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季節名の道  作者: 元国麗
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四十六話 二代目 対 墓守

 


 日が沈むのをいつの間にか待っていた。


 昼の間に起きた、この目にすることの無かった出来事についてばかり想像している内に、時が経つのを待っていた。


「すぅー、はぁー」


 呼吸を整えて、体から徐々に力を抜く。アユムさんはわたしの師であるトキナを倒したと言った。


 良かったの?本当に?


 尽きることの無い疑問がこの二言に化けて脅かしてくる。

首の辺りを締め付けてくるような錯覚が心を萎縮させて、ついで体を強張らせる。そんな気持ちでいる場合じゃないのに・・・わたしはいつまでこんななんだろう。

 目を瞑って右手で左肩を何度かさする。その手を下に動かせば、そこにはもう何も無い。

 何で無いのか、体は忘れてない。だから心で思い出す。思い出すことで、極度の緊張が心臓を叩いた。


 アユムさんは役目を果たした。


 なら次はわたしが役目を果たすとき。そうしなければ、この異界が危機に晒される。

 どこまでできるかは分からない。けれど、わたしがここでこの世界のためにできることがあるとすれば、それはアユムさんが言っていた、墓守を倒すということ。

 墓守――わたしたちの世界の守護者。

 アユムさんはそんな風に言っていたけれど、まさかトキナがその候補だったというのは奇妙なくらい納得の行く事実。でも、候補だからこそ、トキナは今回命を狙われてしまった。

 最初に話を聞いたときはわたしがトキナの相手をするのかと思っていた。でも違っていると分かって、今度は秋ちゃんが相手をすることになるのかと思って断ろうかとした。けれど、アユムさんが相手をすると言ったときには驚いたし、同時にそれじゃあわたしは何をするんだろうと疑問に思った。


 そして、その答えはすぐに返ってきた。わたしが相手にするのは、墓守候補じゃなくて、墓守に選ばれたその人なのだ。


 今、その後姿が浜辺に見えている。ほんの微かな風に後ろで結われた髪がしっぽのように可愛く揺れている。


 ただ静かに月を見上げている。道着姿の女の子。


 もう気が付いてもいいはずなのに、隙だらけの背中。そこには数字の四の字が、夜なのに異様な程はっきりと見えた。


「こっちが隙見せてるからって、視線刺し過ぎだよ。で、どうよこの四の字は?かっこいいだろ?」


 油断した。あまりにも自然体だから、平時に戻ってしまうなんて・・・。


「ところで、わざわざ腰の後ろに差しておいたものには興味ないの?」


 言われて目をそちらへ遣ると、確かに簡素な拵えの打刀が差してある。


「だってあなた、そんなに袖の長い道着を着てたら刀を握るなんて無理でしょう」


 こちらが言葉をかけてみても、相手は依然として無防備に背を向けている。何か狙いがあるんじゃないかと考え始めたときに、わたしの心を読んだのか、その答えが気持ちの良い声で返される。


「あんたも剣士なんだろ?なら後ろをとって斬ろうなんて卑怯な真似はしないかなと思ってさ、こうして戦いを少し先延ばしにしてみたりしてるんだけどさ・・・・・・もういいかな」


 何か見計らっていたのかと思って今一度周囲を警戒しても何も怪しいところはない。それを感じ取っていると、相手がこちらをゆっくりと振り返った。


 風が吹いた気がした。ううん、まるで目の前に風があるように感じている。それだけ、この子は爽やかだった。全く自分を飾っているところがなくて、道着の上からでも一目で分かるくらい女らしい体つきをしているのに、爽やかさのせいかまるで気にならない。本当に、風を髣髴とさせずにはいられない少女。

 その笑みには一切の邪気がない。

 見ているだけでこんなにも圧倒される。

 この子が、墓守。

 

「あんたはあたいを倒しに来たんだろ?死ぬのは御免だけどよ、勝負なら受けて立つぜ」


 少女はそれから一拍の間を置いてから、「ちょっと面白味を加えようぜ」


 そう言って袖をまくって見せた手の上には一枚のコインが月明かりを受けて微かに輝きを放っている。


「これが地面に落ちるまでの間に決着を着けようぜ。もし着かねぇなら、お預けってことで」


 少女はこれからしようとしている事の恐ろしさなんて微塵も感じさせない悪戯っぽいウインクをして見せる。 

 そしてとうとう、腰の後ろに差していた刀の位置を変え、戦いを始めるのかと思いきや、その合図たるコインをわたしに向かって投げると、袖を下ろしてしまった。

 仕方無しにコインを手に捕って、私は少女の術中に嵌められたような気がした。


「あぁ、あんた隻腕だもんな。合図をした瞬間って、かなりの隙になるか。やっぱあたいがやろうか?」


 この子は分かっていてやっている。

 そう確信したわたしは今の申し出を断る。こちらがコインを渡すという挙動にも僅かな隙がある以上、この子がそれを狙っていないという保障はない。だからコインを拳に握り込んで腕を下ろす。そんなわたしの動きに対して、次に起こることを読んだのか少女は苦笑いを浮かべた。


「コインであたいの頭を撃ち抜こうって腹かよ。まぁ確かに…そりゃルール違反じゃねぇか。

 それに今のあたいは着てるものがものだから刀が握れない。そんで、あんたは隻腕だが最初の一撃の権利がある。これで一応五分五分ってことだよな?」


「けれど、それが分かっていても平然と口にできるとうことは、あなたはまだ何か小細工をしているということ」


 少女はわたしの言葉を聞いて何故か満足そうに笑う。「勘がいいねぇ、でも小細工って言い方に妙な棘があんだけど」


「わたしは正々堂々の一騎打ちをしに来ましたから」


「あたいからすりゃ手強い刺客が送り込まれて来たってだけ、とも言える。

 それにあんたは将来考えて無くてもこっちは人生末長く幸せに生きたいから怪我は御免こうむるんだわ。だからより安全に勝つ方法を取るのは悪い事じゃねえだろ」


「それで、わざわざここに来るまでの足跡を消した事の意味は?」

 

 そう。わたしはこの子の姿を認めてここまで来ただけで、ここに来るまでこの子の足跡はどこにも無かった。この僅かな時間だけでも接してみて分かる。

 この子は予め持ち札を全て見せているようで、実は他の札を隠し持っておくというズルが好きなタイプだ。


「あんたは一騎打ちしに来たんだろ、下手な探り合いはやめようぜ。せっかくの月夜が去っていっちまう」


「暗がりでないと分かってしまう類のものを足場に仕掛けたんですか?」


「うんにゃ、何も仕掛けちゃいない。思いつきはしてもそれができるほど器用じゃないからさ。で、合図はまだ?」


 合図。この子は勝負の主導権をこの一枚のコインによる取り決めで掌握してる。けれど、それはまやかし。こちらにそれが戦いの合図だと思わせることで、合図の直後にわたしが勝負を決めるよう仕掛けて来るように仕向けようとしている。


 足跡をわざわざ消していたり、勝負にルールを設けたり、一体どこまで小細工をする気なんだろう?


「あんた、刃を下向きにして佩いてるみたいだけど、そのままでいいのかよ?それだと抜即斬とはいかねぇだろ」


「わたしは別にあなたを殺めに来たわけじゃない。懲らしめに来ただけです。だからこれでいいの」


「お優しいことだねぇ。反吐が出るぜ。あたいを懲らしめるだって?やれるもんならやってみな」


 そう強気に言いながらも依然として構えることもせず、袖から手を出すこともせず、わたしの手元のコインをじっと見ている。

 あくまで、合図があるまでは動かないつもりなのね。

 根競べするつもりは無い。そもそも戦いを長引かせるつもりも無い。

 だからわたしは、親指にぐっと力を込めた。


「型捨無流二代目 トキナ=エスタシア 参ります」


 名乗りと同時にコインを弾く。その合図であり初弾でもあるそれを少女は蹴って真上に弾く。その足に履いているものは道着姿には不似合いな黒光りするブーツ。それを認めた直後、少女の姿は蹴りの勢いに巻き上げられた土煙に隠れる。

 凄い蹴り。そう感じたところで読み通り左側から少女の蹴りが続けざまに飛んでくる。

 わたしはそれに蹴りをぶつけた。

 

「くっ、うぅっ」


 威力が拮抗したのは一瞬だけ、わたしの蹴りは押し返され、そのまま逆方向に持っていかれてしまった。

 でも蹴り自体が無理矢理で雑な大振りだったから負荷がかかる前に力を上手く流す。

 右足が砂上に弧を描いていくのと一緒に姿勢が崩れる。向こうもわたしの蹴りを押し返すのに力を使ったせいで姿勢が崩れている。ならどちらが早く次の攻撃に移れるのかが鍵となる。

 戻された足で地面を蹴って飛ぼうにもここは砂浜。ほんの一瞬では踏みとどまるのがせいぜいなところ。

 けれど、少女は高く宙へと飛び立つ。この人並み外れた跳躍をわたしは知っている。これはあの人の――型捨無流の、


「らぁっ!」


 少女の体から放たれるとは想像だにしない重い蹴りは、受けた衝撃で視界が縦に揺れる。それから気が付けば無防備な左脇にもう片方の足で蹴りを加えられていた。

 でも、それだけじゃあわたしの防御は突き崩せない。


「らぁらぁらぁ!!!」


 蹴った反動を利用し、脚の力だけで、それでもしなりのある力強い蹴りでわたしの顎と肩を連続して蹴り抜いていった。

 それでも、わたしの防御は突き崩せない。

 それがもう分かったらしい少女は一度間合いを開いて注意を刹那、上空で回るコインに向けている。それはまだ高い位置にあると確認すると爆風を巻き上げて飛び込んでくる。

 少女の手元に注意を払いながら蹴りを捌き続ける。その最中、蹴り脚が根元から幾つにも分裂したかのように映る。

 それはわたしの目では追い切れないほどの超高速での攻撃。

 一つは斬るように。

 一つは薙ぎ払うように。

 一つは突き刺すように。

 一つは砕くように。

 そして最後は削るように。

 どれ一つとして同じ痛みの無い質の違う一撃を加えられた。

 そう、あまり信じたくは無いけれど、少女の蹴りはわたしの防御を突き崩してこの身に傷を負わせている。

 

「魔力とか気みたいな力での勝負をしなくちゃならないのならともかく、相性で言えばあたいは最強なんだぜ」


 そう言葉を口にするうちに落下してくるコインをキャッチしてみせる。つまり、戦うのはやめたということになる。

 本当ならもっと戦えていたにかかわらずに矛を納めた。もしかすると、わたしを気遣っているのかもしれない。

 今、わたしが明らかに不利だから。本当に、わたしはこの子が何をしたか分からない。


「あなたは一体何をしたの?」


「別に何もしてない。言うなれば体質の勝利よ。あたいは気とか魔力とかそういうものを壊し易い体質なんだよ。だから魔力や気なんて使えなくてもそういう類のものは生身でどうにかできんだよ。あと気合で」


 信じられない。けれど、結果は出ている。なら今はそれが全て・・・警戒は必要だ。

 わたしが半ば呆れたような目を向けてみると、少女はついに手を袖から出して左で鞘を掴むと横向きにし、右を柄頭に押し当てる。


「さて、最初はあんま気乗りしなかったんだけどよ…勝負は勝負だし、やっぱ白黒つけよう」


 わたしはそれに同意しながら、目の前の構えがどういった意図があるのかを一時考えようとして、やめる。

 これからの時間は思考が邪魔になる。ただ感じればいい。

 わたしは無心になって構える。少女はわたしの構えから何が来るのかもう分かったのか鼻で笑った。


「踏み込みからの正拳突き……ほんとにそれでいいのかよ? あまりに直線的過ぎやしないか?」


「当てればいい。そうすれば、あなたの言うように白黒つく」


 言い切って、闘気を研ぎ澄ます。

 次の一撃で決着が着くはず・・・それなのに少女は不思議と笑みを浮かべている。

 その笑みが何故かあの人の微笑に重なる。全く違っているのに、ただ、笑みだというだけで同じに見えるの?

 笑みの正体、それを見極めよう。


「いいねぇ……そうだ、姉ちゃんこんな言葉知ってるか? 剣技は言葉では偽れないもの。だが、言葉は剣技と言わずあらゆるものを偽る。さっき小細工小細工言われてて一言言っておかない気が済まなくなった。あたいの実力には小細工なんかねえってことをな!!」


 強い怒気が裂帛の気合になって叩き付けられる。その余波で海が荒れて、しばらくすれば大波がこの場所を襲うはめになってしまっている。

 それすらもこの子の計算の内なのか、波立つ海の音を聞いてニヤリと笑ったのをわたしは見逃さなかった。


「このままだと二人とも波に攫われちまうけど、この場から一歩でも動くのはお互い得策じゃないよな。それとも海中で闘うか? その場合だと姉ちゃん負けるぜ」


 つまり勝機があるのは波が来るまでの間だけだと言うこの子の言葉に間違いは無い。

 足を僅か砂場に沈ませる。そうする間にも波は徐々に迫ってきている。

 時間は流れていく。

 そしてとうとう、波の影がわたしたちを覆い隠した。


 ――――今だ!!


 体を動かすという感覚を超越した気と一体化しての跳躍。挙動は皆無。察知は不可能。

 間合いは詰め切った。あとは仕損じる事のないこの一撃が入れば決着となる。

 その刹那、わたし以外のものが止まったと思えるときの中で、わたしの拳を追うものがあった。

 眼。

 少女の眼だけがわたしの拳を捕らえている。それだけならまだわたしの勝利は揺るがない。

 問題が起きる。それも起きてはいけない瞬間に。

 眼がわたしの拳を捉えてからの刹那に満たないときの中で、少女は信じられない機敏さでわたしの拳を避けてしまった。

 けれど、次の一撃を用意しないなんていうことは、型捨無流にはありえない。

 問題なんて起きたときには解決している。その瞬間には既に左上段での蹴りが少女の頭を狙っているのだから。

 あといくつかの刹那が過ぎ去れば、わたしの勝ち。

 そのとき、視界には一点の輝き。それはわたしにとって紛れもない凶刃のそれ。

 

 少女が抜刀する。


 この間合いで抜いてもわたしはやられない。

 わたしのほうが先に攻撃を当ててしまえば勝ちになる。

 勝つんだ。

 そこで、時間の流れは変わった。

 少女がわたしの速さを超えた瞬間、わたしの動きはひどく緩慢になったように映った。

 まず左手が動き、鞘を、刃の向きを下にし、次に右手を柄頭から滑らせるようにして動かして柄を逆手に掴んだ。

 逆手での抜刀。それならこの距離で、この距離だからこそ力を発揮するものになる。

 気が付いたときには、わたしは斬られていた。

 斬った少女は抜刀と同時にわたしの蹴りを防いで……海の中へと叩き込まれていった。

 闘いの衝撃で波はもう消えていて、海も不気味なくらい静かになってしまっている。

 傷は深手には至っていないけれど、血は滴となって砂浜に落ちていく。

 きっとわたしが蹴りを放っていなかったら、命はなかった。

 紙一重、そんな言葉が心の中にストンと落ちてきた。

 しばらく海を眺めてみても、少女が上がってくる気配は無い。海に入ったのを良いことに泳いで逃げたに違いない。


「墓守……厄介な相手ですね」


 結局、決着は着かなかった。

 色々なものが渦巻く心中は決して穏やかではないけれど、静かな景色と頭上を照らす月を見れば、傷の痛みも和らいだ。



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