四十三話 考える三代目
「厳密には一撃必殺なんてものは存在しない。そこにあるのは、一撃で死ぬ弱者だけだ。
それでも一撃必殺と呼ばれる業を為すものは、圧倒的な強者だというだけだ。
オマエの精神の爆発力は頭抜けている。驚くほどに、だからその心が体に活を入れたときの力は凄まじい。
だがな、肉体的な修練が不足し過ぎている。オマエがまずすることは心と体の均衡を得ること、判ったか?」
「要は体が弱っちいってんだろ、ははん、あちきは体力の無さには自信ありだぜ」
ヤナギはかなりふざけた奴だ。現に今も胡坐を掻いていい加減に話を聞いている。
稽古をつけてくれと言っておきながらこの態度だと胸の中に吐き出したい息が溜まってくる。
「はぁ」
もう大分漏れていた。しかし、稽古をつけようという気だけは不思議と失せないから不思議だ。
「ならその自信を木端微塵にするしかないらしい」
「あちきもそのつもりだけどよぉ……それよりもっと早く強くなりてぇんだけど」
「そうだな、なら融魔にでもなればいい。あっという間だぞ」
「そりゃ無理だろ、あちきはそういうの向いてねぇっていうか、嫌だし」
「なら稽古に励むことだな」
私はそう告げて立ち上がり、腰に差した木刀を抜いてヤナギを促す。
そうすればヤナギも素直に応じて木刀を構えたけど、やっぱり様にならない。
「そういや、おめぇの使う剣法って殺人剣なのか?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「殺人剣って活人剣よりも弱いのか?」
「それは拙者がカイルに不覚を取ったことを言っているのか?」
「あぁ」ヤナギは遠慮無く答えた。「だって強くなりてぇし、だったら強ぇのはどっちか知りたいだろ?」
何なんだコイツ。私は真っ先にそう感じ、それが私にはないものから出てきた言葉だと気が付いた。
私は弱いのが嫌だから強くなろうとした。そして、コイツは強くなりたいから強くなろうとしている。
結果的に求めているものが同じ強さのはずなのに、何故か全く違うものに思える。それがまた、何故か不愉快だった。
「どちらが強いのか、どちらが優れているのかは、口から語るものではない。
強いて拙者の口から言うのであるならば、それは己の見たことが全てだということだろう」
「へぇ、おめぇって剣に対しては威張らねぇんだな」
他の事では威張っているとでも言っているようなものだけど、そこは気にせずにおこう。
「剣技は言葉では偽れないものだからな。だが、言葉は剣技と言わずあらゆるものを偽る。
そうだな、言葉というものには気を付けろ。あれは立派な剣となり槍ともなる……隙ありっ!」
「うわっ!」
隙だらけの所にそう言葉を発するだけで、ヤナギは驚きの余り無様に尻餅を着く。
「こんな具合にな。言葉はその虚実に関係なく、敵を動揺させる良い手段になる。もっとも、相手次第ではあるが」
「汚ねぇぞ!! おめぇとじゃ差があるのは明白だってのによぉ、鼠をいたぶる猫みたいな真似しやがって!!」
「それだ。己よりも強い者を相手にした際に、その力の差を気にするあまり容易く揺さぶられる。
そんな調子だとシュエに一太刀も浴びせることはできない。今拙者に言をぶつける気を戦いでも強く持て、いいな」
ヤナギは私の言葉を聞き入れたのか、頷いたようだった。
動作が把握し切れていない。どうやら二代目から受けた気が思った以上に効いている。
「おい、おめぇ……何か目があっちこっち動いてて、変だぞ」
「拙者は大丈夫だ。それよりもオマエは構えの練習でもしていろ」
「ちっ、そうかよ」
苛立った調子で言葉を発したときはそのままどこかへ行ってしまうかと思わせたけど、ヤナギは素直に稽古を始めた。
色々と至らない点はあるがシュエに勝つという意気込みがその全てを補うのか、構えには強い気迫が感じられる。
とはいえ、シュエとヤナギの実力の差はかなりの開きがある。才能においても、積み重ねた修練においても何もかもが。
私はそれを埋めてみたいと思ってきている。型捨無流の剣がこの凡才にそこまでの力を与えるのかを知りたい。
才能や努力とは別に、型捨無流そのものが持つ力がどれほどのものかということをはっきりさせてみたい。
それが判ったとき、私の剣に必要なものが何かを知ることができる。そんな気がする。
「あぁ、やっぱ疲れるわ」
それが後何十年先の話になるのか判らないところが、何とも不安ではある。
「オマエは本当に体力が無いな。だから走れ、『季節名』を担いで走るといい」
「あれ重ぇんだけど」
「シュエに勝ちたいのだろう?」
そう言えばさっさと走り始めるヤナギは実に単純だった。
それこそがヤナギの才能。やる気さえ出させれば肉体の限界を軽々と超えてしまう。
そんな危うげな才能ではあるけど、それ以外にはこれといって何も無いのだ。
宝の持ち腐れのような気もする。それでも、あるだけマシだろう。
そうして、ヤナギは気を失うまで全力で走り続けるのだった。