電界日和 日常は電脳の上に成る、従妹の笑顔に新たな報
道の両側に連なる店舗は、それぞれが特色を持ち工夫を凝らした姿を通りに並べている。
建材や電力は言うに及ばず、時には物理法則の制約さえ潜り抜けた装飾の数々。
好き勝手に作られた店々の外観が、ある種の統一性を醸し出すこのエリア。名を、電脳タウン527番、通称『アジサイ町27番通り』という。
現実の世界は、一昔前と比べて大幅に狭くなった。
これは何も、地球が縮んだとかそういう話じゃない。日差しを完全に遮る必要があるため、屋根のない地上での生活が難しくなったということだ。
人々の住居は原則として地下へと潜み、道路や施設もほとんどが地下。
地上は、陽光や外気に影響されない運送設備や、あるいは厳重な防護を用意できるだけの大金持ちの特別な住居が並ぶ世界となった。
新たな世界は狭く、人々に窮屈を強いた。
住居が現実世界を埋め尽くした後。住処以外の施設や店舗は、限られた空間しか持たない現実世界から、際限なく広がる電脳世界へと追いやられる。
かつてWEBサイトや通販と呼ばれた、実店舗を持たない販売店の仕組み。
それらはネットワーク上で、自由自在な『店舗』の姿を得て、今この仮想の街並みを生み出しているのだ。
居並ぶ店舗と同じく、電子で作られた身体を動かして街を歩く。
アジサイ町は、商店街をイメージして作られた電脳タウンである。今歩く大通りに並ぶ電脳店舗は、どれも小型店ばかりだ。
一部屋程度の広さしか持たぬ小型店。見た目の空間は現実の商店より狭くとも、店舗としては十分な機能を有している。
少なくとも、店舗で見る商品は電子データであり、電脳店舗に在庫を置く倉庫や更衣室は必要ない。
目を引くための陳列棚は必要だが、在庫を出して同じ商品を複数並べる意味はないのだ。
おもに、画像データや3Dのモデリングデータとして、全ての顧客が見たい情報を同時に見ることができるのだから。
それなりによく通う一軒のお店へ立ち寄り、手土産がてらお菓子を購入。
配送の手続きをしてお店を出ると、通りの端、つまりタウンの境界から別のタウンへと移動する。
目的地は電脳タウン7251番。
アジサイ町の通りの端から繋げた場所は、タウンとは名ばかりの、ビルのエントランスのようなスペースだ。
受付の端末で目的地を告げ、認証を済ませて傍らのドアを潜る。
そうして辿り着いた目的地は、机と椅子が2つあるだけの、小さな部屋だった。
「お帰りなさい、師匠!」
椅子に座っていた少女が、立ち上がって行儀よく頭を下げる。
後頭部で縛った髪が、下げる頭にあわせてぴょこんと飛び跳ねた。
「……こんばんは、アイラ。
ゲーム内以外で、あんまり師匠呼びは止めてくれ」
「えへへー、照れてますね、照れてますね!
これはもう、アイラちゃんを養って三食昼寝付き生活の始まりです!」
「用事を思い出したので故郷に帰らせてもらいます」
「待って、待って下さい師匠! お兄様!
ふざけて悪かったですから、出来の悪い従妹を見捨てないで下さいぃっ」
すでにゲートに左腕を突っ込んだぼく。
その右腕を、身体中でまとわりつくように抱き着いて、一生懸命引っ張る。
……違和感は少しあるけど、やっぱり柔らかいです。こほん。
「ほら、レンタルルームだって時間制限があるんだし、さっさと始めるぞ」
「はーい。
今日もよろしくお願いしますね、師匠」
腕に抱き着いたままのアイラを椅子に座らせ、隣の椅子に腰を下ろす。
「それじゃ、先週の数学の復習からだ。まず―――」
レンタルスペースは、誰でも自由に時間単位で借りられる電脳スペースである。
現在ここは、ぼくが従妹の勉強を見るため、叔母さんにレンタルされている。
目的は、ずばり家庭教師。毎週月曜日は、アルバイトで出来の悪い従妹に勉強を教えているのです。
家庭に赴くわけでもないのに家庭教師とは一体。と思うが、古くからの風習なので呼び名は何でもいいんじゃないかな?
アイラの勉強を見ながら、窓の向こうに目を向ける。
青空に白い雲の下、緑の木々が並ぶ並木道が山々へと延びる。
実際はただの映像であり、窓から外へ出ることはできないけれど。刻々とうつろう空の景色は、眺めているだけでも心に感じ入るものがあった。
1時間弱で、叔母さんがお茶を淹れてくれたので小休止。
お互いに最近やったオフラインゲームの話なんかをしながら、お茶と茶菓子を楽しむ。
口にしたお茶も茶菓子も、どちらも実体のないデータだが、そこはしっかり作り込まれた電脳世界。現実と同じ味を楽しむ。
この、電脳世界での味の実現具合が凄いから、あのお店は気に入ってるのです。
時間いっぱいまで『バグだらけの世界であるもの』の布教活動をした後は、物理の授業だ。
重力加速度の問題を解かせながら、片手間で端末をいじりメールを確認する。
……土曜にダンジョンクリアしてから、大量にメールが来てたんだよなぁ。
リアルの方に届いた千鶴は棚上げすればいいんだけど、ゲーム内の方は七夕関連の可能性があるからそうもいかない。
今夜は、ちょっと頑張ってメールの処理をしよう。
イベント公開をしていないタイミングであれば知らない人からのメールなんか来なかったんだが……七夕の宣伝になったから良しとすべきか。
「ししょー?」
「ん、どうした?」
「この問題なんですけど」
とりあえず、今は家庭教師のお仕事中だ。
趣味の話は置いといて、しっかり従妹の面倒を見てやるとしよう。
バイトから帰る……と言っても、物理的な移動は発生しない。
挨拶を交わしてログアウトをすれば、そこはもう自宅のベッドの上だ。
入浴を済ませ、用意した夕食を食べながらディスプレイを起動。
「さて月曜日、今日は何か更新あるかなー」
ブレイブクレストの更新は、基本的に月曜の午後に実施される。
更新の内容は、公式イベントの実施や新要素の追加、仕様変更やバランス調整など、その時々で様々だ。
全く更新のない週もあれば、事前の予告もなしに新エリアが解放されるなど、さながらびっくり箱か宝くじのよう。
さて、今週は―――
「……何てこった」
想像しなかったわけじゃない。
だが、ゲームサイト等にも情報は何も出ていなかったし、大丈夫そうだと思っていた。思っていたんだが。
箸でつまんでいた人参が皿に落ちた音で我に返り、ひとまず食事をどかして更新内容を再確認する。
星空の下で佇む白い兎人の姿が描かれた、可愛らしいイメージイラスト。
紋章風に図案化された文字で、星空を横切るように公式のイベント告知が煌めく。
『フリークブルグ 夏の七夕イベント!』と―――
これにて四章、終了となります。
よぎる悪夢に不安な日々と、心穏やかに過ごせない時間。
そんな中での安息と、それをぶち破る公式イベント開催の告知。
アップダウンの激しい話でしたが、いかがでしょうか。
明るいだけでは済まされない日常が、少しでも伝わったなら幸いでございます。
集客力の非常に高い公式イベントへの対策に、全然大きくならない竹の問題、拠点で起きるトラブルなど、まだまだ平穏無事には進みません。
花火師も見つからないし、千鶴さんのメールも棚上げしたままです(ひどい)
それでも、繋いだ人の縁と、磨いたゲームの腕前でどうにかうまいことやっていくことでしょう。
『オレ達の戦いはこれからだ!』と叫びながら。
そんなわけで、イベントの準備はまだまだこれからで、構想も最後まで大量に溢れて零れ落ちておりますが。
一旦ここで、次回更新は未定となります。
うん。まあ、読者もファンも居ないしね……ふふふ。
───とまぁ、ここまで書いたのが2019年の秋の事。
すみません! アップしそびれてました!
だが、アップしそびれていたおかげ?で、打ち切りエンドをせずに残っていたので。
激務が一段落した年明けより、また執筆を再開しておりました。
2ヶ月ほど掛かりましたが、何とか五章もあと一話というところまで来ましたので。
これより、更新再開させていただきます。
一応、現在の予定では、週2の予定です。火金くらいで。
そういうわけで、続きはまた次話、フリークブルグの街角にて。
この文が、誰かに届きますように―――
お相手は、岸野 遙でした。
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