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季節名の道  作者: 元国麗
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四十七話 野暮用


 ヤナギの修行を始めてもう一週間が経過していた。

 その間、アユムや二代目はおろかウィリアムとも顔を合わせていない。

 ただその分、フォルティスがいい年をして脅かすとかしてちょっかいをかけてくる。

 まぁ私としては昔に戻ったようで、特に悪い気はしない。

 そんなことを考えながらヤナギを見ると、膝に手を着いて荒い呼吸を繰り返している。


「ぜぇぜぇ・・・っく。なぁ、昨日もあんだけ走ったのに、何か疲れるのがはえぇんだけど・・・・・・」


 もう強くなったと思っていたのか、そんな弱音が聞こえた。

 そして、この弱音を聞くのはとうに百を超えている。

 もしやヤナギは理想へといち早く辿り着きたい気持ちばかりが先に出て、ろくに努力もしない手合いなのかしら?

 そう考えた私は目の前のヤナギを見てそんな考えをすぐに打ち消す。

 コイツは挫け易いけど、挫けた分だけ・・・・・・それ以上に心が強くなっている気がする。

 不屈にして天井知らずに高くなっていくそれは賞賛できる。

 けどダメだ。下手に成長したその心が今は子供特有の『早く強くなりたい』っていう気持ちに傾いている。

 そんな状態ではさっき思ったような根性なしと区別がつかない。

 ヤナギはガキだ。

 若い心は感情が走り易い。

 それでいて精神が簡単に肉体を超える。

 肉体を鍛えて均衡を取ろうとしても、その過程でまだ未熟な肉体はすぐさま限界に突き当たる。

 そしてそれを精神が勝手に超えることでまた天秤は傾いてしまう。

 こんなイタチごっこを続けていたらすぐにダメになってしまう。


「そんなすぐに強くなれる訳がないだろう。オマエ、あまり努力したことがないんじゃないか?」


「努力なんて面倒臭くてやってられるかよ」


 そんな口だけのことを言う。何だかんだでヤナギは限界を超えた努力を積み重ねている。

 オマエが努力と感じないことは、他からすれば異常な努力と言うだろう。


「拙者はしばらくここを離れる。その間は自由にしていろ」

 

「おい!師匠が弟子を見捨てるのかよ!?」

 

 それに私がどこかへ行くといえばこの有様。

 意外にも手がかからないし、中々可愛い弟子だと思える今日この頃。


「それと、拙者の刀を盗まれないよう見ておけ」


「・・・・・・あ、おう!任せとけ!!どこへなりとも行っちまえ!?」


 訳の分からないガキだ。

 けど、見捨てられるのがイヤだってことは良く判った。


 この日、私はクレーデル=サイフとの接触を図った。

 なんて言うけど、別にお膳立てをしたりはせずに直接顔を合わせに行った。

 けど、人探しは知己の相手ならいざ知らず、知らぬ相手となると探し出すのは私には不可能。

 なので、


「クレーデルゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 所構わず、一定の距離を移動するごとに名前を叫んで周った。

 途中何人かが私の大音声に気絶していたけど、不可抗力。 

 そうして叫び続けていると微かな苛立ちをこちらに向けて歩いてくる女がいた。


「ちょっとそこ、朝っぱらからうるさい」


 頭の後ろに手を置いてから発せられたその声に私は好感を持った。

 ただ、全身が薔薇の花びらで作られたとでもいうのだろうか?薔薇の香気を全身から漂わせているのは好きになれそうにない。


「オマエがクレーデル=サイフか?」


「そうだけど、名指しっていうことは用があってのことだよね?」


「オマエはここに何をしにやって来たのかが知りたい?」


「いきなりの直球勝負ね。あたしだからいいけど普通だったら逃げるわよ。

 服装も怪しいし、おまけに眼を布で覆ってるし・・・ねぇ、ちょっと髪に触ってもいい?」


 特に断る理由も無いで進み出ると頭に手を置かれ、優しく撫でられた。

 

「うわぁサラサラ、癒される」


 手の位置はいつの間にか頭から顔に移り「肌も触ってて楽しい」などと言っている。

 最後に軽い抱擁までして、唐突に離れてから言う。


「質問の答え。何をしにやって来たかといいますと、お仕事」


 とぼけるようにしながらも本当のことを言う。いや、言葉に嘘を含ませていないだけなのかもしれない。

 思考を巡らせる私に対し、クレーデルは問いを発した。


「ヴァンパイアを狩りに来たって言っても、あんたには分かんないでしょ」

 

 言われたとおり何のことか判らない私は判ることについて訊いた。


「狩人なのか?」


「不本意ながら世界最強の狩人ですよ」


 私はその何の気持ちも入っていない世界最強という言葉に面食らった。


「クッ、世界最強とはまた大層な事を打ち上げたものだな」


 そう言えばクレーデルはそれを気にせずまた自嘲的に笑う。


「本当に世界最強なんだけどね。周りが世界最強ってのを随分大きく見てるせいで生きるのが辛いよ」

 

「何だ?ヴァンパイアというのは弱いのか?」


「倒し方さえ分かってればそんなに手こずる相手じゃないから。ただ正面から挑んで勝てるのがあたししかいないってだけ」


「それで、強いのか弱いのかどっちなんだ?」


 己を否定したいのか認めさせたいのかどっちなんだと思い重ねて訊けば、突然クレーデルの口の中から何かを噛み砕く音が

する。匂いからすると甘味らしい。

 それからもガリガリと乱暴な音を立てて何かを咀嚼して飲み込むと服の中に手を入れ、何かを私に差し出してくる。


「ミルクキャンディー、食べる?」


「いただこう」


 受け取って包み紙を剥がして口に入れると舌の上に甘みが広がる。

 美味しい。

 夢中になって舌の上で転がしていると、クレーデルも口の中に新しい飴を放り込んでいるのが判った。


「あんたって特殊な能力持ってるよね。見なくても周囲の状況が分かるってスゴイね」


「そういうオマエも随分丈夫な心臓を持っているようだな」


 違和感を確かめるためにそう言えば、クレーデルが初めて緊張した様子を見せる。

 私が感じ取ったクレーデルの心臓には治癒した後があるが、何度も何度も貫いたような形跡があるのだ。

 針の技を修行した際に内部の損傷を感じ取れるようにした経験から言えば、信じ難い心臓の持ち主だ。


「あたしなりの最後の手段ってやつかな。しかし本当に不思議な人だね」


 気持ちの切り替え方は諦観にも似て、どうにも血生臭いと感じた。

 コイツ・・・・・・やっぱりかなりの修羅場を潜っている。

 それを知ったとき、一つの気持ちが湧き上がって捏ね上げられていくの感じた。

 世界最強と名乗るコイツと戦ってみたい。

 けど、すぐ傍にいるクレーデルはどうにも好戦的には思えない。

 それに戦いたいと思う反面、コイツとは命を賭けて死合うことは無謀だと感じている私がいる。

 戦うことは避けよう。

 私は武人としての引き際というものを初めて知った。


「それで、クレーデルの目的を聞かせてもらえないだろうか? 仕事はもう終わっているのだろう?」


「鋭いね」


「大会にはどういう意図で参加している?」


「えっと・・・・・・あなたもしかして僧侶とかなんか、そんな感じの人?」


 だったら遠慮したいという心の声が聞こえてきそうだけど、私には何の問題も無い。


「いいや、侍だ」


 私は侍だからだ。


「サムライ? えーっと、『季節名』っていう武人の異名だったっけ?」


「如何にも。その侍だ」


「へぇ、あたしがこの大会に参加してるのは暇潰しと、腕試しが目的なんだけど、どうしてそんなこと聞くわけ?」


「オマエが未知の大陸から来た人間だからだ」


 答えるとクレーデルは呆れている。


「そんなことで? まぁ、ここが余所者に敏感なのは知ってたけど、もしかしてヴァンパイア絡みで何かあったのかな?」


「知らん」


 それなら私は仲介役として寄越されるだろう。アユムはどことなくやり口が遠回しだけど、必要なことは手短にする。


「そっか。しっかしあなたみたいな如何にも他人に興味無さそうな相手がわざわざ会いに来たってことは、

 ここに長居するのは危ないのかもね。それが分かっただけでもあなたには感謝しなきゃ」


 やはり修羅場を潜っている。何ていうか、勘がいい。


「ところでさ、サムライってことはカタナっていうの持ってるんでしょう? あなた丸腰だけど?」


「今は訳あって空手だ」


「そうなんだ。見てみたかったんだけど・・・・・・もう、すぐにでも発たないと」


「随分と思い切りが良いな」


「厄介ごとには慣れたけど、歓迎しようとは思えないからさ――それじゃあ」


 クレーデルの歩き去って行く方に風が吹いていくのと、彼女の薔薇の匂いのせいか、花とでも喋っていたような気になる。

 けどそれは気のせいなのだというのを私自身に言い含めるようにして念じ、私はこの場を後にした。


 そして、委細詳細包み隠すことなく主君たるアユムに今日のことを告げると、随分と柔らかい雰囲気になる。


「良かったよ。実を言うとウィリアムが彼女と同じ大陸の出身でね。その、早い話が彼は彼女のファンという扱いになる。

 それで何故、彼女にこの島から出るように仕向けたかというと、彼はちょっと彼女の生態に注目している節があるから・・・・・・

 ようするに研究材料として見ているという、学者につきまとう悪い観点があってね。下手に接触させるのはまずいと

 判断したからなんだ」


「ウィリアムは怪しいのか?」


 確かに心を閉ざす技を持つあの男はどこかきな臭い。

 けど一方で、普段はそう悪い奴ではないとも思っている。

 肝が据わっているという訳ではないし、押しが弱いということも間違いではない。

 けど、本心をまるで掴ませる事のなかったアイツの心の根は厄介だと感じてる。

 詰まるところ、敵にすると面倒そうな相手なんだ。


「それについては無関係を突き通していて欲しい。必要な時が来れば命を下そう」


「あい判った」


「トキナは扱い易いね」


 ふと漏らされた言葉に私は可笑しさを感じて笑った。


「何か可笑しなこと言ったかな?」


「扱い易いなどと言われたのは初めてだったというだけだ」


 誰も彼もが私の事を扱いにくいと感じていた。

 二代目はそうじゃないけど、私の性分を変えたいと思ってたから強情だとは思っていたけど。


「確かに、君は頑固だし、そのうえ人の感情に聡いから矛先を向けられると色々と困ることがある。

 だけどね、僕は君がそういう人であることを隠さない相手だって知ることができたから、

 そう、安心できるんだよ。それにトキナは雰囲気でどんな気持ちでいるのかがよく分かるからね」


「それも初めて言われたぞ」


「もしかして驚いたりしてるのかい?」


「いや、だから扱いにくいと思われたのかと納得しただけだ」


 何もせずとも感情が伝わってしまうという事の害的な面が、今までの人生では多く出過ぎているのだから。

 まぁ、物事に不平不満を抱く事が多過ぎた結果なのかもしれない。

 私は自分の経験した感情を人に送ることができる。その気になれば殺気で人が殺せるかもしれないほどに。

 けど、試したことは無い。恐らくは相手が私に激しい殺意を覚えるだけだろう。

 私が感じた恐怖を与えれば、相手も恐怖するのだから、きっと間違いではないはず。


「トキナにまた頼みたい事があるんだ」


「何だ?」


「森を抜けた先の海岸に墓があるんだが、そこの周辺に人の気配が無いか少し探って来て欲しい」


「そこまでの道しるべはあるのだろうか?」


「勿論ある。しゃれこうべの笛の音に、亜麻の花の香り、それと森の木々に魔力で付けておいた傷がある。

 もし不十分なら、仕方が無い。僕もついて行くよ」


 最初からそうすればいいとは言えない。

 アユムの疲労の程度を把握している以上、ただついて行くことが今はどれだけ危険かという事は判っているのだから。


「いや、無理はせぬ方がいい。拙者一人で何とかしよう」


「君はそう言ってくれると思ったよ」


 そう言ってアユムは乾いた笑い声を上げる。

 もしかして、私を試したのだろうか?

 そうなると予想通りに行動をしてしまった私は、アユムからすると扱い易いんだろうな。

 そうして、私はアユムと別れ、ヤナギのもとに一度戻ることにした。



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