宰相は侯爵家で観察する
お読み頂き有難う御座います。
コンラッドが侯爵家にやって来たようですね。嫌がられております。
「一大事で御座います!お嬢様!!」
「何だね?」
「何かしら。早急に報告なさい」
此処は王都でも有数の大きな館、ドレッダ侯爵邸。コンラッドが幼馴染ミューンに番とのデートを自慢しに訪れて怒りを買い、追い出されそうな丁度その時。
慌てた使用人が小刻みなノックと共に入って来た。そして彼女に耳打ちする。
勿論勝手に来たコンラッドはその間放置されていた。
「何ですって……何ですって!!」
「いや、煩いよミューン。部下は何を」
「煩いわねコンラッド!それよりあの、王太子妃!!コレだから王族は嫌いなのよ!!」
「ええ、お嬢様、すわ一大事で御座います」
「そうよ!一大事よ!!」
「何だね、滅茶苦茶煩いんだがね?
自宅とは言え、王族へ不敬を叫んでいいのかね?」
全く説明されないが、どうやら怒りをぶちまける大声によると、引きこもりで有名な王太子妃絡みらしい。しかし、最近外に出ている事が判明したので引きこもりでは無いようだ。滅茶苦茶面倒だな、とコンラッドは思った。
「あのいけ好かない夫婦の不仲を相談された時点で、深海地区に叩き返しておくべきだったわ!!
悔しい憎しいいいい!!」
「煩いね物騒だね滅茶苦茶だね……」
ハンカチを噛み千切りかねない幼馴染がウザくなったので、コンラッドは引き上げようかと思った。だが、機を逸したようでドアがノックされる。
だが、ミューンの返事を待たずに、使用人がドアを開けた。怪訝に思うコンラッドを余所に、ゆっくりと開いたドアから現れたのは。
「あ、ミューン様。お部屋にいらしたんですね?」
若草色の耳と髪がピョコン、と扉から覗いた。途端にミューンの顔が明るくなる。
「あらー!!フリック!
ホホホ、早く座って!ちょっとコンラッド、其処を退きなさい。寧ろ帰りなさい」
剣歯虎フリックはこの館ではフリーパスらしい。随分優遇されているな、と内心コンラッドは呆れた。
「えっ、あっ、宰相閣下もいらしていたんですね。お目にかかれて光栄です」
「おや、慇懃にどうも。ハハハ苦しゅうないよ」
「こんなのに慇懃にする必要無くてよフリック!棄てそこねた馬の古置物だと思って頂戴」
「馬の古置物!?失礼が過ぎるだろうミューン!!」
「だったら帰りなさいよ!ああ図々しい!!何で私の腐れ縁は軒並み図々しいの!?その辺は不幸だわ!!フリック!こっちに来て!!」
「え、え、あ、ハイ……?えと、お側の椅子に失礼しますね?」
思い切りミューンの膝を指し示されたが、柔らかく固辞したフリックはそっと横の一人用椅子に座った。
「未成年とは言え、尊厳ある一端の男を膝に座らせようとするのは止めたまえよ。
新任の厚生大臣スワニー・ポシャッテ伯爵にセクハラで直接通報するよ」
「ホホホ馬鹿ね!権利関係は法務!ウチよ!!
後、私的にスワニー様とは仲良くさせて頂いてるわ!」
「分かっているとも。絶対裏から何かしただろう……」
「有難う御座います、宰相閣下。あの……ミューン様」
「なあにフリック!あいたっ!!」
「ミューン様!?」
「お嬢様!!」
どうやらミューンは首を勢いよく捻り過ぎたらしい。常に番に関して無駄に全力である故、そのせいでくだらない小さな怪我が多い。
勿論フリックには内緒だ。しかし雑な幼馴染の事だ、とっくにバレているだろうな、とコンラッドは思った。
「心配ないよ剣歯虎君。ミューンは首の筋を違えただけだよ」
「痛ぁ……!!」
「お、お手当を……!!」
「軽症に回復魔術を掛けると、過剰に活性化して関係ない熱とか出るからね。その辺は我慢したまえ」
「うっ、分かっているわよ」
嫌そうながらも素直にミューンは頷いた。どうやら試した事が有るらしい。
「そうなんですね……。僕は回復魔術の適性は無いので、勉強になります。
あの、ミューン様……。では、首を温めてお休みになられては」
「でも、フリックが折角帰ってきたのに……」
「明日、お加減が良ければ朝食をご一緒しましょう?」
「うう、そうね。そうするわ……」
番に優しく宥められて、やっとミューンは部屋へと引き揚げていった。
静かになった室内には、コンラッドがフリックと残される。
何故か家主でもないコンラッドが偉そうにする中、フリックは所在無さげに下へと目を落とし、彼の茶器が空っぽなのに気付いた。
「あの、宰相閣下。お茶のおかわりは如何ですか?」
「頂こう。剣歯虎君は私に構ってくれるのかね?コーヒーがいいねえ」
「分かりました。その、お相手は僕で宜しいんですか?」
「ミューンよりは全く宜しいよ」
「僕でお役に立てるなら……」
早く帰れとの幼馴染の意思を無視して、コンラッドは居座る気満々のようだ。
使用人に注がせたコーヒーのカップを優雅に傾けている。
「ミューンは、もうちょっと落ち着いた振る舞いも可能な筈だがねえ。
元々大人しい子供だったのだが……?
いやでも、気が強くなってからの方が長いね。錯覚だったよ!」
「はあ……。長らくのお付き合いで羨ましいです。
僕も、宰相閣下のように大らかで頼り甲斐が有れば……ミューン様に頼って頂けるんでしょうか」
「ハッハッハ!……成程、純粋な褒め言葉は中々刺さるね!ミューンは私に失礼か厄介事以外を押し付けてこないよ!」
「そうでしょうか。ミューン様はお辛くても、頼って頂けない僕が頼りないから……」
ミューンの暴走など自業自得なのに、まるで我が事のようにショボンと耳と尻尾を力無く落としている。流石のコンラッドもフリックを気の毒に思ったようだ。
「勉学が忙しいのに、水練迄しているそうじゃないか。その上ミューンの世話まで焼きたいのかね?」
「可能ならば、そうしたいです……」
「……夢をブチ壊すのも何だが、何事にも真剣に向き合うと病を得るよ。やめときたまえ、体を厭いたまえ」
「過分な御労りを有り難く存じます、宰相閣下」
「……いや、本当にミューンには過分すぎる。勿体無い子だねえ……」
だが、ミューンが保護せねば彼は親の虐待から無事では無かったと聞く。侭ならないな、とコンラッドは思った。
同じ家に住んでいるのにすれ違っております。




