剣闘燐武 兵の阻むを斬り払い、歌う赤いの無難さよ
突き出される兵士の槍を盾で受け流す。
すれ違いざま、鎧に覆われていない肘の辺りを剣で斬り抜けた。
呻き声を漏らす兵士にすぐさま向き直りつつ、盾を構えて体当たり。
先ほどの関節狙いの一撃で片腕が部位破壊された相手では、こちらの体重を支え切ることはできない。
体勢を崩した相手に、ゼロ距離から
「破撃の硬盾!」
ノックバック付きの盾スキルを叩き込み、大きく弾き飛ばしたところで剣を構えて追撃を―――
「それまで! ライナズィアの勝利とする」
兵士はまだ戦闘不能とはなっていないものの、決着までは不要と判断されたのだろう。すぐに審判の声が張り上げられ、予選の一試合目が終了した。
倒れた兵士の手を引いて立ち上がらせ、剣を納めて一礼。
額当てをむしるように外し、深く息を吐きだす。
うん、危なげなく、幸先の良いスタートだ。この調子で、今日は頑張ろう。
訓練室の扉を出て殺風景な待合所へ戻りながら、軽く手を握って気持ちを新たにした。
闘技大会。
歴戦の猛者が集まり己の腕前を競い合う、運営主催の公式イベントだ。
今回の大会ルールは『30制限、装備支給』
参加者はレベル制限機能により一律30レベルとなり、さらに装備品も大会用に運営から支給されたものしか使えない。
完全に、プレイヤーの腕前のみの勝負ということだ。
大会一日目、今日は予選の試合のみが行われる。
参加資格が『レベル30以上』だけなので、参加希望者は無制限の大会と比べてかなり多い。一組あたり約20人、全54組で予選を同時進行しているそうだ。参加者は千人以上ってことですな。
その参加者を全て一対一で対戦をしていたら日が暮れても終わらないということで、予選ではある程度の人数に絞られるまで、繰り返し兵士と一対一での試合を行う。
運営の紹介によれば、初戦の相手はフリークブルグの一般兵 35レベル。
大会に参加する以上、最低でもこの程度の技量は身に着けていてくださいという運営の足切りラインだろう。
明日の決勝トーナメントに参加できるのは64人。
兵士との戦闘で篩いにかけたら、そこからは兵士との戦闘結果を参考に、プレイヤー同士の直接戦闘で決めるとのこと。
さて、兵士相手の予選でどれくらいの人数が残るんですかね?
出るからには自分の強さというものも知りたいし、楽しんでいきたいものでございます。
……決勝トーナメントに進出するだけでも、15人に一人くらいの割合なのかぁ。
そのぐらいなら、まぁ何とかなるかな?
そんなことを考えながら、同じ組のプレイヤーたちが時に淡々と、時に悔しそうに帰ってくるのをぼんやりと眺めた。
あ、ぼんやりはしてなかった。掲示板とか見てました、はい。
そんな感じで、兵士との二戦目もあっさり終了。
公式の発表によると、二戦目を通過できたのは200人弱。これを3割に絞り込むようだ。
明らかに突出した力量の持ち主や前回大会時の好成績者を『シード選手』として弾き、残りはプレイヤー同士のトーナメント形式。
2勝すれば本選出場ということで、頑張って参りましょう。
予選の間は観客なし、手の内がばれないようにという配慮で他のプレイヤーの観戦もなし。
衛兵だけが見守る中で、対戦相手と対峙する。
「ふふふ、この『混沌魔龍モーザ』の最強伝説の幕開けが───」
ひゅんっ、ぶしゅっ。ざしゅっ。終了!
「おおれは決勝に出場して、そそれを自慢に午後の部でナナンパ―――」
かんっ、ががんっ、ぎっ、べきぃっ。終了!
「ライナズィア選手、決勝トーナメント進出おめでとうございます。
明日は17時より開会式、17時半から試合となります。
開会式は自由参加ですが、試合時間の5分前までに会場に居ないと失格となりますのでご注意下さい」
「分かりました、ありがとうございます」
決勝トーナメント進出と言っても、参加証とかが発行されるわけじゃない。
そのあたりは衛兵さんが参加者の管理をしっかりしている───という名目で、システム的に処理されるようだ。
参加者は数十人も居るんだし、受付に時間かかって間に合わないとか勘弁だからなぁ。必要な措置かと思います。
今日の予選も夕方から始まり、今の時刻はもうすぐ20時といったところか。
インしてる人達に挨拶と決勝トーナメント進出の報告メールをしてから、夕食と休憩のために一旦ログアウト。
今日は21時から予定を入れてるので、ちょっと急がなければ。
30分ほどでもろもろ済ませ、再びフリークブルグに帰還。
暇だったのか、作業をしたかったのか。空き地では、すでにみかんさんとわきさんが作業中だった。
「ライナさん、決勝進出おめでとうございます!」
「ライナ先輩、予選突破おめでとうですねぇ」
「ありがとうございますよ。
決勝進出ではなく、決勝トーナメントですけどね」
決勝進出なんてとんでもない、勘弁してください。
「みかんさんも参加されれば、結構……いや、流石にメイン武器が弓では厳しいか」
「む、無理ですよぉ、私じゃ慌ててる間にすぐ負けちゃいますよ」
「うん、そうですね。
決勝トーナメントに出れれば姿を売る良い機会だったのですが……こればかりは仕方ないか」
「うう、優勝とかアイドルとか、そういうプランはもう許して下さい……」
「ははは。
みかんさんのアイドル姿、ぼくは見てみたいですけどね?」
子ウサギ系アイドル、みかん。
そう考えると、耳の前で左右に垂らされた長い髪が、たれ耳うさぎに見えなくもない、かもしれない。
うむ、良く似合ってるね。
「……ライナさん、また何か変なこと考えてる」
「ははは」
昨夜の騒動で一皮剥けたのか、すっかり鋭くなってしまわれて。
こんな時にはいつも通り、笑って誤魔化した。
農作業をしている間に、20時45分の集合時間に向け、続々と人が集まってくる。
事前に不参加の連絡をもらってるのは、クルスさんとひげさん、リーリーさんと絢鶴さん。それ以外は、みんな参加できるようだ。
収穫した素材をしまっていると、作業台でなぜか爆弾を製作しているラシャが声を掛けてきた。
「それで、今日は何をするのであるか?」
「今日は、よそのイベントを見に行きます。
ちょっとでも、ユーザーイベントの雰囲気というものが分かってもらえるといいな、と」
「敵情視察であるか、爆弾は任せろ」
「違います。
あと、爆弾用意してるのは視察ではなく爆殺です」
「採用である!」
採用じゃねーよ、駄目だよ。普通に捕まるよ。
放っておくと色々破壊活動をしそうな工作員に突っ込みを入れつつ、こんな場所で製作された爆弾を没収しながら、全員の集合を確認。
皆集まって準備も良いようなので、北東の公園で行われているユーザーイベントに向けて出発だ。
案内の為に先頭を歩きながら、当然のように隣を歩くはるまきさんに尋ねる。
「昨夜は遅くまでお疲れ様でしたよ。
今朝はきちんと起きられました?」
「愚問ね。
毎晩空を駆けてた頃は、あのくらいの夜更かしもたまにあったし。5分しか寝過ごしてないわ」
「やっぱり、多少は寝過ごしたのでございますね」
ぼくの言葉にぷいと顔を背けつつ―――
「仕方ないじゃない。眠くても大変でも、ライナを放っておけなかったんだもの」
「お、おう。これはきついカウンター」
ちょっと頬を染め、少し拗ねた声で可愛くて嬉しいことを言って下さる。
おかげで、ぼくの方も少し熱くなった顔を背ける羽目になった。
「いつもありがとうございますね。心より、感謝を」
「ふん、だ。
……あんな妖怪みたいな女に、負けるもんですか」
はるまきさんが誰の事を指して言ってるかは分かったけど、それについてはコメントは差し控えさせていただきました。
たどり着いた公園に待っていた光景は、想像と全く違うものだった。
人が集まってないのだ。
公園内で適当に待機している人が、見る限りで5,6人。
あとは、天気の良い昼間ということで、NPCのおじいちゃんが散歩しているくらいである。
顔を見合わせつつ、なんとなく騒がしくしているのも憚られるため、公園の一角に集まって穴を掘ろうとする工作員を羽交い絞めにしながら静かに待つ。
やがて、21時になると公園の入り口から新たなプレイヤーが入ってきた。
戦闘用ではない街中用の普段着を五色に染め分けた、五人のプレイヤー。
そのうちの四人は集団でたむろしている我々を見て怪訝な表情をし、最後の一人、服を黒く染めた人がこちらを見て口を開けて固まった。
長い前髪の半分だけを横に流してヘアピンで止めているため、珍しくはっきりと見えているその片目に向け、笑いながら小さく手を振る。
その頭上に表示されている名前は『クルス』
「あれって、いつも手伝ってくれているクルスさん、ですよね?」
「ユーザIDが一致してますから、ご本人でございますね」
各プレイヤーには、キャラクター名だけでなくユーザIDが設定されている。
そのため、同名キャラクターが同一人物かどうかは、フレンドリストを確認すればすぐに分かるのだ。
「掛け持ちで参加するほど、イベントの開催が大好き……というのとは、少し雰囲気が違うわね。
私たちを見て、困ってそうだし」
「ええ」
困ったような気まずそうな顔で俯くクルスさんを見守っていると、やがて五人が所定の位置らしき場所に逆W字に並び立った。
すぐに中央で手を挙げた赤い服の人―――キャラクター名『ロゼ』さんが、周りの様子に構わず口上を始める。
「聖歌戦隊―――」
他の四人も同じように片手を上げ、声に合わせて振り下ろす。
「「フリージアス」」
集団の名乗りの後は、そのまま流れるように歌が始まった。
赤いロゼさんが歌い手、周りの四人は一応歌ってるようだが、基本的には楽器の演奏。クルスさんは黒いピアノを弾いていた。
合唱と独唱を織り交ぜつつ、一曲目が終わる。
その歌は、一言で言えば―――
「無難、ね」
「確かに、うまいとは思いますけどねぇ」
そう。はるまきさんの言う通り、無難だった。
けして下手ではない。だが、特別感はない。
確かに、歌としてはロゼさんはかなり上手いんだと思うけど―――なんだろう。こう、物足りないというか、盛り上がれないというか、耳から入ってそのまま通り抜けるような。
そんな感覚で、つまりはこう。良く言っても、無難としか言えない。
はるまきさんの評価の的確さに脱帽でございます。
そんなことを思う間に、曲やメンバーの紹介をすることもなく、二曲目に突入していた。
うん、これも無難。
そのまま、聖歌戦隊の面々(と言うか主にロゼさん一人)はトークを挟むこともなく次々に歌い上げていく。
観客たちも、盛り上がるでも帰るでもなく、ノリノリになることもなく。なんというか、温かく見守っている。
無難、どころか緩やかに右肩下がりの空気の中で歌が続いていき、六曲目を歌い終わったところでようやく曲の演奏が止まった。
随分と長いオープニングだったようだ。
「みなさん、今日は来てくれてありがとうございました。
来月もまた来て下さい、待ってます」
「……え?」
一緒に来ていた中の誰かが、思わずと言ったように声を漏らした。
聖歌戦隊の面々は揃ってお辞儀をすると、まばらな拍手の中を公園から歩いて出て行った。
「斬新なユーザーイベントであるなぁ」
「ここまでいくと、逆にすごいチョ」
ぼくに振り回されてイベント慣れしているリアル友人ずが、それぞれの表現で今のひとときを評価する。
ぼくとしても、皆の意見には大いに賛同するところで。
「すみません。皆さんにイベントの雰囲気を掴んでいただきたくてお連れしたんですが、ちょっとこれはぼくのイメージと違い過ぎました。
ユーザーイベントの参考としては、忘れて下さい」
とりあえず、連れてきたメンバーに謝罪。
うん、ぼくのせいじゃないし、こんなの想像できるわけないんだけど、悪く言えば時間を無駄にさせたよね。
ユーザーイベントというよりも、歌の練習場の見学に来た感じでした。
イベントの雰囲気を掴んで欲しかったんだけどなぁ。
まあ、明日の闘技大会の開会式を見てもらうことで、雰囲気の把握にしてもらおうっと。




