恋しい番のために策謀します
お読み頂き有難う御座います。
どっと疲れたミューンが馬車で帰還中です。
王宮からやっとの事で脱出したミューンを乗せた馬車は、ガタゴトと街へ差し掛かる道を走っていた。
窓を開けると油の臭いが漂ってくる。蒸気の喧騒に負けじと、住人の声も大きい。
蒸気で動いているらしい空飛ぶスクーターバイク郵便が、高層住宅の住人のベランダポストに手紙を投函しているのが見えた。
隣の住宅では、キラキラした羽の鳥系の獣人が避雷針を点検している。
パン屋の雇い人なのか、河馬の婦人に向けて呼び込みをしている異世界種もいる。
色んな種族が入り雑じる、賑やかに流れるお馴染みの風景を眺めながら、ミューンは今日の反省をしていた。
直ぐやると言いつつも、嫌すぎて1週間伸ばすんじゃなかった。ちょっと人目を引きすぎたのでは?
「だけど、衆目の前で派手に断れた上に、仕置きまで見れたので良かったのでは無いかしら。爬虫類いや、軍将は怖かったけどいい方だったし、結果オーライね!」
ミューンは先程までの事を前向きかつ強引に纏めた。現実逃避とも言う。
しかし、目を背けた所で課題は残る。
「ゴードンを合法的に引き剥がす方法は無いかしら……」
先程通り過ぎた、あまり頼りにならないと評判の、街のお悩み相談ポストに投書を放り込みたい位だった。派手な赤にラメ入りのポストなので嫌でも目につく。あれは王太子の国策らしい。
「王太子よりも軍の方が頼りになりそう…」
いっその事、適当に騙して陸海空どこでも良いので、軍に入らせてしまえやしないだろうか。
毎日シゴカれて疲れ切っていればくだらない印刷物を送りつけてくることもないだろう。ミューンに縋り付くこともあるまい。もし、上官が美人ならきっとホイホイ着いてくるだろう。何処かの軍に美女は居ないだろうか。出来ればとことんS気質でデレないタイプが良いが、そんなおあつらえ向きの人材は居ないだろうか。侯爵家から急募したい。
もしくは憂いを完全に断つ為、他所の王女がワケアリでも可能で手頃な婿を募集していないだろうか。裕福目の身分が欲しい商家でも良い。
その後は王太子夫妻の関係改善化に手を貸すか、第二王子の夢物語に手を貸すか考えることにする。
王太子妃は大変気の毒だと思うが、王太子が嫌いなので夫婦生活を充実させるよう協力するのも腹が立つし、ドヤ顔を見たくない。寧ろ王太子妃に逃げられて欲しい。釣った魚に餌をやらないタイプは飢えればいいとすらミューンは思っている。
第二王子のお相手はそもそも存在すら怪しい上に、婚姻してくれる適齢期のお嬢さんが見つかる可能性が低い。もし見つかったら、おばあちゃんでも結婚しそうな勢いだが、老後を邪魔する不良債権を引き取らせる外道な行いはとても気が引ける。
どちらの選択肢もイバラの道過ぎるが、フリックを優遇してくれる方を選ばねばならない。どちらの王子もタイプ違いなだけで、鬱陶しくて嫌いなので、ミューンはどちらも選びたくはない。が、ゴードンよりはマシなので背に腹は変えられない。
他の王位継承者は3人以外に先々代の王の末弟である89歳のおじいちゃん公爵しか居ないし、彼の息子は継承権を放棄して他国へ婿へ行ってしまった。
「辛い選択だわ……。全ては私とフリックの為よ……。どうすれば……!?もうひとり真面目な継承者降ってきて欲しいわ……!不遇なお立場の隠し子とかおられないの!?拾いに行くのに!!」
フリックと田舎に引っ込むにしても、ある程度平和維持して貰わないと安心して安全にイチャつく事が出来ない。いっその事、クーデターを起こし父や自分が施政者になるのが良いのかもしれないが、論外だとミューンは断じた。
宰相コンラッドを初め、纏めるべき臣下の扱いが面倒くさいし、忙しいとイチャつけない。
やはり、事故か……?と暗い方向へ ミューンが思考を巡らせていると、御者から声が掛かった。
「お嬢様、メメル校前です」
「あらそう!?彼処にフリックが居るのね……」
流石にテスト中の学生を呼び出す訳には行かないので、せめて学校を遠くから眺められるよう御者に頼んでおいたのだ。
部外者なので学校に入れない。だから、メメル大河越しにでも面影を探して見たかったのだ。
もしかしたら、気晴らしに外の空気を吸いに、校庭に出てきていたりしないだろうか。そんな期待も込めて。
しかし、校庭は静まり返っており、彼女の愛する若草色の番は姿を見せない。当たり前だが、幻覚すら見えてこない。
それ以前にもしフリックが居たとしても、数百メートル位先の校舎から出てきた人物を大河と木々の間に陣取る馬車から見える筈がない。
ミューンは常人なので、校庭の人影がクリアに見える物凄い視力は持っていない。普段なら気付く筈なのだが、ミューンは恋で目と察知能力が曇っていた。
「居ない。虚しいわ……」
何時まで見ていても川と木と建物しか見えない。早く帰って早くぬいぐるみ作りに勤しもう、とミューンは帰路に着いた。
この悔しさをぶつければ、量産体制に入れそうだ。
サーベルタイガーのぬいぐるみに囲まれてモフったら、少しは番に会えない気分がマシになるかもしれない。
そして、色々考えすぎてテンション低く家に帰るミューンを待っていたのは。
フワフワの猫、いや虎耳と尻尾をフヨフヨ動かして満面の笑みを浮かべた愛しい少年だった。
ついに幻覚を見るまでに疲れきったのか、と凹んだミューンだったが、目の前のフリックの可愛い姿のリアルさに、へにゃ、と顔が崩れるのを抑え切れない。
「ミューン様ミューン様!!お帰りなさい」
若草色の髪に、同系色のフワフワの猫……いや、虎耳と尻尾が嬉しそうにユラユラフサフサと揺れている。
何時か合法的に好きなだけ触らせて貰える日を夢見ていたミューンは、尻尾の動きを目で追って……自分の頬をつねった。
「痛あ!!」
「みゃっ!?ど、どうしたんですか!?頬っぺた大丈夫ですか!?どうしてつねったんですか?虫でも居たんですか?」
ミューンの奇行に仰天して、慌てて駆け寄ってくる幻覚の足音までリアルだ。
だが、頬に寄せられた骨ばった手が、何と温かい。
「!?」
ミューンはアイメイクを気にしない淑女らしからぬ勢いで目を擦った。
赤系のアイシャドウと紺色のマスカラが、結構べたっと手に付いたが、構っていられない。
そして、恐る恐る視線を下げる。
「ミューン様、目を擦っちゃ駄目ですよ!?あああ、何か入ったんですか?痛いですか?」
近寄ってくる薄緑の目は、あの時と同じように澄んでいる。
世界にひとつの宝石のように、キラキラと春の色をミューンにもたらし……我に返った。何と本物だった。
「ふ、フリック!!フリック!!本当にフリックなの!?」
「テスト終わりました!でも、ひとつだけ3位で……。全教科主席は取れなかったんです。あうみゃっ!?」
覗き込んではにかむ少年を力いっぱい抱きしめると、若草色の逆立てた髪と、同じ色の耳がミューンの首をくすぐる。
何故か彼からは草のような匂いがしたので、ミューンは場違いにもお肉を沢山食べさせようと誓った。
学校が静まり返っていたのはテストが終わったからなんですよね。




