剣歯虎は顔を合わせ辛い
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フリックはドレッダ侯爵家に戻って参りました。
辞そうとするキャレルを宥め、彼と馬車に乗り、フリックはドレッダ侯爵邸へ戻ってきた。
「で、でも……助かったかも。宰相閣下の、お屋敷に閉じ込められそう、だったか、から」
「ネラさんに会われてしまわれますよね……」
宰相コンラッドの家に引き留められ、暫く滞在していたらしい。屋敷が広いとは聞くが、会わないとは限らない。確かに戻り辛いだろう。
「会っても……多分、ややこしい事になる、かな。宰相閣下の、考えもか、変わるかも……」
「そうですね……」
「で、でもあの子……、そんなに、賢くないのかな。でも、底知れない……。水棲の気配もするし……」
「ケルピーの血も入っておられるので……」
「……マルチな使い方が出来る血って、便利でい、いいよね……。ぼ、僕の一族なんて、滅茶苦茶やり辛いし……」
「マルチな使い方……。ま、まあそういう考え方も有りますか」
マルチな使い方が出来る血なんて聞いたことがないが、実際にそのようなのでフリックは躊躇いながらも同意した。混ざっているからこそあのように作用したのかもしれない。
フリックは剣歯虎だ。だが、使える物が牙ぐらいだが腕っぷしが強くもない。特殊な事は何も無いな、とちょっと悲しくなった。
因みに護衛や御者は、キャレルの危惧したように先程の騒ぎを……全くネラの事を口にしていない。
恐らく無かったものとしてスルーしてしまったのだろう。キャレルが指摘しなければフリックも……。
恐怖と、自分が自分でなくさせられる違和感に尻尾が膨れた。
「まあフリック!キャレル様と一緒だったのね!」
「は、はい」
「もう仲良くなったの?……やっぱり歳上の殿方にモテ……いえ、私が一番愛しているわフリック!」
「みゃっ!?」
そして、出迎えたミューンも。
報告が行っていないのか、ネラの事を聞いても許してしまったのか。
今迄と違う。尋常ではない。
抱きしめられた温かさやその他色々に吹っ飛んでしまいそうだが、フリックは堪えた。
「……ミューン様、あの、キャレル様にですね、此処に滞在して頂く事は可能でしょうか」
「あら、やっぱりあの馬だらけの家がお嫌だったかしら。まあ当然よね!前当主様は兎も角、コンラッドの采配の家に住みやすい訳が無いもの!」
「ヒッ、いえ、その……。す、数日で良いんです。何なら、その、軍に」
「あら嫌だわ、お気になさらないで!番も未だ見つかってないんですもの!……お見合いの相手だけど厳選しているのよ本当に!鋭意探しているの本当に!」
「えっと、あ……はい」
「出来れば修道院の子に見つかれば良いのだけど……貴族はねえ……。マニアックでも少量のマニアックかつ、サイコでない令嬢を見繕うから!マトモな子を!」
「お、お願いします」
色々と候補の幅が狭まってきたようだが、何か違う……とも言い出せずキャレルは俯いた。
早々見つかる筈も無いのだが、やはりこの見た目と特性では……と顔を曇らせる。
「キャレル様」
「ミューン様、裏稼業ネットワークの……」
「!」
どうやらジュランが来たらしい。ネラのもうひとりの兄の登場に、ふたりは肩を震わせた。
「ええ?何?ジュラン?私とフリックとの邪魔をするなんて良い度胸じゃないの、あの馬その2!」
「ミューン様、あの、僕は大丈夫ですから、その」
「だけどフリック!」
「しゅ、修道院へ行きますから」
「だけど帰ってきたばっかりで」
「いいいいい、あの、僕も……」
子爵令息ふたりは、顔を合わさぬよう降りたばかりの馬車に飛び乗る。少し離れた所にバイクが停められていたので、ジュランはもう邸内に入ったようだ。
御者も驚いていたが、直ぐに修道院へと向かってくれた。
「……で、あの……どうします?」
「シスターアルベリーヌに……相談をしようかと。それと、スオ様と……ユーイン殿下に」
「……ヒッ、王子!?……す、凄い知り合いが居るね……。スオリジェ様はと、兎も角……な、何者」
「ただの無力な剣歯虎ですよ……」
「……と、とても無力でどうのこうの出来る関係ではな、無いのでは」
ウロウロと青緑の視線が方々を彷徨く。
「でも、君は君の、人脈を持った方が……いいね。た、助けを……求められるし」
「その、面識も少ないのにキャレル様にも助けて頂いて有難う御座います」
「ぼ、僕の場合は何と言うか……見返りも有ったから……」
そして、修道院に着くと……。
「アルベリーヌ様、好きです!卵を作りましょうよー!同じ卵生同士でしょ?お似合いですよー?何なら産みますからー」
「いいですか、愛し子達。同じ卵生でも、異種では産まれにくいのです」
「ロレット、おさかなだもんねー」
「シスターとりさんー」
修道女アルベリーヌの腰に抱き付きながらも引き摺られるサクラダイ獣人ロレット、という中々のカオスが繰り広げられていた。
「あ、あ、あの子……未だ、居たの……」
「本当ですね……」
てっきり牢屋に囚われているとばかり思っていたが、ロレットは何故か元気そうだった。生き生きとしてすら見える。
「フリック、どうしたのですか?」
「あ、フリック君じゃん?どーしたのー?」
「ど、どうしたのじゃ有りませんよ。シスター!?」
「人手が足りないので、奉仕活動です」
「そうそう!見て!ほら、足に鎖!」
ロレットが長い貫頭衣を捲ると、その右膝から足首にグルグルと鎖が巻き付いていた。
「重くてさー、もー泳げない泳げない……」
「ほ、奉仕活動……」
あれだけ怒っていたミューンが、その程度で矛を収めたとは信じがたかったが……。
「アルベリーヌ様が掛け合ってくれて!愛だよね!」
「それよりもフリック、何故此方に。
何処ぞの雌に離間計でも仕掛けられましたか?」
修道女アルベリーヌは、何故こう敏いのだろうか。何時もの事ながらの察しの良さに、フリックは固まった。
「貴方は愛し子ですから。ドレッダ侯爵令嬢の行動パターンと、お連れ様から察知しました。伺いましょう。さて、ロレット。お茶の用意を」
「畏まりまーした!」
塩対応にもメゲないらしいロレットは、生き生きとしていた。大丈夫なのだろうか。
すれ違い気味ですね




