剣歯虎令嬢の新たなる出会い
お読み頂き有難う御座います。
フリックのバイト先のお話です。
「……あの、この読み方だと桁が違いますよ」
「ええっ!?」
「この尻尾飾りの合計、1,458万ヨコセヨになってますよね? 本来は14,58ヨコセヨの筈です」
数字も他国語表記なので間違ったのだろう。
「マジかよ~。オイ、誰だこの帳簿書いた奴……!! ブッ殺す!!」
「ヒエエ!! すまねえ母ちゃん!」
「オーナーと呼べ、バカ息子!! ブッ殺す!」
フリックは、ちょっと過激な言動のオーナーのいるバイト先で重宝されている。
最初は大丈夫かな? ヤバければ打ち壊せ! と護衛達は命令を受けていた。だが、言動が過激なだけでマトモな店だった。
侯爵家も普通に過激思考なのでこの辺は許容範囲だろう、多分? と護衛達は思っている。
「沢山ですね……」
「このシーズンはリス見るとゾッとすんぜ……」
「そうですか」
分からなくもない、とフリックは曖昧に笑った。
確かにちょっと食傷気味だ。
「もう慣れたか?フリック」
「はい、レディ・モードも良くしてくださいますし、有難う御座います」
「レ、レディ!? あんなヤバババアにレディとか要らねーよ。痒くならあ」
モードの息子でアライグマ獣人のエフダはゲンナリした顔で縞柄尻尾を揺らし、昼食の雑穀おにぎりを口に入れていた。
中々に大海のように真っ青で、奇抜な色味のおにぎりだ。
「それは、ザブジャブジャブーンから輸入されてきた新種の海キビですか?」
「ああ、味は良いんだ……。色がな……。ケーキにするにも粘っこいから映えスイーツにもならねえし……。結局おにぎりが一番旨え……」
「サメのおにぎり型に嵌めて、ランチプレートならどうです?」
フリックの提案に、エフダは首を傾げる。
「サメ……あんま人気無くね? 青くなくね?」
「強くて素敵なんですが、確かに青くないですね」
「そもそも真っ青な生き物って、蝶々か熱帯魚くらいしか知らねーけど……。
そーゆー映えランチプレートのって、ザブジャブジャブーンのリゾートで先にやってんだよな……。一瞬は物珍しさで儲かっても、設備投資回収する前にすぐ潰れる」
「此処、内陸ですし熱帯魚モチーフは……難しいですね」
「此処じゃあ、魚獣人のイメージも良くねーしな。蝶々もなあ……。この前、ライバル店がやってて一瞬流行ってすぐ潰れた。ザマーミロ」
中々に世知辛いようだ。
「海軍将でもコラボしてくんねーかな」
「スオ様は目が青くて綺麗ですよね」
「……知り合い!?」
「はい、友人として……だ、駄目ですよ。頼めません! お忙しいですから!!」
「だよなー。あー、ウゼー! 何か儲けのネタねーかなー」
無理強いせず、パッと切り替えも早い。
モコモコした尻尾を持ち、マトモな獣商人だが如何せん口が悪いし手も早い。
「海軍将、強くてカッケーよな。護衛のにーちゃんねーちゃんも強そーだがよ」
「そうですね。……僕の周りって、強い人が多いですね」
本当にか弱いのは、法務大臣とミューンとロレット位では無いだろうか。姉のコレッタもおとなしいがあの両親と最後は互角に渡り合って居たので、そう弱くはない筈だ。
自分もか弱いのか、気付いたフリックは少しばかり凹み、若草色の尻尾を力なく揺らした。
「この後、泳ぎの練習だっけか? よく頑張るなー。俺泳げねーよ」
エライエライ、と大きな手でフリックの頭を撫でてくれる様子は、亡くなった兄を思い出させるものだった。懐かしくて少ししんみりしつつも、エフダにフリックは微笑んだ。
「エフダさんは兄みたいに優しいですね……。
僕には、レディ・モードみたいな優しい母は居ませんけど」
「やさ……!? あのオニゴロリババアの何が優しいのか不明だけど、筋は通すからな……。
あっ、他の奴に苛められてねーな?」
因みに、従業員達も口が悪いのにお客相手では滅茶苦茶丁寧に変わる。最初は少し吃驚したが、彼らの変貌ぶりにも慣れてきた。
「本当に皆さん、良くしてくださいますよ。楽しく働けて素敵な職場に雇って頂いて本当に有難う御座います」
「ぐひひ、よせやい」
エフダは、ボリュームのある縞柄尻尾を振って照れている。
「所で、オニゴロリって何ですか?」
「伝説の滅茶苦茶怖えー怪物らしいぜ。どっかの異国に居るらしい」
「へえ……強いんでしょうか」
「男の子だなー。強そーなのが好きか、フリック」
「強くなりたいので、憧れますね」
「顔怖いらしーぜ。そんなのに憧れなくても、フリックは賢さを伸ばせよな!」
「両方欲しいです」
「ぐはは、欲張りヤローか! 悪かねー!」
その時、ドッシンバッタンギッタンと店先で音がした。何処かの馬車が急ブレーキを掛けたらしい。
「どうして、歳上キラーなの!! えっ、ちょっと、猫ジャンプ!?」
「? ミューン様のお声が微かに……」
フリックは丸い虎耳を精一杯澄ましたが、後程の声は聞こえない。
空耳だろうか。確かに意味不明な科白だった。
後ろに控えていてくれた、可聴域が広い獣人護衛達も首を傾げている。
表を見てきてくれたが、派手なブレーキ痕しか無かったらしい。それはそれで問題だが、馬車はもう無いらしい。
ミューンなら、店に飛び込んで来る筈なのだが、何か有ったのだろうか?
「あ、あの! お、弟が来てませんか?」
「お姉様……? どうしたの。お店に何か」
声が聞こえたので店先に出てみると、何故か姉のコレッタが店先でモジモジしている。何か有ったのだろうか。
「え、んおお? フリックのソックリ? カワイイ娘来たなー」
「えっ……そんな、カワイイ……? わ、私、カワイイ、ですか?」
姉はエフダを見るとポッと顔を赤らめて……ギラリと目が光らせた、気がした。
見返すと、フリックと同じ薄緑の姉の瞳が……キラキラと光っている。
しかし何故か、背筋が寒くなるような微笑みもセットだった。
「お、おう?」
エフダも何か感じ取ったのか、若干引いている。ガラの悪い当たり屋を先日物理的に叩き出した彼が、だ。
「私、コレッタ・レストヴァと申します。フリックの雇い主様でいらっしゃいますか?」
「お、おお、はい。ご丁寧に……。フリックさんの雇い主の息子のエフダ・デルカソトです。
オマエのねーちゃん? 肉食獣……ぽいね?」
「僕の姉で剣歯虎なので、確かに肉食獣ですが……。普段はあんな感じでは……」
ヒソヒソ声もフリックと同じ可聴域の姉には筒抜けなのだが、コレッタは上気した頬のまま微笑んでいる。
本当に、穏やかな姉に何があったのだろうか。
暫く出てきてませんが、フリックの姉コレッタはとある元王子に弄ばれた薄幸の子爵令嬢です。




