ハーピーの旦那様は逃げられない
お読み頂き有り難う御座います。
今回の騒動の一端、空軍将アルルローラの旦那様の話がメインで御座います。
そろそろ終息ですね。
他人よりも少しの美貌と抜群の歌唱力を持って、伯爵家に生まれたスティーヴ・マイヤーは、母親と離されて使用人に育てられた。
だから、貴族ではないらしい母親の顔を知らない。
10代と20代は孤独と自信と自由に満ち、他人を省みなかった。
だが、持ち前の歌唱力で夜会ではモテた。だから寄ってくる数多の女性を泣かせていたのだ。軽く遊んで、手酷く棄てた者の中には心の病を得たり、命を落とした者も居たらしい。
そのせいで多くの怨みを買い、家族諸共酷い目に遭った。母親の行方は分からない。
彼と彼の娘以外には、マイヤー家の血を引く者はもういない。
絶望しながら過ごし待遇が少し緩んだ時、囁いた者が居た。
敵国に協力しないか?と。
貴方は苦労したのだから、成功の暁には娘と孫と敵国で悠々自適に暮らせば良い。
暗い日々に光が指した気がした。
確かに多くの女性達には悪いことをした。だが、悔やむ日々はもう良いではないか。もう充分だろうと思った。
怒号と悲鳴の飛び交う戦場で鳥籠に閉じ込められて、暮らしたくなど無い。
愛せるかと思った女性は、無惨な姿を晒して死んだ。
授かり方は不本意ながらも、血を分けた可愛い娘達に殺し合い等させたく無かった。
しかも、嘗ての己のような不誠実な男を争わせ……悍ましくて仕方がない。
何時でも気が狂いそうで、狂わぬように我が身を押さえつける日々。
逃げたかった。嫌だった。彼は焦っていた。
悍ましい気性の男の、子供を孕んだ娘をひとり連れて、逃げ出しても良いではないか。
勿論、心から娘達全員を連れ出したかった。過程は屈辱だったが、スティーヴは娘達を心から愛していた。
だが、もう6人も亡くしているのだ。それに、スティーヴが思うよりも娘達は強い。素直に全て応じるとは思えなかった。
だから、あの忌まわしい元王子を餌に娘のひとり、アルザイーラを連れ出した。
折を見て、元王子を空に浮かぶ適当な小島から突き落とす気だった。
寂しがるなら、アルザイーラにはまた夫を探してやれば良い。
戦場を嗤いながら駆け抜ける強い子だから、乗り越えてくれるだろう。
幸せに暮らしたって良いじゃないか。
もう、30年以上苦しんだ。
「少し構ってやれなかったから、寂しかったんだね?ダーリン」
そんなスティーヴの描いた夢物語は、全て掌の上だったと?
「何故、此処が」
「聞かせてあげた甘言は心を癒したかい?」
「……アル……ローラ」
嘗ての名前を夫に呼ばれ、アルルローラはニヤリと嗤った。目の前には大きな片手銃。それこそ、頭ぐらい軽く吹っ飛ばせる代物だ。
目の当たりにしてきたから、威力はよく知っていた。
軽く突き飛ばされ、尻餅を付いてしまう。
「違うね、ダーリン、旦那様、御夫君。アタシはスティーヴのルル。アルルローラ。
そんなに死にたかったんなら、アタシに言えば良かったのに」
そんな夫を見下ろし、キイキイと楽しそうに喉を鳴らして、羽音と共に恐怖が近付いてきた。
「ローラ、待て。私は……違う、お前と死にたくなくて」
「つれない方だねェ!」
スティーヴの首に手が掛かる。……何時もは血と泥で汚れているのに、唯一で最後の妻の手は……今日は何故か美しく映った。
殺される。
どうして殺されなければならないのか。
だが、殺されれば。命を落とせば。
涙で視界が濁る中、見上げた妻の目は嬉しそうだった。
ああ、出会った時から、歪んでいる。
だが。スティーヴも歪みすぎておかしくなっていた。彼女達に、居なくなった娘達に会えるのだろうか。
どうせ、行き先は同じだろうから。と喜びさえ感じていたのだ。
「いやちょっと待てやババア!!じゃねえや、空軍将!勝手に痴話喧嘩して刃傷沙汰にすんな!!つか、実の娘の前で心中すんな!親の心あんのかァ!?」
吠える声が聞こえ、一瞬手の力が緩む。
どうやらゴードン元王子が……叫んだらしい。
自分を庇ったのだろうか?あの、碌でもない放蕩者が?スティーヴは困惑して眉根を寄せた。
「……おやぁ?居たのかい。弱虫毛玉王子様」
「……煩えよ、俺の前で血を流すんじゃねー」
「旦那王子様、狼ちゃんなのに血に弱々だよねー」
「旦那王子様だもんねー」
ケタケタ、と後ろの娘達が笑い声を上げる。
「アンタも簡単に諦めんな舅殿!!この俺をこんな姦しい巣に放置するたぁ許さねぇ!!」
「……」
勝手な事を言うな。誰がお前如きを婿と認めるか、早く殺したかったと言いたいところだった。憎しみは深いのだ。
だが、娘達が増えて、それも言い辛い。死ぬ覚悟だったのに、娘達の嫌がる顔は見たくなかった。
「ワァー、オトコマエー」
「偶にイイコト言うよねー、旦那王子様」
「どの面さげちゃってんの二枚舌ヤバカワチャンー」
「女の子ポイポイな外道チャンなのにねェ」
「耳元でサラウンド要らん事を言うな、お前ら!」
「いやー、黙れって言うならァー?各々目を見てお名前で呼んでくんないとねェ」
ぐっ、と黙り込む迄やり込められるゴードン元王子を見て、スティーヴは奥歯を噛み締める。
娘達の好感を得ているようで、非常に腹立たしい。種族のせいか、ひとりを除き男の趣味が悪すぎる。
「おや?依頼に合った拉致被害者のハーピーのご一家だね!お迎えかね!?ハハハハ、仲良き事は美しき哉!」
喧しく、誰かの騒ぐ声がする。
その声で我に返ったスティーヴは、屋内で銃声や物の壊れる音が響き渡るのを聞いた。
妻と娘達は揃い踏んでいる。と言う事は、他の誰かがこの公爵邸で戦いを起こしているのだろう。
もう、誰も助けに等来ない。
婚約者の器にするとした翼竜の少女は落ちていった。
親戚の体を乗っ取ったと嗤ったエセテ公爵はどうなったのだろう。
そして、辛い現状から逃げる為とは言え、元王子を拉致して他国へ下ったスティーヴの今後は……。
「国を跨いで騒ぐのって、楽しいね?ダーリン」
その小声なのに心に刺さる笑みが、妻や娘達の手の内なのだと……スティーヴは襟を捕まれながら悟った。
バッサバサ空王国、治安良くないようですね。




