銀閃迎うるは押し寄せる嫉妬プレイヤーキラー
中腹の安全地帯で夕食のために一旦ログアウトし、1時間後に再開。
丘の最深部を目指し、安全地帯を出て歩き始めてから少し経った頃だった。
出現したモンスターを倒し、ドロップしたアイテムを拾おうとしたところで―――
「!」
スキル『危機察知』の効果で脳裏に響く警鐘、言語化も待てず感覚の命じるままに盾を構え、飛来した矢を弾く。
「みかん様、後ろへ!」
抱き寄せて有無を言わさず背後に庇い剣を抜く。
一瞬の沈黙の後、木の枝から降りてきたのは一人の男だ。
いや、一人じゃない。ぼくら二人を囲むように、全部で三人。
「この人たちは……」
顔を隠す装備を身に付けてはいるが、プレイヤーである以上は頭上に表示されるプレイヤーネームを隠せない。
周囲を囲んだ3人の名前はいずれも赤い文字で、その横には8~11の数字が表示されている。
「PK……プレイヤーキラー、つまり他のプレイヤーを害することを目的とした人たちでございます」
赤字はPKの証で、数字は殺害人数。
それなりに罪を重ねた相手ということである。
「害するだぁ?
ばっか言え、害なのは、悪人なのはてめーの方だ!」
「そーだそーだ」
「……」
来た道を塞ぐ二人は囃し立て、後方、奥地へ向かう道を塞ぐ一人は沈黙を貫く。
「いまだにPKが残ってるとは珍しい。
他のプレイヤーをキルしたところで何か奪えるわけでもないし、罪が嵩んでデメリットしかないと思いますよ?」
「うるせぇ!
蔓延る悪をぶちのめす、正義の前にはメリットがどうとか知ったことか!」
「そーだそーだ」
「……」
なるほど。
それなりの殺害人数が示すとおり、今更デメリット程度で武器を下ろすほどぬるくはないわけか。
プレイヤーキラー、またはプレイヤーキル、すなわちPK。
ブレイブクレストにおいてそれは、プレイヤーが他のプレイヤーを『意志を持って』殺すことを指す。あるいは、殺す人、のこと。
PKに殺されても、アイテムやお金を奪われたりはしない。やられた後は遺体となり、一定時間後に復活地点で蘇るだけ。
使った装備が痛んだり、戦闘不能となって冒険を中断する事にはなるが、感情的なあれこれに目を瞑ればシステム的にはモンスターに負けた場合と同じだ。
それに対し、PK側には明確で巨大なデメリットが存在する。
一つは、PKは門から街に入れず、また重度のPKの場合はNPCの衛兵に追われることになるというもの。
また、NPCの好感度が軒並み下がり、施設の利用や一部クエストの条件に露骨に響いてくるし、重犯罪者の場合はそこらのNPCが衛兵を呼んだりするのでまったく気が抜けなくなる、らしい。
これらは『名前が赤い=PKをしたことがある場合』のデメリットだが、PKが他のプレイヤーに倒された場合はさらに重い罰が下される。
まず一つ。アイテム、装備の一部がPKを倒したプレイヤーに所有権が移り、懸賞金として大量のお金も与えられる。このお金は、倒されたPKに借金という形で割り増しで支払いが科せられる(割り増し分は、違反金という名目で行政=システムが没収)
さらに、投獄という形で牢に入れられ、一定のログイン時間分、ゲームをプレイする事ができなくなり、投獄中に力を吸われたという名目でレベルまでダウンする。
これらの罰は罪の程度、すなわち殺害人数や殺害行為の悪質度合いによってその重さが変わり、感情や脳波、状況まで加味した上でかなりの正確性で重い罰を科してくるそうだ。
サービス開始当初はただ面白がってPKをやる人間も大勢居て牢屋の中に怨嗟の声が響き渡ったらしいが、公式がどれほど重い罰を科すかを公開した後はPKをやる人間は激減し、今では名前の赤いプレイヤーはある種の絶滅危惧種となった。
まあ、どれだけ天然記念物だろうが、ツチノコだろうが。
こちらを害する意志を持って武器を向けられた以上、対処しないわけにはいかない。
問題は、だ。
「ライナズィアさん……」
不安そうな表情でぼくの服をつかむ、後ろの女の子だ。
ぼく一人ならどうとでも立ち回るし、死んだところでデスペナ一回分でしかない。
でも今は、この世界でできる事を、この世界が楽しい場所である事を教えたい初心者がいる。
「見ての通り、今日初対面の初心者を観光案内中なものでして。
せめて彼女だけでも、見逃していただけませぬかね?」
交渉にせよ戦闘にせよ、どう切り抜けるか。
達成目標を見誤らず、口火を切れば―――
「ふっ……ふざけんなー!」
突如、噴火するかの如く怒り出すPKその1。
あれ、どっか地雷踏んだ……?
「きょ、今日初対面だと?
初対面の初心者の女の子と、で、でっ、でーとしてるだとぉぉお!?」
「いや、デート違うし」
「ふざけんなし!
男と女が二人っきりで出かければ、それはもうデートなんだよぉぉ!」
泣くなよ……いや、悔しさや恐怖とか、負の感情で涙は流れないように出来てるんだけどさ。
でも、あえてもう一度言おう。
「泣くなよ」
「泣いてねぇぇぇぇよ!
ちくしょう、ちくしょう! 俺なんて、NPC以外の女の子と会話したこともないのに」
「……露店は?」
「舐めんな!
売り子がプレイヤーの女性だっただけで、声かけらんねーよ!」
「ああ……ごめん、不憫だな。なんかごめん」
「あやまんじゃねぇぇぇよぉぉぉぉ!」
あれあれ、なんかちょっと心が辛くなってきたぞ?
やばい、同情してしまいそうだ。
口調まで崩れてしまってる、気をつけないと。
「で、でもほら。
PKなんかしてたら、余計女の子から嫌われちゃう、と思いますし。
男はPKしても、女の子は寛大な心で見逃すべきでございますよ?」
「うるっせぇぇ!
俺が生きてる限り、女の前でいい格好なんかさせねぇ、させねぇんだぁ!」
これは、別の方向に筋金入りだなぁ……
呆れながら笑いながら、ちょっと困りつつも―――剣を構えなおし、意識を戦闘に切り替える。
相手がPKの場合は、こちらから先制攻撃してもPKとしてカウントされない。
これを利用して、PKをキルするPKKなんて人たちもいるがつまりはそういうことで。
「なら―――すまないが、彼女にはこの世界が素敵なところだと感じて欲しいんでね。
大人しく負けてやるわけにはいかないのでございますよ」
「ら、ライナズィアさん……」
「カノジョとか呼びやがって、いい雰囲気出してんじゃねぇよぉ!
たかがレベル20と15の二人、俺達が踏みにじって顔に落書きして頭ハゲにしてぎったんぎったんに引き裂いてやる!」
初手は、そーだそーだしか言ってなかったPKその2。
斜めから飛来する矢を盾で弾き、突っ込んで来たその1の斧を右手の剣で打ち払う。
タイミングをあわせて背後から襲って来た無口ことPKその3に対しては、矢を弾いた盾をそのまま頭上にかざして受け流し、再び叩きつけられるその1の斧を下がってかわす。
「へへ、嬢ちゃ―――ぶげっ!」
手を伸ばすPKその2の顔面に道中で拾ったコブねずみのコブを投げつけて牽制しつつ、みかんさんを左手一本で抱きかかえてさらに下がる。
ダンジョンの奥に背を向け、視界にPK三人を収め。高速でウインドウを操作し、必要な準備を整える。
「騒がしくなっちゃって、ごめんなさいね。
命に代えても守りますが、いざとなったらお一人でも逃げて下さい」
「……は、ぁぁぁの、うう」
腕の中のみかんさんは、何を思い、何を口にしようとしたのか。
気にはなったが、PK達は確認する時間をくれない。
「全てのカップルに死を、特に野郎には屈辱を!
まぬけなゲーム中の写真画像を撮ってばらまいてやる!」
「そーだそーだ」
「……」
わー、筋金入りの嫉妬団。
とは言え相手は33~38レベル、今の状態で返り討ちにするのは難しい。
なら―――
「最後の警告でございます。
頼むから、引いてくれ。これ以上続けるなら、すまないが容赦しない」
「何が手加減だ!
最後までむかつく野郎だ、死にさらせぇぇ!」
交渉決裂、と。
斧持ちの二人が突っ込んできて、一人が後方で弓を構え―――
「制限解除」
わずかな諦めとともに、みかんさんを後ろに押しやりつつウインドウを操作しながら一つのスキルを発動する。
制限解除。
読んで字の如く、制限を解除するスキル。つまり
「居合い!」
「……は?」
制限解除によってぼくの身体を一瞬だけ包んだ光が消えるより早く。
踏み込んできた二人のPK、たまたま一歩前にいたPKその3の首を、ぼくの握った刀が、一閃。
とてもマイルドな、赤い光が飛び散るエフェクトを伴って、PKその3は一撃で戦闘不能になった。
振り抜いた手の先で、握っていた刀が一瞬で剣に切り替わり、左手の鞘は短剣に切り替わる。
そのまま左手を振って弓を持ったPKその2の顔面に短剣を投げつつ、呆けたPKその1に剣を突き出す。
「一文閃!」
剣での刺突スキル。突き刺すスピードに補正の乗った高速突きは、しかし相手の身体には届かず斧の刃を強打し上に弾く。
「な、なんなんだてめえ!」
「重破断!」
突きを斧に当てたのは予定通り、武器を上に弾いた隙に腕目掛けて強烈な一撃を叩き込む!
「いでえ!」
腕自体が斬れ飛んだりはしない、マイルド表現な血が噴出すだけ。
だが一点に強烈なダメージを負ったことで部位破壊のルールが適用されて一時的に腕が痺れて使えなくなったはず、ここで一気に決める!
「すまんな」
問いには答えようもない、自己満足の謝罪だけ口にしつつ手にした剣を投げつけ。
下がりながら片手で握った斧で必死に剣を防ぐ相手、その横手へと一歩で飛ぶように間合いを詰める。
インベントリから左手に出した刀は、しまった時と異なりきっちりと鞘に収まっており、準備は万全。
右手で柄を握り、再度のスキルの叫びと共にその刃を鞘走らせる!
「居合い!」
再び翻る刃の銀閃が、二人目のPKの首を断つ。
いや、チョンパしてないからね? マイルド表現です、赤いエフェクトだけです。
赤いエフェクトを噴き上げながら倒れ伏すPKその1。
その光景の前で、今度はインベントリを用いず自らの手で刀を鞘へと仕舞うのだった。