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季節名の道  作者: 元国麗
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五十二話 エスタシア


 ジジジ、ジジジとノイズを立てながら目前で映像が流れていく。

 この色の無いモノクロの映像が、わたしにはかえってありがたい。


『本当にここ数年の大会は実況泣かせですよねぇ、見てからそれを口にして伝える間にも次々と展開が・・・・・・本当に目まぐるしく変わりますからついて行けず、そのままに試合が終了なんてことも起こりかねないくらいです』

『でもそれなら試合の流れを読んで先んじて言ってみたらどうです?』

『そんな離れ業をやってのけたらそれこそ大変なことになりますよ』

『でも、あなたがここ数年に入ってから毎年実況を続けている理由ってそれと近いような気がするんです よね。あの『そろそろ決着ですよ』の一言は毎回緊迫した試合の空気に何とも熱く震えるものを起こさせてくれますよ』

『それは単に試合の雰囲気が無人の山中のように静けさに満ちてしまうからで、そうでないときは別でしょう。そろそろ決着ですよ』

『おっと、では決着のあとには私の見識の及びます限りで解説をさせていただきますよ』


 そうしたやり取りの終わりと共に試合の場において凄まじい剣戟を繰り広げていた二人が間合いを大きく離す。どうやら解説役の人の言葉の通り、実況役の人は試合の流れを正確に読み取っているみたいだ。


『解説として失格だとは思うんですけど、これまでの試合の決め手となっているあの自在に曲がる長刀、構えを一通り見てみたところでさっぱり原理が判りません。あれには何の神秘もないはずなんです。それならば異様にしなりやすい鋼を使ったもののはずだと思いますが、それではまともに剣を打ち合わせることは難しく、またそれらしい現象も見受けられません』

『神秘が無いというのは、魔術的な要素が皆無というだけであって、人の業という神秘の可能性は捨て切れませんよ?』

『幾らなんでもあの不思議剣にそれは無いでしょう。もしそれが可能だとするとよっぽど特殊な金属を鍛えたのか、もしくは創ったということですね』

『おや?そこを否定なさるのはおかしくないですか?』

『だからあの剣は人の手ではなく、魔術でもない何かによって生まれたと思うんですよ』

『その辺りに手を伸ばしても先は真っ暗ですよ・・・・・・』

 決着の瞬間までは休憩時間なのか、固唾を呑んで見守る他の人々を無視して雑談に興じ始めている解説と実況、その両者の言葉を意識の外に置き去りにしてわたしはこれからの決着を見逃さないよう集中する。


 見るべきはただ一人・・・・・・今見ている彼、一如=R=ロドブロクただ一人。


 一如の剣が上段より袈裟に振り抜かれる。

 その剣質は正しく剛剣。

 その太刀筋、鋭さは避けることを許さず、結果、相手はその剣を受ける。

 打ち合わされたかに思えた剣はしかし、次なる瞬間には蛇が絡みつくかのような異様な手応えを相手に与えていた。

 同時に、猛烈な死の気配を伴って。


「!」


 シャーッ!

 蛇の威嚇にも似た金属の擦れ合う音が死の訪れとして響き渡る。

 その瞬間、相手は己が獲物、つまりは駆られる側の者なのだと悟る。

 この錯覚が気を殺し、同時に技を鈍らせる。

 寸時の空白、致命的な隙を突いて一如の手に握られた剣がしなる。それはまるで生きた蛇のように相手の首筋へと牙を突き立て、戻る際にその首を完全に断ち切った。

 そして、勝負は決した。


「今の技はいったい?」


 呆然と呟く。そして会場が歓声に沸きあがるその一歩手前で映像は終わる。


「解説役は今の異常な剣のしなりを『蛇剣』と命名したそうだよ」


 わたしの独り言に答えてくれたのはアユムさんだった。それ以上は何も言わず、ハッカ入りのシャーイ(お茶のことらしい)を一口飲むと視線を他所へと移してしまう。

 もう聞き返しても答えてはくれなさそう。気が利いてるのか利いてないのか本当によく解らない人ですね。よく解らないと言えばこの部屋もイスラム建築が特徴で、床をみればアラベスク模様が見えている。

部屋の奥の方からパチパチと音がしたので目をやればチューリップの形をした銅製の火鉢の中に眩い輝きを宿した火が燃えていた。その火の持つ清らかさに思わず心を引きつけられそうになったところで、そこに微かな魔力が交じったのを感じた途端、わたしはその火から一切の興味を失ってしまっていた。


「そろそろ薪を付け足そうかな」


 と言ってアユムさんは別室から薪を急いで取ってくると火鉢の中に放り込んで、それからわたしの方へと薄い笑みを浮かべて戻ってくる。


「そろそろいいかな?」


 突然の問いにわたしはキョトンとなってアユムさんを見る。


「何のことですか?」


「いや、何やら深く考え込んでいるように見えていたのが、普段の顔に戻ったから見たことへの、特に『蛇剣』への考察は済んだのかなと思ってね」


「そのことについては、よく解らないと答えるしかないです。ただ、名の通り一連の動きとして目に見えるもの聞こえるもの、肌に伝わるものにまで蛇のような、という印象を受けたくらいで」


「とすると、やはり鍵は蛇ということになるのかな?」


「アユムさんは『蛇剣』の正体が知りたくてわたしに記録を見せてくれたんですか? わたしてっきり今行われている大会のレベルを知るという目的だと思っていたんですけれど」


「それもあるけど、前大会の覇者の一人が今回もやって来た。それも今までの優勝者と違い対策が殆ど立てられないという嫌な相手がね。そのことで今回の予選の経過がこれまでのものとは大きく逸脱する可能性が出てくる。そこでそうならないように何か情報、アドバイスが欲しくてね」


「彼が大会を二度制することに何か不都合でもあるんでしょうか?」


 気になったことを口に出してみるとアユムさんが珍しく屈託無く笑う。


「そんなことはないさ。ただ分からないけど知ることができることを、特に気になる事を放置しておける性分じゃないというだけだよ」


「そうですか」


「ところで、墓守と戦って決着は着かなかったみたいだけど・・・・・倒せそうかい?」


「負けはしないと思います。けれど、何をしてでも勝ちたいとは、思えないです」


「命は賭けられない?」


「命ですか・・・・・・そうですね。戦う以上は当たり前のことにわたしは躊躇っているんです」


「同じ剣の使い手なのにトキナとは大違いだ」


「アユムさんは、殺すということについて何を思っているんです?」


「よく分からないかな。ただ嫌だなっていう気持ちが胃を重くするような気分にはなるけど、そういう暗い気分を味わうという以外は特に何の言葉も浮かばない。だから分からないんだと、そう思う。そうだな、空気を見ようとして目に力を込めたって何も景色が変わらないようなのと一緒さ。だからこれは気になるけど気にしないようにしてる。そうしないといけないものだと思うからね」


「目に見えないものは見えない。言葉にならないことは言葉にならないですか・・・・・・」


「どうしても分からないことは分からない。そういえばエスタシアは経歴から受けた印象とは違ってまだまだ若かったね」そう語る目はどこか幼い子供を見るそれだった。「いや、仮にも一流派の正統な後継者で、おまけにもう継承者がいるって知っているとどうにも長い年月を過ごしているような感じを今でも持ってしまうから」


「えぇ、そうでしたね」


 口ではそう言っていても、わたしは今の言葉に返事なんてしていなかった。

 わたしの心は言葉に囚われていた。


 正統な後継者。


 わたしは彼女から一体何を受け継いだんだろう?

 面と向かって後継者だと言われたことなんて無かったから今まで思いもしなかったけれど、わたしは彼女との時間に体感したことの全てと、今も目に焼きついて離れることない彼女の最後の戦いの光景を知らず知らずのうちに再現するように剣を振るって、彼女の遺した言葉に大きな感銘を受けて、それで奮起して型捨無流を会得していた。

 でも、だけどそれは本当に受け継いだって言えるんだろうか?

 そのことを思うと胸が熱い。それでいて、とても哀しい気持ちになる。

 わたしは、わたしの剣がわたしのものになるために足りないものがようやく解った気がした。


「そうですね。正統な後継者としてわたしはここでしなければならないことがありました」


「そうかい? それなら、それはここでしかできないことなんだろうね」


「え?」


 この不思議な言葉にわたしが呆気に取られて声を上げると、アユムさんは何か秘密を知っているような、そんな不思議な眼差しを向けてきていて、何だか訳が解らなくなる。


「いやなに、ここは本当に場としての力があってね。様々なものが、特に運命が交差する場所だからね」


「運命というのは魅力的な言葉ですけれど、幼いときに教わったことの影響なのか、その言葉で物事を片付けるのは安易に過ぎる気がします」


「厳しいね。あなたにそれを教えたのはさぞかし厳しい人だったんだろうね」


「いいえ。わたしの師は厳しくはありませんでした。そうですね、喩えて言うならこちらの歩調に合わせながら、優しく手を繋いで一緒に歩いてくれる。そんな人でした」


「それでも、その教えは厳しい。安易に過ぎると思ってしまうのなら、それは苦難へと向かう心構えであると共に、苦を伴う行いを自らに課すことになるんだからね」


 そうなのかもしれない。でも、それでも。


「わたしはそれが正しいと感じたんです」


「ならその心を大切にするといい。大切にしないと、心というものの作りはビックリするくらい崩れ易かったりするから・・・・・・まぁ、大切にする方法ってなかなかないようにも思うけど、まぁいい。話を戻そう。墓守に関してだけど、お願いするよ」


「はい。墓守に関しては任せて下さい」


 ただ倒す相手としてではなく、墓守とはもう一度会って・・・・・・戦ってみたい。

 素直にそう感じた初めての相手だから、それに否という気持ちは一片もなかった。


「トキナを巻き込む積もりはやっぱりない?」


「毛頭ありません」


 それがわたしのアユムさんに力を貸すそもそも理由なのだから、訊くだけ無駄だと知っているはずなのにどうして?


「それでエスタシアがやる気を出してくれるならそれでいいさ。僕はただ黙っているだけでいいんだから、こんなに楽なことはないしね」


 口で言っている事と表情が一致していない。まるでわたしに戦わせるのが嫌そうな顔をしている。

 本当にどちらなのかと聞きただしたくなる人だって、そう思う。

 けれど、答えがどうであれ、わたしが戦わなくちゃ、墓守と戦うのはあの子になる。

 だからこそ、わたしが戦う。

 戦いの場となるこの島へとあの子を送り出してしまった者の責任として。

 一人の師匠として、家族として。

 あの子の為に。人の為に。誰かの為に。

 それだけじゃない。わたしはあの人を見つけて、為すべきことを為さないと。


「そうだ、これを渡しておくよ」


 考え事に集中しかけていた折にスッと差し出されたのはこの大会の期間中にだけ発行されているという新聞だった。


「これは?」


 ここに記されていることをどう活用すべきなのか。もっと正確にはアユムさんはこれを元にどう動いて欲しいのかが今ひとつ不明瞭だったから疑問の声を上げる。

 するとアユムさんはその疑問を理解してくれたようで一つ頷いてから言う。


「こちらから指示することは無いよ。ただ参加者としてのあなたへのささやかな贈り物。エスタシアはトキナと同じくらい聡い割には、あまり自分に自信がないみたいだね」


 何を思ってそう言ったのかがよく解らず、わたしはただお礼を言って部屋を後にした。


「悪いけど、あなたの都合に配慮なんかしていられないんですよね」

 

 部屋を出た直後に――アユムさんがそんな大きな独り言を言ってくれた。

 本当に、よく解らない人。どうして秋ちゃんはこの子を主と認めたんだろう?

 以降、それを心の中で持て余しながらしばらく歩いていると、わたしは後ろから意外な相手に声をかけられる。


「よう。また会ったな」


「また会ったね。フォルティス」


 振り返って見れば十年前と殆ど変わらない黒のフード付きマント姿がある。


「こうしてまた顔を合わせられる縁があるとは、不思議なものだな」


 言葉と一緒にフードの奥に見えるあのぼんやりとした光を笑うように揺らす。

 それが彼の眼差しに宿る心であって、わたしには不思議と安らぐ光だった。


「わたしは本当に懐かしく感じます。フォルティスは秋ちゃんと同じで気持ちが通じ合っているって気が凄くしていたから、何だか幼馴染にでも会ってる気になる」


「そうか? 出会い方も別れ方もロクなもんじゃあなかったが、確かにお前の家で世話になっていた時は・・・・・・短いとはいえ、これまでの人生では随分と穏やかだったな」


「そう思ってもらえたなら何よりです。それでここへは何をしに来たんです?」


「大会に参加するなら仲間がいるだろう? そこでまたいつかのようにお誘いに来たわけだが、今回は良い返事をもらえるか?」


「はい。いいですよ」


 すぐに返事をするとフォルティスはよほど可笑しかったらしく忍び笑いを漏らす。


「ああ、良い返事だ。思えば、俺はあの時からずっとこの返事が得られなかったのが悔しかったが、今は妙に清清しい。く、くくっ。それじゃあな」


 満足したと、そう心では口にするフォルティスはその姿を気配と共に徐々に歪ませていき、最後は景色に溶けるようしてこの場から姿を消した。


 また一人になったところで、わたしはあまり人の使わない鍛錬場へと足を向けた。

中に入る。まずは適当に調子を軽く計る程度で手にした剣を抜刀する。

 一回二回と初めは数を数えながら、それが千を越えたところからはただ無心になる為にひたすらに体の動きを剣に伝えて、そして剣から伝わるものを体に反映させながらわたしは自分に重ねてきた彼女の影が実体を伴ってきたと感じられるまでにする。

 そこから、わたしは影と重ねることをやめる。

 そうするとただ立ち尽くすことが多い。

 いつも、まるで金縛りにあったような状態になる。

 けれど、今回はそれをしない。動きは影と同じにしたままに、けれど影よりもより速く、より強く振るい続ける。

 影は振り切れない。足元にある本当の影と同じようにどこまでもわたしについて来る。

 いつの間にか影は目の前にあって、わたしと技を競い始める。

 ――・・・・・・何だろう? よく見える。

 それはもう予見できると言い切っていいくらいに影の動きが、師の動きが解る。

 それでもわたしは余裕なんて無い状態で剣を振るい続ける。

 力で勝っても速さで勝っても、たとえ技で勝っても、肝心な気で勝つことができない。

 だからそれによって落ち込んだ力、技、速さが結局は劣ってしまう。

 それでも、わたしは心を折ることはしない。

 これ以上、折れる訳にはいかない。

 だからわたしは次の一秒、そのまた次の一秒においても影に負けることはない。

 たった一時でもいい・・・・・・己の迷い諸共に影を切る為の言葉を唱える。


「アパテイア――一斬一切斬」


 唱え終えると同時にわたしの心に炎が燃え盛り、それを影へと掲げるようにして大上段に構えてみせる。あの人の教えにある「一斬一切斬」の精神をもって対する。

 それによって影はより鮮明な闇となってわたしの目前にある。

 影はわたしにこう問いかけていると思う。

 如何にしてこの影を斬ってみせるのかを――我と彼を斬るのかを。

 わたしに必要な事は相手に対する殺す覚悟じゃない。

 たとえどれほどの変化があっても、わたしがわたしであるならば、わたしに必要な事はたった一つ。

 わたしがわたしを殺すこと――わたしという我が死ななければ、彼なる相手は殺せない。

 けれど殺すという言葉が胸の内を過ぎるといつかの赤い雨が思い起こされてきて恐い。

そう思ってしまうと影がゆらゆらと揺れる。それがわたしの心にある炎の揺らぎである

と同時に、体の揺らぎだというのは明白だった。

 そして影は亡霊となり、手にした刀をおもむろに八双に構えた。

 しかも、そこから剣尖をこちらに向けて、半身となる。


 その姿は正しく型捨無流の開祖・・・・・・初代季節名そのもの。


「――――、」


 息を乱したその刹那、ここが正念場だと全身の感覚が魂を叱咤してくれる。

 わたしは寝かけていた刃を起こして、後ろへ退きかけていた足を戻す。

 亡霊は未だに何も問うことはしない。こちらをじっと窺っているみたいに思える。

 対面に在る亡霊の構え――型捨無流において名を有する数少ないそれの名は「虚仮」。

 誘いの技であり、返し技でもあると同時に二段技が仕込まれたこの構えは曲者だ。

 けれど、この構えは攻守共に足捌きが肝要。だから剣尖をこちらに向けて幻惑することで注意を引きつけ、方向感覚に隙を生み出す。

 それでも、足捌きへと注意を向ければ片手技に切り替えて、おまけに組み手も仕掛けてくる可能性がある以上、後の先での勝利はあり得ない。

 そもそも、わたしの構えはいわば決め手。先の先以外に勝機は無い。

 一筋の汗が目に入る。続けて、もう片方の目にも。

 ぼんやりとした視界に変わった瞬間、亡霊が色を帯びたような気がした。

 そんなときだった。


――守れるか?


 この短い問いが頭の中で弾けた。

 真意を探る間もなく、亡霊は前足であった左脚を宙に浮かべて、後ろへと振るっていた。


「――!」


 遅れた! 見えていると思ったのはその場に残された残滓。亡霊の足はもうそこにはない。

 その場で一回転して放たれる捨て身の斬撃。

 もはや受けることも避けることも叶わない。

 これで勝敗は決する。

 ここで、勝敗を決しなくてはならない!


「エエエエエエエァァァァァァァッッッ!」


 気が付けば、わたしは既に踏み込むと共に刀を振り下ろしていた。

 亡霊は、もうどこにもいない。

 思わず唾を飲み込む。それからわたしは汗を拭いて自身の影を見詰めてみた。

 何も起こらない世界はそれこそ時間が止まったような錯覚すらしてしまう。


 ただ剣を振るうときに強く思った。「守りたい」という一念。

 わたしはそれを答えとした。それは正答であるか否か?

 それを問うためにもう一度、上段に構える。


「・・・・・・フゥー」


 深く息を吐き、そこから短く一吸する。

 さっき、わたしは自分の心に従って全力の太刀を放った。

 問いに答えた、はず。

 けれど、その答えを信じなくちゃいけない心がまだ微かに揺れている。


「だめだ」


 一つの境地から離れていくのが体への疲労に化けて教えてくれる。

 それを押して、またそこから無心になって影を重ねようとして、


「よもや我が天気流以外にも重影の行を為す流派があったとは世の中、いや人のすることというのは本当にこうも似通うものなんでしょうか」


 この声の主の登場によって中断してしまう。

 振り返ってその姿を見てみると細い目を笑みの形にしてニコニコと笑っている顔が目に入る。艶やかな黒髪を肩に少しかかる程度に伸ばし、そして前髪の毛先をどういった理由からなのか、元の黒を含めて五色に並べて染めているという奇抜さが良くも悪くも目立つ。

 けれど、特に気になったのは彼の着ている和服だった。確か・・・・・・着流しだっけ?

 彼もまたフォルティスやあの人と同じ故郷の人なのかな?

 わたしが彼を見るように、彼もわたしを見ている。その僅かな時間で唐突に何を思ったのか、彼は表情を変えずに、しかしどこか感心しているような息遣いをする。


「おや? 影を返すと隻腕だったんですね。これは凄い。こうなると影ではなく死者が乗り移ったとでも言うんですか。しかしあれは影なれば、あなたの中の影はよほど濃いということですか・・・・・・」


 腰に刀を差しているのと雰囲気から彼もまた今回の大会参加者の一人だというのは解るけれど、何と言うか、ぶつぶつと独り言を言っている姿は不気味だった。

 ただ、言っていることの内容を考えてみると、わたしが何をしたのかを彼の流派、その術理に則って考えているのだろう。


「ところで、あなたは誰ですか?」


 相手が傍に居るのに何もしないというのは気が引けたので声をかけると彼は驚いたようにして見せる。

 見る者次第でははっきりとそうだと解る嘘の表情だった。


「我が名は天川恵吾。剣術、天気流の七代目です。あなたは?」


「わたしはトキナ=エスタシア。型捨無流の二代目です」


 型捨無流の名を聞いた瞬間、細められていた彼の目が見開かれて、ぶどう色の瞳が覗く。

 そこから感じ取ることのできたものは奇怪なことに嫉妬と敬意とが入り交じっている。


「戦場の野蛮な棒踊りと謗られながらも、その仮借なき剣に殺仏という言葉すら覚えるとして怖れられているという・・・・・・あの型捨無流の使い手とお会いするとは、さて我はどう動くべきなのか、ということを今日の夜によくよく考えなくてはならないようだ」


 相手に語りかけるのと同時に自分にも語りかけている。それが天川恵吾という人物の話し方らしい。

 見方を変えるために彼に足を向ければやっぱり、この場での切り間・・・・・・間合いの取り方にも――恐らくは考え方にも、そういった所をみることができた。


「おっと危ない」


 間合いを計ったのがばれたらしく、彼は自然体となってこれをあやふやなものにしてしまう。それぞれの手を視野を広げて収めて見れば右手は前髪を弄り、左手も懐に入れていて、刀に触れる気配は察知できない。

 良かった。余計な事をしたせいで争いになるのは避けれたみたい。

 と、思ったのも束の間の事。彼は少しだけ笑みに威嚇の気を乗せている。


「あなたは凄い、人を斬ったことがないのに百人を斬った者よりもずっとそれらしい剣を振るってみせた。それは忌むべき才であると我は思う」


「わたしの剣は実際の人殺しの剣よりも、より殺人剣に近いと言いたんですか?」


「プロ顔負けってやつでしょう」


 その冗談めかした言い方は、どうもわたしを嘲笑っているつもりらしい。


「それはどんな立場から見てのことですか?」


 そう言えば、彼はわざわざそれを聞くのかと言いたげに口端を持ち上げた。何故か愉快そうに。


「プロから見てですよ」


 わたしはこの人のことがすっかり嫌いになってしまったみたいだ。胸の中で荒々しいものが湧き起こるのを感じる。


「人を斬ることに、そんな呼称は不要だと思います」


「人を斬る技を長年かけて身に付け、今もこうして研鑽する以上、こうした心構えはより重要だと我は思っている。あなたは何故そうではないのか? お聞かせ願えますかな」


 そこで、彼は鯉口を切るとこちらに向かって歩んでくる。

 わたしもそれに応えるようにして刀を右に一閃する構えで歩き出す。

 間合いが徐々に詰まる。

 お互いの目線はお互いの瞳に、その奥に在るものへと向ける。

 彼は目を細めていて真意がまるで掴めない。それでも右手は太刀へと伸びていると察知できた。

 対してわたしは自然体で、ただ手に持った刀を構えるのみ。

 ゆったりと歩き続けて、いつしか一足一刀の間合いすら超えて互いにすれ違う。

 そのまま数歩進んだところでわたしは肩越しに振り返る。


 結果を知る為に。


「・・・・・・お見事」


 彼は手にした太刀を見詰めている。

根元から断ち切られた太刀だったものを。


「剣の根元にて、それも片腕の膂力のみで断つとは、げに恐ろしきは受け継がれた技ではなくあなたそのものだったか。そも、角のある刀の意味するところに気付けなかった我の見識の浅はかさ、この呪わしさか」


「わたしを試して、何がしたいんですか?」


 せせら笑いを浮かべて言葉を口にする態度に対して若干の怒りを込めて訊くと、彼は言葉を発したわたしを再び嘲笑い、そのままこちらを振り返ることなく歩き出して太刀の残骸を後ろに放り投げてしまう。


「いやいや、あなたとは縁が無さそうです」


 これだけ言い残して遠ざかる背中にわたしは叫ぶようにして言った。


「それは幸運でしたか?」


「それは事が済んでみないと分かりませんよ」


 彼は去って行った。それだけで世界の半分が無くなったような気がした。

 それからしばらくして、わたしはある一つの言葉、一つの思想を思い出す。


「解った」そう口にするのは同時だった。「型捨無流・・・・・・「捨」が何なのか解った」



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