避けてるのにエンカウントしてしまった
お読み頂き有り難う御座います。
呼ばれたら無視できない立場は辛いものです。
そして、1週間後。
再三で矢継ぎ早の手紙に根負けし、イヤイヤ登城したミューンは……王妃殿下にお会いしてゴードンの締め付け強化を懇願して、帰ろうと思っていた。勿論ゴードンへ会う気はゼロですっぽかす気である。
「待ちたまえ、親愛なるミューン嬢」
だが、ヒールなしの靴を用意して忍び足をしていたミューンは、その甲斐なく、彼女を狙っていた宰相コンラッド・リオネスに絡まれてしまった。
会いたくない奴ナンバーワンにして、嫌な奴の権化に捕まるとは。
折角遠回りしたのに、廊下で張られていたようだ。
ミューンのテンションは駄々下がりになった。
「いい加減ゴードン殿下に嫁いで仔狼の一匹でも産めば如何かね?それから離縁して仔虎でも仔犬でも何匹でも侍らせれば宜しい」
「そんなに有り得ない仔狼の誕生を喜びたければ、いっそ奇跡を起こしてお前が産めば良いんじゃなくって?
獣人同士で番も良くご存じだものね。ああ、私を推す他の方々でも良いわ」
いきなり一言めからセクハラを噛ましてきた宰相、コンラッド・リオネスにイラッと呆れつつも、ミューンは肩を竦めた。
この男はゴードンとはまた違うタイプの明け透けさなのだが、此方は幅広く女性人気が高い。偉そうで口が悪いのが観賞用としては堪らないらしい。
確かに白めの金髪に、落雷が時たま奔るように見える変わった仕様の灰色の目を持ち、冷たく整った顔は良い。見目だけは良い。
だが、性格が悪い。どんなに贔屓目で見ても、ミューンのタイプには掠りすらしない。これを持て囃す神経がミューンには分からない。
何しろ、会話をすれば、例外は有れどわざと煽ってくるのである。国王陛下と王妃殿下を除くが、皆を平等に扱いつつも、言葉尻を煽り、神経を逆撫でする。
実に性格の悪い男だ。子供の頃からワザと悪人のように振る舞いたがる。
「おや」
だが、そんな彼もミューンの返答が意外だったようで珍しく一瞬目を大きく見開いていた。だが、直ぐに軽く微笑み体制を整えて嫌味っぽく微笑んだ。
「奇跡ねえ。喜ばしいことに私は雄なんだ。そしてゴードン殿下の明るいバカさ愚かさは同性だから許せるのだよ。
もし奇跡とやらが起こって、我が身が雌として求められる並行世界が有るならば、殿下を……いやいや、過激な発言は控えるよ」
自分に置き換えても嫌なら私に言うなっての。とミューンは露骨に嫌な顔を浮かべそうになり、酷薄な笑みを浮かべて見せる。
肩を竦めるオーバーリアクションも腹が立つ。
「セクハラ野郎、王太子妃殿下にもその調子で口を利いていたら、蹄鉄を剥がしてご自慢の顔面にぶつけてよ!この奇蹄目!」
王太子妃は他国から嫁いだ影の薄い女性で、体が弱いらしく公式行事以外は殆ど表に出てこない。
そんな彼女を軽く見て言われっ放しでも耐えておられると聞く。何でも王太子の急な結婚申し出で、言葉も余り分からないまま嫁がれたらしい。以前拝謁した時に、儚げな微笑みを常に浮かべて気丈にしていたその様子に、何て健気で芯の強い女性だ、こんな屑兄貴には勿体無い!とミューンは思っていた。
何故なら、そんな健気に耐える妻に対し夫の王太子は、特に何もしていないのだ。
夜会では妻を放って友人を侍らせ御歓談、そして妻は壁の花。妻同伴の筈の視察も、ひとりきりか家臣連れ。
夫婦生活破綻フラグで爆発寸前のテンプレが大盛り、いやメガ盛りだ。どう贔屓目に見てもそうとしか見えない。
例え政略結婚でも夫が矢面に立って妻を守れよ何とかしろよ、とミューンは思い出してイラついた。
次兄の第二王子は遺跡の壁に張り付いて毎日を終える研究マニアの変人だ。将来は、崩れた壁画に書かれていたらしい未発見の古生獣人と結婚したいらしい。彼の恋が叶う日は遠そうだ。
何故、王子として碌でなししか居ないのだろうか。国王と王妃が常識人なので、気の毒だとは思っている。
だが、ミューンのゴードンを引き取る気は、幼少期に木っ端微塵雲散霧消してしまった。
「其処で悪口として私を雑種だと罵らない君はお育ちと人が宜しいが、やれやれ。流石あの食い散らかしゴードンの幼馴染みだ」
「私は偶々人の結婚してきた結果なだけで、お前は偶々色んな馬がご結婚された結果なんでしょう。私はその違いが分からないけど、お前のお祖母様やお母様には良くして頂いたから好きよ」
他所の国は知らないが、この国では獣人は種族でマウントを取る傾向が有るようだ。知っているが、ミューンに違いは分からない。
嫌な奴はそれなりに付き合い、腹が立つ相手は後で報復を行えるようチェックしておく。個人を嫌うのは分かる。だが、所属するその種族を貶める意味がミューンには全く分からなかった。
そもそもミューンはコンラッドの種族を覚えていない。彼の弟は頭に角が有るし、その下の末妹は角が3つだった。
彼女は種族にとても悩んでいたらしいので、この前会った時にはリボンをそれぞれに結んでやった。とても可愛らしい笑顔で喜んでいたのを覚えている。兄2人と違って無垢な可愛らしい子なのだ。
「母や妹を労ってくれるのは君くらいだ。しかし、私も職務でねえ。
君を追い詰める立場なのだよ」
コンラッドは時折雷鳴が煌めく嵐の色の目を、少しだけ申し訳なさそうに……伏せたようにも見えたが、ニヤリとまた酷薄に嗤う。芝居がかっていてウザいな、とミューンは思った。
「あっそう。コンラッドは嫌いよ。ゴードンに私に近寄ったら鼻を潰すと言っておいて」
因みに、適当な部屋に突っ込まれて相手の本懐を遂げられては困るどころではないので、ミューンは秘密兵器を用意している。
胡椒とアーレルギッテンの実の粉を混ぜて袋に詰めたものを、油紙に包んで常に持ち歩いているのだ。
例えアレルギーでなくても、ぶつけられたらクシャミ鼻水からは丸1日逃れられないだろう。危険物である。
「ふふふ、実に面白い、実に不敬ではないか。その強がりが何時まで続くかね?いった!ちょっと!ミューン!!待ちたまえ!!」
「宰相様ったら大袈裟ね。失礼致しますわご機嫌よう」
その巷で評判の白い金髪に秘密兵器を投げつけてやりたい気分にもなったが、廊下を掃除させるのも大変だ。ミューンは脇腹に肘鉄を叩き込む程度で勘弁してやり、立ち去る事にした。
「ミューン!君ねえ!そう言う所良くないのだよ!!」
「アンタは何処もかしこも発言が良くないわよ!!」
しとやかに立ち去るつもりだったが、ちょっとドスの効いた声になってしまった。しかし、フリックに聞かれていないのでミューンは気にしないことにする。
早く戻らねば、奴が嗅ぎ付けて来てしまう。
此処は面倒で執拗な狼の巣穴なのだ。
ミューンはゴードンのせいで、基本的に獣人に興味が無くなっております。フリックだけは別です。