七話
天馬に乗って半日が過ぎたろうか。
光明と私はやっと天界と地上を隔てる門に少しは近づいたようだ。が、光明に訊いてみるとまだ半分も来ていないらしい。
「……門まではそんなに遠かったのね」
「そりゃあまあな。地上から目指して二月はかかったが」
「そうだったのね。うちの父上も元は地上の生まれだと聞いたわ」
私が言うと光明は驚いたのかちょっと黙り込んでしまった。しばらくしてこう呟いた。
「……ふうむ。天帝に人の血が混ざっているというのは本当だったのか」
「光明殿?」
「何でもない。ただ、君の父君が気になってね」
私は小首を傾げる。父上の事が気になった? 考えてみるけどよくわからない。どういう事だろうか。
「……涙鳴姫。門に着くのは七日後だろうから。それまでは妖魔や肉食獣に気をつけてくれ」
「わかった。光明殿も気をつけて」
頷くと光明は「そうか」とだけ言って黙り込む。ひたすらに天馬を進めたのだった。
この日の夜は野宿になると言われた。とりあえず、腰の袋から水瓶を出した。これで水は確保できたはずだ。水瓶に祈りを捧げてみる。が、光明は止めてきた。
「……姫。あんまり神力に頼らない方がいいんじゃないか?」
「そうかしら。じゃあ、どうすればいいのよ」
「仕方ないか。君は地上に行くのがこれが初めてだものな。水は俺が汲んでくる。その間はここで待っていてくれ」
私は釈然としなかったが。それでも頷いた。光明の言う通りなのは理解していたからだ。光明は近くに流れているという川に行く。とりあえずは待ったのだった。
あれから、二刻は経ったろうか。光明が竹の筒に水を入れて戻ってきた。彼は私にそれを手渡すと今度は焚き火をすると言い出す。
「……荷物の番はしておくわ」
「そうしてくれ。んじゃ、薪を探してくるよ」
竹の筒を光明が持っていた麻袋に仕舞い込む。もう日の位置を確認するとだいぶ斜めになっている。日暮れまで近いと思った。
「私。これからどうなるのかな」
一人で呟いた。この場には誰もいない。光明も薪を探しに行っているし。ほうと息をついた。私は何もできない。光明がいないと無力な存在だ。今になってそれを思い知らされる。仕方ない。彼にちょっとずつでいいから川の見つけ方や薪を拾う時のコツなどを教えてもらおう。そう秘かに決める。よしっと気合を入れていたらざくっと足音が聞こえた。驚いて振り返る。
「……光明殿」
「……姫。どうした。百面相なんかして」
「な。何でもないわ。ちょっと考え事をしていただけよ」
「ならいいんだが」
なんと、後ろにいたのは両手に抱えられるだけの枯れ枝や枯れ葉を持った光明だった。なんとも言えない表情をしている。それでも彼は枯れ枝や枯れ葉を私の近くにバサッと置く。枯れ木を組んだり枯れ葉を上に置いたりと手際よくした。その後、腰に提げた袋から火打ち石を取り出す。カチッカチッと何度か鳴らすと火花が飛んで枯れ葉についた。ポッと火が点いた。パチパチと枯れ枝にも火が移り焚き火が燃え上がる。光明は今度は鉄製の鍋を出して雑穀類や塩らしきもの、水を入れた。器用にもお雑炊を作ってくれるようだ。こうして私はやっとお腹が空いていた事に気付いたのだった。