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7、討伐隊1

「44番、ついて来い」


「・・・」


のしかかるような夜闇を背に、ぼんやりと陰鬱な灯りを手にした三人の監督者のうち一人がそう言った。


その声に感情はなく、機械的で、俺に『話しかけている』と呼べるものではなかった。

それはそうだ、『話す』とは同じ人間同士でするものだ。

人間でない奴隷の俺と、『話す』ことはないのだ。


それはこの世界に来て早々に理解したことであった。そして、納得したものであった。

だからこそ、そういった態度に対して俺の心にさざ波は立たない。


むしろ、ヒリアのありがたみがより一層心に沁みるというものだ。


俺は小さくため息をつくと、床から腰を上げる。


「そこで止まれ。両手を出せ」


今更反抗してもしょうがない。


俺は言われたとおり、監督者の前で足を止め、両手を前につきだした。


がちゃん


「・・・」


鉄製の手枷が無機質に吠えながら、俺の両手に噛みついた。


手枷に括りつけられたひもを持った一人の監督者が前に、残り二人が俺の斜め後方を固める。

そしてそのまま、引っ張られるように連れて行かれる。


どうやら今日が出荷の日だったのだろう。

覚悟なんてとっくにできている。

だが・・・できることならヒリアに別れを言いたかったな。


ヒリアに対する申し訳なさがちくりと心を刺した。


それから目をそらすように、周りに意識を向けた。


圧迫感のある闇の中、監督者が持つ灯りが、まるで墓場に浮かぶ人魂のように不気味に揺れていた。

風が窓をがたがたと打ち鳴らし、足を進めるたびに床がきしきしと響いた。


誰も口を開くことなく、そのままその建物を出る。

短い期間であったが、この世界に来て初めて人間らしい生活ができた場所だったからだろうか、少し寂しさを感じた。


しばらく、しんと静まり返った道を歩いていると、人目を避けるように小さな馬車が止めてあった。


「乗れ」


監督者が顎でしゃくるように荷台を示した。

言われた通りそれに乗りこむと、監督者はすぐに手枷につながっているひもを荷台の端に括りつけた。


「それじゃあ行ってくる。

 明日の夕方くらいには戻ってくるから、俺の分の仕事よろしくな」

 

「おう、気をつけてな。

 44番に襲われんなよ」

 

「十分に気をつけるさ。誰かさんじゃないんだから」


「ちっ、さっさと言って来い」


監督者たちは小さく言葉を交わし、そのまま二人は屋敷の方に戻っていった。


どうやら『死の国』への引率者は一人のようだ。


「・・・」


「44番、妙なことは考えるなよ。

 こちらは『戒めの首輪』でいつでもお前を苦しめることができるんだからな」

 

「ああ」


そんなの百も承知さ。


だが、どうせ死ぬんだからと玉砕覚悟で突っ込んでくるかもしれないとは考えないのだろうか。

俺が窒息するか、あるいは首が折られるかする前に、こいつの息の根を止めることは十分に可能

であるように思うんだが。


まぁ、逃げても行くあてなんて俺にはない。

だからそんなことはしないけれど。


「・・・」


しばらくこちらに目をやっていた監督者だったが、小さく鼻を鳴らすと、御者台にの方に姿を消した。


そして馬車は動きだす。

『死の国』への旅立ちというわけだ。


俺はがたがたと揺れる荷台に寝転んで、目を閉じた。


やることがないなら、夢の中に行こう。

どんな悪夢も、今のここよりはましだから。


・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。


どれくらいの時間がたったのだろうか。

うつらうつらと夢と現を行ったりきたりしていると、閉じた瞼の上からほのかな明るさが目を刺激する。


ゆっくりと目を開くと、遠く山と山の間から太陽が顔を出しているところだった。


周りを見回すと俺がいた町はすでに見えず、微かに村のような集落だけが遠くに見えた。


そして馬車は今まさに山道に入ろうとしているところだった。

辺りは木々と茂みに囲まれ、獣道にしか見えない粗末な道を、大きく揺れながら奥へ奥へ進んでいく。


せっかく顔を出した太陽の光が木々によって遮断され、再び仄暗い闇に飲まれる。

あたりに人気はなく、動物の声も聞こえない。

まるで、息を潜ませ襲い掛かるタイミングをはかっているかのように不気味な静けさだ。


「・・・」


ぴりぴりとした空気が、自然と俺を緊張させる。

馬車を動かしている監督者はこの空気に気付いていないのだろうか、呑気にあくびをしているようだ。


注意深くあたりを観察していると―――目が、あった。


「ちっ!」


それに気づけば、他の違和感にも連鎖的に気付く。


囲まれている。


監督者に注意を促そうとした瞬間に――――


「なんだっ!?」


監督者の狼狽した声とともに、馬車が急停止した。

大きく揺れる馬車の上、なんとか踏ん張り転がるのを耐える。


すぐに進行方向に目を向けると、フードを頭まですっぽりとかぶった大柄の男たちが道をふさいでいた。

さらにそのタイミングで茂みに隠れていた他の人影も飛び出してきて、すぐに馬車は男たちに囲まれてしまった。


「はい、お疲れさま」


馬車の進行方向の道を遮った男たちの中から、一人の男が大ぶりの剣を肩にかけながらゆったりと歩み寄ってきた。


「だ、誰だっ!」


監督者が震えた声でそう叫んだ。

 

その男はそれに取りあわず、そのままゆったりとした足取りで近づいてくる。

他の男たちは微動だにしない。ただ静かに各々の武器、ナイフや剣や弓を構え、じっとこちらを見つめているだけだった。

 

「く、くるなぁ」

 

監督者の情けない声をなおも無視して、ついにそのリーダー格らしき男が馬車の横につく。


「たっ『猛々しきアグー―――――』」

 

恐怖に駆られたのか無謀にも監督者が魔法を唱えようとして―――だが結局それはかなわなかった。

リーダー格の男が軽く地を蹴ったと思った瞬間には、その姿は監督者の真横にあった。

その手に握りる剣は監督者の首筋にぴたりとあてられている。

 

「―――」


その男は、脂汗をかき真っ青になった監督者の耳元に口を寄せ、何事かささやく。

するとどうだろうか、監督者はその場に腰を抜かしたように座りこんで、深くため息をついた。

 

「驚かさないでください!」

 

監督者はまるで知り合いに対して抗議するように声を上げる。

 

「いやいや、あまりにも無防備だったのでね、最低限の注意はすべきだという思いやりです」

 

リーダー格の男はそういって、からからと豪快に笑った。

 

そこでようやく肩の力を抜いた。

襲撃、というわけではなさそうだ。


監督者はまだ恨めしそうにその男を睨みながら、ゆっくりと御者台から降りた。

その男は監督者の視線も全く気にすることなく、それに続く。

 

「待ち合わせはもっと先だったはずでは?」

 

「ええ、そうなんですがね。少し他の迎えに時間がかかってしまって。

 まぁ、結果的にこうやって早めに合流できてよかったですよ」

  

「心臓に悪すぎます、寿命が縮まりましたよ」

 

「あっはっは、それは失礼」

 

 豪快に笑いながら、その視線はゆっくりとこちらに向く。

 

「それで・・・あれが、そうですか」

 

「ええ、そうです。あれが今回の『勇者』です。

 少々お待ちを」


監督者はこちらに近づいてくると、手枷につながったひもを荷台の端からほどき、ぐいっと引っ張ってくる。


「・・・」


俺は小さく鼻を鳴らして、荷台が飛び降りて、監督者と距離を開けて横に立った。

 

「ほう・・・これは、なかなか」

 

その男は顎に手あて、しげしげと値踏みするようにこちらを見てくる。

 

「どうですか?

 この奴隷、病気もなく、いたって健康、見ての通り体が大きく、それに見合った力もある。

 しかも腕の方もたつ」

  

「確かに、この奴隷、先ほど我々が現れる前に気配に気付いていたようだったし、腕の方もたつというのはあながち嘘ではなさそうだ」


「信用第一の我々が嘘なんてつきませんよ」


「これは、失礼。

 うん、なるほど、素晴らしい『勇者』だ。

 このような『勇者』を提供していただけるようで、上も喜ぶでしょうな」

 

「ええ、是非よろしく、お伝え願いますように。

 44番はうちの最大の労力だったのです。それをあえて、こうやって提供する我々の心を汲んでくださると我々も嬉しく思いますよ」


ただの厄介払いだろうに、よく言う。


「うん、ちゃんと伝えておきますとも。

 最近は質が悪いものばかりで、困っていたところでしたのでね」

 

そう言って、その男は大仰に頭を振って見せた。

 

「・・・それでは、これはこちらが預かります。

 『戒めの首輪』の命令権を譲ってもらえますか」

 

「ええ、もっちろんですとも」


話は当然のように俺を置いてどんどん進んでいった。


だが、今までの話の流れから、もともと俺はこの野盗紛いの集団に引き渡され、『死の国』に連れて行かれる予定だったのだろう。

他の迎え・・・とも言っていたし、俺以外にも『死の国』行がいるのだろうか。


何気なく周りを見渡す。


ボロボロの服に身を包んだ野盗のような格好の男たちは、静かにあたりを警戒しているようだった。


うん、やはりただの野盗じゃないような気がする。


それは、俺が日本にいたころに映画や本で見たような粗暴な野盗とはまるで違う。

このリーダー格の男についてもだ。話し方や立ち振る舞いに教養がにじみ出ている。監督者のこの男に対する対応も、野盗に対するそれではない。


野盗というよりも傭兵、傭兵というよりも・・・騎士?

ああそうだ、仕事をしているときに遠目に見た騎士に雰囲気が似ている。


だとすると―――


「おい、44番、この方についていけ」


話が終わったのだろう、監督者は俺にそう言い捨て、自分はさっさと御者台に乗りこんでいた。


「・・・」


この監督者とはだいぶ長い付き合いになるんだが、最期の別れになるであろうにこの程度の扱いだ。

期待などもともとしていないが、この世界に対する嫌悪感が強まってしまうのはしょうがないだろう。


憎悪の言葉を奥歯で噛み砕き、黙ってこちらを眺めているリーダー格の男に近づいた。


・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。


男についていくと、森のさらに奥の方に大きめの馬車が4台ほど止まっていた。

荷台部分は大きな布で覆われていて中は見えない。


「よし、お前はあそこに乗ってくれ。

 くれぐれも面倒事は起こすなよ?」

 

その男は、ぽんと俺の肩を軽く叩いて、いたずらっぽく笑った。


「わかった」


ぶっきらぼうにそう答えて、荷台に向かう。

ちらりと振り返りもう一度その男を見てみると、男は手下(いや、部下というべきだろうか)が連れてきた馬にひらりと飛び乗ったところだった。

ぴんと背を伸ばした乗馬の姿勢は、やはり正規の騎士のようにしか見えない。


どうやらこの命令はいろいろと裏がありそうだな。


そう思いながら自分も荷台に上がり、布をめくる。


「・・・」


荷台の中には、一見して奴隷と分かる奴らが5人、座りこんでいた。

俺と同じ立場の者達なのだろう。


その奴隷たちは皆、顔を青白くさせ、緊張しているようだった。

俺が乗りこんでも、ちらちらとこちらを警戒するだけで目を合わせようともしない。


俺もとりたてて自己紹介する必要を感じなかったため、黙って、空いているスペースに腰を下ろした。


「・・・」


それにしても、『質が悪い』か、なるほどね。


さきほどリーダー格の男が言っていた言葉に心中で頷く。


ここにいる奴隷は、まさにこれまでに俺が見てきた破棄されていく奴隷であった。

よぼよぼのお爺さん、傷だらけで片腕がない者、やせ細りごほごほと咳をしている者、がたがたと震えている背の低い若者、

片足を汚れた布で覆い杖を腕に抱く者。


労力として期待できなくなった者たちばかりだ。

一方で俺は、ヒリアのおかげで傷は治療されているし、体も大きく、筋肉もよくついている。

見た目上、俺は『質が良い』のだろう。


・・・魔法を少しも使えないというのは見た目には現れないしな。


などと考えていると、馬車が動きだした。

果たして目的地にはどれくらいで着くのだろうか。


狭く、薄暗く、すえた臭いのするこの場所は、まるで俺がこれまで過ごしてきた奴隷部屋のようで。

ヒリアと話したこの数日は夢だったのではないかと錯覚してしまいそうだ。


いや、夢ならばむしろいいのかもしれない。

夢だったら、ここでだって見れるんだから。


・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

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