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季節名の道  作者: 元国麗
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三十三話 季節名の兆し

 

 フォルティスとの切り合いが終わり、夜の空気が徐々に身体の熱を冷ましてくれる。それは心地よくもあり、恐ろしくもある。それはこのまま体が冷え切ってしまうのではないかという恐怖が、不意に心を掠めたからだった。

 半ば無意識に森の中を彷徨い歩き、やがて道に出たところで近くにあった樹に背中を預け、そのままズルズルと座り込む。

 正直なところ、私も人の子である以上、傷付きもするし疲れもする。それを調子に乗って無茶をしている。この分だと死ぬのはそう先のことでもないのかもしれないと、傷の深さからか、そう思わずにはいられなくなっていた。

 ふと、慣れ親しんだ気配を感じて顔をその気配の方へと向ける。

 そこには『季節名』がいた。正確には『季節名』の中に潜んでいる何かだけど、この気配はいつも何の前触れも無く私の前に現れては「母様がどこにいるか知らない?」と訊いてくる。

 しかし、いつもと違う。この気配が私が起きている間に現れたことは今の今まで一度としてなかった。一体、何が起きたのかと訝っていると、気配が語りかけてきた。


「久し振りね。でも残念です。母様はここにはもういない」


「母様母様と、オマエは他の言葉を知らないのか」


 呆れ交じりの私の言葉を気配はまるで意に介さない。


「私のお願いを聞いて欲しいの」


「お願いだと? 生憎だが、拙者はオマエの母親を探していられるほど暇ではない」


 気配がブレる。それと同時に『季節名』を持った左手の指先から肩までに鋭い痛みが走る。それに少し遅れる形で気配が私に対して笑っているのが声で判った。


「傷を治してあげたから、お願いを聞いて。お願いだから」


 気配の言う通り、傷はもう癒えていた。何故こんな芸当ができるのか、疑問で仕方がないけど、おかげで体は楽になった。

 とはいえ、恩を押し売りされても私にも都合というものがある。けれど、受けた恩を返さないというのは気分が悪かった。


「判った。聞くだけ聞こう」


 話を聞く姿勢として刀を前に置いて正座をすると気配が小さくなるのが判った。


「ここには私がいる。だから私を見つけて、私と話をしてほしいの」


 何を言っているのかさっぱりだと言いたいけど、そうやって考えることを諦めていては話にならない相手なので、私は考える。『季節名』がこの島にいる。その『季節名』なら話ができる。だから見つけてほしい。そうすることでどうなるのか?考えを一つ先のところへ推し進めようとしてはみたものの、やはり判らない。ただ、最初の仮説をもとに動くことはできる。同じ気配を持っているのなら、探すのはそれほど難しくは無いだろう。


「この島にオマエはいるのだな?」


「ええ、います。だからこうして話ができる」


「承知した。拙者が会って話す、それだけで良いのだな?」


「ええ、きっとそれで、話せる・・・」

 

 その言葉を最後として、気配は消える。拙者も話す相手がいなくなったことで黙る。その直後、微かな音が鼓膜を打った。


「校長先生か?」


 立ち上がり気配と熱の方へと顔を向けるとそこには確かにアユムがいる。けど、私は感じ取っているだけで見えていない。そのことに久しくなかった焦りがフォルティスとの仕合いで呼び起こされていたために、気が付けば手を伸ばしてその頬に触れていた。


「どうかしたのかい?」


 アユムは私の手に触れると不思議そうな声を上げる。


「いや、拙者はやはりオマエが、世界が見えていないのだということを思い出してな」


「そうなのか、それより、敵は斬れたのかい?」


「いや、拙者には斬れなかった」


「そう、なのか。それよりも、僕がここへ来たのはトキナに頼みたいことがあるからなんだ」


「…主君の命とあらば、引き受けよう」


「ある武術の大会に紛れ込んで欲しい」


「紛れ込むだけで良いのか?」


「ああ、それで君の眼で使える人材を何人か見極めてきて欲しいんだ」


「なるほど、人材を調達してきて欲しいというのだな?」


「ああ、二人の力を合わせて取り組んで欲しい」


 二人というのはどういうことかと訊き返すと、アユムは笑ったようだった。


「今回は君の師匠にも協力を要請したんだ」


「何を考えているんだ?」


 私が訝るとアユムは苦笑している様子。心音に乱れは無いことから問題はないかと思った矢先にこう言われた。


「トキナなら僕が悪企みしているのかそうでないのか分かるだろう?」と。


「そうであったな」


 私も苦笑を漏らす。主君を疑っている私のような不届き者に対し、何とも寛容なその精神。私の器の小ささを教えられているようで少し癪だった。


「すまぬな。我が主よ」


「いや、盲信されるよりかはずっといいよ」


 アユムは本心からそう言った。それは私を理解者として傍に置きたいという人恋しさのような感情があって、私はああなるほどと心の内で納得する。この人は、信じるだけのものでも、信じられるだけのものでもない、信じ信じられる存在を求めているのだと。

 その願望に気付いているのかは知らないけど、私にそういった存在になって欲しいのだろう。

 本当に、これからはもう少し、アユム、あなたを信じる努力をする。

 私自身、今はそうでなくとも、必ずそういった存在は必要になるだろう。それを思えばアユムの求めに応じることは、私にとっての信じ信じられる存在を得ることに繋がるだろうから。

 心の内でそう考える私は、明日には二代目がこちらへ来るということを聞き、心を騒がせることになった。


 

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