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季節名の道  作者: 元国麗
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四十二話 火の手

「それで、あなたが真実を知った時はいつなんだ?僕はあなたの武勇伝を聞きたい訳じゃあ」


 痺れを切らしたらしいアユムの声を聞き、私はそれを手で制する。


「年寄りに捕まったと思ってもう少し付き合ってよ。記憶を共有していない人間に掻い摘んで話すには難しいことなんだから。

 決死の反撃は成功し、融魔たちを精神支配から解き放ったことでアルロは有利になった。

 けど、王手をかけるには至らなかった。

 やはり駒が少ないこともそうだったけど、盤上から敵の姿を見失ったことが最大の理由。

 あなたなら解っているとは思うけど、あなたたちの頭は得体が知れないからね。

 それで、私にも未だにその正体はようとして知れない訳だけど、思わぬところで真実を答える者が現れた。

 何だったかな? オペラに出てくるデウス・エクス・マキナ……機械仕掛けの神様みたいな相手がね」



 壁の向こうにはカラクリ仕掛けの武器がひしめいていた。

 これまでとはまるで違う。鉄の文明が広がっていて、私はとても驚いていた。

 耳を澄ませば、すぐにも戦いの音が世界を満たしていく。

 それを紛らわすように鼻歌を歌いながら、残骸となったことで輝きを失った水晶の破片を踏み砕く。

 それこそがアルロが破壊するように言った融魔を支配する力の源、その正体だった。

 どうやら、私は一足遅かったらしく、既に目標は達された後だった事を知った。

その直後に、水晶の砕ける音を掻き消すようにして、赤い光が尾を引いて雨のように、しかし横向きにこちらに向かって降り注いできた。

 私は素早く通路の角に隠れてこれをかわしたものの、カラコロという小気味のいい音が砲弾の直撃音に紛れて聞こえた瞬間、目でその正体を探れば、すぐ脇に手投げ式の爆弾が転がってきていた。

 脇目も振らずに走る。床に壁にと立て続けに節操無く食いつく弾丸を掻い潜り、爆発を背後に感じながら、何とも快感を覚える恐怖に身を震わせた。

 耳が疲れてしまいそうな程の音の連続の中で、砲声が響き渡る。

 走る足を止めて滑走。それでも砲撃は脅威。間一髪で避けることはできない。斜め前へと跳んで石柱の陰へと避難するが、続けて撃たれれば柱は他愛も無く砕け散ってしまう。

 別の柱の陰へと素早く移動して、刀を軽く持ち上げて刃を丹念に見る。

 刃を鏡の代わりとして砲台までの距離を目算する。やたらと撃ってきてくれるおかげもあり距離を測るのには苦労しない。

 鼓動を一度落ち着けて、何度脈を打つうちに片付けられるのか想定する。

 そして、それが終わると同時に大量の砲身から立ち昇る煙が風に乗って前方に煙幕を張った形となる。

 この期を逃す手は無い。


「スゥ……セヤアァァッッーー!!」


 気合を乗せて最速にして最大の威力を誇る突きを放ち、壁という壁を貫いていく。

 そうして、開けた場所に出たところで地に足を着ける。

 後に続くのは、巨人が倒れ伏すかのような轟音と爆発音の連続のみ。

 髪についた細かい瓦礫や埃を払っていると、この場にはそぐわない喝采が響いた。


 

 私は一度語る言葉を止めて一息吐く。


「このとき喝采を送ってきた相手が、私に世界の真実とやらを教えてくれたんだよ。端的に、ではあったけど」



「すごいなぁ、お宅ほんますごいわぁ」


 依然として喝采を送ってくる相手は私にも僅かに馴染みのある、けど、随分とはしたない格好をしていた。

 白を基調とした色使い。印象からして神社の宮司が着る服の意匠が僅かだけど感じられるものの、肌を晒しすぎている。

 まぁ、大抵の男からすれば涎を垂らしていそうなくらい婀娜な女ではある。出し惜しみのない豊満な胸がそのいい証拠。

 それだけでなく、骨法も肌も自然が生み出せるとは到底思えないくらい美しい。よく見ると限りなく良く見える女だ。

 ただ、それよりも遥かに目を引いたのは光を受けて不気味に赤く光る黒髪であり、耳は相手の言葉に過敏に反応していた。


「あなたとは初めて会うけど、まるで古馴染みに挨拶するみたいだね」


「あてはあんたはんのことようしっとるんやけど、そないなことゆうても通じひんやろ?」


「それよりもその言葉、すごく懐かしいね。ううん、あなたの声だけでも十分に伝わってくるものはあるよ」


「自分、あんたはんからそんな優しい声聞かせてもらえるなんて、思いもせんかったわ」


「私は血も涙もちゃんとあるよ。ただ、人とは心の琴線が違うだけ」


「それも知っとる」


 美女は近付いてくる。

 随分と妙な歩き方をする。一歩進むと、次の一歩で一度足首を伸ばしてから地に足を着けている。

 そのせいで、一歩一歩に奇妙な間が空いている。

 そんな遅い歩き方をしている女は距離を詰めるごとにその身の内に隠していた剣気を漂わせ始める。

 無形のまま漂うそれは包み込むような気圏となり、あっという間に拡がって私を圧迫するほどにまで強まる。

 気に当てられて身体が緊張すると察知したので意識して力を抜き、右手に握られた刀を逆手に構える。

 けど、こちらから攻めようという気が起こらず、向こうも攻めようという気が無い。


「戦う気が無いならどこかに行ってくれないかな?邪魔だよ」


「あんたはんに会うたら、訊いてみたかったことがあるんよ。何でそないに平気そうな顔しとるん?」


「質問がよく解らないよ」


「そんなら質問変えるで、あんたはん、世間では魔王言われとるんやで?知らへんの?」


「転生術実験の失敗の結果で魔物がたくさん出て来たときに人が噂し始めたものだったよね。今では、私がその魔王にされつつある訳だけど、それがどうかしたのかな?

 私からすると、守りのための力は貸さずに、負けたあとの手助けをしてそれとなく支配力を広げるなんていうあなたたちのやり方に誰も気付かないと思っていたのかどうか聞きたいよ。

 気付かれたから、あなたたちは私を敵に回してしまったんだしね」


「思うとらんとちゃうか」しれっとした風に言った。「今んなってはそないなことよりも、正気を取り戻した融魔がいらん戦をしはることにそなえなあかんやろし、これでまた少し平和は遠のいてくんやろうけど、記憶は引き出せるはずやろしなぁ」


 またこの雰囲気だ。自分は関係無いと言外に言いふらしている物言いとそれ故の余裕。

 けど、今私が立っているこの場所はそういう場所ではない。


「余所者は他所に行ってくれよ」


 ここから去れと言う私の意を悟ったらしい女は、それでも退かず、ただ笑みを浮かべる。

 笑みというにはあまりにも薄い。表情というにはあまりに乏しく、そこから感じられる感情は寂しさに似ていた。


「あてなぁ、あんたはんに一言、伝えとかなあかんことがあるんよ」


「早めにお願いするよ。味方の仕事が早くてね、うかうかしていると瓦礫の下敷きになりかねない」


 向こうは私と違いあとが無いのだから、中央を倒そうという意気込みが違う。

 響き渡る爆音から凄まじい破壊ぶりが目に浮かぶ。


「そんなら一言……この世は世界の墓場です」



「女は私にそう告げた。初めは何のことだか分からなかったけど、そこからこれまでの経験を全て合わせてみて、

 この場所に足を踏み入れてみて、その答えがようやく見えてきたよ」


「じゃあ、殆ど知っているようなものだ。そうだ、この島の外は世界の墓場。

 より正確には、世界から死んでいったものの火葬場のようなもの、だね。

 それを教えた人物が誰なのかについては、今回は聞かないでおくよ。長話に付き合う忍耐はもう無いからね」


 私の術中に見事に嵌まったアユムはそう言うと溜まった疲れを吐く息の中に滲ませている。


「奇妙な歴史の空白も、別の世界の死の蓄積によって偶然生まれた世界だからあるものだし、あなたに真実を告げたその厄介者が言っていた歴史を引き出すという言葉も、戦争という状況の力を呼び水にした一種の儀式のことだろう」


「へぇ、そうやってあなたたちは墓の周りに花を添えてきたわけか。

 それであなたたちがそんな風に手心を加えている世界は…違った。

 そうして手心を加えるあなたたちは一体何者で、どんな目的を持っているのか、教えてもらおうか」


「本来の目的を?それとも今の目的かな……何にしても、都合の良い世界を求めてるんだよ。

 あなたも知っての通り、ここは世界の墓場。つまりはありとあらゆる世界のエネルギーの循環ポイント。

 無数の世界が、死へと近付いていくにつれて、墓場には力が集まる。だからそれを利用して、僕の先祖は自分達の世界を救うことにした。力の流れを変えて失われたエネルギーを補填しようとしたんだ。結果はご覧の通り。僕の生きる世界は救いを得ることができた。もう分かるだろ、僕たちは違う世界の人間なんだよ」


「なるほどね。それだと私たちは一体何? ただの死人?」


「それは僕にも分からない。でも、生きているとは思うよ」


 轟と、火の手が包み込んだかのように周囲が灼熱の色に照らされる。

 あまりの変化の早さに驚きはしたものの、敢えて静観に徹する。

 そうするうちに、吹き上げてくる風が燃え上がる。ただ透明に、しかし苛烈に。


「戦意は十分みたいだね。それで、アユムの目的は何?」


「僕の目的は最初から決まっている」


 そう言って、前に差し出された両腕が炎に覆い尽くされる。


「火に触れた報いは受けてもらわないとならない。

 そのために僕、アユム=ナオセはこの失われた秘術『超越火術』により開祖、あなたを倒す」


 とても穏やかに、平然と言ってのけるその表情を私はあまり目にしたことが無かった。

 およそ情念のようなものはなく、ただ信念と化して立っていると悟って、口許が笑みを形作る。


「ふりかかる火の粉は払おう……型捨無流、開祖。さくら 尋常でない勝負をしよう」



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