五彩聖歌 五色の石は彩らず、磨かぬ宝は曇りゆく
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聖歌戦隊の赤服、ロゼは今日も荒れていた。
「なんで開催する毎に観客が減ってるのよ、しかも客より偵察に来てるあいつらの方が人数多いってどういうことよ!」
そんなリーダーの癇癪ともいうべきいつもの不満に、困った顔をするのは黄色い服のサラスただ一人だ。
「どういうことなんでしょうね~」
いつも通り、特に自分の意思を明かさず当たり障りのない返事を返すサラス。
我関せずと静かに楽器を弾く青服のマユと、感情のない顔で佇む黒服のクルスは、ロゼの不満に特に明確な反応は示さなかった。
ちなみに、公園を出る時までは緑服のたんたんというメンバーも居たのだが、いつの間にかログアウトしておりギルドのホームに戻って来たのは4人だけだ。これも、いつも通りである。
「だいたい!
クルスはあいつらの所に入り浸っているのに、何の成果もないじゃない。
それどころかあいつらをこっちに呼ぶような真似して、どういうつもりなのよ!」
「呼んでないよ。
以前、他のイベントの見学に行く予定って言ってたから、それだと思う」
ユーザーイベント、という言葉の定義によるが、公式に登録されるイベント数自体はそこまで少ないわけではない。
だが大半は販売会や座談会形式、主催者が何らかの成果を求めるイベントの方が多いのが実状だ。
演芸や音楽発表など、純粋に何かを提供するだけの、実利を求めないイベントというのは非常に少なかった。
もっとも、聖歌戦隊についても主催者は明確な実利を求めてイベントを行っているのだが、傍目に他のユーザーから分かることではないため今回の意味では除外される。
「そんなわけないわ、イベントなんて山ほどあるもの!
クルス、役に立たないどころかあたしの邪魔をするつもりなの?」
「邪魔なんて、してない。
それに、ノウハウを盗むと言っても、まだイベントを開催してないもの。イベントが終わるまでは無理だよ」
「いやよ!
なんなのよ、なんで観客が減るのよ、しかも態度も! 何とかしなさい、命令よ!」
観客にまで文句を言い出し、しまいにはクルスに当たり散らすロゼ。
当たられた本人でないながら、その姿に内心でため息をつきつつ、青服のマユは無言で小さく演奏を続ける。
「……ひとつ。
七夕の準備に参加して思いついた、改善案があります」
「それよ! 何よ、やっぱりノウハウ盗んできたんじゃない。盗賊なんだからそのくらい当たり前なのよ!」
それ見たことかとばかりに叫ぶロゼの方を向いて、クルスが静かに確認する。
「その案を試してみようと思うんだけど、いい?」
「まずは話を聞いてからよ。
さあ、もったいぶってないで今すぐ教えなさい!」
「わかった。
じゃあ、少し待って」
必死に叫ぶロゼに、言質は取ったとばかりに頷くクルス。
彼女はウインドウを操作すると、自分の考えた改善案を実践した―――
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「えーっと……これって、どんな状況なのでしょうか?」
突然のクルスさんの呼び出しメール。
指定された場所に行くと、そこには先ほど見た聖歌戦隊の面々、赤、青、黒の3名がいた。
「ちょ、ちょっとクルス!
何であんな奴がここに来るのよ!」
「私が呼びました」
ついでに言うと、クルスさんがパーティに招待してくれたから、この場所に入れたのだ。
わざわざ声に出さないけど。
「はああ!?
な、改善案って、何考えてるのよ! 商売敵じゃない!」
赤の人、キャラクター名ロゼさんがクルスさんに小声で詰め寄る。
困ったことに、内容は駄々洩れで意識しなくても普通に聞こえてしまう。
しかし、なるほど。商売敵と思われてたのかぁ……色々情報が繋がってきた。
「商売敵?
ふふ、随分と現実が見えてないのね」
「はあ? あんた、何よ?」
漏れ聞こえた声に反応したのは、断固としてついてきたはるまきさん。
「私達からすれば、あなた達の練習風景なんか眼中にないのよ」
「な、なんですって!?」
とても大きな胸を張り、得意げに言い放つはるまきさん。
背でも胸でも迫力でも、全てにおいて負けてるロゼさんが目を吊り上げて甲高い声をあげた。
それをそよ風ほども気に留めず、はるまきさんはちょっと困った風に立つクルスさんに問う。
「クルスさん、説明」
「え、あの……私は、ライナさんだけを……」
「他の人に言えないようなことを考えてるなら、ライナと二人きりになんてさせないわ」
「はるまき様、あなた保護者ですか……」
ちょっと苦笑いで小声で突っ込むが、誰も聞いてくれない。
いや、一緒についてきたみかんさんが、慰めるように背中をさすってくれた。ありがとう、くすん。
「わかりました。お話しします」
「ちょっと、クルス! あたしにもわかるように説明しなさいよね!」
ロゼさんの言葉にも頷き返し。
クルスさんはゆっくりと、なぜぼくらを呼んだのかを説明してくれた。
聖歌戦隊は、毎月最終土曜日にユーザーイベントとしてコンサートを行っている。
先月の開催が三回目。回を追う毎に減る観客に、リーダーのロゼは危機感を募らせていた。
自分は天才歌手で歌がうまいから、私の歌を人に聞かせる機会さえあれば全てうまくいくはず。
それなのにこの世界の人間達はおかしい、これだからオタクは。
クルスさんの説明に対してそんな口を挟んだロゼさんは、はるまきさんにひっそりと大笑いされてキレた。
話を戻す。
どうすればもっと観客を増やし、人気を出すことができるか。
思うに、イベントとしての準備や宣伝が不足しているから人が来ないのではないだろうか?
ロゼはそう考え、他のユーザーイベントのノウハウを盗む……参考にしようと考えた。
しかし、開催されるユーザーイベントは販売会などばかりで、ロゼの行うコンサートとは性質がかなり異なる。
実際に一度見学しに行ったこともあるが、ただの露店との差が分からなかった。
これではノウハウなんてない、見習うべき点がない。どうするべきか悩む内に、一風変わったイベントの開催告知が掲載された。
言うまでもなく、七夕祭りのことである。
内容はさっぱり分からず説明もなく、主催者は頭がおかしいんじゃないかと思ったそうです。
この時点ではるまきさんがロゼさんを敵認定、第二回場外乱闘に発展しかけるが閑話休題。
販売会よりも祭りの方が、イベント形式がコンサートに似ているだろう。
それに、スタッフ募集に潜り込めば、丸ごとノウハウを盗める、どころか客を全部自分たちの方に奪えるかもしれない。
そんなことを考え、ロゼさんが送り込んだのがクルスさん。
そうしてクルスさんがスタッフになって一週間が経過し、しかし本日時点では自分たちに取り入れられるような成果もなく。
今月の聖歌戦隊の観客は、宴会屋の面々を除くと、過去最低を記録した。
キレ出したロゼさんに、クルスさんはこう言った。私に改善案がある、と。
その改善案とは―――ぼくをここに呼ぶことだった。
そんな馬鹿な、という気持ちと。
よく考えたなぁ、という気持ちと。
いやはや、クルスさんも苦労してるんですねぇ。




