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季節名の道  作者: 元国麗
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四十一話 関門

新年明けましておめでとうございます。

 

 記されし暦458年



 それから二年の時を経て、アルロは中央を打倒するための戦力を整える。

 中央は表立って動けない。それを利用することで暗闘を繰り返し、ようやくここまでこぎつけた。

 けど、ここまで来るのには相当の苦労と魂を支払う必要が、アルロにはあった。

 中央という多勢に対して、私を含めたところでアルロの無勢に変わりは無く、おまけに表立って仲間を集めることすらままならない。いや違った。そもそも、向こうと戦えるだけの力を持った仲間など集めることは最初から不可能だったんだ。

 それ故に、アルロは勝ち目を出そうと躍起になっていた。目つきが途中から悪魔の言葉を信じて輝いているようだった。

 そして、彼は本当に悪魔の言葉を自らの口から吐き出す。


「トキナさん、あなたの左眼をください――大丈夫です……代わりの眼はちゃんとあげますから」


 それに応じ、私は通算三つ目となる左眼をくり抜いて渡した。でなければ、いち早い成功へと至らなければ多くの犠牲が出ることが既に知れていたからだ。それに、応じれば目を交換するだけで済む。断る理由は無かった。 

 私という敵側からすれば『失敗作』の融魔――本当は一度死んだことで変質した何か――をアルロは原型とすることで、中央の支配下に置かれる事のない、より屈強な融魔を作り出すことで少数精鋭の戦闘集団を組織した。

 そんな風にして作られた味方はいずれも私と肩を並べる実力だという異常ぶりで、中央よりもこっちと戦いたくなってくる。

 というのも冗談ではなくなるほどに頼もしい味方が揃った。

 そんな連中の頭をやる私はその証として身に着けることになった純白のカパラミプ、それがいつしか戦場でのシンボルとなり、『白き隼』という名を私に与えた。

 戦いは圧倒的優勢だった。けど、仲間は一人、また一人と戦場で命を落とした。とはいっても、別に斬られた訳ではない。

 ただ、意図的な失敗という無茶の結果が出ただけのこと。仲間は皆、力を得る代わりに非常に短命になる。

 だから、戦いは可及的速やかに終わらせる必要があった。要するに私たちには攻められる機会は一度しかないので、文字通り死力を尽くして戦う他に勝機はないということだった。それほどに勝ち目の無い戦いだった。


 何千何万という軍勢は雲霞のように。それを前に私は仲間にただ一瞥をくれて走り出す。

一、二、三、間合いに入った瞬間に首を斬り飛ばし、刃についた血飛沫を目潰しに使い怯ませて敵陣深くへと飛び込む。

 やっている事はなんていうことは無いただの殺戮。だけど、目の前の軍勢を蹴散らせば決着はもうすぐだろう。

 私が頼まれた事の内容は単純だ。私の左眼を研究して得られた成果、情報を元に特定した融魔を操る力の源を斬り、洗脳から解き放つことで勢力図を塗り替える。そうして、そのまま一気に王手をかける。

 けど、私がこの戦いに望むものは正義だの悪だのなんて心からじゃない。


 強者との戦い。


 それこそを望み、私は真っ直ぐ行く。

 敵を斬って斬って斬り続け、そうやって直進して、私は既に千を超える数の魔物を相手にしていた。

 やがて、巨大な壁を遠い景色に捉えていた。近付いて行くにつれてはっきりと、より巨大になっていく壁を前にして、私は山頂からの景色を見ているような気分を味わっていた。

 天を分断するかのような壁の前にようやっと辿り着くと、一人の女が地獄と共に私を待ち構えていた。


「おやおや」


 仲間の屍の上に立つ女はそれだけ言うと私の顔をしげしげと見る。


「おやおや」


 私もそう言って相手の顔をじっくりと見る。随分と懐かしい顔だ。


「シルクリム、久し振りだね」


 シルクリムは一度天を仰ぎ見ると、私の姿を再び見る。見続けていて、何もする様子が無い。


「地獄の辺土から舞い戻って来たよ。なにせ死んだら戦えないからね」


 それでようやく得心が行ったのか、シルクリムは顔にあの毒のある笑みを浮かべる。


「なるほど、あなたが南の私を相手に引き分けたサムライですか」


 今度は私が天を仰ぐ番だった。どうやら人違いらしいということは解ったものの、目の前の相手はあまりにもよく似ている。

 そのことは確かに不思議ではあったけど、今は関係の無いことだ。

 ようやく、強者と戦えるのだから。 

 私は相手から視線は外さずに手に持った愛剣を軽く振るう。やはり愛刀『季節名』には及ばないのか、根元から折れた。研ぐうちに大分痩せ細っていたし、仕方ない。

 これで、ここに来るまでに都合三本の剣が折れてしまった。

 残るはこの二年を費やして鍛えられた秘蔵の刀を一振り残すのみ。

 私は白鞘に納められたそれを抜く。嵐が過ぎ去った後の朝を思わせる刃紋の美しさ、太陽の光を受けて秋水煌々とする姿に思わず見惚れてしまう。


「その刀、その紋様の上着。あなたは『白き隼』でもあった訳ですか。あなたは本当に我々にとって邪魔な存在のようですね」


 目的の場所は壁の向こう側に。それで、その前に立ちはだかる強敵が一人。


「私はあなたを求めていたよ。三毒超克……型捨無流、開祖、季節名 一手所望す」


「いいでしょう。私もあなたと闘ってみたかったんですよ」


 空気が張り詰める。途端、相手が遥か遠くにいるかのように見える。そのズレを見切ることで無くす。

 こうして刃を向け合ってみて初めて、本当に別人だということを悟る。

 この相手、私の故郷と同じ剣術の使い手だ。よくよく見れば、得物の特徴もよく似ている。

 相手は腰を低く落とす。抜刀術の構えか――そう推察したところで私の視界からその姿が忽然と消える。

 思考するよりも速く、これまでに刻み込まれた戦いの記憶が体を動かしていた。

 左に大きく払うと白刃のきらめきがぶつかり合い、火花が散って頬に当たる。それと同時に伝わる腕への手応えに、ようやく求めたものを得た私は微笑んでいた。


「ハハハハッ、ハアァァァ!!!!」


 気合に笑いを含みながら相手の剣を返して突きを放つ。避けられた瞬間は横薙ぎに払う。この平突きを、相手は跳んでかわす。

 体がうずうずするとでもいうのか、背筋から全身へと痺れが広がっていくのを感じる。同じく危険も感じて半身を引けば剣光がその場を通り過ぎていく。

 そこから間を置かず一歩後ろに跳ぶと鼻先に剣尖が触れそうになる。この危うい刹那を、剣の平の部分を宙返りして蹴り紙一重のところでやり過ごし、着地の瞬間に跳躍して距離を開ける。

 この開いた距離もまた一瞬の内に無と化して、私と相手は剣を数合交える。しかしこの数合はお互いに決め手を完全に欠いた弾きと流しの繰り返しであり、拍子を外し合うだけに終わった。

 その結果として、お互いに見抜こうとした虚実は判明せず、私はともかく相手は不満そうな顔をした。

 これまでの相手の動きは素早いが、印象としては地味だ。けど、その裏に見え隠れする攻め手を隠す技の巧みさには驚かされた。

 技を更なる技を以って隠す。そういう使い手に出会うのは珍しい。

 私は刀を右手に持ち、空いた手を腰の鞘に当てる。この勝負、手数で劣ることは敗北を意味すると感じたからだ。

 相手の呼吸は一向にして乱れない。それどころか余裕綽々といった具合か。一人でここを守護するのは楽とは思えないけど、私を倒す必要は無い。その方がやり易いのは確かだった。

 そこに考えが至ったところで、私は愕然としそうになる。


「あなたは、本気で戦ってくれている?」


「貴女ならそれが分かるのではないですか?」


「全力だということは分かるけど、全開なのかどうか、よく分からなくてね。本気を出してくれないとつまらない」


「そういうのは自分が本気を出してから言ったらどうでしょう?」


「嫌だよ。私が本気を出したら、人としての戦いが楽しめない」 

 

 私は怪物とでも出会わない限りは人として戦う心積もりだと加えて言うと、相手は私を狂人でも見るような目つきをする。


「そうでしたね。貴女の融魔としての覚醒状態の能力については、気の触れた者の戯言として聞いています」


「そう。そこまで派手に立ち回ったつもりはないけどね」


 言葉を終えるよりも速く、私は相手の背後に回り込んで袈裟に斬る。が、あっさりと踊るようによける相手の姿は既に側面にある。刀を振るった方向とは真逆の位置に回り込まれるのは百も承知。その為に腰に差していた鞘を抜き、相手の刀を納める。

 大きさが合っていないために音を立てて割れていくが、これで武器は封じた。

 これに対して、相手は武器を即座に捨てることをせず、抵抗する。けど、そうする間が命取りになる。

 案外呆気ない終わりだなと、思ううちにも体は動き、必殺の太刀を相手の眉間へと振り下ろす。

 これで終わった――その油断が命取りだと、私はよく知っている。だからこそ、気を引き締めた。

 その瞬間に、白刃が私の左手を切り裂き、勢いそのままに首筋へと迫ってきた。

 右腕は動き出した直後にあり、これを即座に変化させることはできない。守る術など考える暇も無い。

 私は咄嗟に、口を開いた。

 忌々しい音が、震えが頭蓋を中心として全身を駆け巡っていく中で、口の端が僅かに切れる痛みと共に火花が無数に散っていくのを見た。

 やはり、小さ過ぎたか。血が口の中に勢い良く流れ込んでくるのが解る。まずい、顎が凄く痛い。


「歯で止めてしまうとは、噂どおりの達人だ」


 本来なら左手で腕を取って投げるなりして状況を打破したいのだけど、生憎と指は一本も残っていないため使えない。

 本当に、勝負というものは一瞬で状況が一変するものだ。

 右の手に握った刀は当たることなく、相手の左手に捕まれた。この膠着状態、不利なのは当然、私だ。

 相手の力に圧されて微々たるものではあったが、徐々に体勢が反り返って来ている。今のような無茶な体勢はもうあと数秒と持たないだろう。口を閉じていなければならないせいで含み針を飛ばすこともできない。

 

「――――――!!!」


 右腕に限界を超える力を込めて押し込む。この場において限界を超えられない腕など私は要らない!!

 体勢を押し戻す、その適した瞬間を狙って歯を食いしばり相手の刀を引くことで体勢を崩し、その隙を逃すことなく口を離すことに成功する。

 そして、体勢が崩れたことで片膝を着く格好となったところで片脚を踏み台として高さを適度に調節し、側頭部へと膝蹴りを叩き込み吹き飛ばす。


「がっ――――あっ」


 相手の苦悶の声が響く。

 睨んだ通り。剣の上ではかなりのものだけど、徒手空拳の心得はさほど無いらしい。

 剣を地面に突き立て、懐に忍ばせていた酒瓶を取り出すとひび割れて殆ど中身が無くなっていたけど、口に含んで左手に吹きかける。傷に染み込む痛みが熱となって、血を失ったことによる気だるさを誤魔化してくれる。

 追撃をしたいところではあるけど、少々飛ばし過ぎたせいもありそれは無理だ。

 それよりも、息を整えることに集中する。

 きっと、次から相手は本気で来る。それに勝つために、今は呼吸に使う体力も削る。


「いいでしょう。失敗作を相手に、などと思っていましたが、本気でお相手しましょう」


 そう言って最初の時と同じ構えを見せる。腰をゆっくりと沈めて……!!

 

「うっ」


 先程よりも遥かに速い。そう考える間にも煌く剣光が縦に無数。

 私はこれに驚きながら剣を打ち合わせる。

 剣光が何度も視界を過ぎるなかで、私は剣を噛み合わせ鍔迫り合いに持ち込もうとするが、相手は左手を峰に添えて舵を回すようにして、半ば強引に私の一撃を受け流した。

 その隙を逃すまいと即座に横へ薙ぎ払いを仕掛けようとするが、直前に相手は跳びあがると宙で回転しながら刃を振り下ろしてくる。

 辛うじて片手持ちで受けたところで、右手に相手の手が触れる感触を覚えた。

 このとき、相手は私の手を土台としてバネ仕掛けのカラクリのように背後へと飛んで行った。

 飛び去っていく瞬間、私の背中を踏みつけることも忘れずに。

 おかげで体勢が傾いてしまって、即座に次の一手を打つことができない。

 それを狙って迫る刃を寸でのところで受け、続く蹴りを腹に受ける。驚くことに、片足でそのまま持ち上げられ、右肩を刺される。

 反撃として足を切り落とそうとすれば、私を支える足と地に着けていた足を入れ替え様に蹴り飛ばし、私は地を転がされた。


「ぐぅ――――こほっ、かはっ」


 出したくもないのに苦しみの声と喀血が止まらない。

 当然、相手は容赦無く追撃を仕掛けてくる。

 私はそれを蛙みたいに無様に跳んでやり過ごさなくてはならない。

 何とも忌々しい。

 思い切り跳ぼうとすると膝が落ちそうになる。痛みが腹部に走る度に息が止まる。

 小さく舌打ちして、また剣を連続して打ち合わせる。

 今度は探り合いではなく、確実に仕留めるための鋭い気の込められた攻撃。それに応じた相手の体の動きも、目にも留まらぬものとなった。私はそれを、他ならぬ相手の気から感じ取って受ける。

 きっちり十合目に右肩が悲鳴を上げて、手から刀を落としてしまった。

 そこにすかさず敵の刃が首を狙って来るのを体勢を低くしてかわし、未だ宙にある刀を掴んで出足を蹴りで払う。

 そうして、相手の体勢は崩れ、私は刀を振り下ろせる体勢となった。

 構えは既に大上段となっている。ここで、決める。


「裂界!」


 顔面を狙っての必殺の太刀は刃筋を通してなお阻まれる。

 けど、攻撃の手は緩めない。二段目を受けて相手が怯んだその隙を突き刀を素早く逆手に持ち替えて喉を柄頭で押し潰した。


「――――……、……」


 止めにもう一度、ねじ込むようにして柄を押し込むと、ようやっと相手の息の根が止まる。


「ふぅ」


 楽しめはしたものの、想像以上の傷の多さと疲労が体を蝕んでくる。

 私は急いで筵を敷いてそこに膝を正して座る。この筵にはアルロが施した術が記されている。

 それを使い傷を癒す。二年という時を経て完成した術は決まった時の分だけ時を逆行させる。

 左手に五指が戻ったところで効果が切れ、術付きの筵はただの筵に変わった。

 傷は癒えたし、体力も戻った。愚図愚図はしていられない。急ぐとしよう。



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