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季節名の道  作者: 元国麗
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二十五話 魂の敗北・夏の終わり

 

 白い虹が煌く。その軌跡は綺麗なアーチを描いて迫る。数は七つ。全てが必殺。

 一点に収束するのは読めているから避ける。けれど、それはとても速くて、わたしの足だと避けるので精一杯だ。

 再開してからまだそんなに時間も経っていないのに、私の体からは力が無くなってきていた。

 背筋が知らずに丸くなって、肩が息をする度に上下する。鳩尾が重い。くらくらしてきた。やっぱり朝ごはんを食べないで激しい運動をしたから体力が底を突いてきたんだ。

 反撃する機会を窺いながら、たまに剣を打ち合わせる。

 そんな状態が長く続いて、わたしは体力も精神力も底を突きはじめていた。けれど、呼吸をする度に感じる空気は澄んだ水のように清涼で、剣を握る手は力で溢れ返ってくる。そして、人を斬ることに申し訳ないと思ったり、いつも斬ろうとすると手を止めようとするはずの縄が、心の中から無くなっているのが解った。

 ぼうっとする。

 そんなわたしにシルクリムの、()の眼力が叩きつけられる。気に入らないから斬りかかった。

 敵の表情が曇った。わたしの反撃がそんなに意外だったのかな?


「力をつくし、技をつくし、思いをつくして、汝が信ずる剣を愛せよ」


 敵は第一の掟によく似た響きの言葉をあげると、鋭い吸気音のあとに得物を振るう。

 目に映らないそれを何とか受け流して足を運ぶ。この足が止まったら、本当に全てが止まると知っている。

 だから、わたしは止まらない。

 視界を覆う霧は濃くなっていく。濃くなればなるほど、わたしの剣は鋭く冴え渡っていく。

 武器が触れ合う度に手に握られた『季節名』が震える。まるで喜んでいるみたいだ。何だかわたしも嬉しくなる。


「剣は人のためにあるもので、人が剣のためにあるのではない」


 得物を地面に突き立てて軸にした敵の全力の蹴りが、刀の峰を見事に蹴って防御を無くす。


「愛の意味を知れ、愛に連なる全ての意味を知ったとき、人と人とのあいだにあるものが見えるだろう」


 突撃の威力を殺すことなくわたしの頭を残った足で蹴飛ばしてくる。

 地面を滑る。何とか倒れないようにしたけれど、首の骨がおかしくなって、違和感で集中できない。


「人の幸福を知り、己の幸福を知りなさい。人の不幸を知り、己の不幸を知りなさい。そして知るでしょう」


 鋭い呼気。わたしはそれを聞きながら首を捻って骨を鳴らす。

 こちらから斬り込んでいく。飛び散る火花は見ていて楽しくて、だから剣を振る速さを上げる。


「その数は決して等しくないということに。そして、気が付くでしょう」


 剣戟は激しさを増す。楽しさを増す。

 白い虹が敵の得物と重なって、万華鏡を覗いた時のように周りに散りばめられる。


「己の幸福が人よりも多ければ、その人より幸せであり、己の不幸が人よりも多ければ、その人より不幸だと」


 敵の姿が、見えなくなる。


「それは間違いであると信じなさい。それは正しいと信じなさい。そして、疑いなさい」


 敵が踏み込むのが解る。その踏み込みから流れる魔力が大地を水面のように波立たせるのが伝わってくる。

 そして、そのままわたしは波にさらわれるようにして敵の間合いに引き込まれていた。


「ふぅ」


 焦らずに全身から力を抜いて、間合いに入った瞬間に右手に握った『季節名』を腕が抜け落ちるくらい速く振るう。

 鼓膜をマヒさせる衝突音の多重奏。それはわたしの居合いの剣圧が敵の攻撃を凌いだことへの福音だった。

 振り切った状態で手首を返す。右手に合わせて動かしていた左手で柄を握る。

 時間を飛ばして間合いを詰めて、小太刀を使って最高速度の抜刀術を決める。

 敵はそれをかわす。けれど、裂界と同等の力を持った斬撃は容赦無くその体を傷つける。

 見える。敵の動きが。

 見えていない。大切なことが。

 刹那、頭を掠めた疑問は、次の刹那には消えてなくなる。

 わたしは振りかぶったままの『季節名』を思い切り袈裟に振り抜いた。


「白虹!!」敵の叫び声が耳を叩いた。


 わたしが剣が地面を切り裂いたのと同時に、七つの閃光がわたしを切り裂いていた。


「ぃ、痛い」


 体中に走った痛みで、わたしの視界を覆っていた霧が、晴れた。

 シルクリムは片膝を地面に着いた。胴の傷は深くて流れる血の勢いも早い。無くなった右腕はもう元には戻らない。

 わたしもこの傷で身動きが取れない。どうしてこんなに痛いの?

 どうして、こんなことになったの?

 そう思ったとき、『季節名』がわたしの手から落ちて転がった。


「エスタシア……まさか、剣に呑まれるとは。その魂の弱さに付け入られたようですね」


「シル、クリム」


「私はこれくらいでは死にません。ですが、これではっきりと分かりました。そして、はっきりさせました」


 わたしも血に染まった自分を見て悟った。


「貴女は」


「わたしは」


「その剣を」


「『季節名』を」


『二度と使うことができない』


 何故なら、わたしもシルクリムと同じように片腕を失い、それによって自分の魂の弱さを知ったから。

 そして、わたしの心は、折れた。



いざ伏線を拾ってみたらこんなことになりました。

悲劇は基本的に嫌いなのですが、何故でしょう?

いつの間にかアクセス数も伸びていて、この作品が多くの人の目に触れていると思うと感無量です。

何はともあれ、読んでくれてありがとう。

この一言に尽きます。

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