剣闘燐武 四面舞台の戦場に、貴は旅人の覇を願う
フリークブルグの王城にも匹敵する、巨大さ。
神殿風の施設の要所に旗や戦士像を配した、力強い外観。
まさしく闘技場と呼ぶにふさわしい造形をした施設に、今、数百人のプレイヤーが集まっている。
「閉じた世界からいらした強き旅人様方が、頂きを決めるべく今ここに集いました」
闘技場の内部はすり鉢状の作りとなっており、石造りの大きな戦舞台の周りを階段状の観客席が囲む。
観客席、北側の一角には貴賓席も設けられ、今はその壇上から左右対称の白黒ドレスに身を包んだ姫君が、優雅な仕草に反して力強い挨拶をしていた。
「我らは皆、旅人様方の戦いを見届けましょう」
ステージに居るのは、60人程の様々な衣装のプレイヤー達。
今は試合前だからこそ、皆が思い思いの恰好で、概ね並んで姫君を見上げている。
「武の力強さを、技の疾き鋭さを、魔の果てなき深奥を」
残念ながら、大人しく並んでいるのは『概ね』の参加者であり、一部は例外。
ステージに横になってる人や、前に出て必死にアピールしたり姫君にトレードを申し込む者など、マナーに欠ける者も一部混じっているのが嘆かわしい。
ちなみに一番マナーの酷かった奴は、先ほどフレンドラ老に殴り飛ばされて決勝トーナメントに参加不能となった。
「何よりも、その御心の気高さを。我らは見届け、語り継ぎましょう」
殴り飛ばされてる奴が居て、一部にまだ騒いでる人も居る中で、にこやかに気高さを語る姫君。
これをシステム的なナレーションと捉えるプレイヤーもいるだろうが、その表情はどこか楽しげ。
きっと、全て理解した上でしゃべってるんだろうなぁと思いつつ。プレイヤー全体を嫌ってるようではないので一安心です。
「さあ、旅人様方。持てる全てを尽くして戦い、勝利をその手に掴むのです。
ご武運を」
何人かのプレイヤーが、言葉にあわせて手にした武器を高く掲げた。
少し遅れ、ばらばらと大半のプレイヤー達が同じように武器を掲げる。
武器を掲げるプレイヤー達を見渡した後、自身もまた呼応するように手にした杖を掲げ。
「これより、闘技大会を開始致します!」
NPCの姫君、テレッサリア=フォード=シーレーン=フリークブルグは闘技大会の開始を宣言する。
さあ、戦いの始まりだ!
「ああ、一つ申し忘れておりました」
と、皆が大会の始まりに決意を新たにしたところで、壇上を降りたテレッサリアが思い出したように振り返って言った。
「フリークブルグの姫としてではなく、一個人として、応援しております」
先ほどまでの、力強く威厳のある姿ではなく。
年相応の明るさで、身分相応の華やかさで、性格相応の好奇心の強さで。
「頑張って下さいね?」
笑顔を浮かべ、テレッサリアは言う。
こちらを真っ直ぐに見つめ、唇の動きだけで。
『ライナズィア様』と―――
客席の黒い中華料理から有罪判決を受けたような気がするけど、それはきっと気のせいなので置いといて。
テレッサリアの意味不明な補足にざわめくプレイヤー達がステージから下ろされると、大きな舞台が音を立てて動き、四つに割れた。
正方形の舞台が分割して四つになるとか、無駄に大掛かりな仕掛けである。
あと、舞台を囲むように設置されていた観客席も、各ブロックの試合を見れるように少し配置が変わった。
……舞台の強度とか、大丈夫なんだろうか?
ゲーム的にはきっと破壊不能オブジェクトだろうから、問題ないよな。
そういうところはゲーム的。
そんなわけで、決勝進出64名が4つのブロックに分かれ、一回戦が四試合同時に始まった。
ぼくの出番は、トーナメント表によるとDブロックの8試合目、つまり最後の試合。おそらく試合開始まで30分から1時間くらいかかるだろう。
周りの出場者の中には知り合いも見当たらないし、一人で出場者用の観覧席に向かい、空いていた3列目の中ほどに腰を下ろした。
片や、2mを越える巨躯から長大なハルバードを振り下ろす鎧戦士。
片や、両手のトンファーで打ち払いと打突を同時に繰り出す格闘士。
地を踏み鋼を打ち鳴らし、戦士たちはぶつかる。
さながらその様は、武闘と舞踏に違いがないと唄うかの如く。
見るものを魅了し、昂ぶらせ、声を張り上げさせる。
流石に千を超える出場者から絞り込まれただけあって、出場する選手も皆それぞれに強い、というか上手い。
まだ1試合目ながら、思った以上の見ごたえに観客は沸き、周りの出場者たちも感嘆と苦悩の混じった声を漏らす。
眼前で繰り広げられる試合の熱にあてられ、我知らず握りしめた拳をゆっくりと開いた。
いやぁ、すごいね。対人は専門じゃないが、これは見ごたえがある。
七夕のための参加のため、自分がどこまでいけるかを試すための大会ではないが。
それでもやっぱりゲーマー、血が滾るのは止められない。
惜しまれるのは、今回は制限戦なので全員装備が質素な事だなぁ。
武器は仕方ないにしても、せめて服や見た目くらいは拘れたらいいのにね。
出場者は全員支給品しか装備できないため、武の頂を決める試合と言う割に、傍目には訓練試合のようにも見えるのがもったいない。
後で、要望として出しておこうっと。
統一的な装備品を見ても分かる通り、今回の闘技大会は『制限戦』というルールで行われている。
全プレイヤーはレベル制限機能により30レベルとなり、職業・スキルともに30レベル以下で取得可能なものしか使う事はできない。
装備は、事前に申請した内容で、NPC販売品を大会側から支給。つまり、装備の性能による優劣は存在しない。
当然、一人に支給される装備品の数にも決まりがある。
基本として全員に与えられるのが、防具一式と、武器2つ、もしくは武器と盾1つずつ。
これに、取得している装備スキルの数だけ、該当の装備品を1つ追加でもらうことができる。
スキルとして『剣』『剣-上級』『盾』を持っていたら、剣2本と盾1つを追加でもらえるということだ。
ちなみに、投げナイフは3本で1つ分、矢は弓1つに20本がセット。飛び道具は少し数が多めです。
決められたレベル、決められた装備品で、プレイヤー自身の腕前を競い合うというのが制限戦の趣旨。
貧乏でもプレイ時間が短かくても、ゲームを初めて間もない新規であっても。
皆に平等に、強さを証すチャンスがあるということだ。
常にどこかの試合場で歓声が沸き、全く熱が冷めぬままに試合は進んでいく。
弓を構えた狙撃士が、スキルの連打で戦士を寄せ付けずに下し。
杖を構えた魔導士は、魔術を放つ前に盗賊の投げナイフが刺さって敗れる。
やはり強さの差はそれなりにあるが、どの試合も見るべき点が、あるいは学べるものがあり、眺めているだけでも楽しい。
とは言え、それでも一人で観戦するのはちょっと味気ないんだよなぁ。
ちらりと観客席の一角を見れば、はるまきさん達が皆で楽しそうに何か話しながら観戦していた。
いいなー。ぼくもあっちに加わりたい。
試合まで多少の時間があるが……まあでも、今回はおとなしくここで見ていよう。
なんとしても勝たなければならないのだし。精神統一でございますね。
そうこうするうちに、場内アナウンスでCブロックの第一試合全てが終了したとアナウンスが流れた。
こちらのDブロックはまだ5試合目の途中である。進み具合にだいぶ開きがあるなぁ。
今の対戦カードは、全身鎧の斧士 対 全身鎧+盾+片手剣の剣士だ。
支給品の装備とは言え、それでもレベル相応の全身鎧は十分な防御性能を持っている。
隙なく防御を固めたお互いのプレイヤーが、互いに効果の薄い攻撃をちまちまと繰り出していた。
「なんだよ腰抜けかよー、いつまでおままごとしてやがんだよー!」
観客席から、わかりやすい盛り上がりがなく、長い試合にヤジが飛ぶ。
あからさまな悪口こそ少ないものの、似たような雰囲気の視線やため息も徐々に増えてるなぁ。
なんとも、最強を決める試合と言うには、心苦しい雰囲気です。
それでも決め手に欠けるまま試合は続き、今度はAブロックの第一試合が終了したアナウンスが流れ。
歓声の合間に聞こえる少なくないヤジに、思わず皺が寄った眉間を右手の甲でぐりぐり押さえた。
当人達だって、急いで頑張ろうにも、スキルやステータスが防御寄りなのだろう。
故意か抽選かは分からないが、防御重視の戦士同士の対戦となった時点で、悪いのはトーナメントの対戦カードだ。
そもそも防御に寄せた純正のタンク職は、ボス戦で重宝される代わりに、普段のレベル上げや稼ぎでは非常に不人気だ。
それでも一生懸命頑張ってきた人に、あまり心無い言葉は投げて欲しくないものだなぁ。
見ていて華やかさに欠けるという意見は、確かに否定できないんだけどね。
そんなこんなで、試合の状況を見守った末。
振り降ろされた斧を受け止めた剣士の盾が割れ、そのまま盾を持っていた左腕を負傷。
予備の盾を出したものの、動きに精細さを欠いた剣士が斧士の攻撃を捌ききれず、長い試合に終止符が打たれた。
試合時間は……15分近く掛かってたかな?
他の試合よりも少し控えめな拍手が選手に贈られる中で―――
「よく耐えた、お疲れ様でございました!」
試合場から降りる二人に拍手と共に大声を掛ける。
負けた方は小さく目礼して控室へ。勝った方は、軽く手を挙げつつ観覧席の二列目に適当に腰を下ろしていた。
周りの出場者と近くの観客から、少し変な目を向けられるが気にしない。
特別な技術や感動的な展開こそなかったが、ヤジにも空気にも負けずに耐え続けた事は、タンクとしては称賛に値する。
この大会の形式が二人の戦闘スタイルに合わなかっただけのことだ。自信を持って頑張ってほしい。
そんなことを考えながら、始まる第六試合に目を向ける。
舞台の上では、先ほどの展開の遅さから解き放たれたかの如く、メイス装備の術士と手甲を着けた格闘士がぶつかり合っていた。




