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季節名の道  作者: 元国麗
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挿話 開祖が名前を変えるとき



 私が仏になってから、二十一年もの月日が経った。始めのほうは気が向くままに人を斬り、やがて待ちわびた敵を倒して、成長を待ちわびていた弟子にその未熟さを教え、更に強くなることを望んでいたのに、エスタシアは戦うことを捨ててしまった。

 私は剣の道を極めたかった訳じゃない。人間を窮めたかった。けど、その先にあったものは。

 海で眺める夜明けは格別だ。これからはこんな風に景色を見て回るだけでもいいのかもしれない。


「戦える相手がいないっていうのは、楽しくないね。ねえカイル?」


 それに、こうして微笑を送る相手もいる。この十年、孤独で無いからこそ、私は生き方を変えるきっかけを得ることができた。孤独だったら、今見ている太陽の光が心に射し込むこともなかった。それは確かだった。


「俺が戦ってあげられたらいいんだけどさ、俺じゃちょっと相手としては不足だしなあ」


 カイルは苦笑を浮かべる。その顔に刻まれた皺の深さが、流れた時間の長さに実感を持たせてくれた。この点において、私の体は目印にはならかった。おそらくカイルが傍に居なければ、私は時の流れから外れていただろう。


「俺思うんだけどさ、十一年前のこと、お姫様に嘘吐いたままでいいの?」


「嘘なんか吐いてないよ」


「いいやあれは嘘だ。真っ赤な嘘だよ!君のおかげで中央に巣食っていた悪が根絶やしされたんじゃないか!!」


「更なる悪になってね」思わず笑うと、カイルが困った顔をした。「魔物が大陸で急増したのも元はと言えば私が招いた結果だし、それがこじれて魔王なんて架空の存在が作られたし、そのあとには中央の息のかかっていた特A級の一斉蜂起、向こうは私を魔王呼ばわりで討伐しようと刺客を送り込みながらも徐々に四方へと援助という形を取ることで支配力を広げたよね。そこから中央は真実を知る特A級をシルクリムに討伐するよう命じて、関係者を抹殺。ついでに私を倒すように仕向けたけど、失敗。シルクリムは、どこまで解ってたのかは知らないけど、エスタシアを使って私を倒そうとして、これまた失敗」


「その時だよ。その時、君は仕立て上げられた魔王になりきった。俺は何でそんなことしたのかが知りたい」


 カイルの目は真剣だった。私の故郷に行ったことで男というのに磨きをかけたようだ。

 私はひとつ息を吐いて、全てを白状しようという気になった。


「戦ってみたかったんだよ。エスタシアの才能には惚れていたからね。けど、才能は開花することなく終わってしまって、それを知った頃にはちょうど私のすることも無くなって、あのときは本当に途方にくれたよ」


「君は、魔王じゃない。英雄『白き隼』だよ」


「そうなのかな? 私は確かにそう呼ばれもするけど、そう呼ばれるのはあの顔隠しのおかげだよ」


 あの男は私から知った真実を受け止めて行動した。その後ろ盾によって、私が単に正義の旗を掲げて人を斬っただけの話。そう、あれは周りが私の人斬りを正当化しただけの話だった。 


「それに、厳密な意味で言えば魔王も英雄も架空の存在だよ。どちらも私という扱いからすればわざと揉め事を起こしてそれを鎮めたって考えてもおかしくないよ」


「君のしたことはマッチポンプなんかじゃない!!」


 珍しいことに、カイルが怒鳴っていた。

 私はそのことに驚いて、うたた寝していた梟が目を覚ましたときみたいに目を丸くしてしまっていた。


「あ、ごめん。ただ、さささ、さ」


 続く言葉が無いことに私は辟易した気分になりながら言った。


「無理に呼ぶ必要はないよ。けど、どうしてカイルは私の新しい名前を呼べないの?」


「だって、君のお父さんに」


 私はここですかさず口を挟んだ。


「父親じゃないよ。組長は」


「でも、トキナのこと娘だって言ってたよ」


「まあね。組長は本当の父親じゃないけど、あの人が私を娘だって言うなら、きっとそうなんだろうね」


「よく分からないよ」


「私も組長のことは父親だと思ってる。血の繋がりは無いけど、確かに私と組長は家族だよ」


「やっぱりお父さんじゃないの?」


「少し説明したかっただけ」


 また、自然に笑みが零れる。私は、十分に幸せだ。けど、もう少し欲しいところだ。


「ねえカイル。名前で呼んでくれない?」


「トキナ」


「それはもう昔の名前だよ。今の名前で呼んでくれないと」


「……」


 カイルは固まったまま、息を呑んで私の顔を見つめている。口が開いては閉じるを繰り返す。

 はっきり言って、もどかしかった。

 やがて、カイルの顔つきが変わる。覚悟を決めたいい顔だった。


「さくら、俺とずっと一緒にいてくれないか? いやそうじゃなくて、ずっと一緒にいてくれ!!」


 今度は私が固まる番だった。新しい名前で呼んで欲しかっただけなのに、突然、求婚してくるなんて驚天動地だった。

 顔が上気していくのが解る。心臓を患っている訳でもないのに胸が苦しい。

 呼吸を整えながらカイルを見つめると、何だか憤死寸前の人間に見えた。


「ずっとは無理だけど」そう言うとカイルは小さく俯いた。「カイルが死ぬその日まで、私は一緒にいてあげる」


 そこまで言ったとき、カイルは顔を上げる。

 私はそこで、最高の笑顔を浮かべて言った。


「いいよ。だってカイルは、私の本当を信じてくれる人だから」


 嬉しさから獣のように吠えまくるカイルのことを見つめながら、私は別のことで迷っていた。

 けど、それはこれから先のことだ。だから、それは私を受け継いだ人間に任せようと思う。

 そう考えた私はそのあと、会ったことも話したこともない三代目に色々と問題を押し付けてみることにした。

 正義の味方でもやらせるつもりなのかと、鼻で笑いながら。

せめてもの励ましの意味と、今ある喜びを祝うために詠った。


「 たそがれのともしびは いとしくもほのぼのと 薄れゆく思い出に 愛の光をともす


  あこがれの輝きを 過ぎしあの日のままに 今宵もまた若き日の 夢をひめてたそがれは


  うるわしくもなつかしき 愛の調べとなりて かえり来る


  たそがれのしらべこそ やさしくもはるばると わが悩みつかれたる この心をなぐさむ


  とわに忘れじの なつかしき愛の歌 今宵もまた若き日の 愛をひめてたそがれは


  美わしくもなつかしき 愛の調べとなりて かえり来る」


 詠ってみて思い出す。歌の題は確か、『なつかしき愛の歌』というんだっけ?

 歌を間違えたと笑っていると、カイルは私を後ろから抱きすくめて言った。


「さくら!!愛してる!!!」


 あまりの不意打ちに対処できなかった私は、その凄まじい声で気が遠くなった。


「耳元で叫ぶのは、やめて」


 そう言って私の顔に浮かぶのは、微笑。



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