帰り際の衝撃
お読み頂き有り難う御座います。
フリックの入院する病院へ過激派婚約者が突撃して参りました。
フィクションですので、どうぞ実際は周りへの配慮をお心掛けの上、節度をお守り頂いてお見舞いくださいませ。
「……編成と給料形態を見直して、新たに募集を……?いえ、それとも」
「お、落ち着いてくださいミューン様、ミューン様!?」
「この警備体制がスカでイケ好かない病院には慰謝料……!!うちの護衛も鍛え直しね。ねえ、スパルタな傭兵塾とか無いかしら!!」
「す、スパルタな傭兵塾ですか!?」
「はい!直ぐにでも探して参ります!!」
90度に腰を曲げていた護衛隊長が大声で返答している。有り得なさそうなものを本当に見つけてきかねない勢いだ。
「ミューン様!あんな状況ではどうしようもないですよ!!皆さんを責めないでください!僕は無事ですから!
無さそうな団体を探させるのも止めましょう!」
「何を言っているのフリック!!
こんなに心と体が傷付いて!!心が!!心が!!」
「みゃっ!?き、傷付いてないですよ!?
あの、ミューン様、その、あまり抱き付かれると……ひ、人前で耳は駄目ですよ!!
少し落ち着きましょうね!?」
涙目のフリックが大声を上げ、美しく結われた亜麻色の髪をそっと撫で返したたことによって、耳を撫で回していたミューンの手がやっと止まった。
此処はボロボロ沼記念病院。
豪華な暴走馬車が乗り付けてきて、押し問答になって大騒ぎになった所である。
そして、滅茶苦茶大迷惑を齎した訪問者はフリックに抱き付いたままだった。
「ああ、愛しいフリック。本当に怪我してない?心の傷でも良いのよ。賠償させてやるわ」
ミューンのオレンジの目は据わっている。どうやって賠償させるのか訊ねたら、実に過激なコメントが返って来そうだった。その頭はフルに悪巧みで動いていそうだ。
「本当に大丈夫ですし、不慮の事態だったんですよ。病院と護衛さんを責めないでください」
「ああ、優しいわフリック……」
「何と慈悲深い……!!
我ら護衛隊は、フリック様への更なる忠誠を捧げます!!」
「そ、そんな……いえ、ええと……お、お願いします」
護衛隊長迄もが涙している。違和感半端ないフリックは、引きながらも頭を下げた。
「……それでね、フリック。やはり侯爵家に帰りましょう」
「ええまあ……そ、そうですね。僕は……元気になりましたし、病院に留まるのは迷惑でしょうし」
「警備がゴミ過ぎて話にならないし、職員もイケ好かないわ」
「ミューン様、皆さん良くしてくださってますから、そう仰らないでください」
悪質クレーマーと化したミューンを宥めながら、フリックは大幅に予定を切り上げ退院することとなった。迎えに来た馬車が……何だかグレードアップしている気がする。
「この中で寝ても良いように改造したの。フリック専用で使って頂戴」
落ち着いたチョコレート色の木材で飾られた馬車は天井も高く、座席の幅もかなり広い。
豪華だが普通の馬車だった筈だが……最早前と色味と外見だけ同じな別物だった。詰めたら6人位乗れそうな位、大きくなっている気がする。
「ご、豪華ですね……。こんな立派に改造されたんですか……。ですが侯爵様やミューン様もお疲れですし、御家族で使いましょうね」
「家族!そうよね!家族だものね!!んもう、フリックったら!」
ミューンが楽しそうで良かった。
ちょっと散財が激しくて眩暈がしたフリックだったが、気を遣ってくれた事実のみにフォーカスして考えることにした。
それに、聞きたいこともある。
「それであの、王宮は大丈夫ですか?新聞にはバッサバサの事が書いてありましたが……合成異世界種の事は何か分かりましたか?」
「そうね。さっきまで解体現場に居たのだけれど……バラバラ死体が動いてる事しか分からなかったのよね」
「え、……バラバラ死体?」
「ええ、結論から言うと虹色油の力でバラバラ死体が動いてるようなの」
「え、ですが……」
フリックは先程部屋に襲ってきたマキの事を思い出した。あんなにハキハキ喋っていたのに、バラバラ死体?
「魔獣人カテゴリのリビングデッド族みたいな感じじゃないのよね……」
「あの方々達は……言語と生活様式と亡くなり方が独特だからそう呼ばれているだけで、生きておられますからね」
「流石フリックだわ……!お勉強の賜物だわ!詳しいわね」
「僕なんてまだまだで……ご迷惑ばかりです。早く……学びに戻りたいです。お役に立てるように」
「フリック……」
もうコンラッドに全て投げて、領地へ戻ってフリックとラブラブに引き込もって生きようと半ば思っていたが、言わなくて良かったとミューンは思った。
彼女の番は勤勉である。
「でも、ジュランがあの爬虫類の子を助けに行ったらしいから、次いでにエセテ公爵を暗殺してゴードンを突き落として来てくれるに違いないわ」
「えっ、そうなんですか!で、でもゴードン様を突き落としては駄目ですよ」
「うふふふ、そうだったわ。扱いはハーピーのスカッド嬢達に任せておいた方が良かったわね。生きてると腹立たしくて、つい」
楽しげに物騒な事を宣うミューンの笑顔に、しょうがないなぁとフリックが口を開こうとした時。
「お嬢様、フリック様!伏せて下さい!!」
「!?」
フリックが反射的にミューンに抱き付き、頭を抱えると、どおおおおん!!と衝撃が馬車を揺らした。
「クケエエエエエ!!」
「翼竜だ!!」
「誰か抱えてるぞ!!」
「何でこんな街中に!?」
馬車は倒れなかったようだ。外で戸惑う人々の声がする。
「フリック様、ご無事で!?」
「大丈夫です!」
御者の問い掛けにフリックは窓を開け、叫び返す。そうだ、ミューンは!?
「無事ですか!?ミューン様!!」
慌てて体で庇おうとしがみついていた腕を解く。すると、髪が乱れて頬を染めたミューンがニマニマしていた。
「フリック……ちょっと身長が伸びたのね、抱き止められちゃったわ、素敵」
「みゃっ!?」
「平気よ、フリックが庇ってくれたお陰で……」
「クケエエエエエ!!非常事態ですのよイチャつかないでくださいましいいい!!」
良い雰囲気は、何処かで聞いた声に似た甲高い鳴き声でぶった切られた。
因みに商店街に差し掛かるところでした。




