レッスンは不穏気味
お読み頂き有難う御座います。
公共の場で騒いではいけませんね。
「撮影は厳禁とさせて貰おう。此処は軍事施設なのでな」
大騒ぎして組み立てられた護衛達の機材は、スオリジェが来た途端、送り返されてしまった。兵士達も海軍将のお出ましに潮が引くように居なくなってしまう。残されたのはフリックとキャレルに少数の護衛達。そして空気を読まない王太子妃オーレリのみとなった。
「も、申し訳有りません、スオ様……。僕の監督不行き届きで……。そうですよね。此処は軍の大切な設備です。招いて頂いたのに、失礼な事を……」
「いや、本当にタダの浅めなプールなのだが、レジャー施設ではないからな」
「あさ!? あ、浅め……ですか……」
フリックには到底辿り着けそうもない底が見えない場所も有るプールは、スオリジェにとって浅いようだ。
流石巨大鮫メガロドンなスオ様だ、逞しいお体が羨ましいなあ。それに、チラッとメガロドン姿を見せてくださらないだろうか、とフリックはこっそり思った。
「所で、あの女性の方が気になるのだが。何故深海地区のシーラカンス令嬢が此処に? $@¢‡§℃……リカエレ家の令嬢だったような」
「ギクギクギックーン!! 実家、大地語でそー発音するの!? は、初耳猫耳虎耳ちゃん!」
「あ、あの……オーレリ様、プールサイドを早足で歩かれては滑られますよ」
誤魔化す為か、王太子妃オーレリはフリックの周りをグルグルと回って走り、捕食されそうでちょっと怖かった。水槽では気付かなかったが、彼女は女性としては大柄のようだ。キャレルよりは背が低いが、フリックよりもかなり背が高い。
「そのそこはかとなく古めかしい喋り方……間違い無い。此処でアルバイトとは初耳ですな。勿論、聡明な家の方にはお話の上、来られておられますな?」
「お話の上? でなくて焼けた砂の下なのよん……」
「焼けた砂の下?」
「ザブジャブジャブーンでは、秘密の事をそう言う。まあ……最近は言わんが。
オレも離れてかなりだが、ガキの頃に近所の婆さんが言ってた位しか聞いたことがない」
「はうん! 化石ジジババだらけのド田舎育ちには、ナウな現代大地語ムズイのお!」
「ナウな現代語? べ、勉強になりますね……」
「ふ、フリックは勉強からは、離れたら……? どどど、どうかな……」
「ですが、泳ぎの勉強に来た訳ですし」
「泳ぎ! トラの子、二つ足で泳ぐのん? トラかきなのん?」
「と、トラカキ? あ、犬かきの虎バージョンですか……」
そんなものが有るのかな、とフリックは首を傾げた。
何せ、同族……家族が泳いでいるのを見たこともないし、他の種類の虎の知り合いも居ないので分からなかった。
「四つ足はねん? 前脚と後ろ脚をお水にダラーンして、背中を浮かすのん」
「取り敢えず浮きを着けてからですな」
どうやら、分厚い革袋に空気を詰めたものを手に巻きつけるらしい。水にプカプカ浮かぶ様子が興味深いらしい。浅く足がつく所で、しげしげと装着した腕の浮きを見ている。
「浮力が凄いですね。何の革なんですか?」
「そんなことより泳ぐのよん」
王太子妃がそっとフリックの手を取り、体の力を抜いて浮くように促す。
「あ?あああ、あの、おうた……」
「オーレリなのよん! はーい、後ろ脚をゆっくりバタバタするのん。パシャパシャー。前脚は預けてーお目々は閉じてもいいわん」
何時の間にか、王太子妃オーレリによる水泳教室になっていた。すっかり彼女のペースである。
「い、良いんでしょうかスオリジェ閣下……」
後ろでは、フリックの護衛達の顔が青くなっていた。ミューンへの報告をどうしたものかと慌てているのだろう。しかし、メモを書く手は止めていないようだ。
「あの彼女のペースを止めれるか? しかし、誰が手引したんだ……。流石にオレも、プールのバイトの身分までは把握してなかったな……」
「だ、だだ、王太子様……ですかね?」
「あの方は嫁を世間に出すのはお嫌いだと思っていたが……。他にも協力者が居るのかも知れんな」
同郷の王太子妃のマイペースぶりに、スオリジェは眉根を寄せた。
フリックはフラつきながらも、上達が見える。王太子妃オーレリはバイト歴が長いだけ有って、教える才能も有るようだ。
「海軍の中にも、あのお嬢様のご希望に沿えるような、オレの預かり知らぬ水面下で泳ぐ奴等が居るようだな」
「……閣下、歯がみ、みみ見えてて……」
「最強の魔獣子爵令息が何を言うか。オレだって殺せるだろうに」
「ぼ、僕一匹では同士討ち程度です……。ヒエエ……またトラブルですか!?い、イヤだぁ……!!」
プールから逃げ出しかねないキャレルの水中着の襟首を掴み、スオリジェは考え込んだ。仲間内にも、火種が有るのかもしれない。
スオリジェ海軍将は王太子妃のバイトを知らなかったようですね。




