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季節名の道  作者: 元国麗
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四十五話 大会予選迫る

 日が暮れていくのを肌に感じながら、疲れ果ててこんこんと眠るヤナギを背負って学校へと向かう途中に、ふと視線を感じ立ち止まると、こちらが気付いたことを察知したらしいアユムが何とも危なっかしい足運びで近付いてきた。


「こんなところで会うのは、そう珍しくもないか」


 私が苦笑交じりにそう言うと、アユムは疲れを声に滲ませて言う。


「トキナ…僕は剣の先生の他に子供のお守りをするように頼んだっけ?」


 妙に挑発じみた言葉ではあるけど、声の調子は酒にでも酔ったかのように弾んでいる。

 『心眼』でよく見れば異常な発汗に震えが感知できる。一体どんな負荷を体にかけたのか、精気がまるで無い。

 焦る心を落ち着かせるのにヤナギは丁度良かった。一度降ろす間に冷静さを意識の根に下ろし、両目に魔力を集中する。

 そうしてアユムの状態をより細かく診断しながら右手に魔力を集め針状にし、すぐさまアユムの体へと打ち込んだ。


「な、何するんだ!?」


 いきなり針を体に打ち込まれたんだから当然と言えば当然の反応に続いて、怒り出そうとするアユムを制するために先んじて言う。


「魔力を補充した。いち早い処置をしなければ危険だったのでな」


 はっきりと伝わるように語感を強めて言ったけど、強すぎたのか若干怯んだ様子だった。


「っ、そうなのか」


 出かかっていた言葉を飲み込みそう言うと、自身の体調を確かめると納得が行ったのか緊張が解けるのが判った。


「なるほど確かに楽になった。ありがとうトキナ」


「拙者はアユムに仕える者だ。拙者のすることをもう少し信用しろ」


 その言葉を素直に受け取ったアユムは一時口を噤んでいたようだったけど、ややあってこう言った。


「トキナ、君は僕にどこまでついて来てくれる?」

 

 そのたった一言に隠れた苦悩が『心眼』にはありありと見えた。

 そして、それを急速に育てる感情の危険性に私は眉根を寄せた。

 私はオマエの気持ちを知っている。その合図として、面に出さない訳にはいかなかった。


「主よ、何をそんなに焦っている?」


「え?」アユムは呆けた声を上げる。


 自覚がないらしい。ならそれができるようにする助けをしよう。


「何があったかは知らぬが、そう焦るな。拙者にはアユムが何を言いたいのか判らぬが、それを今判ろうとは思わぬ。

 とにかく、焦るな。万事に通じることとして、焦るのは良くない。

 それに、拙者はゆるりとするのが好きなのだ。あまり急かさずにおいてくれるか?

 大会のこともある。まずはそちらに専念させて欲しいのだが、そうはゆかぬのか?」


「いや、そうだね。そうしよう。それで一つ聞いておかなきゃいけないことがある」


「何だ?」


「僕が裏切ったら、どうする?」


「裏に回られても切られはせぬ。それよりも、大会とやらはいつ始まるのだ?」


「それよりも、か。それは僕への信頼なのかい?」


「裏切られて、それで終わる縁だとは思っていないだけだ」


「それもいいね」アユムは声を沈ませながら言った。「大会はもうすぐ予選が始まるところだ。何せ色々な所から参加者がや


って来るからね。エントリーを締め切るのをギリギリまで引き延ばして、今日ようやく参加者が確定したところなんだ」


「随分と規模が大きかったのだな。それで総数は?」


「140名だ」


「めぼしいのはいたのか?」


「警戒して欲しい相手ならいた」


「敵を見分けることは得意で、味方はそうではない、という訳か」


「分かってはいるけど、癇に障る言動は控えてくれ。それで、明日から予選が始まるわけだけど、ルールは各所に掲示する形式になっている。でも、それだとトキナには分からないだろうから説明させてもらうよ。ところで、さっきのやつもう一度頼めるかな」


「さっき? 魔力の補充か。承知した」


 頼みを受けて魔力の針を打ち込んでから、私はアユムに少し説明する。


「言っておくが、これは拙者のつたない魔力でツボを刺激して回復を早めているだけだ。しばらくはおとなしくしていろ」


「それが分からない僕じゃない。予選は単純に、五人一組で合計十六組のチームを参加者が協力して作ること。以上だ」


「あい判った」


「本当に分かったのかい?この予選は結構難しいと思うけどね」


 そうかもしれないし、そうでないかもしれないと思ったところで、地面に横たわる格好にしていたヤナギが私の足を掴んだのがこの会話の終わりを告げる合図となった。


「全ては明日になってみれば判ること。すまぬが見ての通りでな、これにて失礼させてもらう」


 別れの挨拶もそこそこに再びヤナギを背負い歩き出す私に、アユムは不動のまま視線を突き立てる。

 その視線に篭もった感情がよく判らず気になったせいで、結局三歩目で歩みを止めることになった。

 そうして歩みを止めたことが合図となったのか、アユムからの言葉が耳に届いてくる。


「君の本当の名前を教えてくれないか。何というか、君は元々トキナだった訳じゃないんだろう?

 僕は……君をトキナと呼び続けるのが、正直嫌というか、嫌になったんだ。理由は訊かないで欲しい」


 たった今訊こうと口が開いたところでそう言われてしまった私はその口を閉じるしかない。


「名を預けるというのは神や悪魔さえも憚ることだと判って言っているのか?」


 再び開いた口で発した言葉は拒否の意思表示。何故かというと、私は季節名と呼んで欲しいから。

 ただそれだけの理由でもあるし、そうでもない。アユムに今名を告げるのは良くないと勘が囁いている。


「……そうだったね。それと、話はまだ終わっていない。大会予選は三ヶ月間行う。その間に仲間を集める方に回ってもいいし、本選に向けて修行に専念するのも自由だ」


 私はアユムの言葉、その言外に含められたものが気になったので訊いた。


「それはどういうことだ?」


「本選はチーム戦、それも勝ち抜き形式になってる。だから一人の実力が低くても味方が強ければ勝てるようになっているんだ。

 だから積極的に仲間集めをする人の大半はチームを上手く作ることに必死になる。

 対して、実力のある人たちは自身の腕を上げることに熱心だから、修行の方を優先する。

 全てそうなるというわけじゃないにしろ、例年の参加者はこの二つのタイプに大きく分かれるんだ」


「つまり拙者が腕に自信が無いというなら仲間を集め、逆にあるのなら修行しているところを見せて売り込めと」


「そういうことだね。まぁ、期間が三ヶ月という長い時間があるのはメンバーをギリギリまで絞り込んで欲しいからだ。

 それに、それだけ時間があれば自然と人選は参加者の手によって行われるから僕は余計な手間をかけなくて済むしね」


「つまり拙者に選んで欲しい人材と言うのは、二種類いるということか」


 武に長けた者と、目に長けた者を。


「まぁ、それは大会が終わるまでに決めてくれればいい。僕にもそれくらいの猶予はある」


「猶予とは?」


 言葉端を取って訊くと失言だったのか、アユムは焦る。


「それより警戒して欲しい相手のことだ。カイル=サークスを筆頭として、シュエ=アルバス。こいつは要注意だ」


「シュエ?カイルと一緒にいる子供のことか?」


「子供?」私の言葉にアユムは明らかに不審な感じを受けた。「まぁ、確かに君よりもずっと若いよ」


 アユムの反応が気にかかりはしたけど、それよりも歳のことを言われたことの方が気にかかった私は言う。


「人を年寄りのように言うな。拙者はまだ十九だぞ。しかし三ヶ月か……それなら拙者にも策を練る時間があるか」


「策とは、また君らしくもないね」


 人を考えなしだとでも思っているのか、失礼な言葉を浴びせられた私は内心でため息を吐く。


「技は見せるものにあらず、隠すものなり。手の内を知られて破られるような生半な技だとは思わぬが、知られれば知られるほど、技を見抜かれれば見抜かれるほど、破られれば破られるほどに勝機は無くなる。拙者は追い詰められるのだからな。

 手は隠せるだけ隠す。そうでなければ一太刀に篭めねばならぬ力は増していき、消耗が激しくなる」


「君は勝ちたいんだね。いや、負けたくないのかい?」


「敗北とは死。拙者の師は二人いるが、その二人が拙者に教えたことなれば、疑う訳にはゆかぬ」


 もっとも二代目は守る者が倒れれば、守られる者も死ぬという話だったけど、何れにせよ負ける訳にはいかない。

 ならば戦いに備えよう。私は着物の中に忍ばせていた一条の布を取り出しそれを顔に巻きつけて目を隠す。元々見えないけど、こうすることだけでも意味はある。目を隠すだけの行いはそれだけで大きな武器になる。


「じゃあ君がカイル=サークスに負けたこと、あれについてはどう考えてる?」


「不覚。それがあの場において感じた全てだ。が、次はない。拙者が奴の剣を受けてから今こうして生きている。

 それだけで、拙者はもう戦わずとも勝つことができる」


「いや、良かった。君の自信が、その場に立っているものとしての静かな自信で」


「何故そのようなことを口にする?」


「僕に仕えるなら、そういう気構えの相手がいいということさ」


「気構えも何も、そうであらねばならぬのだ」


 でないと、弱さが表面化する。それは私が『季節名』である以上、あってはならない。


「それとまだこれは未確認情報だけど、参加者の中にどうも知らない大陸の人間がいるみたいだ」


「拙者のすることに変わりはない筈だ」


 耳に残る感覚に妙なものを感じながら拒否するとアユムは軽くふらつくのを堪えて言う。


「未知の大陸の人間というのはとっても珍しい。その人物が腕に覚えがあるとしても、狙う連中によっては危険だ」


「拙者は子守りをする趣味はない」


「その格好で言われても困る。それにこれは重要なことだ。頼んだよ」


「あい判った。それで、その者の名は?」


「名前はクレーデル=サイフ。何とも気だるそうな顔をして虚空を見据えているのが日課の少女だよ。

 彼女の目的についてそれとなく聞いて、君独自の判断で処置してくれると助かる」


「つかぬことを訊くが、ソイツが別の大陸から来たとどうして判った?」


「彼女の身に着けているものや素振りを見ていると、どうもこちらとも君のいる場所とも違うんだよ」


「そういえば未確認の情報だったか。野暮なことを訊いた。では拙者は失礼するぞ」


 よくよく考えると、ここに来てからは何かと用事が多い。

 けど、そんなことよりも、今はゆっくりと眠りたい。



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