苦手なタイプに救われることもある
お読み頂き有難う御座います。
ミューンの周りがざわついてますね。
家へ戻る馬車へ向かう道すがら。
通りすがりの使用人や、文官達の目が語っている。
「早くゴードン殿下とご結婚されて、お世継ぎを」
「ポッと出の貧しい子供に血迷わず、お早く」
「他国出の王太子妃よりも、物事をハッキリ仰るミューン嬢を次なる王妃に」
この頃の王宮の空気は実に悪い。
王や王妃はゴードンにミューンを娶らせる事をとっくの昔に絶望視して諦めているのに、外野はミューンが諦める事を望んでいる。
「早く結婚して……フリックとフリックのお姉様を連れて領地に引っ込むに限るわね」
変に番主義で娘を高齢の貴族へと売り払うような両親から、姉弟を引き剥がした方がいい。
地方なら、健気な子爵令嬢に相応しい相手も見つかるやも知れない。
「ああ、可愛いフリックはどうしているかしら。テストが上手くいったらご褒美をあげないとね。何が良いかしら……」
ミューンは恋をしている。彼のことを考えるだけで、心がほんわり温かくなる。
誰に何と言われようが、出会ったばかりであろうが恋をしているのだ。
自らの考えが正しいと物言いたげな視線はイラッとするが、直接言われている訳でもないのでミューンは無言で突っ切ることにした。
可愛いフリックの事を考えて、口元を緩める。
「あ、ミューン!!偶然だな!」
メメル校への見張りも立てて、フリックを害されないように図らなければならない。
そう、この馬鹿能天気王子がボケッとしている内に、周りが動かないとも限らない。さっき肘鉄した奴とか。
……それにしても自宅とは言え、何処から湧いた。誰かが進言したようだが、ミューンはサッサとこの場から去りたかった。
「茶でも飲まないか?酒が良いか?」
「ゴードン殿下に置かれましては私のような旧い幼馴染み如きと過ごされますよりも、真の番様に認める御文にお力を注がれませ。
印刷に頼るな不愉快なのよ失せて送ってくんな!よ」
「ミューン!!棄ーてーないでくれえええええ!!」
周りにたっぷり目が有る上でフッてやろうと思っていたのに、逆に泣き落としで退路を立たれてしまった。
しかも感激する訳もないのに、無駄に跪き逃げようとするミューンのドレスの裾を膝で押さえ込んで来たのだ。
成程、『食い散らかしゴードン』と揶揄されたのも納得だ。無駄に女慣れしていない。上目遣いが無駄にミューンをイラッとさせた。
「まあゴードン殿下ったらお戯れを。離してくださいます!?」
「ミューン!!話をしようそして許してくれ!!」
「っ、いい加減に!!!」
此処で秘密兵器を使うには、人目が多すぎる。
ゴードンが此処までプライドを棄ててくるなんて思いもしなかったミューンは自分の迂闊さを呪った。
「いけませんな、殿下。嫌がるご婦人の裾を押さえるなど高貴なる方のすることでは御座いませぬぞ」
「げっ!!スオリジェ!!何で此処に!!」
大柄なゴードンの首根っこを吊り下げる程の巨体。
その太い腕には……細かい鱗がびっしりと生えていた。
実際の歳は分からないが、50代前後の水棲爬虫類の獣人だ。
いや、違う。爬虫類ではない。以前会ったことは有るが、最近見かけない人物の正体をミューンは冷や汗を掻きながら必死に思い出す。
白髪交じりの黒い髪に、深海のような隻眼を持った彼は、海軍将スオリジェ。
彼は、海軍トップに長年君臨する古生獣人だ。ミューンは何の種類なのかは知らないが、爬虫類ではない、が、水棲の大型魚類?いや、爬虫類?らしい。
しかし、救って貰った紳士に対して恐怖で叫ぶだなんて、失礼なことはとても出来ない。
ミューンが幾ら昔から爬虫類が苦手だとしても、だ。卒倒しそうになる足を気合で動かし、深いカーテシーを成功させた。
コレで顔色も多少誤魔化せる、筈だ。
「……はちゅ、……いえ。スオリジェ軍将様。困りきっておりましたの、誠に有難う御座います」
「年寄りがでしゃばる気は無かったのだが、ご婦人へのお誘いにしては目に余ってな」
「勿体なきお言葉ですわ……」
「くそっ、離せスオリジェ!!ミューンは爬虫類が苦手なんだからどっか行け!!」
「何と」
失礼で余計なことを言うな!!寧ろお前がどっか行け、とミューンの怒りが益々溜まった。
「まあ、そもそも吾輩のような武骨者がレディの御前に相応しいとは思っても御座らん」
「そんな事は御座いませんわ!!其処のゴードン……殿下よりよっぽど人格者でいらっしゃいますもの!!」
例え爬虫類で有っても、それは真実だった。
「ミューン、酷くね!?俺の方が素敵な狼だしカッコいいよ!?」
「ではその格好良さを活かす為、吾輩と少々お話を致しましょうかな。では、ミューン嬢失礼する」
「ギャアアアアア!!何で軍将が帰ってんだああああ!!嫌だあああ!!」
「水練に致しましょうなあ」
この国には陸、海、空と3人の軍将がおり、それぞれ皆が幼少の頃から王子の軍事教育に関わって居る。
皆、獣人で実に立派な体躯の高潔で偉大な軍将たちだ。
普段彼等は演習に出ており居ない筈だが、今日は偶々王宮で用事が有ったようだ。実にラッキーだった。
もしかしたらミューンを気の毒に思う誰かがひっそりと呼びに行ってくれたのかもしれない。
王宮には敵だらけかと思っていたが、凝り固まった考えはいけないな、とミューンは反省した。
昔からくだらない悪戯をしては、軍将達にシゴカれて居たと聞いたのに。
それでもめげないゴードンはある意味大物だった。
兄達はとっくに大人しくなっているというのに。
ゴードンには死ぬ程のシゴキが待っているだろう。
ある意味、あの大柄な体はそのシゴキに耐え抜いた証でも有る。だが、何故性根が叩き直されないのだろう。
向こうでぎゃいん!と鳴き声が聞こえる。
どうやらお任せしていいようだ。久々に死にかけるような目にいや、しごかれるのだろう。
「……暫くは落ち着きそうね」
少なくとも疲労と筋肉痛、怪我が癒えるまでは何もしてこない筈だ。
ミューンはドッと疲れて、帰路についた。
中には味方も居るみたいです。




