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季節名の道  作者: 元国麗
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四十八話 柳

 あちきの名前は柳雪音(やなぎゆきね)っていう、らしい。

 自信が持てねぇのは教えられただけで、おまけに教えた奴が嘘吐きだったから。

 そんなあちきはもともとは良家の血筋の人間で魔術に関して妙な才があるってことで、そういうことに興味がある野郎に売られた奴隷だった。


 本当なら今頃は飼い主とこにいんだろうけど、あちきにあるっていう妙な才ってやつが奴隷の証とかになる魔術をなかったことにしてくれたおかげで逃げ出せた。

 周りの野郎どもはその奴隷の証とかいう魔術が絶対だとでも思ってたのか、逃げ出すなんて夢にも思わなかったおかげで、逃げ出すのはホント、夢みたいに楽だった。


 だけどよぉ、世の中ってのは最悪な野郎だ。

 何とか逃げ出して行き着いた場所ってのは、落伍者とかいう連中の集まりで、表通りなんて歩けないクズの集まりで、とにかくクズの集まりだった。

 で、そんなクズからしてもあちきはクズだったらしい。

 落伍者って奴らは昔は良い暮らしとかしてたみてぇで、今じゃ周りからバカにされてるクセに昔が忘れられねぇのか知らねぇけど、人様をバカにするってことをしたくてしょうがないらしく、あちきをバカにして憂さを晴らそうとしやがる。

 言い返せばかっとなって殴りやがるし、たくっ、ふざけんじゃねぇよ。


 やらなきゃ、やられる。


 あちき自身はそんなこと考えてなかったんだけどよ、そのことを「学んだ」とか言って、年上のクセしてあちきにくっついてくる野郎が現れた。

 ま、野郎じゃなくて女なんだけど、これがまたえらい別嬪さんてやつで、太陽に当たってるとキラキラ光る髪と瞳だなんて珍しいものもってる。黒い衣服に杖もったやつだった。


 そいつの名前はシルクリム=メリディエスとかいうらしい。

 とりあえず、あちきはそいつのおかげで楽が出来るようになった。

 少し話してみてすぐに思ったのはこいつは正直者だってことだった。

 あちきを助けた理由が子供だったからとか言うから、子供じゃなきゃ助けねぇのか訊いたら「はい、それはもう」とか言いやがる。

 でも、嘘吐きじゃないからあちきはこいつのことが好きになった。

 シルクリムもあちきが子供のうちは好きだとか言い切るから、なら大人になるまで助けてもらうことにしたんだ。

 シルクリムは右腕が無かった。何で無いのか訊くとまたバカ正直に答える。


「不幸が降りかかる時など分からないのに、それが分かった気でいたことへの代償ですよ。ヤナギだって、不幸なんものはていつの間にか起きていたでしょう?」


 言ってることはよく分からねぇけど、言いたいことは何となく分かった。

 要するに運が無かったんだろ。

 あちきがその一言で片付けると、シルクリムは大笑いしやがった。

 

 しかし、こんなところに居るってことはこいつも落伍者なんだな、とか心の隅っこで思いながら過ごしていく中で、シルクリムはあちきに随分と物を教えるようになった。

 そうして色んなことが分かってくると、あちきの首は自然と傾いでいった。

 こいつはこんな所に来るようなやつじゃない・・・・・・。

 こいつは奪える(・・・)

 生きる権利を、あのクズどもから好きなだけ奪うことのできる力がある!


 それを知った日から、あちきは力が欲しくなった。

 どんな力を?

 そんなこと訊かれて分かるわけねぇ、とにかくあちきが満足の行く力だった。

 いろんな力があるってんなら、その全てを手に入れて、あちきは強くなるんだ。


 それからはがむしゃらに色んなことを訊いた。訊きまくった。

 幸いにもあちきには力を奪える相手がいた。


「え?私が昔何をしていたのかですか?そんなことを訊いてどうするんです?まあいいでしょう。私はファスリア大陸中央の教会の命を受けて南の守護を司っていました。勿論、これは過去のことですよ。今や私とて落伍者の一人という訳です。しかし、神の愛がある限り、私はその筆となって線を引き、道を示すつもりです」


 神の愛とか言うけどよぉ、愛があればこんなところになんかいねぇだろ。

 そう思いながらも、こいつの信じるものが強いってことは分かっていた。

 それでいて、そんなものがないあちきが水の中に放り込まれていて、地に足の着いてないようなやつだってことも。

 とにかくシルクリムは力があった。そんで迷いなんか無いように見えた。

 そんな奴でも、夜に話を語って聞かせるときはどうにも違った。


「生きるということと、殺すということに徹していた人に会ったことがあります」


 毎回そう言って、何度も何度も繰り返す。聖職者とかいうものがどんなものかを知ると、同じ話を聞かせるっていうのはもはや病気なのかもしれねぇよ。説法病だ。


「その人が信じたものは己の規律のみ。そしてその身は神ではなく、煉獄に愛され、常に誰の近くにでもいるはずのものと距離を置き、死してなお戦い続けるという奇跡を私に見せつけた。

 神に忌み嫌われる罪人でありながら、人が勝利することの出来ない死を乗り越えて戦ってみせたその姿は、何ということでしょう・・・・・・まるで神のようだった」


 この話だけは、あちきに物を教えるというよりも、吐き出して、傍にいる誰かに聞いてもらうことで気持ちを軽くしようとしてるみてぇだった。

 耳にタコができるくらい話を聞き続けて思ったのは要するに、認められないものを認めさせられてしまっているてめえの心が分かんねぇってこと。

 それからこれは憶測なんだけどよぉ、それで無茶苦茶悩んでるかもしんねぇってこと。

 そんで、その話が終わらないうちにあちきはいつもは寝入ってたんだけど、一度だけ全部聞き終えて、訊いてみたことがある。


「おめぇにとってあちきはどんな人なんだよ」って。


「ヤナギは頑張り屋さんですからね。頑張れば世界だって救えるかもしれません」


 そんなことを言いやがった。正直者にそう言われると、そうかもしれないって思う。


 けどよぉ、シルクリム。あちきっていう人はよぉ、才能ってやつがまるでないんだと。

 あれだけ欲しかった力ってやつはさ、才能がないと手に入らないんだってさ。


 ・・・・・・何なんだろうな、あの師匠は何かあんたに似てると思ったけど、ひでえよ。

 無理だって、そればっか言いやがる。

 無理じゃねぇって、いくら言っても無理だって言いやがる。

 何だかんだで目をかけてくれてるけど、剣とか教えてくれるけど、冷たい顔して才能が無いって言いやがる。

 じゃあなんで教えたりなんかしやがんだよ!


「ちくしょうちくしょう!」


 むかついて木刀を出鱈目に振り回す。


「無様だね」


 振り回してたら、今一番目にしたくない奴が笑っていやがった。

 何考えてんだか、新聞なんて読んでいやがる。


「てめぇかよ、シュエ」


「才能がないのに、せっかくの時間を無駄にする。努力すらままならないんだ。可哀想に」


「ならてめぇはどうなんだよ!」


「私には才能があるし努力もしてる。あなた・・・・・・いや、お前とは違う」


 見下してる感じは無かった。ただ、当然だと思ってスカしていやがる。


「あちきの努力は無駄じゃねえぇ!てめぇに勝つのだって、無理なんかじゃねぇ、何が無様だよ!ふざけんな!」


「そう」


 シュエの野郎は手に持ってた新聞紙を丸めると斜め正眼って言われてる構えを取った。


「なら無理だってことを教えてあげるよ。だって、私はお前になんか負けたくないし、勝てるとも思われたくないからね」


「上等だあぁぁぁ!」


 脇構えからの切り上げ、師匠が褒めた唯一の技。

 無駄な唸りなんか上げず、鋭く切り裂くような音だけをさせてシュエへと向かう。

 勝った!

 そう思ったら、あちこちぶったたかれて吹っ飛ばされた。

 全然何にも見えねぇ・・・・・・なんて速さだよ!

 床の上をごろごろと転がされる。

叩かれた時よりもこっちの方がいてぇ。


「いつぅ、くそ」


 骨が折れたんじゃねぇかと思っていたら、丸めた新聞紙を持ったままのシュエが近づいて来る。

 嬲り者にされてたまるかと立ち上がると、その直後に顔を引っ叩かれた。

 右の頬を叩けば続けて左、そしてすぐさま頭をまた叩かれる。

 あまりの痛さに勝手に涙が出てきやがって、止まらねぇ。


「お前は自分に無理なこととそうでないことの区別すらつかないし、弱いという自覚も無い。自覚が足りない奴っていうのが私は一番嫌いなんだ」


 叩かれる。すげぇ連続して叩かれるから全身から火が噴出してんかと思っちまう。

 白くなった目の前しかねぇ、もしかして気でも失ってるのかもしんねぇ。

 今頃はもう夢の中なんてこともあり得る。


けどなあ!


「あああああぁぁぁぁぁ!」


 負けたくなんかねぇんだよ!

 頑張れば世界だって救えるって言ってくれた正直者の言葉を、嘘なんかにできねぇ!

 熱に浮かされた気分の中で、目だけに力を集中する。

 一瞬、シュエの動きが遅くなる。

 これなら避けられる。


「っ!」


 避けれた!

それに、よく分かんねぇけど今のシュエは遅ぇから動きについていける。

 手に握られた木刀の感触はまだ残ってる。

なら、まだあちきはやれるんだ!


「うらぁ!」


 吼えて振るった一撃がどうなったかなんて分からねぇ、けど、確かに振った。

 そしたら、段々と体に感覚が戻ってくる。

 そんでもって途中から白んでた視界が晴れたら、そこには額からダラダラと血を流してるシュエが居た。

 やったのか?

 シュエに一太刀浴びせたってのか?


「なるほどね、あの師匠にもあの師匠の考えがあったわけか」


「その通りだ」


 勇ましい感じの口調とは裏腹の淑とした女の声が自信満々って感じで言った。

 驚いて声のした方を向けば、師匠がいた。


「お、おめぇいつからそこいやがった!」


「つい先程だ。それよりも、よくやったな」


「へ?あ、ああ」


 何なんだよ・・・・・・調子狂うな。


「シュエ。今日はもうここから去れ」


 シュエは自分の血で顔が真っ赤になってたが、気にしてねぇのかあちきの方を見ることなくあっさりとどっか行っちまった。


「ヤナギ」


「お、おう!」


「オマエにも努力が報われるくらいの才能はあるらしいぞ」


 言うことは相変わらずだった。

そんでも笑顔で言われると妙な気分になっちまう。

 何だよ・・・・・・嬉しいじゃねぇか。


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