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季節名の道  作者: 元国麗
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十四話 戦いの季節

 

 その日から私は、暇さえあればエスタシアとよく行動を共にするようになっていた。とは言っても、殆ど暇なので一日中一緒にいることが多く、そのせいか、私が独りで稽古をしているのを不満に思ったのだろう。私に剣を教えて欲しいと言い出したのだ。私はそれを何故か快諾して剣を教えているのだが、教えるうちにエスタシアの天賦の才というものに惚れこんでいる自分に気が付いた。そう、私はいつしか、エスタシアに全てを教えようと思い始めていた。


「天武祭?」


 昼下がり、カイルが持ち出した話題はこの国で開かれるという一番強い者を決める大会の話だった。確か以前にも一度耳にしたことのある言葉だった。


「そう、天武祭に優勝すれば俺たち南側の領地を取り戻せるんだ! トキナが出ればきっと優勝さ!!」


「領地を取り戻す? その試合は何かを取り決めるための儀式なの?」


「まあね。中央は無関係だけど、東西南北それぞれの勢力は一年に一回、天武祭を行って陣取り合戦するんだ。参加者は中央も含めて各勢力から二十人の代表枠とそれとは別に六十人の選抜枠からなる百六十名を八つの区画に分けて一区画二人に絞って、残った十六人が本選を戦う。この残った十六人の中でどの勢力が多いかによって領地の分配が決まってきたりするから、予選とは言っても、かなり重要なんだ。 

 まあ、細かいところは偉い人たちが一年間じっくり話し合って決めるんだけど、その話し合いでの取り決めはさ、貿易とかに関わることもあって、それは本選で勝った方に適用される。だから、こっちが得するように良い条件を付け加えても、負けたら逆にその権利を取られるとか、そういう背景とかも色々あって、本当に色々、とにかく、みんなそれぞれに必死なんだ」


「それで、優勝にはどんな意味があるの?」


「えっとさ、優勝した場合は特別な権利を得られるんだ。これは各勢力がそれぞれ要望を出してて、俺たち南はここのところ負け続けでさ、優勝したら取られた領地の返還が認められることになったんだ。でもさ、それってつまり、東と西は絶対に南が優勝できないと思ってるってことなんだよ。悔しいよな」


「話し合いで決められた権利、および領地の争奪戦……まるで、戦を遊戯にしたよう」


「まるでじゃなくて、その通りだよ。そうすることで、本当に戦争をしないようにしてるんだって。本当の話、こっちは楽しいお祭りだから俺は面白いと思う。面白いって言うと、二年前にあと少しで金脈を掘り当てられそうだって時に負けてその山の金をまるごと掻っ攫われたって話もあってさ」


 それは笑って言えることなのだろうか。疑問に思った私は口を挟んでいた。


「待って。他の勢力に開拓をさせておいて、その利益を横から奪うのは問題になったりしないの?」


「しないよ。奪われたくなければ勝てば良かったんだし、採掘権を賭けたほうが悪いんじゃないかな?」


「ああ、それもそうか…そういえば、中央は無関係と言ったけど、その中央が勝った場合は?」


「それぞれの勢力の情勢を鑑みて…えーと、分配するらしいよ。中央はできることならこの体制を続けていこうって考えで動いてるみたい。ギルドで傭兵の階級を決めたりするのもその一環なんだって」


「へえ、そうなんだ」


「そうなんだ」


 そこで、話は終わる。こちらに走り寄って来るエスタシアの姿を見つけたカイルは別れの挨拶も無しに去って行った。


「無礼者め」


 そんな呟きが苦笑と共に漏れていた。エスタシアはカイルが去って行ったほうをしばらく見ていたが、すぐに飽きたらしく私の袖を弱い力で引いてきた。これはどこかへ行こうという意味でエスタシアが送ってくる合図だった。


「そうだ。今日は教会に行こうと思ってたんだ。エスも一緒に行くよね?」


 エスタシアはエスという愛称で呼ばれるのがいいらしく、私はその要望に応えてエスと呼ぶことにしていた。


「うん。いく」


 私は喉が治っても長々と喋るのは好きになれずにいたが、道中でエスタシアを退屈させる訳にもいかず、かといって、楽しい話の持ち合わせなど持っていないので、私は、治った喉を全開に活用して歌を歌って聞かせていた。

 かつてあったとされる世界の歌を歌いながら、目的地である教会へとゆっくりと歩く。

 エスタシアは走り出せばそれこそ韋駄天の走りを見せるが、歩くとなるとこれが随分とゆったりとしている。きっと走るときは急ぎ、歩くときはのんびりとしようというように明確な区別がなされているのだろう。

 だが、それだけに私が歌う歌の数が増えているのには肩を落としたくなる。


「冬はゆきて 春すぎて 夏もめぐり 年経れど きみが帰りを ただわれは 誓いしままに 待ちわぶる ああ……


 生きてなお 君世にまさば やがてまた逢う 時や来ん 天つみ国に ますならば かしこにわれを 待ちたまえ 


 ああ……」


 『ソルベーグの歌』を歌い終えたとき、エスタシアは笑顔で拍手をしてくれる。その嬉しい心ばえのおかげで歌うのは嫌いにならずに済んでいる。むしろ、心丈夫になれていた。

 エスタシアは目的地を見つけると教会の門の前まで走って行って、こちらへ手招きしている。私はすぐに門の前まで行くとそれをゆっくりと開いた。

 天窓から降り注ぐ光は淡い色彩に溢れているはずなのに、一箇所から視界を白く灼く陽射しが開くことの無い左眼の暗闇を赤く染めていく。それは私の忌み嫌う光景にも似て、神は私のような者が嫌いだったと思い出して鼻で笑った。

 礼拝堂の奥にはオルガンという楽器を壊れているにも拘らず、その鍵盤の上で指先を躍らせる寂しき奏者が独り。その姿は何かを追い求めるように眼を深く瞑り、額から幾筋もの汗を流していた。

 静寂の中に響き渡っているはずの来訪者の訪れを告げる音にも気が付くことなく、その指は鍵盤の上に奔り続けている。

 本当は何か、奏でられているのではないかと耳を澄ましても、この世界のどこにも彼女が弾いているであろう音楽は存在していなかった。

 果たして、その音色は如何なるものなのだろうか。私は感じることのできないその音に、首をもたげていた。

 エスタシアも何か思うところがあったのか、私の袖を引くと近くの椅子に座った。私もその隣に座って、演奏の終わりを待つことにした。その途中、私は音とは別の空気の変調に体を押したり引いたりするかのような、不可思議な緊張と緩和の繰り返しを肌と体の内側で感じていた。

 音の無い演奏は続いた。

 彼女は懸命に鍵盤に指を奔らせる。だが、響く音色は存在しない。

 それは不思議とこの礼拝堂の持つ静寂と共にある厳かで、神聖なものを彷彿とさせていく。

 そう、幻想させる。

 あるはずのない音楽を、いるはずのない、神を……。

 しかし哀しいことに、そこまでだった。私の胸中に神の存在は無かった。


 咎人は神への幻想を刃の煌きに隠した。罪の証は身の証にして我が名を示す。


 祈りの言葉を捧げるように内心で言葉を紡ぎ終えたとき、演奏が終わったのが見えた。

 彼女は立ち上がると、肩を上下させながらこちらへとゆっくり歩み寄ってくる。


「ようこそ、お二人とも。歓迎いたしますよ」


 歓迎するにしても、もてなしなどできそうには見えない。そう言ったら気分を害するだろうか。


「手紙を頂いたのでこちらに足を運ばせてもらった。季節名と名乗れば分かる?」


「ええ、差出人は私ですから。直接来られたということは、お金を借してもらえるんですか?」


「それが私には一番気になる。教会は普通、寄付を募るものじゃないのかな?」


 私の言葉を吟味するように彼女は深く眼を瞑ると、どこか毒のありそうな笑みを口許に浮かべた。


「確かにそうです。教会の中枢が聞いたら借金なんていうのはもっての外でしょうね。けれど、寄付金を募るだけではもう、自分の命を繋ぐ事さえできないとなれば、気の迷いからあのような手紙を送ってしまうのもしょうがないこと」


 そこで言葉は終わった。本当にそれだけの理由なのかは、疑わしい限りだった。

 これ以上の追及は野暮と言うやつだ。そう判断した私は金貨を入れた袋を差し出した、その瞬間に消えていた。

 恐ろしく迅い。彼女が右手で取ったために見ることはできなかったが、見えたとして、それはどれほどのものか。


「感謝します。貴女に幸福があらんことを」


 そう祈るように組まれた手から下がっている金貨袋は、祈りを天へと届かせないための重しにも見えた。


「……ありがとう。それと、そのお金は寄付だから、返さなくていいよ」


 そう言うと、彼女は何故か中身を確認し始める。確認して、驚いていた。それもそうだ。お願いされたのよりかなり多くの金貨を詰め込んだのだから。


「やはり、貴女は私に下った天啓のとおりの人物でした。トキナに改めて感謝を捧げます」


 天啓で借金の依頼状をしたためるとは、大陸の神はなかなか面白い相手だ。


「あなたの名前を聞かせてもらっていい?私はあなたの名前を知らない」


「私ですか?私はシルクリム。これでも修道女です」


 どうやら自覚はあるらしかった。


「あたしは…エスタシアって言うの」


 会話の合間を見計らってエスタシアが挨拶をすると、シルクリムは微笑んだ。


「そうですか。どうぞこれからもよろしくお願いします」


 シルクリムは膝を立てて目線の高さを合わせると、エスタシアの手を握って言った。どこか熱のこもった声だった。


「うん。よろしくね」


 天窓から降り注ぐ光が二人を照らす。これを天が祝福しているようだと、人は幻想するのだろう。


「トキナ」


「なに?」


「貴女はこの幼いエスタシアに、何を教えるつもりですか?」


 訊かれたとき、脈が乱れた。その乱れはとても強いもので、危うく意識を失うところだった。


「今は、剣を教えている。きっとこれからも、剣を教えていく」


 そう宣言した私は、しっかりと立っていた。さっきは一体何故、あれほど脈が乱れたのか、まるで解らなかった。


「そうですか」


 膝を伸ばして真っ直ぐ立ったシルクリムという存在が異質であることに、私はようやく気が付いた。礼拝堂の持つ空気が、その異質を自然なものとしていたのかは定かではないが、きっとここより外では明らかな異質である事に間違いはなかった。

 遊色を持った白髪に蛋白石のような瞳の奥で、光が踊っているように見えた。


「……」


 その全身から放たれる威圧感も含めて、これは人間ではないと私は判断する。


「あなたは何?」


 だから、問いかけてみた。


「知りたいですか?本当に?」


 逆に問われた私は、知りたいから尋ねたのだと言う代わりに頷いた。


「いいでしょう。纏めて言いますと私は人とは異なる生まれ方をしました。その生まれ方というのは、一つの術です。貴女の居たところには馴染みが無いでしょうが、この大陸では転生術への関心が高いんです。私はその一つの過程であり、結果でもあります。その術に名はありませんが、方法は言うだけなら簡単なもので、百九の魂を人の形に封入して、戦わせるんです。そして百八の魂を超えた魂がその肉体の主導権を獲得すると同時に、生まれながらにして一つの境地へと至り、人を超える。そうして生まれた私には幼少の頃というものがありません。生まれながらにこうして在ったのです。それで、私が何なのかと言いますと、さあ? 一体何なんでしょう?」


「一番肝心なことは言わないの…」


 私が言葉を発するとシルクリムはくすくすと笑った。


「私が何かという問いには答えを持っていません。ただ、術によって生まれた私のような存在は魂の本質を強く表すというとても分かり易い特徴があります。その在り方を言うのであれば、私は『子を愛する者』です。前世がよほど子供が欲しかったのかは知りませんが、自負できるほどに子供は好きですし、見ていると幸せです。だから私は貴女が嫌いです」


 敵意も怒気も、何も無い。不思議な安らぎを与える声で「嫌い」だと言われるのは妙な気分だった。しかし、私から見るとお金も相当好きなように見えた。


「剣を教えることがよほど不満と見えるけど、教えられた剣にエスがどんなことわりを持たせるのか。全てはそれ次第だよ」


「……そうですか。ねえ、エスタシア」


「え? なあに?」


 急に言葉をかけられたことに目を白黒させているエスタシアにシルクリムは微笑を向ける。本当に子供好きのようだった。


「エスタシアはトキナから剣を学び続けたいですか?」


「うん! でも、つまらなくなったらやめる!」


「それが聞けて安心しました。……随分と長話をしてしまいましたね」


「そうだね。でも、エスは私に剣を教わることをつまらないとは思わないよ」


「いきなりなんですか?」


 くすくすと笑われる。


「いや別に。ただ、私は弟子に愛想を尽かされるような師匠じゃないつもりだよ」


「そうですか。それではお二人とも、よろしければまた来てください」


 シルクリム。人とは異なる生まれを持った修道女。

 心なしか縁がありそうだと思った。

 私が剣を極めようとするならば、いずれ必ずぶつかる強敵として。

 教会をあとにした私は、また歌をエスタシアに聞かせながら、ぼんやりとこれからのことを考えていた。


 それは天武祭が始まる三日前のことだった。




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