ジワリジワリと広がる
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間が空いて申し訳なく。
「……ユニコーンとケルピーとバイコーンの血筋を引く、リオネス公爵家のネラ公女ですか。そして、前陸軍将の長男の嫁。
婿は死別して、実家に戻った。境遇としては希少ですね」
「……そ、そうですね」
「ヤッバー。甘やかされまくりじゃーん」
目の前に置かれた茶器もお菓子も馴染みがあるのに、配ってくれたロレットのお陰で、フリックは実にホームなのにアウェイ気分だった。
しかも横のキャレルは固まったままで動かない。
「ロレット、貴方は愛し子達へのおやつ配布をお願いします。その後は寝かしつけを」
「アルベリーヌ様もも寝かし付けちゃう?寝ちゃう?寝ちゃおー!しっとりねっとり頑張るからさー!」
「ひ、ヒエエエ……」
ピトッと張り付かれたロレットの手を外し、修道女アルベリーヌは時計を見た。
「3時3分前。一刻を争いますよ」
「おやつーーー!!」
「おやつぅーーー!」
「げっ、怖!お、お前ら窓に張り付くなよ!」
「ロレットおやつガカリなんだから、はやくぅーーー!!」
大合唱にビビりながらも、ロレットは子供達の相手に向かった。
その顔は初対面の時とは大違いで、心から楽しそうに見える。
「良かった」
「ひえ……え?」
「ロレット、あの、怖かったですけど……楽しそうにしてますね。やっぱり、追い詰められてたんでしょうか」
「だとしても、フリックを利用して良い訳では有りませんね」
「そ、そうだと、お、思うよ……」
「……ですが……」
「まあ、ロレットの事は私が少し面倒を見ることにします。未熟な稚魚を捻り潰すのも気が引けますし」
「……あ、握力お強そうですね……」
「置き場跡商店街の腕相撲大会では、控えめに準優勝を頂いておりますから」
キャレルは青くなりながらも、そっと修道女アルベリーヌの手を眺め、逸らした。何か感じ取ったのかも知れない。
「それよりも、その未亡人馬に警戒をした方が良いでしょう」
「み、未亡人馬……」
その通りなのだが、ネラのあの可憐な見た目にそぐわないなとフリックとキャレルは思った。
「天馬公爵が捕まった事で、今回の異世界種の騒動は幕引きになるでしょう。
ですが、僅かな諍いで、味方も敵と成り得る」
「……僕はどうすれば良いでしょうか」
「勉学に励むのが一番かと」
「で、ですけど……フリック君、学校に襲撃さ、されて……」
「貴方もお通いになればいいのでは?」
「は、ひは?」
キャレルは怪訝かつ怯えた顔になり、修道女アルベリーヌを見た。
「ヌメドー子爵令息。貴方はまだ、番は見付からないのですよね。種族を隠して単なる子爵令息としてお通いになればいいのです」
「ヒエエエ!?め、メメル校に!?」
「はい。どの道王家にお仕えするなら必要な知識を何時かは得ねばならぬのでしょう?貴族ですし」
「ででででですが、ウチは結構流浪気味で……子爵として領地もないし」
「番を得れば住まいは要り用でしょう。この際何処か拝領されては?」
淡々と丸め込まれそうになって、キャレルは半泣きになっている。
「で、ですけど……あっ!そうだ!この間の頭突きの子は」
「残念ながら、ウミウシ獣人の少年がナネットを見初めて、ザブジャブジャブーンへ渡りました」
「えっ!?は、早いですね!?」
「ええ。ナネットには、毒のある獣人耐性が少し有ったようですね」
だから躊躇いなくキャレルへよじ登ったようだ。もしかしてと思っている間に、とんでもなく相性のいい子を逃したのではないか。
キャレルはガッカリしてガクッと肩を落としてしまった。
「し、しまった……。
ど、毒耐性の子を逃した……!?」
「で、ですけど反応しなかったんですよね?」
「え、え?何処が?」
「番に反応しなかったんですよね?胸が高鳴ったり頭に血が上ったり……」
「な、無かった……?かな……。あ、あの、言い難いならい、いいよ」
つまり何処が反応するのか、キャレルには分からない。まさか下ネタでは有るまいな、無理矢理言わせてるのか?セクハラにならないか?と心配になった。
「人に拠りますが、上半身か下半身かが反応するようですね」
「し、シスター!?」
「私も歳を食ったとはいえ獣人の雌ですので、番への反応の話は存じています。お気になさらず」
「だ、だから気にしますよ!」
「耐性や身分で番が決まる訳では有りません。心を掴まれた者を番とするのです」
「ヒエ……」
修道女アルベリーヌは、見慣れぬ者にはかなり恐ろしく映る笑みを浮かべている。
「番は相性。そしてタイミング。耳や尻尾の動き。
思えば、子爵夫人という新たなる道を愛し子達に拓けぬのは仕方ないことです」
「えっ、あっ、その……あ、尻尾なんだ……」
「は、恥ずかしいんですけど、おかしい位動くんです」
番が見付かると尻尾や耳が過剰に動くらしい。下ネタでなくて良かったと、キャレルは胸を撫で下ろした。
「それに、境遇がどうであれ。
心繋いだ番達へ切れ目を入れる行為は……我慢なりませんね。駆除は燃えます」
「し、シスター?
子供達のお世話もありますし、あの、あまり……」
「取り敢えず、今日は此方へお泊まりなさい。
リオネス公爵家、ドレッダ候爵家へは、事の方針が決まるまで少し距離を置くかどうかは……展開次第ですね。
明日は手紙を王宮の第二王子殿下と海軍将閣下へと届けた方が良いでしょう」
「シスター……ですが、ミューン様へは」
「少し性急に近寄り過ぎたとでも。ドレッダ侯爵令嬢も放置が過ぎましたねと煽りに行きましょうか」
「やややや、止めてください!ミューン様は何も悪くないんです!!」
尻尾を膨らませて涙目になるフリックの頭を、アルベリーヌは優しく撫でた。
「無論冗談です。ですが、リオネス家のご兄弟の番の前にも……ネラ公女は現れているやもしれませんね」
「……あ、有り得るか、かも……」
「そんな……」
だが、アルベリーヌの予測は当たっていたらしい。
次の日、闇の大地商店街でバッタリと会った宰相コンラッドの番、鍛冶屋のロジェルの顔色は良くなかった。
「あの、宰相様の妹さんが来て、……お、お約束をその、すっぽかされて。こんな事滅多に……いえ、でも平謝りされたんですけど……」
ロジェルの手には、白の石楠花の花束が揺れていた。
次から慌てる番の大人達です。




