五彩聖歌 歌に彩り宿すため、其は契約を覆す
「ぼくが改善案、ですか……」
いや、改善案がぼくですか、というべきかな?
どっちでもいいか。
「全く意味が分からないわ。何考えてんのよ、クルス?」
「?
そのまんま、です」
「いや、そのまんまと言われても、分からないから聞いてるのよ!」
ヒートアップするロゼさんに、クルスさんの態度は変わらない。
それどころか、少し微笑んでいるくらいだ。まるで、分からない妹を見守るかのように。
……あれ? そういえば、クルスさんとロゼさんって顔似てるな?
髪型はクルスさんが肩に届かないくらいの短さ+前髪も長いのに対し、ロゼさんは前髪は眉ぐらいで切り揃え、後ろは背中まで伸ばしている。色も茶色と赤で、髪については違う。
でも髪は自分の好みで簡単に変更できる。それこそ、お金を掛ければ日替わりで変えられるので似てるかどうかは関係ない。
それよりも、顔のつくりとか全体的な印象とか、雰囲気が似ているのだ。
そう言えば体格も同じくらいだし、姉妹というか双子なのかもしれないなぁ。
「ちょっと、どういうことよ!」
クルスさんに聞いても埒が明かないと思ったか、ロゼさんがこちらに食って掛かる。
すると、半歩前に出たはるまきさんが、楽しそうに口を開いた。
「あら? メールを見ていない私でも分かるのに、あなたはそんなことも分からないのかしら。
胸もないのに、脳みそもないのね」
「ああーっ、てんめぇっ!」
ちょ、ちょっとー! 何全力で喧嘩売ってるんですかー!
「はるまき様、すとっぷ、すとーっぷ!」
「ロゼ、落ち着いて。胸も脳みそも、ちょっとはあるから」
「くーるーすぅぅ! あたしよりほんのちょっと大きいからって調子に乗ってんじゃないわよ!?」
クルスさんの方がちょっと大きいんだ?
と言うより、起伏のなだらかなクルスさんより、さらに小さいんだ……
意図せず植え付けられた余計な情報の裏付けのため、クルスさんの起伏をチラ見したらはるまきさんに脇腹を容赦なく刺された。不可抗力痛い。
話題を反らすため、クルスさんに問うように答える。
「一言で言えば、ノウハウを盗むよりも直接教わればいい、ってことでしょうか?」
「正解、です」
「はあ?」
ぼくの答えに対し、静かに頷くクルスさんと、考えもしなかったとばかりに大声をあげるロゼさん。
よく似た顔で正反対の反応が、ちょっと面白い。
「当然の話ね。
イベントのノウハウを盗むくらいなら、参考となる相手に直接教えてもらえばいいじゃない」
「じょっ、冗談じゃないわよ!
だいたいあんた、商売敵が自分とこのノウハウとか教えるわけないじゃないの!」
「えっと、別に商売敵と思ってませんし、イベントのノウハウを教えるくらいなら構いませんけど」
「眼中にないって言ってるわよ、最初から。
胸が全くないんですもの、視界に入れたくても入りようがないわ」
控え目に構わない旨を伝えるぼくに、はるまきさんがいちいち胸で煽る。
「ちゃんとあんたがライナに、教えてくださいって頭を下げるならいいわ。
聞いてやってもいいとか、教えたければ勝手に言えとか、そういう態度ならけして教えることを許さないから」
……まあ、普通に考えれば、教えを乞う側がお願いするのが筋なわけだけど。
それにしたってはるまきさん、今日はえらく攻撃的だよなぁ。
「ふっ、ふざけんじゃないわよ。
なんであたしが頭を下げないといけないわけ?」
予想通り、ロゼさんは反発を示す。
こうなることが分かっていたからこそ、はるまきさんも釘を刺したんだろう。
「相手の培った経験と知識に対し、対価も払わず善意に甘えて教えを乞うのよ?
教えてくださいと頭を下げるのは、人として当然の礼儀じゃないかしら」
「そっ……つ、そもそも!
あんたらのやるイベントが会場超満員だとか、有名なイベントプレゼンターであるとか、そういうのでもなく!
ただ、唐突に、変なイベントやりますって言い出した連中ってだけじゃないの。あんたの経験と知識とやらに、頭を下げるほどの価値があるのかしら?」
「ライナ。会場が超満員とか、有名なプレゼンターとか、経験と知識に価値があるのかしら?」
「はるまき様、それをぼくに聞きますか」
ロゼさんの反論を気にした様子もなく、はるまきさんがぼくに尋ねる。
だがその表情は、ぼくに対して質問しているのではなく、目の前の相手に説明してやれと言っていた。
だが、別ゲーの話については、あまり他人に語ることじゃないと思うんだよね。
ブレイブクレストだと宇宙人パレードぐらいしかないけれど、あれは突発だから超満員ではないし。
うーん、どうしようかなぁ。
「クルス様としては、どう思われますか?
結果として、どうなって欲しいですか?」
今ここにぼくがいるのは、クルスさんに頼まれたからだ。
ぼくがどうするかを決めるためにも、クルスさんの希望が聞きたい。
ぼくの質問に、俯いて考えこむクルスさん。
やがて、皆が見守る中でゆっくりと顔を上げると、静かな声ではっきりと答えた。
「ロゼの望みを、叶えてあげたいです。
そのために、力を貸して下さい。お願いします」
そう言って深く頭を下げるクルスさん。その姿に、誰も何も言えない。ロゼさんも、気まずげな顔をして、でも何も言えない。
だから、ぼくがゆっくりと答える。承諾する。
「わかりました。
それでは、クルスさんの顔を立てて、少しお節介を焼くと致しましょう」
「お願いなんか、しないわよ」
協力する方向で考えるぼくに向けて、ロゼさんは疑うような目で牽制の言葉を投げつけてくる。
だけど、別に剛速球でも危険球でもない。この程度なら可愛いもんだ。
「別に構いませんよ。
そうですね。ロゼ様、15分くらいイベントについて話をしてみませんか?」
「どういうことよ」
「少し話せば、協力が必要か否か、無意味かどうか、お互いに分かると思うのでございます」
相手の状況によって、必要となる知識や考え方、対応すべき点は異なる。
お互いにとって、イベントに求める成果や優先順位の認識は絶対に必要だ。
その結果によっては『やめちまえ』というアドバイスになるかもしれないが、その時はその時。
まず話してみないことには、何も始まらないのだ。
そんなことを考えながら、ロゼさんに問う。
「どうでしょうか。
ぼくからお願いするというわけではないですが、クルスさんの顔を立てると思って」
「……いいわ」
ようやく頷いたロゼさんに―――
「条件があるわ」
なぜか、はるまきさんが割り込んだ。
「えっと、はるまき様?」
「契約をしなさい」
「は?」
何を突然、契約?
「イベント開催前の大事な時期で、明日の決勝トーナメントに向けた練習も必要なのよ。
そんな時にライナの時間を使い、ノウハウを教わるというのだから、対価を払うべきよ」
「ちょっとはるまき様、何を言い出すんですか」
契約なんか必要ないし、対価だっていらない。だって、これはぼくのお節介なんだから。
「一応聞いてあげるわ。対価は?」
だが、はるまきさんも、ロゼさんもぼくの言葉を聞いてくれなかった。
対価を問いかけるロゼさんに対して小さく頷くと、はるまきさんは重々しく口を開いた。
「ライナに惚れないこと」
「おい、ちょっと待て」
何ぶっ飛んだこと言い出したんだこの中華料理ー!
「閑古鳥なイベント改善のために親身になって協力し、手に手を取り合って一歩ずつ進むうち、いつしかその想いは淡い恋心となってイベント成功と共に―――」
「すていっ、はるまきすてい!」
アイテム欄から取り出した座布団で、とりあえずはるまきさんの後頭部をわりと強めに叩く。
ぼふっとした音しかしないが、とりあえずはるまきさんの発言は止めることが出来た。
「痛いわ、ライナ」
「痛くて良いのです。正気に戻りましたか?」
ぼくの確認に、恨みがましい目をしたはるまきさんは答える。
「何よそのおいしいシチュエーション、ずるいわ。私だってしたいもの。
まったくライナは、本当にいつもあちこちふらふらしては女の子を引っ掛けてくるんだから。
いったい何人と重婚するつもりなのよ、このすけこまし」
「はるまき様、ちょっと昨日から酷くないですかね?」
「ふーんだ」
昨夜のちづるに引き続き、今日もあれこれと不満を噴出させるはるまきさん。
いや、言うことは一応分からなくもないんだけどね。はるまきさんには感謝と引け目がいっぱいなんだけどね。
だからって、初対面の相手に契約とか、ちょっとぶっ飛んでると思うんです。
「夫婦漫才は終わったかしら?
安心して、惚れないから」
呆れたせいか、当初の威勢や毒気の抜かれた表情でロゼさんが呟いた。クルスさんも、珍しく他人から見て分かるくらいに苦笑している。
ロゼさんが怖いのか、後ろで縮こまっているみかんさんは……あれ、はるまきさんを応援してる?
うん、きっと目の錯覚だろう。気が強い人は苦手みたいだし。
あと聖歌戦隊の青い人は、ひっそりとBGMを演奏し続けていた。いつの間にか曲が変わってたあたり、芸が細かい。良い芸人になるね!
だから、結婚式っぽい曲を演奏しないで下さいお願いします。
「これでいいかしら?
忙しいんだったら、さっさと始めましょ。どうせ何も変わらないけど」
「ええ、始めましょう。
はるまきさん達は、同席してもよろしいですか?」
「本気で話を聞きたいなら、席を外して。
マユ、あなたはどちらでもいいわよ」
名を呼ばれた青服のマユさんは、楽しげな行進曲を奏でながら出て行った。残る気はさらさらないらしい。
それを見送って眉を顰めつつ、ロゼさんがはるまきさん達を促す。
「絶対に、惚れたら駄目よ。ライナの事を考えるのも駄目、今日が終わったらライナの事は忘れなさい」
「あの、ライナさん、無事に帰ってきて下さいね」
「分かったから、出て行って」
警戒するはるまきさんと不安そうなみかんさんを言葉で追い出し、ロゼさんは椅子を用意した。
「それじゃ、始めましょ?
クルスの顔を立てて、話し合いというやつを」
before 「安心して、惚れないから」
↓
after 「




