侯爵令嬢は剣歯虎を心配する
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帰ってきたフリックへ出迎えが有ったようです。
「ああ、フリック! お帰りなさい!」
「只今戻りました、ミューン様……ミャッ!?」
本人的には土煙を上げるレベルのダッシュでフリックに駆け寄るも、見事にミューンはコケかけた。
運動神経が無い上に室内履きで走るからである。勿論無事侍女達が何事もなかったかのように体制を立て直させている。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ。それより学業とバイトで忙し過ぎるのに、コンラッドに拐われたんですって!?」
「え? さ、さら、拐われてはいませんよ!」
「でも、あの悪辣宰相に成す術も無く……! あの陰険馬ときたら、私がお茶会の時に計画するだなんて!」
「お、落ち着いてくださいミューン様!」
「あの屋敷に足を踏み入れる羽目になったからには、さぞかし傷ついたでしょう!? 慰謝料をふんだくってやりましょう。最低10億ヨコセヨ位からかしら」
その程度有ればお城が建てられるらしいが、慎ましく過ごしていたフリックには検討もつかない。
「じゅっ……あの、慰謝料をお受け取りするような事態に陥ってません! 単に、赤ちゃんを見に行っただけですから!」
「罪もないけど、リオネス家の忌々しさは変わらないわよ」
「ですが……」
「それに、フリックの知識をタダで利用する厚かましさが悪辣なのよ。
無駄に権力誇ってんだから、身内位勝手に守りゃいいわ。学者でも護衛でも監獄でも、プライベートで用意すりゃ良いのよ」
「……ミューン様は、ご存知で……。あの。でもですね」
「うっ、かわい、あい……いえ……そんな申し訳無さそうにしないでフリック」
申しなさそうに耳と尻尾を下げるフリックに、ミューンは余計なことを口走りそうになり、よろけた。
「ミューン様、お茶会でお疲れなんでしょうか?」
「いえ、愛に満ちたフリックに感動していたの。私の番は本当に心優しくて清らかで懐が広いわ……。人類皆フリックなら争いの起こらない世の中になるわね」
「そ、それは……人類皆僕だと、ミューン様と出会えませんし嫌ですね……。でも、お褒め頂いて有難う御座います」
「ふっえぐ……」
「えぐ?」
「気にしないで……。偶には心清らかに過ごさないとね。私、フリックに相応しくならなきゃ」
フリックのはにかみに、ミューンは今日のお茶会の腹黒い会話ぶつけ合いが浄化されていく気がした。
なので、更にフリックに優しくしようと決意する。
因みに、他人へは何時も通りの対応を止める気はないらしい。
「ミューン様はお優しいですよ?」
「ええ、優しくしたいひとに優しくしないとね」
微妙に噛み合っていないが、フリックとミューンはお互いに微笑みあった。
「ミューン様。
あの人が親御さんだとしても、あの子達は守られるべき赤ちゃんだと思うんです。いえ勿論、高貴な血筋でも有りますが……」
「人類結構悪でもあるのよ」
「け、結構……悪い人は居ますけど、良い人も沢山居ますよ」
「リオネス家に生まれると、100%陰険に歪むのよ。幼馴染みやっている私が保証するわ!」
「そ、それは……お偉い方には飲み込まなきゃならない歪みも、有るでしょうけど。でも、あの三つ子達はそうなるとは思えません」
「そりゃ赤ちゃんの内はね。
でも、親がイマイチでも善人は居るけど、コンラッドが育ての親になるなら、100%悪辣に歪むわ」
自信に満ちたミューンに気圧されながらも、フリックは思い出す。種族は其々違うが、弱々しい赤ん坊を。
コンラッドは疎ましいと思っているのだろうか。
いずれ、疎むのだろうか。
「フリック……」
「ミューン様、僕、宰相閣下に三つ子の種族を聞かれただけなんですが……」
「まあ、手間を惜しみすぎて憎らしいわ、何てこと。学者とプロに任せた方がいいわ」
「ですが、宰相閣下がもし、赤ちゃん達を無下に扱われるなら……。そんな事はされないとは思いますが、そうならないようお手伝いをしたいです。例えば、シスターアルベリーヌに……」
「……あの赤ちゃん達は、陽の下を歩けないと決まった訳では無いのよ。フリック」
ミューンは、握りしめて少し白くなったフリックの手を握った。
「だけど、大っぴらにも暮らせないの。あの仔達を狙う輩が明らかにならない内はね」
「ミューン様、ですが」
「分かって、考えて。フリック。安易な考えで可哀想だと行動することの結果を」
安易な考え、と言外に言われてフリックはショックを受けた。だが、ミューンを見つめると優しげながらも強い視線が返ってくる。
「コンラッドもジュランも腹立たしいけど、万が一。あの仔達が表沙汰になれば。
この国は厄介事に呑み込まれるわ」
「まさか、リオネス家を転覆させる為に産まれたと言うんですか? あの子供達が……」
恐竜の力はそんなに強力なのだろうか。
「いえ? 転覆も面倒だとは思うけどそれはそれよね。
恐竜って、古代ロマン的に各国のオタクが欲しがるみたいなの。特に王族は古代王国が好きなのが多いから。ほら、ユーイン殿下も恐竜オタクでしょ?」
「やはり軍事利用されたりとかして、とか……え? お、オタ……?」
此処で聞くとは思っていなかった単語に、フリックは呆気に取られた。ミューンもフリックの意見に驚いたらしく、小首を傾げている。
「え、軍事利用? だって、ネラの仔よ? 強さの欠片もないじゃない。鍛えられるとは限らないし、育つまで何年も掛かるし。
陸はショボいけれど、常勝不敗と名高い空軍将閣下に海軍将閣下がいるのに、兵器が今は必要かしら。徹底的に勝ち過ぎても、戦後処理が大変だし無辜の犠牲者を出すべきではないわ」
「そ、それはそうですが……父親の血とか……」
フリックも凶暴と言われる肉食獣な剣歯虎だ。親は弱い者イジメしかしないが凶暴で、兄と姉は両親を退けられる位に強い。そして、フリックには全く喧嘩の才能はない。
そんな自分を顧みて、種族で強い弱いと断じることは出来なかった。
「獣人で生まれたけど、三つ子は普通の大きさでどれも巨大じゃなかったんでしょ?」
「そ、それはそうですが」
「それに、私も最近まで知らなかったけど、旧王国の恐竜って卵生らしいのよね。でも、ネラはお腹で育てた仔を産んだから厳密には恐竜じゃないらしいわ」
「そ、そうだったんですか。
……確かに、ネラさんが産んだと……。ネラさんが産卵したとは、聞いてませんでした」
フリックは、ふと王太子妃オーレリの言葉を思い出した。
「私、卵しか産めないわん!狼は無理よう!」
フリックは未婚の男で、医師の勉強もしたことはないので、各種族のお産を全く知らない。
ネラは三つの種族を産んだ訳だが……恐竜と思しき仔の生まれ方は、卵生ではなく母親に準じていたようだ。
「馬は兎も角、その辺の爬虫類とかその辺の獣人に偽装する迄、あまり関わってはダメよフリック」
「そ、その辺の爬虫類……獣人ですか」
そんな雑な誤魔化し方でいいのだろうか。
胎生の魚は居ますけど、恐竜は卵のイメージです。不勉強にて胎生の恐竜が居たら申し訳御座いません。




