七話 挑まれた勝負
「私はノイル=イグジストって言います。どーぞよろしく、サムライさん」
そう自己紹介してきたノイルは煙草から私の監視を言い渡されている。もし逃走すれば刑は確定し、手配書が大陸のそこかしこに回るという話だが、逃げる心積もりなどない。あるのは真犯人を捕まえる。それだけだ。
とにかく、心惑わされている場合ではない。私はポーカーフェイスというやつで頷いた。
「サムライ? サムライって何なのトキナ?」
「私欲に流されることなく、また、己を乱すことの無い者を言う。そして、勝つためには手段を選ばない」
他を思いやるということも必要だと教えられたけど、それは口にしない。それに、長い台詞は私の喉が持たない。
「あ、武器に毒塗ってるんですよね。なるほどなるほど」
ノイルは今ので納得したらしい。なにやら気になる笑い方だ。
一方、カイルは額に指を立てて考え込んでいる。
「……トキナってさ、もしかして修行に来てるの?」
私は答えに詰まった。強い相手と戦うのは確かに好きだ。何より私は、剣を捨てて生きることができないからここに来た。それはつまり、戦いを求めて来たとも言える。結論としては、カイルの言う通りなのかもしれない。
私は頷いた。すると、カイルがどこか好戦的な雰囲気を帯びた。
「なら俺と戦ってみないか? トキナだって大陸の戦士の力を試してみたいだろ?」
「今は汚名を雪ぐのが先決」
「挑まれた勝負から逃げるのが、サムライってやつなの?」
その程度の挑発で闘争心を焚き付けられたりはしない。まして、心乱れることなど決してないが、カイルは私の中の士道、その火蓋を切ってしまったらしい。
「吹くね。いいよ。相手をしてあげる」
そしてそれは、落とされた。
だが、すぐに始めるわけにもいかないので、遮蔽物の少ない開けた場所に移動する。周囲の人間は戦いの気配に聡いのか、私とカイルを取り囲むようにして集まって来ていた。その中にノイルが加わっているのを見届けてから、目測で初めの間合いを決めて距離を取る。
私の間合いが定まったのを感じ取ったのかカイルが構える。やはり両手に盾を持った。徹底的な守りが主眼なのだろうか?
「手合わせの前に、まずは名乗ろう」
「それじゃあ俺から……カイル=サークス、盾使いだ」
いい心構えだ。私はカイルに内心で賛辞を述べつつ、抜刀する。
「三毒超克……型捨無流、開祖。季節名……参る」
愛刀の野太刀、その柄の長さは一尺四寸強(約四十二センチ)。それを活かして棍のように回転させる。普通、刀を回そうとしたところで重心の問題からさほど速くは回せないが、切っ先の材料が他よりも重いこの刀はこうした扱いが可能だった。
何より、この切っ先の重さこそが、私の膂力の無さを補って余りある攻撃力を齎してくれるのだ。
「ソードの柄を使ってそんなことするの初めて見た。それにしたって、そこからどう攻撃を繰り出すの?」
少し試そう。
回転速度を上げたことで唸りを上げる刀がそよ風をカイルへと吹き付ける。まるで反応しないということは、変に深読みをしたり、虚仮脅しに引っ掛かたりはしないと見ていい。それが解ったので、回転の速度を徐々に緩める。
「……」
攻撃の直前に剣気を叩き込むことで、これから攻撃すると伝えてから足を動かす。心臓が一回脈打つ前には私は既に距離を詰め切っていた。右半身を前にして、回転させている刃をそのまま振り下ろし右の盾を斬る。続けて右足で地を蹴り左足を軸にして回転する途中、刀を振り上げ、右足を踏み込むと同時に振り下ろし、左の盾を袈裟に両断する。
「……」
自画自賛するようで気が引けるが、私の電光石火の早業にカイルはただ呆然としている。やがて盾が二つに割れて地面へと落ちた際の音に反応して何が起きたのか気が付いたようだ。
「……あれ? トキナ? さっきまであそこにいたのに」
カイルのこの言葉は貴重な収穫だった。今まで戦った相手は必ず殺していたから解らなかったが、どうやら、カイルは私の残像というやつを見ていて、私そのものが見えていなかったらしい。そんな境地にいたのかと思うと、天を仰ぎたくなる。そうしていると頂点が見えてしまった気がして、虚しかった。
だが、それは凄い自惚れだったとすぐに自覚する。不意を突いたカイルの拳撃がかわし切れず、頬を掠めて、そこから血が流れた。油断大敵とは、よく言ったものだ。修行不足を痛感する。
「トキナが速いのはよく分かった。でも、まだ勝負は着いてない」
全くもってその通りだと私も思ったので、頷いておいた。
「トキナは本当に速いよ。正直、まるで見えなかった。けどさ、剣の動きなら幽かに見えた」
そこで口を挟むことはしない。喋ると疲れるし、太刀の速度は必殺の段階までは上げてはいないからだ。
今の太刀を幽かとはいえ捉えるほどだ。あまり長引かせるとカイルの目が慣れる可能性があった。
慣れさせるのも面白そうだが、殺人鬼としての私が囁いている。「手の内は一切見せず、即殺せよ」と……殺しちゃいけないのに。
「攻守交替しようか」
カイルはそう宣言し、真っ直ぐに跳びこんできたところに私は兜割りを叩き込む。カイルはそれを強引に受け流し、近接戦の間合いへと――私の間合いへ――侵入してくると豆でもばら撒くように拳をばら撒いてきた。割れて無くなった盾の重みが減った分、速度が増しているのか、手強い。間合いを外させない囲むような攻撃。足捌きによる振幅の広さとその速度からなる体移動……見事だと思った。
「シィッ」
しかし、避けてばかりもいられない。私は気合一閃、当たらないのを承知で裏を狙って斬り上げ、愛刀を宙へと放り出し、拳撃を見切って右腕を絡め取り間接を極めるとその状態のまま勢い良く放り投げた。 派手に骨が折れる音がした。
「ぐっ、ううううぅぅゥゥ」
投げられたカイルは地面に横たわったまま、痛みをぐっと我慢していた。もう勝負は着いたかと思った。けどまだ立ち上がって戦おうとする戦意が見て取れて、私は困らされた。と、ここでノイルが割って入ってくれたおかげでこの場は収まった。
観衆もすっかりいなくなったあと、私は白い壁が特徴的な病院を眺めていた。ここに立っている理由は言うまでもないと思うけど、治療のためにカイルをノイルが連れて行き、私はそれについて来たのだ。
大陸にある店はどれも暖簾を掲げない。ただ売っている物が何か分かる絵の下に店の名前を書いた看板があり、他の建物との区別がしやすいよう壁を染めていた。
ここで素朴な疑問なのが、どうして病院の壁は白いのかということだ。
しばらく考えていると、カイルが扉の向こうから姿を現した。その腕に巻かれた包帯を見て、なるほどなという気がした。確かに、白はおあつらえむきの色なのかもしれない。
「お待たせ、いや、切り傷を覚悟してたから折られた時は一瞬だけ意識が飛んだよ」
後腐れのない様子のカイルは爽やかに笑うと左手の親指を立てて見せた。男が好きなのか?とりあえず意味のよく解らない合図は無視して、その隣のノイルを見る。前髪の奥に隠れた目と視線がぶつかったような気がした。
「サムライさんってカタナを振るものじゃあ……ああ、勝つためには手段を選ばないから、戦い方も選ばないんですね?」
本当は刀を放り投げるなんて侍でも何でもない、無作法極まりない行為だ。なので、私は肩を竦めて誤魔化しておいた。
そこに空いた僅かな間に滑り込むようにしてカイルが言った。
「それじゃあ、犯人探しといこうか!!オー!!!」
余談だが、この大声が原因で逝きかけた人が出たらしく、しばらく病院の人にお説教をされて余計な手間を取った。