ふたつの手紙
お読み頂き有難う御座います。
今回2話投稿しております。順序にお気をつけくださいませ。
お待ちかねのお手紙が届いたようですね。
「そもそも、剣歯虎のカラーリングって、何かスタンダードな定説が有るのかしら……。図鑑によって色味が違うしどれもイモくて地味ねえ。柄もマチマチだし。
こんな不確かな情報じゃあ可愛い私の番を表現出来ないじゃない。
良いわ、このフワフワの若草色の生地の体に、薄い緑のエメラルドのビーズを付けてあげることにするわ」
薄曇りから少し日差しが差し込んできた昼下がりのドレッダ邸。
図鑑を見て文句を付けるミューンの部屋に、ノックが二回響く。
番と決めた彼の種族の小さな縫いぐるみを縫っていたミューンは、作りかけの布の塊をサイドテーブルに置いて返答した。
すると、執事が礼と共に現れる。
「お嬢様、王家とレストヴァ子爵家からのお手紙で御座います」
「あら?そう!そう!そうなの!!」
執事は銀盆に乗せられたそれを、ミューンの前に恭しく差し出した。
高価な封筒に豪華な封蝋で飾られた手紙と、簡素な手紙。そして小さな銀製のペーパーナイフが並べられている。
待ちに待った手紙であろう簡素な方を、上品に。だが気持ち早く躊躇わずに取り上げたミューンは、ウキウキしながら開封して、にんまりと唇を上げ、にやけた。
やはり、お待ちかねの人物からだ。
豪華な封筒の方は一瞥した後置き去りにして、早速封を開ける。
『ミューン様、先日は誠に有り難う御座いました。
失礼を申し上げた上に軽はずみな行動を諌めてくださり、挙げ句の果てには王子から庇ってくださる貴女のお心の広さに、感謝しか御座いません。
あれから両親を説得し、家族で話し合った所、姉は俗世の身ながらも近くの修道院でのお手伝いや、刺繍の腕を買われ仕事をすることになりました。僅かながらも賃金が発生する上に、子供達に囲まれ姉も楽しそうです』
「……ちょっと固いお手紙ね。でもちゃんとした子だこと。手紙まで偉そうで上から目線のゴードンとは雲泥の差、比べるに値しないわね。
でもねえー、甘えてくれて良いのにー!」
脳内でフリックの声を再生しながら、ミューンはメメル校の便箋に綴られた手紙を読み進める。執事は何時も通り空気に徹していた。
『直ぐにお手紙を差し上げたかったのですが、折しもテストが始まり貴女への手紙にペンを執ることが叶いませんでしたことを、お詫び申し上げます』
「あら、テスト中……。そうなの」
早速お誘いの先触れを出そうかと思ったミューンは、ガックリ来た。
暫く会えないのが悲しくてテンションはガタ落ちだが、流石にテスト中の学生を連れ出せない。
「いや、テスト大丈夫かしら。栄養足りてるのかしら。お腹減らしてテストを受けてないかしら……。だとしたら可哀想過ぎるわ。補給部隊を派遣した方が?でも、差し出がましいかしら……」
悩みつつ、ブツブツとミューンは呟く。
ドレッダ侯爵家の使用人は無駄口を叩かない為に、この場にツッコミが居ない。
『良い成績を沢山取って、ミューン様に相応しい役職に着く為に頑張ります。
きっと頼りにして頂ける良い男になりますので、少しお逢いできませんが、どうか僕を忘れないでくださいね』
ミューンは手紙を閉じ……胸に抱き、また開いた。
そして、中身を再び最初から一読した彼女の唇からは、ため息が漏れ……オレンジ色の目がカッと見開かれた。
「キャーーーーー!」
「お嬢様!?」
流石に執事は奇声を上げる主人にビビり、驚きの声を上げた。
「ラブレターよ!!ラブレターを初めて貰ったわ!!
こんな素敵なラブレター他に有って!?
額縁……いえ、先ず金庫の新調ね!宝箱のデザインにしましょう!!職人を呼んで!」
「はっ、畏まりました」
主人の奇声に動じたものの、執事は恭しく銀盆を下げようとし……もう一通の立派な紙に威風堂々とした封蝋が捺された封筒が残っていることに気付く。
「お嬢様、王家からのお手紙で御座います」
「ああ、失礼の塊ね。捨て置きなさい」
「……畏まりました」
先日から矢継ぎ早に届くのは、失礼の塊、もとい第三王子からの婚約を懇願する手紙だ。
印刷のように同じ内容が延々と送られてくる。いや、実際印刷なのだろう。
先日、当主命令でミューン立ち会いの元で執事が確認した所、幾つか同じ場所の文字の欠損が見つかったので、元の版自体が欠けているのかもしれない。
つまり、これは欠ける程使い込まれた版で刷られた書類であり、壮大な彼の女性遍歴に則って使い回された印刷物。テンプレートを印刷されただけの、只の高価な紙だ。
ゴードンは壊滅的に字が汚いので、テンプレートを予め用意しているのは幼馴染みとしては理解出来る。サインは辛うじて直筆だが、その長年書いている筈の署名も相変わらず見るも無惨に汚い。
本当に百年の恋も醒めそうな勢いで汚いし、ミューンは既に彼への初恋を踏みにじられて醒め切っているのでダメージはないが、イラッとすることに変わりない。
しかし、何故か不思議なことに字の汚さではフラれていないらしい。王子をそんな理由でフることが出来ない身分のせいかしらとミューンは思った。
ミューンは身分と立場と怨みがたっぷり足りているので、アレルギーがどうとか意味の分からない告白の後、遠慮無く本人をフッたし最初の手紙にも『私ミューンは、初恋を踏みにじってくれたゴードン殿下と絶対に結婚しない』と返答した。
それでも何故か未だ3日と置かずに送られてくる。
恐らく、ゴードン以外にも誰かの思惑が働いているようだ。
しかし、それならそれで誠実な文章を寄越す等小細工もなしに、何故ミューンにテンプレ文章を寄越すのだろう。
格好付けて装う必要もなく腐れ縁で、嫌な位にお互いを知っているのだが、小細工する必要もないと舐められているのだろうか。
恐らく何も考えず惰性で送っているのだろう。その内、侍従辺りが気付く迄は。
ミューンの心に怒りが点って、再び爆発するのを分かっていないのだろうか。
これには、流石に父である侯爵も怒っていた。
ミューンはサーベルタイガーのぬいぐるみを製作中です。