二十八話 ウィリアムの授業
誰の入れ知恵なのか、私の招かれた部屋は和室だった。というのも、踏みしめた感触が畳のそれだったからだ。
学校が広いということもあり、部屋に行くまでの間にウィリアムと打ち解けて色々と話を聞くことができた。人間なんて、この目を上手く使えば仲良くなるのはそう難しいことじゃない。でも、この目は私の知る感情以外の感情は送れない。だから私が目から送る感情は嘘偽りの無いものだ。もしも、この感情を知らないままだったら、私の目はろくでもない感情ばかりを見せていたんだろうか。
ここで一旦思考を止めて、茶釜から茶碗にお湯を移して茶筅を使ってお茶を点てて飲む。わざわざこんなものまで用意するなんて、随分と特別扱いされている。
フィリップや他の生徒達から集めたことからはこの扱いはおかしいということが判る。島の外を蔑視する人間が多いのにも拘らずに、何で私に剣を教えて欲しいと便りを寄越したのか?この島のことを知れば知るほど疑いたくなる。
考えを再開する。そしてさっきウィリアムから聞いたことを鼓膜の内側で再生するイメージを命令として体に発した。
〈額面的に言いますと、創造の柱より散布されている本来不干渉のはずの“アルケー”へと干渉する技術です。
繊維状の物体で、服として着用ができます。その機能は読み取り・記録・集約・挿入の主に四つとされています。
魔術によってマテリアルを操作するのとほぼ同様の術ですが、これは無から有を発生させる点だけが大きく異なります。
これは使用者の知識や想像を読み取り、使用用途などに応じてそれを記憶し必要があれば“アルケー”を収束させ、そこに情報、頭の中の武器の設計図を挿入し実体化させるんです。
魔力を消費する必要が無いため何度でも使用が可能ですが、魔術のように自然に干渉し操作するのは非常に困難です。
とはいえ、適正がごく僅かの者にしかいないのでまだ未開の領域ですが、ここの生徒達はみんな使えるんですよ。
あと、稀に創造された物に情報を書き加えてより高性能のものとして使用できる適正者がいまして、
彼らはセカンドクリエイタまたはゴーストクリエイタなどと呼ばれています。
そうして生み出された物を持つ者は単体で軍勢に匹敵する働きを見せる場合もあるんです〉
再生終了。理解終了。
この島には魔術に似て非なる奇跡、クリエイトと呼ばれるものがある。
聞くところによると、布のようなものらしい。
付け足すとそれは衣類などの繊維でできたものになら、何にでもなるらしい。
そして、さっきフィリップが行使した技がそのクリエイトを使用した一例であり、クリエイトテクニックと呼ばれるものだという。
実に楽しそうだと思えた。欲しいと言ったらくれるだろうか?
そう思いながら、お茶を飲み終えたところで、部屋に誰かが入ってきた。
「随分ゆっくりだな」
正式な作法に則ってお茶を一杯飲み終える時間は決して短くはない。それゆえの言葉に、誰かは口を開こうとしない。
まるで乱れが無い。聞いていて心地良いテンポの音楽に似ている。体温などから体の線を想像すると、女のようだった。
ここには私と女の二人きりになっている。代わりに話をする人間はいない。なら何で口を開かないのか。
「そこな女人。何故口を開かない?拙者はそちらが話すのを待っているんだが」
「ぼ、僕は女じゃない」声にも心音にも明らかな動揺があった。「目が見えないくせにいい加減なことを言うな!!」
「声は確かに女らしくはないが、拙者の心の眼はしっかりとオマエを見てるよ」
拙者と私のことを指して言うと何でか口調が固くなるのが難点よね。いつも思うけど、これは侍の呪い?
「……っく」
「悔しそうに歯噛みをされても困る。言うことがあるなら言ってほしい。オマエの言うとおり拙者は目が見えないから」
女は面白いことにすぐに調子を取り戻したらしく、私の傍まで歩いてくると淡々と話し出した。
「生徒とのいさかいがあったようだけど、どうか許して欲しい」
「気にしてない」
「なら、いい。それで今日から早速、あなたには生徒達に剣を教えていただきたい」
「そこで質問だが、何故、拙者なのだ?島の人間の様子からしてわざわざ余所者を呼ぶ考えが判らない」
「それは、信じてもらえないかもしれないが、この島にあなたと同じようなサムライがやって来まして……そのサムライの技を見る機会があったんです。僕はその技に感動しまして、最初、それが何かの魔術かクリエイトの能力かと思わされましたが、ただの、いえ、普通に剣を使っているだけだと分かって余計に感動して、是非その技が欲しいと言いましたが、相手は、あまりに欲が無かったので、僕の話をろくに聞いてくれませんでした。僕は引き止めるのに必死で思い付きで、技を生徒にも教えて欲しいと言ったら」
「拙者に白羽の矢が立ったと?拙者の実力はその者のお墨付きというわけか?」
それを訊くと女の呼吸が浅く速くなっていくのと、若干ではあるが発汗しているのが判る。その侍はよほど腕が立つ上に、恐ろしいということか。
「判った。ただし、拙者は無作法が過ぎる性分ゆえ、多少の事には目を瞑ってくれるとありがたい」
私は立ってその場をあとにしようとして、あることを忘れていたのを思い出した。
「拙者はトキナ=アウヌムトゥス。オマエの名前は?クククク」
名前を尋ねると何故か決まって不吉な笑い声が口から漏れる癖に更に笑いを足していると、女が動揺していた。
「僕はアユム=ナオセだ。これからは校長先生と呼んでくれ」
「あい判った。校・長・先・生」
所変わって、学校の運動場脇にある林。時刻は暮れ六つ時。
「そろそろだ」
言いながら紫煙をはく真似事をして間を作る。それからまた考え直す。やりたいことは一つ。妖刀を作ることだった。
「師範。俺、帰ってもいいですか?」
昼時にちょうどここで再会したフィリップは躾された動物のようにおとなしいが、酷く怯えているようだった。現に私から離れたいと訴えてきている。確かに、もう百を超えるやり直しをさせられているのだから、嫌にもなるか。
そこに黙って眼力で重圧をかけるかどうか迷っていると、何もしていないのにせっせと働いてくれる。何もしないほうが、返って考えて動いてくれる性質らしい。性格が歪んではいたが、根元から愚かという訳でもなさそうだ。
しばらく上を向いていると、風音と共にフィリップの手に熱が集まり、それがようやく注文どおりの形を得た。
「できました」
「でかした」私はフィリップの生み出した刀を受け取って感触を確かめる。「よし、もう帰ってもいいぞ」
フィリップの足音が遠くなっていくのを聞きながら、私は手にした即席の刀を持ってウィリアムを尋ねた。
ウィリアムは私が直接部屋へとやって来たのが不思議らしく感心しきりだったので、理由を軽く説明するとまた感心した。
「すごいですね。一度聞いた音でその人間の居場所が判別できるだなんて、常識を超えてますよ」
このままだと質問攻めにされてしまう気がしたので、私は隙を突いて言った。
「拙者、ゴーストクリエイトに興味が湧いてな。一度試してみたくなった」
そう言うと、ウィリアムの関心の矛先が私の言葉に向かうのが判った。
「ならまずは適正があるのかどうかを試さないといけませんね」
「やり方は知っているのか?」
一応の確認に対してウィリアムが首を縦に振るのが判った。思えばこうして相手の一挙一動を知るためには大分苦労したものだ。今でこそ楽になってはいるが。まあ、これができなければ私の腰に『季節名』は無いか。
「まず、クリエイトに文字は必要ありません」
「それは便利だ」
思わず言葉が口を突いて出てくる。文字は私の世界に存在しないものだから、それが不要なのは嬉しい限りだった。
「次に、クリエイトは人の知識と想像の両方を必要としますが、それはクリエイトそのものが自動的に学習してくれるので、そう難しく考える必要もありません」
「ますます便利だ」
私はクリエイトへの興味で熱狂していく。
「ですが、クリエイトを扱ううえで注意してほしいことは、求める結果を得るのには一つの式があるということです」
「それは一体?」
「式というのは正しくはありませんが、結果を得るまでの過程では九九のような処理があるのです」
「クク?乗法、掛け算のことか?」
「そうです」
肯定された途端、私は理解ができなくなった。九九でハンドガンや今私が持っている刀ができるとは考えられないからだ。
私が混乱している間にウィリアムは説明を考え終えたのか、口を開いた。
「ある物を創り出そうとする中で、その結果を想像します。その想像の中で、いかにしてその工程を簡略化できるかと考えた場合にですね、その処理に数字に当てはめると、ちょうど掛け算がしっくりくるんですよ」
「例えば?」
私は何だか生徒になった気分で先生であるウィリアムに問うた。
「例えばという問いに例えそのものの答えを言うのは妙ですが、一番簡単な物を創る時は1×1=1になります。これがより難解な物を作り出す場合になりますと、必要な数字は1よりも大きなものになり、掛けていく数も増えていきます。そうなるとどうなるかは分かりますか?」ウィリアムの言葉はまさしく生徒に対してのそれだった。
「当然、計算は難しくなる。答えを出すのに時間がかかり、途中計算を間違う事もあるだろう」
「紙に書かれた問題は最終的な答えが合っていれば、それで問題はありませんが、クリエイトの場合では途中計算を一度でも間違えるということは問題になります。それで失敗になってしまいますからね」
「それは面倒だな」私はほんの一瞬うんざりした。
「クリエイトの上手な人には二種類います。それがどのように複雑であっても全てを計算しきるタイプと式を簡略化するタイプです。前者は優れた計算能力を武器にします。後者は複雑になるにつれて大きくなる数字をあらかじめ1にします。クリエイトが更なる発展をするためにはこの大きくなる数字を1にする手段が必要不可欠です。何故だかは分かりますよね?」
「1×1を繰り返すだけなら、考えるまでもなくそれが1になるから。それならどんなことでも一瞬で行える。それを行うのが、クリエイトの最終目標であると・・・そういうことであろう?」
「そうです。そして、肝心のゴーストクリエイトですが、これは足し算に近いですね。クリエイトで生み出されたものは必ず1という扱いになるとしましょう。ゴーストクリエイトは1という力を持った物に場合によっては100や1000といった膨大な数を足す技術なんです。理想論を言うと数字を飛び越えた話になりますが、不死の肉体を最強にするとかですね」
私はその言葉にどう答えていいのか判らなかったけど、理想とはいえ興味深い結果の例にとても感心した。
「クリエイトで不死になれるというのか?」
「トキナさん。さっき教えましたけど、クリエイトは繊維状の物になら何にでもなります。たとえそれが人の筋肉でもです。分かりましたか?肉体に移植したうえでそのクリエイトに肉体の構造を記憶させ、それを瞬時に生成できるようにできれば、たとえ首を失っても即座に蘇生することが可能だと、理論上ではされています」
私はあまりのことに驚愕して、何も言えなくなっていた。まさかと心の内で呟いて呆然とする。
「驚いたな。本当に。これには拙者、驚いたとしか言いようが無い」