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季節名の道  作者: 元国麗
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十話 平和なとき

 

 気が付けば、寝台の上だった。すぐに視界に違和感を感じて、ラングとの死闘を思い出した。カイルとの戦いよりも遥かに高い授業料というやつから学んだことが何かを感じ取ろうとしていると、扉が開く音と共に人が近付いてくる気配を感じた。


「トキナッ!!久しぶり!!目覚めてすぐで悪いけど聞いてほしい。君の容疑は晴れたよ、おめでとう」


 カイルの話によると、やはり犯行の野暮ったさが目立ったようだ。本人が死んだことで口を割る人間も何人か現れたことも手伝って、とんとん拍子に事件は終息を迎えたらしい。ただ、ラングが何故、あの女を殺したのかは永遠の謎となった。

 晴れて無罪放免となった訳だが、それは予想通りのことだった。ラングの犯行が穴だらけだったのは解っていたことだし、それを補うものが暴力であることも知れていた。つまり、その暴力を取り除きさえすれば自然と解決する事件だった。

 カイルは黙って頷くだけの私を心配するような顔で見ると、


「ここ数日、ずっと眠っていたから心配したよ」


 と言った。本当に心配してくれていた。私はそのことに感動して、お礼を言おうとしたが、声が出なかった。そんな私の様子を見たカイルがあの死闘の傷跡は体の外よりも中の方が深刻だったと教えてくれた。

 なるほどと頷くと、自分の服装がおかしいことに気付いた。あの死闘で、私は着物に煤汚れ一つ付けていないというのに、勝手に着替えさせられていた。理由はよく解らないが、頭に血が上った私は部屋中を荒らすようにして探して回った。やがて壁に見せかけた戸の奥に仕舞われていたのを発見すると今の服をさっさと脱ぎ捨てる。そこでカイルが慌てて出て行ったが、私の知るところではなく、着物に着替えた私は寝台の脇に立てかけてあった愛刀を手に部屋を出た。

 すると、間髪入れずカイルに肩を掴まれる。不覚にもふらついてしまった。左眼を失ったことで、感覚がわずかに狂っているようだ。


「待ってくれ。トキナはこれからギルドに行かないと」


 カイルの言っていることに疑問を感じた私が振り返ると、カイルは両肩を掴んできた。思ったよりも大きな手だった。


「ラングが死んで特A級に欠員が出た。それも魔物との戦闘でも病気でも年からでもない、一騎打ちでの敗北で、相手はただの人間のトキナだ。これって、大陸の歴史上で初めてのことなんだ。すごいよ」


 私を気遣ってくれているのか、ここが病院の中だからか、声の大きさを抑えてそう言った。

 それからしばらくして、私とカイルはギルドへとやって来た。疑問に思っている用件を聞こうにも喋れないのだから、直接行ったほうが幾分かマシというものだった。

 ギルドの中に入ると、最初に会った金髪碧眼の女性が深々と頭を下げて謝ってくれた。私としては女性には何もされていないのだから謝れるのは意外だったが、「ギルドを代表して」と言うので、素直に聞き入れておくことにした。そうして過去を清算すると、私一人が女性に連れられて行った。その行き着く先は地下の一室で、何故こんなところに連れてこられたのか解らない私は首を傾げていた。特に危険を感じなかったので、ここまでついて来てしまったことが、果たして正しかったのかどうかを思案し始める私に、女性が振り返って言った。


「トキナさん。あなたは今回、特A級の賞金首のラングと交戦し、それを倒しました。よって特例として、あなたを特A級へとこれから昇級します」


 これらの言葉とラングとの戦いでの記憶から私は、一つの未来を予知した。私が、ただの人間ではなくなるという予知を。予知したというよりも、確信したと言ってもいい。選択権は、私の手にはなさそうだ。ただ、ラングの呼び方が傭兵ではなく、賞金首に変わっているのが気になり首を傾げると「ラングは街を火事にしました。その時から彼は狩る者から、狩られる者になっていたんです」と笑顔で説明してくれた。

 私は女性の一見変わらない笑みに、何か得体の知れない影を感じていた。言うなれば、太陽のように普段輝いていて見えなかったものが突然、月のように光を加減してその表面を僅かに覗かせているような感じだった。ただ、太陽も月も遠くて細かいところは知れない。しかし、遠いからこそ全体が見える。適した距離が定まらない女性の心を読むのは至難の業なのだと、私は確信した。 


「これを」女性がそう言って差し出してきた瓶の中には目玉が浮かんでいた。「トキナさんが眠っている間に適正を調べ、それに合ったものを先日、中央より届けてもらいました。魔獣キメラから摘出した、神獣グリフォンの目玉です。薬品で小さくしてありますから大きさには問題ありませんよ」


 説明に出てきた獣が何かは知らないので無視しておくこととして、左眼を引き抜いたときは、痛みが痛みを殺してくれていたからできたことだ。普通の状態で目玉を入れるだなんてできるのか、私は不安になった。それに、人間をやめてしまったら人間としての自分の強さを失いそうな気がして、気が引ける。

 そう思いつつも、私は包帯を外して目玉を手に取る。すると目玉から水より反射してきたような不可思議な黄金色の光が発し始めた。女性はそれを見届けると、私を一人置いて行ってしまった。

 一人残された私は、グリフォンという獣の強さを感じていた。全身が強く脈打ち、力が湧き上がるのを感じる。手の上で軽く転がして瞳を覗いて見ると、今発している光と同じ、黄金色だった。


「…………」


 何を躊躇う? 

 無言の内、心でそう呟いた。

 一度頷いて、覚悟を決める。私は仰け反るようにして目玉を左の眼窩へと押し込んだ。

 躊躇ったほうが、良かった。食べて命が繋げるのなら、部品も代用が利くのかもしれない。その想像だけの甘い判断は、現実では苦しみを招く結果となった。

 私の新しい左眼となった獣の一部に頭の中を食われたような言い表せない感覚、心臓が増えたような鼓動の乱れ、朦朧として霞んでいく視界。湯気が立ち上ってもおかしくない熱さを体の奥から感じたそのすぐあとに、私は痛みに耐えるために固く閉ざしていた左眼を開いた。そのとき、私の視界は光に灼かれた。

 私はその圧倒的な光に、神の存在を幻想した。


 気付いたとき、私は筵の上に愛刀を抱えて座り込んでいた。

 何故か辺りは暗闇だった。それが両目を固く閉じているからだと解った私は目を開くが、右眼しか開かなかった。

 左瞼を軽く撫でる。中身はあるから問題は無いのだろう。それに、失った時点でこの先の苦難と戦う覚悟はしていたのだ。まだ右眼が残っているならそれでいい。

 無いものをあったことにして物を考えるのは好きではなかった。そう、独りごちたところで女性がやって来た。


「上に来てください。賞金の受け渡しと特A級の資格をお渡しします」


 ラングを倒したことで、法外な額のお金と資格を受け取った私は、それを使って近くの滝の傍に草庵を建てることにした。

 半年という時間をかけて建てられた草庵は、故郷のものとは大分建築の様式が異なる。さすがに故郷そのままの造りでは、家としては役に立たないと大工に言われ、大工との話し合いの末、気候に合わせたものにしたところ、全体的に厚みを増した。ちなみに、暖を取るための仕掛けについて少し揉めた。この大陸での暖を取る仕掛けの暖炉というものが何かを見た私は、その炎をちらつかせる様を嫌悪し、何とかならないかと言って、大工にセントラルヒーティングとかいう暖房を導入させ、その上で囲炉裏を作るようになどの数々の要望を出していたら、土地を食うようになり、実際は草庵とは全く別のものに、そう、壁のない屋敷となっていた。

 こんなはずじゃなかったと、言いたい。しかし、私の喉はラングとの戦い以来、全く使い物にならなくなっていた。

 私は自分が思うよりもずっと、贅を尽くすのが好きなのかもしれないと、耳飾りを弄りながら思っていた。

 半年の間、カイルとノイルとは何度か顔を合わせて、向こうが暇な時に色々話を聞かせてくれるというものだった。私は喋れないので、それは当然のものとして出来上がったひとつの形だけど、やはり話せないというのは人間としてあまり付き合えないということであり、それほど親しくすることもなかった。ただ、噂によると魔物の数は増えているらしく、その忙しいなかで私のところへと会いに来て話をしに来てくれるのだから、気の良い人たちだと思った。

 私は金銭に不自由しないということもあり、傭兵を半ば辞めている。ギルドはそのことに何も言っては来なかった。いや、一言「それでもトキナさんは特A級です」とだけ女性に言われた。広く門戸を開いている組織だけに束縛する真似はしてこない。だが、時折ギルドの役人のような者がここを訪ねて来て魔物を退治して欲しいと依頼をしてくるので、私はそれを引き受けて魔物を斬り捨てていた。報酬をたくさんもらうので、今ではどう使えばいいのか解らないくらいの貯えができていた。

 矢の如く過ぎ去った日々はもちろん過去のことになる。そして、これからのことが始まる。

 それはまた――夢から始まるのだ



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