八話 剣は戦いを呼ぶ
一度消えてしまったのを復元したものなので、
少しおかしなところがあるやもしれませんが、気にしないでください。
お説教から解放された私とノイルは一抹の寂しさを浮かべた顔を一人残されるカイルへと向けつつ、素早くその場を離れて行動を開始した。そのときにはもう、仮面は脱ぎ捨てていた。
私にとって「口に糊つける」方法は人斬りだった。だが、用心棒という仕事は決められた人間を斬るのが仕事だ。その経験上、狙った相手を見つけ出す方法というのは心得ている。そこでまず向かったのが、飲み屋だった。「酒場です」とノイルから即座に訂正を入れられたが、細かい事は気にしなくていい。
ノイルに外で待つように釘を刺してから酒場に足を踏み入れ、全体を見回す。ここは宿と同じで木造というところがとても気に入ったが、その辺の観察はさっさとやめてもう一度見回す。私に向けられた視線の中に緊張の色を含んだものが多数あるが、少なくとも犯人らしきものは感じられない。
それにしても、私の着物姿がよほど珍しいのか感じる視線が増えてきている。つまりそれだけ目立つということであり、犯人の目に留まったのは偶然というより必然というやつだったようだ。
ここで、頭の中にぼんやりとした光が浮かぶ。網にかかったのだ。私は直感に従って奥の席に座っている男の正面にある席に座った。そして素早く袖の中から金貨を一枚取り出して投げる。それを受け取った男は用件を察して周囲を注意深く見ていたが、私を見ると大げさに溜め息をついた。
「こっそり話するから内容までは聞かれないにしてもだ。話してたってことがバレてんじゃ意味無いぜ」
金貨を投げ返される。私はそれを捕って言葉を返す。
「迷惑はかけない。教えて欲しい」
言って、再び金貨を投げると男は受け取って、私の目を覗き込んだあとでまた大げさに溜め息をついた。
「女の癖してなんつう目してんだよ。いいぜ、無理やり吐かされるより金もらえた方がマシだしな」
男はどうやらそれなりに鍛えられた勘を持ち合わせているようだ。素直に嬉しい。無理やり吐かせないで済むのはこれが初めてだった。大抵、私を子供だと侮るため無理やり吐かせるのは当たり前だった。
その過程で、指輪包丁などの拷問道具が生まれたのだが、その辺りの話は置いておこう。
「下手に口を滑らさないように禁酒する日々とお別れできる。まあ、たかだか一日だが……アンタなら勝てると信じて言うけどな、もしアンタが負けたらこの世ともお別れだ」
「言った。迷惑はかけない」
「へへっ、信じてるぜ。アンタが探してる犯人の正体は、ラング。特A級の、傭兵だ」
特A級・・・もしかすると、私を推薦してくれた人物かもしれないが、違うという気がする。
私の切り口を鑑定までしておきながら、それを偽装に使わないというのはおかしい。
それとも頭の切れが悪いのか?
「そんな相手の犯行を目撃してよく生きていたものだ」
そこは是非とも聞かせて欲しいところなので、喉を酷使して尋ねた。
「あいつが死体引き摺って宿の屋根上に行って、下りてきたら怪我してたのさ。相当焦ってたぜ」
「それをギルドの方で証言してもらえない?」
「アンタについて行く形でなら問題なさそうだ。ただし、カタつけてからな」
「どうして?あなたが言ってくれれば、それで解決…」
男の言っている意味が分かった。背後から感じる殺気、間違いなさそうだ。振り返ると鋸刃の大鎌を背負った赤錆色の髪と目をした大男、ラングがこちらを睨みすえていた。何故かは知らないが、怨念に近いものを感じる。
「貴様か、四人を殺害した異人というのは。今ここで葬ってやる」
白々しい口上をよく自信満々に並べ立てられるものだ。そう思いながらラングの右手に握られた酒瓶を見て、その自信の正体が知れた。
カイル。回収くらいしておいてくれても罰は当たらないはずだ。仕方ない。もうしばらく、喋るとしよう。
「決闘?受けて立つよ」
「決闘?馬鹿を言うな」ラングが右手を上げると、店の中にいた人間が一斉に立ち上がり武器を構えた。
「罪人は即刻処刑だ」
「おいおい。泳がされてったことか? おいアンタ、このままじゃあ一網打尽だぜ」
男自身が言うように、私が行き着く先の手掛かりとして泳がされていたのだろう。私をここへ誘き出して抹殺するために。図体のわりに細い考えをする。というより、そこに頭が回るならどうして切り口を真似しなかったんだ?ラングはどうにも、カンゼンハンザイというやつとは無縁らしい。
余り呑気にもしていられない。まず、気配を探る。数は、全部で十五というところか。好都合な事にノイルはいち早く逃げてくれていた。続けて思考する。この局面を乗り切った先のことを考えると、ラング以外は始末せずに落とせばいい。簡単だ。
愛刀を抜刀し、鞘を手放すと同時に動く。心臓が鼓動を一つ刻むその前に、十四の露を払い。刻み終える瞬間にラングへと必殺の斬撃を放つ。
だが、それはものの見事に止められていた。
舞い散る火花の向こうでラングは笑っている。私としては、まるで笑えない。
「真っ先に俺を斬らなかったことが災いしたな。斬ってくる瞬間が分かちまった」
目が良いのではなく、勘が良いということか。そういう手合いは厄介としか言いようが無かった。頭の切れはともかく、この男、間違いなく強者だ。
「フッ」
左足の脚力を全開にして跳ぶことでラングを吹き飛ばし、私は広い外へと戦いの場を移すことに成功した。
そこで、私はするべきことする。目の前の敵へとはっきりと聞こえるように名乗る。
「型捨無流、開祖、季節名。恨みは無いが、斬らせてもらう」
「やれるものなら、やってみな?」
ラングは鎌を振り下ろし、構えた。
そのとき、驚くべきことが起きた。ラングの全身が炎に包まれたのだ!
大陸の強者は、何とも妖しげな術を使うものだ。
私は堪え切れない笑みを微笑に変えて、愛刀――『季節名』を八双に構えて対峙する。
ラングのそれを剣気と呼んでいいのかは解らないが、相手の剣気は私のものよりも強い。それはつまり、私の敗北を意味していた。
だが、血を吐く覚悟でなら、その剣気を超えることは難しくない。私は大きく息を吸い込んで、叫びという爆発に変えた。
「セヤアアァァァッッ!」
海を割る。その覚悟、気合いの全てを乗せて踏み込む。
完璧な間合いから放った渾身の斬撃は防御の構えを取ったラングの鎌を容易く両断し、ラング自身を両断する――
「特A級――――どういう理由で特Aと呼ばれるのか知らない貴様は、俺に勝てない」
――はずだ。だが、現実はどうだ?私の斬撃はラングを包み込む炎にせき止められていた。
「まあ、俺が特Aになる前だったなら、貴様の方が遥かに強かっただろうがな」
余裕というやつから、ラングは随分と舌が回っている。絶好調というやつだ。しかし、気になる言い回しだ。
「まるで、人間をやめたみたいな言い方だ」
その言葉に、ラングは口の端を吊り上げ、瞳の奥に狂喜を宿した。
「まさにその通り。だから、ただの人間でしかない貴様では俺に勝つことは、絶対にできない」
そうでもない。人間の力は、私の力はこんなものではないと教えてやる。
ここで、ラングからの反撃か、私を飲み込もうとする炎から普段よりも素早く距離を取る。怯えて逃げると言ってもいい。その怯えは戦いにおいて致命的だ。現にラングは私の動きの違和感に気付き、シギャクテキな笑みを浮かべた。
「炎が怖いのか?ならいい。焼殺してやる」
この街の人間は本当に戦いの気配に聡いらしい。その判断も的確で、今回は被害を被らないよう非難しているのが解った。私としても、人がいなくなればそれだけ戦い易くなる。手を合わせて感謝したいけど、それは命取りだ。
秋の風によく似た風が私とラングの間を通り過ぎた。
その風に舞う炎が、この瞬間だけは赤く色づいた葉のように見えた。