鬱陶しいかお前に分かります?コラ」
その繊手は、苛つきを抑えられず彼のシャツの襟首付近の生地を捻るように握っていた。
その手もその心も全く躊躇いなく、王子の襟首を締め上げている。何時もの光景である。
「ミューンちゃん止めて下さい!物理的に首が締まってます!!」
物理的には勝てるだろうが決して勝てない相手。
仲は良いが愛はない腐れ縁の幼馴染み。
良くも悪くも、彼らの関係はそう落ち着いていた筈だった。
大人になるって色々有りますからね。




