4、最後の命令
所詮、俺は一般人に毛が生えた程度に過ぎない。
拳闘士のチャンピオンになれたのも、魔法や武器の使用が禁止されたルールだったからだ。
だから、そんなルールがない実戦においては、どこかの物語のような活躍なんてできないのだ。
「・・・」
「手間取らせやがって、このクソがっ!」
ドンッと、腹を思いっきり蹴られる。
両手、両足を魔法で作られた土の手枷足枷によって拘束された俺には防御することもできずに受けるしかなった。
「このっ、このっ!!」
何度も、何度も執拗に蹴られ、殴られ、叩き付けられる。
さらに、失神させた奴らが回復し、それに加わっていく。
すがすがしいほどのリンチだ。
できればさっさと殺してほしい。
とした意識の中で、他人事のようにそう思った。
死んだら・・・どうなるのだろうか?
魂というものがあったとすれば、その魂は日本に帰れるのだろうか。
それともこの世界の神のもとにでも行くのだろうか。
ああ、それもいいかもしれない、直接神に中指を立てるチャンスだ。
「なんだ、こいつ、笑ってやがるぞ?」
「頭おかしくなっちまってんな」
「ここまで壊れてるんなら、ここで破棄するか?」
「馬鹿野郎、旦那様に報告してからだ。
おい、お前らもそこまでにしておけ、勝手に破棄したら給料ひかれるぞ」
「ちっ・・・」
渋々といった感じで、一人また一人と、この場を去っていく。
なんだ、殺してくれねぇのかよ。
「おい、お前たち運べ」
「・・・」
その命令に、他の奴隷が俺と目を合わさないようにしながら俺を抱えた。
どうやら、引きずって運ぶようなことはしないようだ。
「ついて来い」
この場に残っていた三人の監督者が先導する形で俺は運ばれていった。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「ここでいい、さっさと仕事に戻れ」
三人いる監督者のうち一人の言葉に、俺を抱えていた奴隷は、ゆっくりと俺を下ろすと何も言わずに戻っていった。
ここは、作業場から少し離れた本館の裏口。
俺たち作業場の奴隷はほとんど来ることはない場所だ。
「おらっ、自分で立て!」
そう怒鳴りながらも、監督者の三人は俺から少し距離を取りつつ警戒しているようだ。
こんなボロ雑巾のようになっている俺が怖いのだろうか。
「・・・うぅ」
なんとか、ふらふらする頭と、激しく痛む体にむち打ち、立ち上がる。
「進め、無駄な抵抗はするなよ?」
「・・・」
抵抗する余力もないよ。
その言葉は口にせず、睨みつけることで答えとした。
「こいつっ!」
「おい、さっさと行くぞ」
「ちっ・・・」
そのまま監督者に連れられて裏口から本館に入る。
しばらく廊下を歩き、階段を上っていく。
一階、二階、そして三階。
ボロボロの俺は歩くだけでも辛いというのに、こんな階段を上らせるなんてな。
だがこれで最期だ、最期くらい、格好をつけよう。
そう決意し、ふらつきそうな足に力を入れる。
さらに歩く。
それにしても広い屋敷だ。俺の主人はかなり儲けているようだな。
ちらりと窓から外を見る。
燦々と降り注ぐ日の光のもと、大きな荷物を馬車にのせて運んでいる商人、大きな革袋を抱えて駆けている若者、昼から酒を飲んでいるのだろうか、赤ら顔でご機嫌に笑っている中年男。
子供たちは友達と駆けまわり、笑い、泣き、怒り、やっぱり笑う。
俺の奴隷生活という狭い世界の中ではあまり見慣れない光景だ。
だが、どこかで見た光景でもある。
どこだっけ?
こんな平和な光景、俺は知らない―――
・・・いや、日本にいたころだろうが。
忘れるんじゃないよ、馬鹿野郎。
おぼろげになる元の世界の記憶。
壊れていく俺が俺たりえる証。
ああ、頼むから、あと少しで逝くから、これ以上俺から奪わないでくれ。
歯を食いしばる。
涙などとうに枯れてしまった。
「止まれ」
「・・・」
前にいる監督者の言葉に無意識に体が止まる。
奴隷根性が沁みついているな。
監督者は姿勢を正すと、目の前のひときわ大きい扉をノックする。
「旦那様、少し時間をよろしいでしょうか」
「・・・入れ」
くぐもった声が扉の向こうから聞こえた。
それを受けて、監督者は一人扉を開けて中に入っていった。
しばらくして再び扉が開く。
「44番、来い」
他の監督者二人に背中を押されるようにして部屋に入った。
「・・・」
豪華な部屋だ。
ふかふかの絨毯に、立派な皮で作られたであろうソファ。
照明器具もアンティーク調のもので洒落ている。
棚には高価そうな本や、様々な酒が入っていた。
そしてその部屋の主人は、一番奥、大きな窓を背に、重厚な机で何やら書き物をしているようだ。
そこそこに大柄な体を上等な服で包み、髪はオールパックに、顎髭はきれいに整えられている。
眉間に深いしわを作りながら、じろりとこちらに視線を飛ばす様はなかなかの迫力だ
なるほど、大きな商会の主人に相応しい威厳といえるだろう。
それと同時に、ああ、そう言えばこんな顔だったな、と納得した。
拳闘士の決闘試合の時、遠めに見た覚えがある。
それぐらい俺たちの前に顔を出すことはないのだ。
「では、この44番は破棄ということで?」
監督者の言葉に主人はゆっくりと頷いた
「・・・まだ動けるようだな?」
「ええ、まあ。
ただ先ほど言いましたように、いつ暴走するかわからない奴隷は使えないも同然です」
「確かにその通りだ。
だが、それはそれで使いようがある」
主人は顎髭を手でいじりながら何度か頷いた。
「44番は、確か拳闘士の試合に出ていたな?」
「ええ、一応チャンピオンではあります」
「であれば、最期に見世物になってもらおう。
近々、魔物と奴隷を戦わせる余興が開催される予定だ。
ちょうどいいだろう」
「なるほど、それはいい案かと」
「ならば、それで決まり――――いや、待て」
結局、俺の最期は魔物に食われるのか、と自嘲していると、意外にも主人がそれに待ったをかける。
「・・・そうだな、確か、あれもあったか。
最近、さすがに質が悪いと小言があったからな」
何かを思案するように、ぶつぶつとつぶやきながら、目を細める。
「拳闘士としての実力もあるようだし。
ここらで一つ、いい印象を与える意味でも・・・これも投資か」
主人は小さく頷いて、俺に向かてにこりと笑った。
「44番、お前に最後の命令を与える。
もしこれを達成出来たら、奴隷から解放してやろう。
その上、一市民として雇ってやってもいい」
「なに?」
「おいっ、旦那様の前だぞ!」
「いい、奴隷に言葉遣いなど期待しておらん。
それで、受けるか、44番」
奴隷に褒美などいらない。
だというのに、あえてそれをちらつかせているんだ、絶対に達成できない命令なのだろう。
仮に、万が一、達成できたとしても、奴隷との約束など―――
「約束は守るさ。
これでも商人だ、例え奴隷が相手だろうと、契約を反故にはしない」
「・・・」
「どうする?」
どうせ、捨てる命だしな。
「俺に断る選択肢はない」
「そうだな」
主人は自分の髭を撫でつけながら大きく頷いた。
「おい、44番の傷をみてやれ。
こいつを『死の国』に出す」
「ああ、なるほど。
そちらの方にやるんですね、わかりました」
『死の国』?
初めて聞く言葉だ。
地名、だろうか?
だが、なるほど、言葉通りの『死の国』であるならば、任務達成は実に難しいのだろうな。
でも、いいさ。
どうせ死ぬんだ。向かう先は一緒じゃないか。
俺は、三人の監督者に引き連れられて、その部屋から出た。
ちらりと見た主人は、もう興味を無くした様に、仕事に戻っていた。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。




