35才どこにでもいるサラリーマンの日常は唐突に終わりました
『まだ?』
スマホに通知が流れてきた。
(これは、やべぇな…)
その日、上瀬 昌35才は急いていた。
今日は長女の誕生日。あんなに小さかった娘も今日で7歳だ。
まだ3歳の次女は姉の誕生日よりもケーキが目当てだろうが…。
急いでデスク上のPCをシャットダウンする。妻からの追撃が今もスマホに着弾中だ。
右手にビジネスバッグ、左手にはバースデーケーキ…なんてシャレた事はしていない。
業務を切り上げて帰宅するだけで精一杯だった。
可愛い娘の誕生日を祝いたくて急いていたわけではない。…いや、勿論娘は可愛いのだが。
今日は娘の誕生日を祝いつつ、貯金をする日なのだ。
今日を乗り切れば、当分妻の機嫌も悪くならないだろう。
サラリーマンとして日々を過ごす昌にとって、長女の誕生日をつつがなく終える事で明日以降の出張を妻と軋轢なく迎える事が肝要なのだ。記念日ポイントを貯める為にも急がないといけない。
そんな、たぶんどこにでもいる普通のサラリーマンだ。
「結局、明日は始発で会社寄ってからになったな…。とはいえとりあえず急いで帰らないと」
スマホに明日準備する資料の内容をメモしつつ呟いた。併せて大きなため息をつく。
業務を切り上げた、と言っても結局は明日への荷物が増えただけだ。
「ほんと、なんとかならんのかねぇ …ん?」
眩しさを感じてスマホから目を離す。
眼前にすでに巨大な何かが迫っていた。
唐突に、死が訪れた。
世界中のどこにでもある話だった。
居眠り運転のトラックが歩道に突っ込みそのまま人を跳ねた。
走馬灯など、露ほどにも現れなかった。
日々の不満も、会社への不平も、日常のストレスも、家のローンも、家族への愛情も、勿論娘の誕生日も。
何ら準備をさせてもらえる事無く、上瀬 昌の一生は呆気なく終わりを迎えた。