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季節名の道  作者: 元国麗
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四十話 最初の一歩

 思わぬ形での再会は別れ方のせいもあり、会話などまるで生じないものとなっていた。


「地獄同然の街、あれはどういうこと?」


「あれは魔物を使いああやって一度壊してから、援助という形で支配下に加えていくんですよ」


「そうなんだ。それでアルロは今までどうやって生活を?」


「藁細工を売ったりしてどうにか食い繋いでいますよ」


 色々と尋ねる事はできても何か言う度にあまりにも明確な回答を返してくるためにすぐに理解できてしまうし、バッサリと切り捨てるような物言いも加わってまるで会話にならない。これは禅問答とは違うはずなんだけど。

 そんな風に会話が続かないせいもあり、私は小屋の隅に置かれていた藁を適当に拝借し、外で草鞋を編んでいた。

 この藁で生活を立てているアルロにしてみれば材料をかっぱらっていく私は正しく泥棒だろうけど、足を汚すのは嫌なので、勝手ながらも、ありがたく使わせてもらっている。

 丹精を込めて草鞋を編み上げる途中何度か足に当てて大きさを合わせていると、アルロがこちらに近付いて来るのが見えた。


「どういう積もりなんですか?」


 その戸惑いを隠せない声に、私は人間の心の移り変わりようについて思案しながら、足の指を曲げて草鞋の履き心地、その調子を確かめる。

 そうして、私が言葉を無視して草鞋作りを続けているとアルロは俯いた。


「私はへそ曲がりじゃないってまず言わせてもらうよ。それにこの再会は本当に偶然。たまげるくらいにね」


「それで動揺して武器を置き忘れるほど、トキナさんは間抜けじゃありませんでしたね」


「いや、私はこれでも結構間抜けだよ。だから一度死んだんだ」


 そう答えるとアルロは返す言葉を失った様子だった。


「この話は終わり。アルロ。私の質問に答えてくれる?」


「……質問をどうぞ」


「紆余曲折を得たけど、これでようやく訊ける。アルロは私を捜していたんだったよね?その理由を教えて欲しいかな」


 仕上がった草鞋の大きさを今一度確かめる一方でアルロの様子を窺うと、口許に手を当てて考え込む素振りを見せる。

 やはりまだ完全には信頼できないということか。けど、信じようとしてくれているだけでも十分だろう。


「重要な事は伏せてくれて構わないよ。言ったろう? 私は……侍。細かい理屈は要らないよ」


「私の力になって欲しい……」今はという言葉は沈黙の中に消えていた。「これだけしか言えません」


「分かり易くていいよ。求める事は不足の証。不足の証は無力の証。無力の証は望みの標、侍一人、旅のお供を致しましょう。あなたという船の行き着く先まで、旅の無事を約束しましょう」


 気の向くままに言葉を口ずさみながら、私は木の切り株から腰を上げて立ち上がる。

 それと時を同じくして、大きな殺気が二つ、こちらに近付いて来るのが解った。

 そのせいか左眼から伝わる命令がはっきりとしてきた。キョウメイという奴か。

 ……相手は十中八九、融魔だろう。

 アルロもそれが解ったからか、表情を固くすると得物を取りに小屋へと向かって行った。

 私の愛剣を取ってきてくれそうにはないけど、構わない。得物は敵から拝借すればいいだけのこと。

 草鞋を編むという手先を使った作業から今の己の力量はおおよそ把握できた。恐らく、私は人の限界を抜けてしまっている。

 それを人の私がどこまで扱えるのか、これからの事はそれを試す絶好の機会に違いない。

 その前に、こちらから打って出る必要があることに考えが至る。この場で戦えばホズルやビダルが巻き添えをくらう。それは良いことではないし、それを許してしまうようだと私の今の力量が何の意味も為さないものに思えてくる。

 ここで、一度呼吸を整えて、心中に漂っていた気だるさを払う。


「三毒超克」


 戦いを前に言霊を唱えて荒ぶる気を鎮め、剣気を内に隠す。隠して、私は敵に向かって疾駆する。

 ラングとの戦いから学んだことは一つ。本気を出させぬうちに、本気で倒す。至極当然のことだけど、これに全力を出し切れなかった私は左眼を失った過去がある。

 二度も同じ失敗はしない。

 二人のうちのどちらも私の動きに気付いてはいない。鼓動は未だ一つとして刻まれていない。

 

「ハァッ!」


 一人の手首を返し、その手から剣を奪い膝裏を払うように蹴って、膝を着かせたところで差し出された首同然の足へと剣を突き刺してその場に固定し、肘を斧の如く、これまた無防備な頭へと振り下ろす。

 そうして、一人は地面という墓穴へと埋まった。さすがに化け物、埋まりきるとは頑丈だ。

 残る一人は面白い顔をして私の姿をようやく認める。ただし、それは実体のないただの残像だ。

 骨がゴキリと音を立てる。それが首の骨というだけで、あっさりと死んでいた。

 呆気なさ過ぎる。やはり戦うのなら、仕合うのならばお互いに全力で戦いたいものだと、私は微かな後悔に似た心持ちで、それを渇望していた。

 足りない足りない。戦いが足りない。剣光が時折見せる生と死の狭間に差す光明を見たい。

 必要以上の欲望が血を熱くするのを感じる。どうやらこの体はまだ完全に私のものではないようだった。

 全てが終わってからしばらくして、アルロはやって来て、周囲の状況をよく見てから、私を呆然と見詰める。


「そんな、融魔をこんなにもあっさりと」


「あっさりか。これでも結構頑張ったんだよ。ところで、彼らと私は無関係だっていうことは」


「分かっています。私は彼らからすれば単なる邪魔者ですから、泳がせる意味は無い。そんな私を助けてくれたあなたを疑うほど、私は論理を見失ってはいません」


 論理。つまりは理屈から私を信頼するというのは少し納得が行かないが、ここは仕方ないと己に言い聞かせる。

 ただ、私は論理は好かない。それはあくまで道具であり、心の中心に据えて置ける代物ではないと思うからだ。

 それを今のアルロに言って聞かせるには機が熟していないので、代わりに微笑を浮かべる。


「それじゃあ、これからよろしく」


 私が差し出した手を、アルロは力強く握った。


 そして、私は大きな戦いへと身を繰り出した。


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