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魔術幻想録  作者: 白洲悠
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魔術競技大会 後編

Ⅴ 魔術競技大会 後編


「あー、暇だな!」

雅人は屋敷中の自室のベットに寝転がって通算三十数回目になる台詞を呟いていた。

昨夜、屋敷にたどり着いた雅人を待っていたのは複雑な表情をした屋敷の主のルミカとその執事のアルフレッド、メイドのクロエであった。

怪我の事を彼女らに知られてはと思い、治るまで隠し通す事を決めていたが、どこから洩れたのか雅人が自宅療養せねばならない事が伝わっていたのだ。

今朝、いつも通り魔術学院に行くべく外に出たところ、困った顔のルミカが屋敷の玄関に待ち受けていて、怪我を治す事を優先して欲しい事と懇願されてしまった。

ルミカが学院に向かってから時間をずらしてこっそりと後から向かおうとしたところ、ルミカに自身の魂胆が読まれていたのか、至る所に見張りが置かれていたのだ。

見つかる度にお小言を食らって、部屋に連れ戻される。

普段だったら【ブースト】で身体能力を強化できるため抜け出す事など容易だろうが、昨日の爆発を食らってから本調子が出せなくなっている。

ほとんど軟禁状態に近いこの状況についに万策が尽きたためにこうして自室の部屋のベットに寝転がっているのだ。

「この部屋を出たすぐそこに見張りが居るんだもんな」

雅人は部屋のドアを見やり嘆息を付く。

元居た世界では休みの日でも家に居る事は少なかった。毎日体力づくりや素振りを繰り返した生活をしていた。こちらの世界に来ては毎日のように誰かしらが屋敷へとやって来るため暇することは無かった。

「今頃学院では競技大会が行われてるのか・・・」

クラスメイト達の楽しそうな様子が次々と頭を過ぎる。

その時、コンコンと部屋のドアがノックされる。起き上がった雅人は返事をする。

「やっと落ち着きましたか?」

クロエが部屋へと入ってくる。その手には薄い板の様なも物が握られている。

クロエは雅人の膝に板を置くと平面を軽く撫でる。

すると、ブゥゥゥンという機械音とともに平面に青い色が浮かび上がる。

(何かの道具なのか?)

雅人が板を手にとってじっくり見つめる。

『あ!映りました!』

「うおっ!」

突然青色を遮った巨大な目に雅人は驚いて思わず板を放り投げる。

一瞬遅れて「ヤバッ!」と思ったが間一髪クロエが板をキャッチする。

「危なかったぁ」

クロエが一瞬焦りの表情を見せる。額には汗を浮かべて、さらには顔が青ざめてるいる様子からその板はよっぽど貴重なものなのだろう。壊れなかった事に雅人も安堵の息を着く。

『え?え?今の何ですか?』

「へ?ルミカか?」

聞き覚えのある声に雅人は即座にクロエから板を受け取る。板に映った大きな目の正体はアップで映っていたルミカであった。

この板は通信機器なのかとようやく心の中で納得する。

『あ、ちゃんと屋敷にいますね。もしかしたら私が行った後にこっそりと抜け出そうとするんじゃないかと心配してましたが、余計な心配だったみたいですね』

「ごめんなさい、全部あなたの予想通りです」と言いたかったが、そんな事をこの場で言える空気ではない。

「ところでどうしたんだ?」

『屋敷にずっと居ては退屈するだろうと思ったので、大会の様子だけでもお見せしようと思ったのですが』

雅人が今持っているのは思ったとおり同じ端末が二つで一セットの通信機器らしい。

リアルタイムでもう片方に映像や音を送れるらしい。

こういった他人を気遣う行為があるからこそ彼女は従者問わず様々な人に愛されているのだなと改めて感心する。

『ルミカ~、誰と話してるんだ~?』

そこへ割り込んできたのはアレフだった。アレフは画面越しの雅人の姿を見るなり

『お!雅人!怪我大丈夫か?』

「まあ何とかな。そっちは今どんな感じなんだ?」

アレフはニヒヒと白い歯を見せて笑うと

『〔アーチェリング・ターゲット〕は俺らのクラスが圧勝だぜ!特にルクスなんか大会の記録を塗り替えてるしな!』

続々とアレフの口から大会の様子が語られる。時には落ち込みながら、時には面白おかしくリアクションを混ぜるアレフは見ていて退屈を紛らわせられた。

メインで行われる三競技以外にも当日に自由参加型の小規模の競技も用意されていて、そこでもクラスメイト達も雅人の欠員を埋めるべく奮闘しているそうだ。

『・・・っていうわけだ!』

「ああ、ありがとな」

『いいってことよ!それよりも早く怪我治せよ!お前が居ない分ちゃんと埋め合わせしとくから』

「頼んだ。それと皆にも礼を言っといてくれ!」

『おいおい、それは自分の口で言えよな!』

意外な返しに一瞬呆気に取られたが、すぐに「そうだな」と笑い返す。

そこで、次に出場する競技の準備があるとの事でアレフは去っていった。このような友人を持てた事に改めて心が温かくなることをしみじみと感じる。

アレフが画面から消えると入れ替わるようにルミカが映りこむ。

ルミカの競技は何時頃なのかと尋ねると大会で最も規模が大きい種目らしく一番最後になるそうだ。

「そっか、頑張れよ!」

『はい!私も雅人さんの埋め合わせできるように頑張りますね!』

雅人とルミカが画面越しに談笑しているとふいにルミカが映る画面が傾く。

『おや~?こんな時までいちゃ付いてるのカナ?』

そこに映ったのはグレーシアだった。いつもの通り平常運転をしている。

横ではルミカが端末を返して欲しいと言っているが、グレーシアはそんな事お構いなく

『やあ!元気そうで良かったよ!』

「元気じゃなかったら話してませんよ。てか、そのネタ何時まで引きずるんですか・・・」

『飽きたら?』

飽きる以前にこっちが呆れますよと雅人は嘆息を付く。

『あ、そうそう、どうせ暇なんだから授業の予習してたらどう?術書の三十八ページ。

療養明けまでの宿題ね♪・・・じゃ、そういうことで』

「あっ!ちょっ・・・」

雅人に有無を言わさぬうちに映像がブツンと音を立てて切れる。は何がしたいのだろうかと思ったところで「あっ」と声に出す。

「これじゃ大会見れないじゃん」

こちらから繋ぎ直そうと平面を擦るが先程と同じ反応は一向に出る気配が無い。

再び退屈な時間が始まることに落胆する。

「仕方ない、予習でもするか」

ただでさえ療養中で自分だけ授業が遅れてしまっては更に周りに迷惑がかかるだろう。そして、こういう時の暇潰しには良いだろう思った。

雅人はクロエに頼んで机の上にあるバッグから術書と呼ばれる魔術の教科書を取って貰った。

「では私はそろそろ業務に戻りますね」

クロエは軽くお辞儀をすると部屋から出て行く。

「えっと、確か三十八ページだったな・・・うん?」

目標のページを開いたところで雅人の目が留まる。

(あれ?これもしかしたら使えるかも・・・)

人知れず雅人の頭の中で何かがパズルのピースのように組み上がっていくのであった。


「あ・・・」

グレーシアの足元に端末が落ちている。数瞬前まで彼女の手に収まっていたものだ。

「あぅぅ・・・」

「ご、ごめんね。ちゃんと直すから機嫌直してね?ね?」

ルミカの悲痛な叫びにグレーシアが申し訳なさそうな表情をする。

グレーシアが端末をぺたぺたと触り始める。

首を捻りながら「あ~でもない、こ~でもない」とブツブツと呟いている。

ルミカは端末と睨めっこしているグレーシアをそのままに自分の席へと戻っていった。

というのも、あの端末は一度通信が切れると次に通信が出来るようになるまでにかなりの時間が掛かってしまうが、その代わり丈夫に出来ているため、ただ落とした程度ではそう簡単には壊れない。

当のグレーシアはその事を知らない様子であるが。

普段のルミカだったらその事を教えていただろうが今回は珍しくグレーシアが慌てているために普段からかわれている事に対する仕返しをしたのだ。

(私も雅人さんに似てきた気がしますね)

そう考えると自然と口元に笑みが浮かんでくる。

ふと、試合終了の合図がホイッスルが鳴り響く。ルミカが自分のいる観客席から試合が行われてる闘技場内部のステージを見下ろすとボロボロになりながらもアレフが腕を挙げてガッツポーズをしている。

周りに座っている仲間共々拍手を送ると今度は会場に備え付けられた得点表に目を向ける。


一位 二学年B   二百九十点

二位 一学年A   二百四十五点

三位 一学年B   二百三十五点

四位 二学年A   二百点               


ルミカの所属する一学年Aはエリシア達の一学年Bと抜きつ抜かれつの熱戦を繰り広げている。そして一位の二学年Bとは現在、数十点の差がある。

(決め手はやはり最終競技の【マナリスト・ラン】)

毎年の如くこの競技が必ず最後になるのは規模が最大の競技だという事もあるのだが、

〔最後の大逆転の競技〕と称されているあたり一位と二位で得られる点数差が大きい。

仮に一位ともなれば優勝は確実だろう。だが、ここで問題となって来るのは二学年の選手である。

ここまでは難なく勝ち星を挙げてきたが、仮にも相手は自分よりも一年も長く在学しているため実力がどれほどのものか計り知れない。レースのルートに関してもあちらの方が詳しい知識を得ている分こちら側が不利である。

(雅人さんならどうするでしょうか・・・?)

ルミカの頭の中は屋敷にいる一人の少年を思い浮かべていた。


「よし!大丈夫そうだな」

屋敷の中で足音を殺しながら進んでいた雅人は小声で呟く。

周りにはルミカに頼まれて雅人を屋敷の外に出さないようにと使用人達が厳重な警備を行っている――

―――筈だった。

厳しい眼光で見渡している熊のように大きな体の若い男の人。普段は屋敷の夜間警備を任されている彼が今日は蟻一匹も通さないという程に一層目を光らせている。

一瞬、雅人と目が合うがその熊の様な男は雅人に気づいた様子はない。

(やっぱり思ったとおりだ!)

雅人の手には術書が握られている。そのページには視覚阻害、光の屈折という見出しと一緒に『姿を相手に認識させない魔術―【インヴィジブル】』という名前とその使い方が書かれていた。

数分前、このページを見たとたん雅人の頭にはこの魔術で姿を隠せば外に出れるのではないかという考えが思い浮かんだ。

この場で【ブースト】を使えば逃げた事がすぐに知られてしまうだろう。しかし、この【インヴィジブル】は誰にも気づかれないのである。

元々居た世界で重要施設に潜入する映画はよく見てはいたがまさか自分が似たような事を自分がやるとは思ってもいなかった。

警戒網を半分ほど抜けたところで次の難所が待ち受けていた。

雅人から二メートル程の所に少しだけ開いたドアがあった。

隙間から覗き込むとクロエが自分の身の丈より一回り大きな鍋を鼻歌を歌いながら中身をくるくるとかき混ぜていた。

「♪~♪~」

その後ろ姿を眺めていると

「雅人様、学院に行けなくてしょんぼりしてましたし、私が美味しいものを作って元気を出してもらいませんと!」

その言葉を聞いてほんの少し自分の今していることに罪悪感が芽生えてくる。

(クロエ、本当にごめん。今度何かお詫びするからな!)

後ろ姿に手を合わせて謝罪して先を急ごうとした振り向いた瞬間

「雅人様?何でこんな所にいるのですかな?療養中では?」

執事のアルフレッドがそこに立っていた。

雅人がまさかと思って自分の手を見てみると先ほどまで少々透けていた自分の体が元に戻っていた。【インヴィジブル】の効果が切れていたのだ。

(効果切れか!くそっ無駄な時間掛けすぎたか!)

ばれてしまっては今更【インヴィジブル】を掛け直そうとも無駄だろう。

雅人はすぐさまアルフレッドに背を向けると走り去っていく。

その判断が身を結んだのかギリギリの所でアルフレッドの手から逃れる。

「雅人様!お部屋にお戻り下さい!」

半開きであったキッチンのドアをものすごい勢いで開けて飛び出てきたクロエが雅人を追いかけてくる。

「断る!俺は自由になるんだ!閉じ込められてるなんてまっぴらごめんだ!」

続々と増える雅人を追ってくる従者達。まるで自分が何か重罪をしでかした犯人の感覚を味わってるかようだ。従者達が雅人を捕らえるために氷の鎖を出す【アイスバインド】の魔術を連発するが雅人はこれもギリギリで避ける。

走っていると頭の傷口から痛みが走るが気にしている暇など無い。彼らに捕まって説教を長時間受けるよりかは、この痛みに耐えて逃げ出した方が雅人にとってはマシなのだ。

追いかけっこは雅人が屋敷を出るまで続いた。

気づいた時には屋敷の従者達の姿は無かったが疲れで立ちあがるのも一苦労であった。

「こんなに走るなんてもう二度とごめんだ・・・」

何処にも向けようの無い文句を呟いて息を整えていると

目の片隅に見覚えのある人の姿が移る。モヒカンに近いような髪型をしていて見覚えのある人など一人しかいない。ルミカに危険な目にあわせようとしたヤンキー先輩である。

彼の腕にチラッと見えた黒い腕輪を見たとたん何故か雅人の体に身震いがした。

(なんだか嫌な予感がする)

雅人は心を決めると

「〈光の輝きよ、偽りの衣となれ〉」

雅人は【インヴィジブル】を唱え、ゆっくりとそのヤンキーを追って行った。

林へと入っていってしばらく行った所でヤンキーが突然立ち止まったので、雅人も身近にある木陰に隠れる。万が一術が解けてしまった時のためである。

ヤンキーは懐から紙を取り出して広げる。何を見ているのだろうかと思ったがここからでは距離が遠くて分からない。とはいえ近づくわけにもいかないので

「〈彼方を見通す眼よ、我が目に宿れ〉」

一時的に望遠鏡のように遠くを見渡すことが出来る魔術【フォーカス・アイ】を唱える。

「おお!見える、見える」

遠くまで見渡すことの出来る様になった雅人の目はヤンキーの手元に注目する。

徐々にピントがあってきた雅人の目にはヤンキーの手に持たれた紙が鮮明に映る。

「あれって確かサリドエルの地図だったな」

屋敷に全く同じ物が飾ってあるのを見た事があったためすぐに認識できた。

屋敷にあるのとヤンキーが持っている物の違いは央都の周囲を囲むように赤い線が引かれていることだ。線の両端にはSとGという文字がそれぞれ書かれている。

「S?G?何のイニシャルだろう・・・?」

呪文のようにブツブツと唱えていると足元でパキッと音がする。

「誰だ!」

瞬間、雅人は息を潜める。足元へと視線を動かすと靴の下に折れた枝があった。恐らく自分は気づかぬうちにこれを踏んでしまったのだろう。【インヴィジブル】が解けた時の事ばかりしか頭に浮かんでいなかったため、周りまでは気が配りができていなかった。

そして、最大の失敗は相手に追跡している事をを知られてしまった事である。

「誰か居るのか!」

ヤンキーは口元で何かを呟くとその姿を霧のように消したのだった。

取り逃がしてしまったものの、あの地図の赤い線は何かを記しているのだろう。

「央都の周りの線。そしてSとGの文字の意味とは何だ?」

何度も唱えているとある言葉が雅人の頭を過ぎる。

「うん?央都の周り?・・・そうか!そういうことか!」

雅人は顔を上げると元来た道を急ぐのだった。


オレリア魔術学院の闘技場。その舞台では今まさに決勝戦が行われようとしていた。

舞台には二人の男が立っていた。その一人は体育会系ともいえる様な身体つきの少年、そして、その反対側に立つのは少年よりも一回りガタイのいい男であった。

溢れ出る気迫は男の方が遥かに上である事、少年よりも実力者であるという事は誰もが見ただけで納得するだろう。

しかし、観客の声援は少年の方に集まっていた。本来、この少年はこの競技に出るはずは無かった。名誉が得られるからという自己利益を求めて出たのではない。彼には友人が居た。その友人が急遽出られなくなったのを聞いたとたん、彼は率先してこの競技に出る事を決めたのだ。

いつしかそのことが観客中に広まり、彼には声援が送られるようになったのだ。

「いつの間にか賑やかになってるな!」

少年――アレフはこっ恥ずかしそうに頭を掻く。

「俺の方に声援を送ってくれるやつが居ないのが悲しいがな。」

アレフの前に立つ男の方は皮肉を言うように苦笑いする。

「すみません、ガントル先輩。折角の先輩の決勝なのに」

「なに、気にするな!ここでお前に勝って声援を取り返せばいいことだ!」

その途端、試合開始の鐘が鳴り響く。

「さあ!いつでも来い!遠慮はいらん!」

「行きますよ!先輩!」

アレフは両腕を突き出すと

「〈火の珠よ、爆炎となれ〉」

両腕からマシンガンのように放たれた火の玉がガントルの元へと一直線に遅いかかる。。

ガントルも負けじと

「〈氷昌の刃よ、陣となり向かい撃て!〉」

氷の刃の雨で火の玉を牽制する。

火の玉と氷の刃がぶつかり合って水蒸気を巻き起こす。

「先輩さすがですね!」

「お前もな!・・だが安心するのはまだ早いぞ!」

水蒸気を突き抜けて来た氷の刃がアレフへと向かってくる。

すばやく【フレイムシールド】を唱えて防ぐ。

「ふぅ、危なかった」

「油断は禁物だぞ!ほら、どんどん来い!これが最後の試合だからな!」

「はい!先輩!」


この日一番ともいえる程の熱い試合が行われている中、観客席の中央に備え付けられた学院長席では学院の講師陣が勢ぞろいしていた。

「会場周辺の警備の状態はどんな感じかな?」

「今のところ問題ありません!コルンの時よりも警備団員は厳重に配備しております。システムの方もセキュリティをさらに強化したため問題はないかと」

若い警備団員の報告に学院長のマークスは満足そうに「うむ!」と頷く。

「しかし、大丈夫なのかね?会場周辺にこんなに警備を集めてしまって」

マークスが地図を取り出す。警備団の配置の地図だった。

上空から見ると八角形の形の闘技場が中心に描かれ、さらに、警備団の配置されている場所が赤の丸で印されている。

「生徒達に被害を与えるわけにはいきません!コルンの時と同じ過ちを繰り返さないためにも、マークス学院長殿ならその事をお分かり頂けるかと思いますが」

マークスはしばらく悩んだ後、頷く

「分かった。そのままの警備を続行してくれ。決して油断はせぬようにと他の者達にも伝えてくれ!」

「かしこまりました!」

警備団員が礼をすると背を向けて立ち去っていく。

「ところで・・・」

マークスの視線が警備団員の背中から斜め下へと移っていく。

「さっきから君は何しているのかね?・・・グレーシア先生?」

端っこの方でルミカの端末を未だにぺたぺた触っているグレーシアに声を掛ける。

「いやぁ~、この機械なかなか電源が点かなくて・・・で、何の話でしたっけ?」

そこまで言ったところでグレーシアは再び作業に戻る。

軽くコケそうになった周りの講師達を差し置いて咳払いしてから

「会場警備の事ですよ!先生方もいざという時のため生徒達を守れるよう常に警戒を怠らない事!いいですね?」

「「「はい!」」」「はいは~い」

投げ槍の挨拶をしたグレーシア以外の講師陣がビシッとした返事を返す。

「では解散!」

マークスの掛け声で講師達がバタバタと各自の持ち場に戻っていく。

少し遅れてグレーシアも端末を抱えて戻っていくのだった。

生徒席へと歩みを進めながら、溜め息をつくグレーシア。

「やっぱり無理かぁ~」

端末が壊れていない事など知らないグレーシアは直すことを諦め、今度は頭の中でルミカに対する言い訳のシュミレーションを始めるが

「うん、やっぱりどんな言い訳しても無駄にしかならない気がする」

すぐさま考えるのを諦め、素直に謝って許してもらう手段をとることを決めるのだった。

すると、突然端末がブゥゥゥンという機械音を上げる。

「わっとと!」

突然の事に慌てて落としそうになってしまうがぎりぎりの所で耐える。

『お嬢様!・・・あ、グレーシア先生?』

画面には取り乱した様子のクロエが映し出される。その後ろにはアルフレッドも控えている。

「あ、ルミカちゃんのお屋敷の方ですか?」

真面目な先生モードに切り替えたグレーシアは対応を返す。

『雅人様がそちらに来ていませんか?』

「雅人君?いえ、来てませんが?どうかなさいましたか?」

『そうですか、ありがとうございます。・・・・もし雅人様をそちらで発見しましたら教えてくださいませんか?』

「かしこまりました!」

『お願いします!では、失礼します!』


よっぽど慌てていたのだろう、グレーシアが承諾する間もなく通信が切られてしまう。

空を仰いだグレーシアは

「あらら、本当にやるとは思わなかったよ」

先程、雅人に宿題と偽って【インヴィジブル】を教えたのはこのグレーシアである。

単に悪戯心で教えたつもりだったのだが、雅人はそれを使って抜け出したのだろう。

クロエの慌てようから屋敷では大騒ぎになっているという事はなんとなく分かった。

しかし、今のグレーシアにとって端末が壊れていなかった事への安堵が大きかったためクロエの頼みの事などあっという間に頭からすっぽりと抜けていくのだった。

足どりが軽やかになった彼女はスキップをしながら歩みを進めていくのだった。途中、すれ違う生徒達はその様子を不思議そうに見ていた。

観客席に設けられた生徒席に着いたグレーシアは端末を返すべく生徒席を見渡す。

やがて、目的の少女の姿の後姿を見つける。

「ルミカちゃんお待たせ!これ返すね!」

壊れていなかったとはいえ元々は自分が端末を落とした事で起きた問題である。

一応改めて謝っておこうという思いから頭を垂れるのだった

「先生。これ、元から壊れてませんよ?」

「へ?そうなの?」

素っ頓狂な反応に周りから笑いが起こる。

グレーシアが複雑な表情で「あはは・・・」とつられて笑う。

それと同時に闘技場内の舞台での試合終了のホイッスルが鳴る。

一斉に生徒達の目がステージへと向く。

舞台の上には膝をついたアレフとボロボロになったガントルの姿。

結果はアレフが敗退という結果であった。

『続きまして!採集競技〈マナリスト・ラン〉を始めます!出場生徒は学院正面門までお集まり下さい!』

アナウンスが会場中へと響く。

「では、先生!行って参ります!」

ルミカ達、〈マナリスト・ラン〉の出場生徒達が観客席を去って行く。

しばらくして

「あれ?そういえば何か忘れている気がする」

頭の中が少し靄が掛かったようになっていてなかなか思い出せない。

「まあ、いっか!」

今は競技に出る生徒達を応援すべきだろうと考え、会場に設置された大型モニターを見やるのだった。


を務めるルミカは学院の正面門から二百キロ程離れた位置を飛んでいた。

自分の横には同じように最終走者を務める生徒が並んでいる。

学院の正面門から最初の生徒が鉄砲の合図とともに【スカイウェイ】を唱えて央都周りの壁に沿って飛ぶ。チェックポイントの南西の門にて次の走者に代わり同じように飛ぶ。最後にルミカが襷を受け取り、ゴールのある学院の闘技場へと行くのである。

道中には様々な障害物が仕掛けられていて走者達の行く手を遮ろうとする。

つまりは【スカイウェイ】をいかに使いこなせるかが重要となってくるのだ。

そして最終走者という立場は逆転も狙える可能性もあるが、逆転されてしまうリスクを背負う重要な立場である。

そんな立場を担うことになったルミカの心に重石が乗っかったようなプレッシャーが圧し掛かっていた。

しかし、応援してくれるクラスメイトのためにも負けるわけにはいかないのだ。

頬を軽く叩いて自分に喝を入れる。今は勝つ事だけを考えるのだ。

遠くで小さくパンッという発砲音が鳴り響く。そよ風とともに流れてきた音がルミカ達の耳にも届く。

改めてルミカは真剣な表情でスタートの準備を整える。

やがて、遠くに人影が見えてくる。どれも顔に疲弊した表情を浮かべている。迫り来る障害物を必死に避けてきたのだろうという事が伝わってくる。

その人影の後ろから猛スピードでこちらに向かって来る影があった。

「ルミカさんあとはお願いします!」

二番目のであるランドルから襷を受け取る。最初はこの競技に向いていない彼だったが競技決めの直前になり意外な才能を発揮したのだ。

「こんな自分でもクラスの役に立ちたい」という一心で彼は努力を重ねていた。

集団に遅れることなく必死で追いかけてきた彼には感謝したい。

「任せてください!」

そんな彼の努力を無駄にしないためにも、ルミカは襷を自身の肩に掛けると集団を追うべく飛び去る。

その背後ではすっかり魔力を使い果たしたランドルが二人の大会スタッフに抱えられてゆっくりと地面に降りていくのだった。

ルミカは徐々に速度を上げて続々と集団を抜き返していく。雅人との剣のトレーニングも決して無駄ではなかった。飛んでくるゴム弾も雅人の剣よりは遅く見える。

ルートの半分程飛んだ頃にはルミカは走者の先頭を飛んでいた。

いける!そう確信した矢先ルミカに向かって火の玉が飛んでくる。

バランスを崩しそうになりながらも火の玉を避ける。

ルミカの後ろを飛んでいた生徒の一人が火の玉をまともに受けて地面に墜落していく。

エリシアのグループに入っていた女子生徒だった。

すぐさま助けに行こうとしたが、迫り来る火の玉がそれを許さなかった。

迫り来る火の玉を避けながらその元を辿っていくとルミカが飛んでいる位置から少し離れた空中に漂っている男が居た。

その腕には金色の腕輪が煌めいてる。

(あの人は昨日の!)

ルミカが驚きの表情を隠せなかった。昨日の騒動で魔術を封じられたと知らされていた人間が今、目の前で魔術を放っているのだ。

ヤンキーが手をかざすとそれに応じて腕に嵌められた腕輪も輝きを更に強める。

あっという間にバレーボール程の大きさの火炎玉が作り出される。しかし、それだけでは留まらず次々と自身の周りに火の玉を増やしていく。

一斉に放たれた火の玉はルミカを襲いだす。

「くっ!」

すぐさま【アイスウォール】を唱え、自分の周りに氷の壁を作り出す。

相手が放ってる来るのは火属性の魔術でも初級の【ファイヤーボール】。それに対して自分のは水属性の魔術の中級魔術。【ファイヤーボール】程度の魔術ならば容易く防ぐ事ができる。そう確信していた。

だが、火の玉は氷の壁をいとも簡単に打ち破り、ルミカへと襲い掛かる。

ルミカはそのまま数メートル落ちていく。そこで持ちこたえる。

(な、何で!?)

【アイスウォール】が破られた事でルミカの心の中に焦りが生じる。

(初級魔術が中級魔術をこんなに簡単に破るなんて・・・)

それならば!と今度は【ブリザード・レイン】を唱える。

襲い来る火の玉を氷の槍の雨が向かい撃つ。しかし、これも全て溶かされてしまう。

飛んでくる火の玉の合間

一向に途切れる事が無い火の玉の嵐に苦戦していると、警備団員がこちらに飛んでくる。

上空の異変に気づいた大会スタッフが呼んでくれたようだ。

すると、ヤンキーは警備団に手を向けて口早に唱える。

「・・・紅蓮の爆炎よ!」

ヤンキーの手から巨大な炎が警備団員へと襲い掛かり大爆発を引き起こす。

(一節詠唱!?しかもそれでこの威力!?)

今放たれたのは火属性の中級魔術の【エクスプロード】である。

それでも一節唱で使えるのは国中を探してもせいぜい一握り程度、どんな魔術の才能を持つ人でも五年は掛かる。決して一日、二日程度で何とかなる物ではない。

そして、この異常な威力。魔術は基本詠唱を短くすればするほど威力は落ちる。つまり、その分一度に消費する魔力の消費量は多くなってしまう。下手に詠唱を短縮してその上、高威力の魔術を使いまくるようであればあっという間に魔力は底を尽きてしまう。

そのような事などルミカでも分かる。

目の前の男はその事を知った上で魔術を連発しているのだろうかと考える。

すると、先程まで放たれていた【ファイヤーボール】の嵐が一瞬ピタッと止まる。

それと同時にヤンキーが頭を抑え始める。

どうやら魔術の乱用によって魔力が尽きたようだ。それでもルミカに魔術を放つためにヤンキーは火の玉を放ち続ける。

魔力欠乏症になってまで何故自分を攻撃しようとするのだろうか。その事でルミカの頭の中はいっぱいであった。

無理に魔力を魔術につぎ込もうとしてヤンキーはついに血反吐を吐き始める。ヤンキーはかなり危険な状態である。

再び嵐が止まったところでヤンキーが十字架にでも繋ぎ留められたかのように動きが止まる。

見ると、態勢を取り戻した警備団員達が隙を見て手から伸びるワイヤーの如き細い糸を伸ばしてでヤンキーを縛っていた。縛るまでは困難であるがその代わりに一度縛り付けさえすれば熟練の魔術師でも簡単には外す事のできない警備団特製の魔導具である。

完全に魔道具の効果が発揮したのかヤンキーは身動きが出来なくなる。

やっとルミカは安堵の息をつくことができた。

何とか無事だった他の選手とともにレースを再開しようとしたその時、

「・・・ふざけるな!」

声の主はヤンキーだった。魔術の詠唱以外でようやく口を開いた。

「僕達は今競技中なんだ!それで邪魔しておいてなんだその言い方は!」

「ギムル、お前は学院から追い出されたんだ。いい加減認めろよ!」

ルミカと同じアンカーの二年の先輩達が文句を呟く。

長く続いた学院の伝統の行事。それは学生の誰もがその事に誇りを持って挑んでいる。

この先輩二人にとっては最後の競技なのだ。それ程重要な事をこのヤンキーに穢されたのだ。

二人の声色にはヤンキーに対する怒りと嫌悪が込められている。

「何で・・・だよ・・・!?何で誰も・・俺の事・・・」

一年間だけだったとはいえ、共に学んできた同学年の友にまで拒絶された事がショックだったのだろう。今度は俯いて「何で・・だよ・・・!?」とひたすら呟いている。


「ほら、いくぞ!」

警備団員達がヤンキーをワイヤーに縛り付けたまま引っ張っていく。

ヤンキーが魔力も欠乏状態になっている今、後は警備団に任せても大丈夫だろう。

残り三人になったルミカ達は団員達に背向けて再び飛び立つ。

先程地面に落ちていった女子生徒も何とか無事であったこと、念のために別の警備団員が保健室へ運んだということが、警備団員同士の会話からルミカの耳に入っていた。

無事だった事に安堵を浮かべたかったが、まだ自分にはこの競技が残っている。

と自分に言い聞かせる。

一刻も早くこの勝負に勝ち、会場で応援してくれている仲間達と喜びを分かち合いたい。ルミカの頭の中はそのことでいっぱいだった。

だからこそ気づくのが遅れた。ドスッという重く鈍い音と共に自分の体を黒い槍が貫いていた事を。

「かはっ!?」

ルミカの口から血が吐かれる。ゆっくりと周りを見渡すとルミカと同様、競争していた生徒、警備団員も、胴体を黒い槍に貫かれていた。

ヤンキーの腕に嵌められた金色の腕輪がいつの間にか黒く染まっており、黒い靄を放出させていた。

その黒い靄は樹木の枝の様に伸びてルミカ達の体を貫いていた。

「な、何だこれは!?」

声を挙げたのは以外にも腕輪を着けたヤンキー本人であった。その声には驚きが浮かべていた。

ルミカ達を貫いていた黒い靄が今度はヤンキーの体を覆い始める。

「何なんだよ!?これは!?」

ヤンキーが腕輪をはずそうとするが、その手から黒い靄がヤンキーの体を浸食していく。

「た、助けてくれ!!」

その言葉を最後にヤンキーの体は黒い靄に完全に飲み込まれる。

一瞬後ヤンキーを覆った黒い靄は徐々に形を変えて一つの異形な形を作り上げる。

「ガアアアアアアアア!!」

に蝙蝠の羽の生えたの姿となった靄はけたたましい雄叫びを上げる。

体を貫いていた黒い槍が抜けて、ルミカ達はそのまま下方にある森林へと落下していく。

【スカイウェイ】を唱えようとするものの地面はもうすぐそこに迫っていた。

思わずルミカが目を瞑る。

「いてててて・・・何とか間に合ったか」

聞き覚えのある声にルミカが思わず瞼を開くと、自分の下にいる声の主の方に振り向き驚きの声を挙げる。

「ま・・雅人・・さん・・?」

屋敷で療養していたはずと思っていた人物が自分の目の前に居る事にルミカは目を見開く。

「何で・・・ここに?」

「話は後にしてくれ!それよりもあれは何なんだ!?」

雅人が頭上を飛ぶ大悪魔を指す。

空中では警備団員が大悪魔を相手していた。

「紅蓮の化身よ、炎の舞となれ!」、「荒れ狂う吹雪の嵐よ!銀狼の息吹となれ!」、

「暴風の刃よ、剣と化せ!」、「大地よ、礫岩の雨となれ!」

警備団員が四方向から火、水、風、土の属性の魔術を放っている。

四つの魔術は激しい爆発を引き起こし、大悪魔の体は黒煙に包まれるが、

すぐさま煙を抜けてきた大悪魔の拳が団員に迫る。

団員は先程の怪我ですばやく動けないために【プロテクションシールド】でダメージを最小限へと抑えては、隙を見て再び魔術を放っている。

地上にいるルミカ達にさえ細かく分かる程の激しい戦いが空中で行われていたのだ。

しかし、いつまでも彼らの体力が持つはずが無かった。徐々に動きは遅くなっていって大悪魔の攻撃を受けて地面に一人、また一人落ちてくる。

体は無残にもボロボロになり、額からは流血して見るにも無残な姿である。

「おい!大丈夫かよ!?」

雅人が駆け寄ろうとすると、警備団員の男は手で制す。こちらをチラッと見てニコッと笑みを向けては、大悪魔へと向かっていく。

それに続くように他の団員も続々と大悪魔へと向かっていく。

地面に何度も落とされてもなお、立ち向かってくる警備団員の姿に大悪魔の攻撃にも激しさが増していく。

自分達がボロボロになりながらもそれでも立ち向かっていく。国中の人々を守る役目を担っている警備団とはいえども元は同じ人間なのだ。

傷口を押さえながらおぼつかない足取りでルミカは近くに倒れている他の参加者の元へ駆け寄ると。

「良かった・・まだ大丈夫・・〈安らぎの・・・息吹よ・・・癒しとなれ!〉」

傷口の痛みもあって詠唱が上手く唱えられないがそれでも何とか効果を発揮してくれ、

温かくもやさしい光が傷口を癒していく。

自分の傷の痛みに耐えながら【キュア・ヒール】を唱えているので、たびたび光が消えてしまいそうになりながらもルミカは傷を癒している。

自分も何かしなければと思い雅人も空に浮いている大悪魔に向けて手を構える。

「〈雷鳴よ、神撃を纏いし槍となり・・・〉・・・くっ!」

詠唱の途中で頭が金槌にでも思いっきり叩かれたかのような痛みがして思わずその場にしゃがみ込む。

「雅人さん!」

ルミカが治療の手を止めて駆け寄ろうとするが雅人は「大丈夫だ!」と言ってルミカを制すと再び手を上空に向けて詠唱を始める。

やはり、またしても雅人の頭に激痛が走る。さっき【インヴィジブル】を使った時には痛みを感じなかったのにと雅人は頭の痛みに顔を歪める。

「ガアアアアアアア!!」

上空から獣の激しい咆哮がする。見上げると、牛頭の両手にぐったりとした警備団員が握られていた。

もう微動だにしない彼らに大悪魔は興味を失ったのか、彼らの体を投げ捨てると周りを見渡し始める。やがて雅人達の姿を見つけると自身の周りに魔術陣を展開させる。

大悪魔が向いてる方向を辿るとルミカが倒れている他の生徒の治療をしていた。

(まずい!)

ルミカは治療魔術を使う事に集中していて空の様子に全く気づいていない。

ならば!と雅人は地面を思いっきり蹴ると口早に唱える。

「〈疾風の風となり、けよ!〉」

【ブースト】が発動して雅人の駆ける速度が上がる―――が、またしても頭に痛みが走り【ブースト】の効果が一瞬で切れてしまう。だが今はそれだけで十分だった。

ルミカの前に立ち塞がると腰の剣を引き抜き盾のように構える。

その数瞬後、空から雨のように鋭い矢が降り注ぐ。

治療しているルミカに当てる訳にはいかない。ただその一心だった。

矢は雅人の服や肌を次々に切り裂いて、傷を増やしていく。

鋭い雨が止むと雅人はその場に膝をつく。もうほとんど立てない状態だ。

チラッと後ろを見ると治療を終えていたルミカがこちらに振り返っていた。

雅人の様子に目を見開いて両手で口を覆っていた。

ルミカの手から安らぎの光が放たれるものの、彼女の口から血が吐かれ光が消えてしまう。

一拍遅れてパタンとその体が倒れる。

どうやら治療魔術に使いすぎて魔力を使い果たしてしまったようだ。

この二つの不幸を空中に浮かぶ大悪魔も理解したのか翼を大きくはためかせるとこちらに向かってくる。

雅人達が死を覚悟したその時、まさに襲い掛かろうとしていた大悪魔が突如吹き飛ぶ。

雅人が唖然としているとザッと地面に一人の人物が降り立つ。

「遅くなって申し訳ありません!」

軍帽の下から肩下まで垂れ下がった桃色の髪、そして腰には業物といえる軍刀を下げた人物。そのような人物など雅人は一人しか知らない。

警備団団長ソフィーナ・エーデルベルトが雅人の前に立っていた。

彼女少し遅れて数名の若い団員が降りてくる。

「救護者を学院の救護室に運んで下さい!あの怪物の相手は私がやります!」

「「「はっ!」」」

ソフィーナの指示に若い団員は即座に倒れている学生を抱えて運んでいく。

ルミカも同じように運ばれていく。

「さあ、君もこっちに!」

若い団員の一人が雅人の元に駆け寄ってくる。

「でも!」

警備団員が四人がかりで戦っても、全く歯が立たなかった相手にたった一人で挑もうとするソフィーナを置いて行けないと思い雅人が言うと

「大丈夫さ!団長はこの国で最強のお方だからな」

「最強・・・」

雅人はソフィーナの方へと振り返る。

ソフィーナはただ腕を組み目を閉じて立ち全く微動だにしない。

「何をしているんですか?」

雅人が尋ねると若い団員が

「まあ見てな」

すると木々を突き破りながら大悪魔がソフィーナへと襲い掛かる。

巨大な拳が目の前まで迫ってもソフィーナは微動だにしない。

瞬間、その姿が消えると大悪魔の背後に現れる。

「ていっ!」

勢いよくソフィーナが拳を大悪魔の背中に撃ち込まれる。

大悪魔の体が地面へと沈む。

「ギェアアアア!?」

大悪魔が驚愕の混ざったような叫びを上げる。

地面から這い上がってきた大悪魔は憎しみのこもった唸り声を上げる。

大悪魔が周囲に魔術陣を展開させる。先程、雅人がやられた魔術である。

魔術陣から放たれた矢は一斉にソフィーナへと襲い掛かるものの、

「万物の廻転よ!」

ソフィーナが口元で唱えた途端、重力でも反転したのか先端の向きを変えて大悪魔へと襲いかかる。

「グヌヌヌ!」

自分の魔術を食らった大悪魔は状況が悪いと見たのか、翼をはためかせて勢いよく飛び上がる。それを見たソフィーナは地面をぐっと踏むと飛び上がる。

「ヌオッ!?」

すでにすぐ目の前まで迫っているソフィーナの姿に大悪魔は驚く。

「逃がすとお思いですか?・・てやっ!」

ソフィーナは体を捻ると大悪魔に回し蹴りを食らわせる。

大悪魔はそのまま地上に飛んできて土煙を上げる。いきなり自分の目の前に落ちてきた事に雅人は驚きを隠せなかった。

「四精霊の砲撃よ!」

空に居るソフィーナの手から虹色の衝撃が放たれる。

衝撃が止むと牛頭の様な頭にあった角が根元から折れてそこから赤黒い血を滴らせて立っていた。体には大きな穴が開いている。

少し遅れてその巨体がバタンと地響きを立てて倒れる。

すると、巨大な体を形成していた黒い靄が晴れてヤンキーの姿が現れる。

靄が晴れると同時にヤンキーの腕に嵌められていた腕輪がパキンと音を立てて真っ二つに割れる。

雅人が腕輪を拾おうとすると

「待って!雅人君!」

空から降りて来ていたソフィーナが雅人を手で制す。

「危険物の可能性のある物にむやみに触らせるわけにはいかないんです。

どうか私達に任せて貰えないでしょうか?決してご迷惑になることのないように尽力いたしますので」

頭を垂れてくるソフィーナ。先日の事件で警備団の信用が落ちたという事は雅人も噂で知っていた。多くの人々の尊敬を集めていた警備団にとって積み上げてきた信用を失うという事は大きな痛手なのだろう。

ましてや今回の出来事を未然止められなかった事を悔やんでるのだろう彼女の表情は以前会ったときよりも幾分か暗い。

「分かりました」

どのみち今の自分に何かが出来るわけではないだろう。それにソフィーナの実力が確かである事は先程の戦闘で十分理解できる。

「感謝いたします」

改めてソフィーナは雅人に向けて頭を垂れる。

「〈汝に聖なる癒しをもたらさん〉」

頭を上げたソフィーナの手先から輝く粒子が飛び散ると雅人の体を覆い始める。粒子が消えると先程まで負っていた傷口の痛みが和らぐ。

「今、私が貴方にして差し上げられる事は今はこれくらいしかありませんが・・・」

ソフィーナは懐から包帯を取り出すと傷口の上から巻きつける。

「いえ、十分です。ありがとうございます!」

多少歩けるほどには痛みが引いた事に礼を述べる。

すると、ソフィーナは自分の腕を自身胸に当てる。警備団のポーズだ。

「私達は国を、人々を守る盾であり矛でもあります。なのでどうかもう一度私達に信用を取り戻すチャンスを与えて欲しいのです。」

この時初めてソフィーナの表情を雅人は面として見る。警備団の信用を取り戻すために何日も寝ないで活動していたのだろう。その目の下にはくっきりとしたクマが浮かんでいる。自分の部下にさえ自分が疲れていることを知られたくない一心なのだろう。

「それは俺にじゃなくて他の皆に言ってあげてください」

ソフィーナが頑張っている事はよく伝わってきている。

「それと、少しは自分の事も考えて下さい」

だが、それで彼女自身が体を壊してしまっては元も子もない。信用を取り戻したいならちゃんと休んで欲しいものだ。

「そうですよ団長。焦るのは分かりますがさすがに二十日間徹夜はいけませんよ」

警備団員が雅人の言葉に援護射撃するかのように付け加える。

二十日も徹夜と聞いて雅人は内心ウエッとなる。さすがに自分にはそんなに出来る自信は毛頭無い。

「・・・善処させていただきます」

この時、雅人は確信した。この人が人々に好かれている理由が。何かのために自分を犠牲にしようとする。そう、ルミカと同じ性格の人であるからだと。

そして、彼女は休みを早々取りそうに無い事も。


壊れた腕輪の分析をすると言ったソフィーナと分かれた雅人は若い警備団員に連れられて学院内の闘技場へとやってくる。

闘技場内では大会の結果発表のためにと生徒達が続々と内部へ集まって来ている。

雅人も急ぐべく走り出す。内部に踏み出した途端雅人の視界が遮られる。

ドサッという音と共に誰かが自分に覆いかぶさって押し倒される。

「雅人さん無事だったんですね~!本当に良かったです~!」

うぇ~んと泣きじゃくるルミカが雅人に覆いかぶさってきたのだ。

「ルミカ!く、くるしい!息が・・・」

彼女の腕が雅人の頭をしっかりとアームロックしているため身動きが取れない。

「おいおいルミカよー!嬉しいのは分かるが傷口に響くぞ?」

アルフがルミカを引き剥がしてくれる。勿論、ルミカの体に巻かれた包帯つまりは傷口に響かないように注意を払って。

アルフも頬の絆創膏。そして、腕に巻かれている包帯白熱な戦いが繰り広げられていたことが一目で分かる。

「ありがとう。アルフこそ大丈夫なのか?・・・腕とか」

「ああ、これか?カッコいいから着けてるだけ。いいだろ!何か封印されてそうで!」

腕を掲げてドヤ顔を向けてくるアルフ。

それって中二病っていうんだぞ!とツッコミたかったが、今回お世話になった仮がある。今回ばかりは胸のうちに秘めておこうと思う雅人だった。

その後、他の皆も集まってくる。雅人が参加できなくて申し訳ないと謝るが皆きにするなと口を揃えて言ってくれるので多少心が軽くなった。

「ところで・・」

ルミカが口を開く。

「屋敷で療養しておくように言っておいた筈の雅人さんが何故ここに居るかについてお教え願えますか?」

「あ・・・」

今思い出した。ルミカに出るなと言われたものの。我慢できなくなって抜け出したのだった。ルミカにバレない内に戻ろうかと思っていたがすっかり頭から抜けていた。

「ま~さ~と~さん?お教え願えますか!?」

普段大人しいルミカがうって変わって怒っている。この様子だとかなり本気だろう。

クラスメイト達もそそくさと立ち去っていく。助け舟は誰も出してくれそうにない。

「は、はい」

これ以上怒らせないためにも大人しく正直に話しておいた方が良いと思い、雅人は洗いざらいルミカに話した。

話し終えると、ルミカが「はぁ~」と溜め息を着く。

「やはりそうでしたか。それにしても自身の姿を消す魔術【インヴィジブル】ですか」

「ああ。グレーシア先生が予習しとけって言ってた魔術がそれだった」

「それを数時間足らずで習得するなんて・・・」

「イメージしただけなんだよな。自分の姿が消えるイメージ。そしたら使えてた。」

特別に何かしたわけでもないのでそう付け加えておく。

(数時間足らずで魔術習得なんて聞いた事ありません。何か秘密があるのでしょうか?)

ルミカが首を捻っていると生徒達がザワザワとし出す。

どうやら結果の発表が始まるようだ。

しばらくザワザワが続いた後、ぱっと静かになる。

『え~!これより栄えある第三十二回魔術競技大会の結果を発表する』

内部に設置された壇上に立った学院長マークスの宣言がされると生徒達の間で喝采が広がる。

『・・・とその前に私から一言、二言程話をしよう』

うって変わって「えー!」という非難の声が上がる。

『・・・冗談だ。先に結果を発表をする』

再び生徒達の間で喝采が広がる。

『今回、最も優秀な成績を取ったのは二学年のB組だ!おめでとう!』

「わぁー!」という喜びの声が会場中に広がる。観客席に座る人々や他の学年の生徒がそれを称えるように彼らに拍手を送る。

拍手が止むと、その中で一人だけ手を挙げる生徒がいた。

『うん?そこの君、どうしたのかね?』

手を挙げた生徒に周りの注目が徐々に集まる。すると生徒の列を抜けて出てきたのは、腕にギプスを着けている男子生徒であった。

男子生徒は壇上に上がると

「少しだけ僕に時間を頂けませんか?どうしてもこの場で話したい事があるんです。」

『分かった。マイクは必要かい?』

男子生徒はうなづくとマークスからマイクを受け取る。

『この行事は僕達二年にとって最後の伝統行事となります。ここの仲間と力を合わせて戦えるのはこれで最後になるかもしれません。ですが、僕は今回の勝ちに納得はいってません。』

生徒達の間で神妙な空気が広がる。

『最終試合〔マナリスト・ラン〕。何も起こらなければ良い試合になっていたでしょう。

ですが、ギムル・・・元々の僕のクラスメイトがそれをぶち壊してしまった。

そして、そこで死に掛けた僕は思ったこれが僕の償いなんじゃないか。クラスメイトを止められなかったことに対する責任なんじゃないかと。

だが、そんな僕でも助けようとしていた人があの場に居た。自分も傷ついてもなお他人を助けようとするその姿に僕は考えた。その人こそ今回の優勝者であるべきだと。』

男子生徒は自分のクラスメイトの方へ向き直ると

『僕の我侭だとは重々承知している。だが分かって欲しい。・・・頼む』

男子生徒が頭を垂れるとしばらく沈黙が走る。

「いいんじゃねえの?」、「ええ!私も異論はないわ」、「そうだな!文句なしだ!」

口々に男子生徒の言葉に賛同し始める二学年B組の生徒達。

『いいのか?』

恐る恐る顔を上げた男子生徒に

「お前が助かったし、誰も死ななかった。それで良いじゃん?」

「私達は思い出作りが出来ればそれで十分♪」

『皆、ありがとう!』

男子生徒はぺこぺこと頭を下げると横でポカンとしていたマークスに向き直る。

「全員一致です!学院長、お願いします!」

「あ、ああ。でもいいのかね?折角の優勝なのに」

優勝すれば豪華商品が貰えるという魔術競技大会。誰もが欲しがるだろうという優勝の座を譲ろうとしているのだ。想定外の出来事に頭が追いつかないのだろう。

何度も考えを改める気がないかと言うが男子生の意思は変わらないようだ。

「それに、自分達にとっての豪華商品はもう頂いてますから」

そういい残すと男子生徒は自分の列へと戻っていく。

「・・・分かった」

観念したのかマークスは目を閉じると並ぶ生徒達に向き直る。

『では、優勝は一学年A組!』

再び会場中から拍手が巻き起こる。それも先程よりも遥かに大きく。

優勝が自分達に変わった事に一学年A組の生徒が喜ぶ中で、ルミカはただ一人ポカンとするしかなかった。

こんな時に「納得がいかない!」などと文句を呟きそうなエリシアを雅人がちらっと見やるが、今回は素直にルミカ達に拍手を向けてくれるのだった。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいるのだった。やっぱりツンデレなのではないか?と改めて感じる。

これには彼女の従者であるルクスも嬉しそうである。

『優勝杯の贈呈をする。クラス担任、及び代表者は前に出るように!』

「ほら!ルミカ行って来たらどうだ?」

「え?わ、私ですか!?そんな大役、私には重過ぎます。私なんかよりも皆さんが・・・」

ルミカが戸惑っていると

「ルミカ~、早く行け~!」、「皆待ってますよ!」、「よっ!今日のMVP!」

アレフを先頭に続々と声を掛けてくるクラスメイト達。さらには集団で腕を組んで壇上までのトンネルを作ってさえいる。

しかし、ルミカがまだ迷っているので、もう一押し無いかと雅人が考えていると

「ああ!もう!何時までたってるんですの!早く行きなさい!」

エリシアがルミカの背を押す。

「ありがとう!エリシア!」

「ふ、ふん!」

エリシアはすぐそっぽを向いてしまうが、照れ隠しのつもりなのだろう。頬がほんのり紅く染まっている。

「まあ、皆にバレてるけどな」

「まあ、それはそれでお嬢様らしいですが、もう少し素直になって頂ければ自分的にはありがたいのですが」

「貴方!うるさいですわ!」

エリシアの矛先がこちらに向かってくる。照れ隠しで咆えてくるエリシアをどうどうと宥めているとあることに気がつく。

「あれ?そういえばグレーシア先生は何処行ったんだ?」

「さあ?あの人の事ですから面白いものでも探しに行ったのではないでしょうか?」

「ちょっと!私の話を聞いていますの!?」


街中の薄暗い路地裏を一人の男性が歩いていた。

軍服を纏って胸には白銀のユニコーンの印がある。歩みを進める男性の数メートル先の角から一人の人物が出てくる。

精々小学生程度の背丈のその人物は紫色の髪をたなびかせているその女性は男性を見るなり駆け寄ってくる。

「あ!いた!お兄さん、お兄さん大変なの!」

「どうしたのかい?何か事件かな?」

「そうなの!あのね!・・・黒い靄を放つ腕輪って知ってる?」

「!!」

男性は少女とも呼べる紫色の髪の女性――グレーシアから距離をとる。

男性のその行動にグレーシアは笑みを漏らす。

「あはっ♪かぁ♪初めまして・・・さん♪」

「・・・フフフッ」

男性の皮膚がスライムのように溶けると中から鉄の仮面を被った男が現れる。

「お見事でございます!良ろしければ何故私が偽者と分かったかお聞きしても?」

「簡単だよぉ!お兄さんの提案した警備配置に違和感を感じたから」

グレーシアは懐から紙束を取り出すと仮面の男に見せるかのように広げる。その紙は、マークスが見ていた警備配置表よりもさらに細かく警備配置がまとめられているものであった。

そのうちの一枚を取り出してグレーシアが突きつける。

「問題はこの〔マナリスト・ラン〕の開始までの警備の配置の部分」

紙には『ルートの周囲六十メートル毎の配備を中心とした四重の陣形』と書かれている。

「この陣形は外面からの攻めには強いけど、内面からの攻撃を食らえばほぼ壊滅する」

グレーシアが配置図に×印を加えていく。

「そして第一に私だったらこんな配置の仕方は絶対にしない」

自身ありげなグレーシアの物言いに仮面の男は納得したかのように頷く。

「なるほど、そういうことでしたか!」

「ここまではあくまでも私の推理。何か反論はある?私が全て論破してくれよう」

「いえいえ、お見事!まさか見破る相手が居たとは予想外でした」

観念したかのように首を捻った後、仮面の男は拍手を送る。

「ご存知の通り、あの生徒をそそのかして事件を起こさせたのは私でございます!」

仮面の男は拍手をグレーシアへと賞賛の拍手を送る。

やがて、仮面の男が拍手の手を止めると

「・・・ですが、一つだけ想定内の事がありましたが」

ゆらりとグレーシアの周囲に魔術陣が現れる。

「そう、貴女がここで死ぬというね!」

グレーシアがはっと驚きの表情を浮かべた次の瞬間、路地裏で大きな爆発が巻き起こる。

辺りには黒煙が立ち込めて爆発の衝撃で出来た瓦礫が散らばっている。

「さて、私のタネ明かしはこれでおしまい。これで失礼させていただきます」

仮面の男がまだ晴れぬ黒煙に向けて一礼をすると背を向ける。

「へぇ!私はまだ終わってないんだけどなぁ~!」

突如、仮面の男の体が銀の刃に切り裂かれる。すぐに仮面の男がその場から飛び上がると銀の刃が常人には到底目視できない程の速度でこちらに向かってくる。

仮面の男は口早に【プロテクション・シールド】を唱える。

蜂が飛び回るかのように襲い掛かってくる銀の刃が強固な壁に阻まれる。

すると銀の刃がより一層激しく打ち付けてくる。

「ぬうっ!?」

先ほどまでの平静とは一変して仮面の男が焦りを見せ始める。

銀の刃の嵐を受けた壁に徐々にひびが刻まれてやがて攻撃に耐えられなくなった壁がガラスが割れたかのような音を響かせその衝撃でで仮面の男が壁に叩きつけられる。

銀の刃が男の体へと突き刺さり、続々と他の刃が男の四肢を壁に打ちつけられる。

男が必死にもがくものの壁に深く打ち付けられた刃はびくともせず、刃から伸びる鎖はより一層男の体を縛る。

グレーシアが男の前までやってくると

「・・・まさか貴女がここにいるとは」

仮面の男は自分を壁に縛る鎖を見て何かに納得したかのような表情を見せ始める。

額には汗が薄っすらと浮かんでいる。

「その能力。それがあるのにも関わらず貴女は何故こんな所に」

「さあ?気まぐれかな?」

仮面の男の問いかけを軽く受けながすグレーシア。

「勿体無い・・・我々なら貴女の実力を最大限に活用できるものを」

仮面の男が突如不敵に笑い出す。

「はっきり言わせて貰うけどさぁ・・・」

グレーシアが呆れたような溜め息をつくと

「あんまり調子に乗らないほうが身のためだよ~?三下♪」

グレーシアが仮面の男にウインクを向けると指をパチンと鳴らす。

魔術陣がグレーシアの周囲に形成されると、そこから鎖が仮面の男に向けて伸びていく。

「やはり私の思ったとおりの方でしたか」

何重にも重なった鎖によって体を貫かれたにもかかわらず仮面の男の顔は余裕の笑みを浮かべている。

次の瞬間、突然仮面の男の体がドロドロに溶けると土の塊にその姿を変える。

「それと、私を追い詰めたと確信するのは早い過ぎた」

グレーシアの背後から声が聞こえる。振り返ると屋根の上に仮面の男の姿があった。

その体にはグレーシアに負わされた傷がいくつも残っている。

「では、さらば!次はもっと楽しい舞台を用意しておきますよ」

男の体が光に包まれ始める。

グレーシアが男に向けて銀の刃を放つものの、刃は空を切るのだった。

しばらく男が立っていた場所をただ呆然と見つめるグレーシア。

やがて、自分が空けた穴を一瞬だけ見つめると、歩いて町の中心へと向かっていく。

路地裏から出てくるとグレーシアの前を家路に着き始めた人々が続々と横切っていく様子が視界に入る。

「あ、大会結果・・・」

グレーシアは遠くにそびえる魔術学院の塔を目指して足を早めるのだった。


一方、魔術学院内に建つカフェテリアの中では賑わいの声が響いていた。

「祝!一学年優勝!・・・乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

アレフの掛け声で場の全員が手に持ったコップを掲げる。

事の始まりは大会を終えた後の事であった。

一人の女子生徒から打ち上げをしようという声が挙がりその場の多くの者がその意見に賛同するのだった。しかし、

「申し訳ないですが、私とルクスは辞退させていただきますわ」

声の主はエリシアだった。プライドの高い彼女のことだ、自分のチームが負けたのにも関わらず出るのは気が引けるという思いあるのだろうかとその場の全員が考える。

だが、彼女は難しい顔をしながら

「ジェルドホルンの次期領主の身である以上、やることがまだ山積みですの。

お先に失礼致しますわ。ルクス、行きますわよ」

「はい!では皆様、お先に失礼致します」

と二人は先に教室を出ていくのだった。

大会当日で国中から観客も集まる。そのため閉まっているお店も多く、場所を決めるのには難航していたものの、学院長のマークスが気前良く学院のカフェテリアを一日貸切にしてくれたため、こうして集まってきたのだ。

全校生徒達が集まっているために狭く感じていた普段とは違って、貸切になったことでより一層広々としたスペースに雅人は改めて国内最大の学院であるという事を改めて認識する。

しかし、それよりも療養中を命じられたにもかかわらず、ルミカとの約束も鵜呑みにしてしまった自分がここに居ていいのかという思いが雅人の頭の中を駆け巡っていた。

盛り上がってる皆には悪いが、自分は端っこに居ようと思い集団から離れていく。

(今回、俺は特に何もしてないからな)

カフェテリアの端の壁に寄りかかるとコップに入ったマリンゴという果実のジュースを飲みながら遠巻きに集団を見つめる。

口に入った途端林檎とマンゴーの甘さが口に広がるが、今の雅人には多少苦く感じた。

帰るか。

そう考えた雅人はこっそりとカフェテリアの出入り口へと向かっていく。

ドアを開けるとドアの向こうに人が立っていたため、驚いて思わず声を上げてしまう。

途端に盛り上がっていた皆の視線が一斉に集まる。

「おや?どうしたんだい?そこに突っ立って」

ドアの向こうにはコック服を着た女性が立っていた。このカフェテリアのコックである。

女性の後ろにはワゴンに乗った数々の料理があった。

「一学年の皆!優勝おめでとう!これらの料理はカフェテリアからの祝いの料理さね。

さあ!どんどん食べて!」

続々と運ばれてくる料理に生徒達の喜びの声が挙がり次々と群がり始めるのだった。

雅人はそれを見て、今度こそドアからこっそり出て行こうとする。

「雅人さん?どうしましたか?」

ルミカに声を掛けられる。その体中には包帯が痛々しく巻かれている。

雅人自身はソフィーナに治療魔術を使って貰ったお陰で多少歩く程度には支障はないが、対するルミカは昼間に負った怪我があり、歩くと多少ふらついてしまうため他の子に支えてもらって何とか立ち上がっている状態だ。

「悪い、先に帰ってる。終わったらまた迎えに来る」

雅人が外に出ようとすると、コック服の女性に行く手を遮られる。

「・・・まさかアンタ、自分には参加資格がないから帰るとでもいうのかい?」

「っ!?」

「図星のようだね。アタシもここに勤めて長いからね。その位分かるよ」

「そうなんですか?雅人さん」

「・・・ああ」

視線が自分に集まった今、もう誤魔化す事などできないだろう。

「誰かがそう言ったのかい?参加資格がないって」

コックの女性の言葉に雅人は首を横に振る。

「ならいいじゃないか!参加したってそうじゃないかい?」

コックの女性の言葉が今度は集まるクラスメイトへと向けられる。

「そうだ!来いよ雅人!誰もお前を責めやしない!」

「そうですよ!一緒にやろう!僕達仲間じゃないか!」

口々に言ってくる台詞に雅人は自分の心が徐々に変わっていくのだった。

「雅人さん・・・」

心配そうの表情のルミカが声を掛けてくる。

雅人が首をコクリと首を縦に振るとクラスメイト達が雅人の手を引く。

それを見届けるとコック服の女性は

「では、皆楽しんで!」

「「「はい!」」」

「ふぅ、やれやれ困ったもんだね彼は」

コック帽を外した女性は少しだけ空いたドアの隙間から中の様子を覗き込む。

中では雅人が周りの人と楽しそうに話している様子が伺える。

(君はもう居場所を見つけたんだ。頑張れ・・・雅人!)

笑みを向けた後、コック帽を被り直すと部屋のドアを完全にバタンと閉じて去って行く。

コックとすれ違いに紫色の髪の少女が駆けて行く。

「ごめ~ん!遅れた~!」

壊れるかの勢いでバタンとドアを開いたグレーシアが飛び込んでくる。

その額には必死に走ってきたのか、汗が浮かんでいる。

集まる生徒から「遅いぞ~」などといったブーイングが走る。

「ごめん、ごめんちょっと道草食ってて。あ、ちなみに雑草じゃないよ?」

普段のように舌をペロッと出して謝るグレーシア。

そして打ち上げの賑やかな様子を目の当たりにした後ニヤリと笑みを浮かべる。

グレーシアはこちらに駆け寄ってくるとテーブルに置かれた料理から鳥のから揚げをフォークで取ると

「はい♪雅人君あ~ん♪」

と差し出してくる。

「はああいいぃぃ!??」

ルミカが今までに上げたことのないような叫び声を上げると、自分もテーブルの皿に乗っていたサンドイッチを取り

「雅人さん!サンドイッチ食べませんか!?これも美味しいですよ!」

と進めてくる。

右からはから揚げ、左からはサンドイッチが差し出される。

アニメでもありそうな一シーンが今目の前で起こってるのだ。

この状況でどうすればいいのかと周りに助けを求めると、アレフがこっちを見ろと合図を出していた。

この状況を打開できるなら藁にもすがりたい思いであった雅人は、アレフが手話で合図してくる言葉の意味を急いで訳す。学院で緊急の通話手段で実習していたためすぐに訳す事ができた。するとこうなった。

『GOOD LUCK!頑張れ心の友よ!』

どうやら期待するだけ無駄だったようだ。

「ささ、雅人君口を開けて♪」

「雅人さん!」

依然として続くこの緊迫とした状況に戸惑っていると、

「ルミカちゃん?何でそんなに焦ってるのカナ?」

グレーシアのにやけ顔が今度はルミカへと向けられる。自分の状況に気づいたのか周りを見渡す。クラスメイト達の視線を揃いも揃って集めていた。

「ち、違うんですよ!これは別にやましい意味があってやったのではなくて・・」

慌てたルミカが彼らに弁明をし始めた。

初めは笑い声の絶えなかったカフェテリアも夜が更けて行くにつれて、続々と生徒の数が減って静かさを増していく。

大会の終わった後で疲れも残っている人も居るのだろう。他の人に背負われて帰っていく者、上級生の方の打ち上げに呼ばれて行く者。といった様々な理由でカフェテリアを出て行ったのだった。

やがて、最後に残った雅人達も屋敷に帰るべくカフェテリアの外に出る。央都の町中に並んでいる灯りを頼りに中央の転移門へと歩いていく。

「本当にありがとうございます。重くないですか?」

ルミカが申し訳なさそうに声を掛けてくる。

「まだうまく歩けない以上仕方ないとは思うけど……本当に良いのか?」

雅人はルミカを背中に負ぶって歩いているのだ。普段ならば人目に付くのが恥ずかしいからと言っていたため杖を借りてこようかと考えていたところ今回はルミカの方から頼まれたのだ。

「だからこそ、人の少ない遅い時間に出たんじゃないですか!」

自信満々に言うルミカにそうだなと軽く返事を返す。

いざ人目につきそうになった時は【インヴィジブル】を使えば済むことだと考えていると中央広場の前まで来ていた。

転移門でセレヌンディーネに帰るべく台座に乗る。

しばらく待つものの、一向に目の前に映るのは西洋似の家屋が立ち並び、色とりどりの花が咲きほこる花壇のある央都特有の風景のままであった。

首を傾げて再度台座に乗ってみるものの何も反応がしない。

いつもならば台座に乗った後に転移したい場所の風景を思い浮かべれば、目的の場所の近くにある転移門まで一瞬で移動できるのだが、今回は全く反応しないのだ。

「故障でしょうか?」

雅人も一瞬ルミカと同じ事を思い浮かべるが、それなら魔術競技大会のある今日は多くの人が央都に立ち往生する羽目になるだろう。だが、そのような人物はここに来るまで一人も見ていない。

二人して頭の中に疑問符を浮かべていると

「あれ?まだ帰ってなかったの?」

鳥の様な羽音とともに巨大な鳥が二人の元に降りてくる。月明かりと街灯りに照らされた巨大な鳥の姿が映る。鷲のようでそれよりも大きく鋭い嘴を持つ頭と虎を一回り大きくしたかのような強靭な肉体を持つ獣が地面へと降り立つ。

ゲームなどででてくるようなグリフォンが雅人達の目の前に降りてきたのだ。

「雅人さん!逃げましょう!」

雅人もルミカの意見に同意だ。グリフォンは以前のキマイラとは比べ物にならない程に強力な獣である。風を切るかのようなスピードを持ち一度目を付けられれば何処までも追いかけてくる獣であるのだ。

雅人が回れ右をしようとしたその時、グリフォンの背から一人の人物が降りてくる。

「こんなところで何してるの?こんな夜中のデートは担任として見過ごせないなぁ」

グリフォンを撫でながらグレーシアが尋ねてくる。

雅人は人が少ない夜になってから帰ろうと思っていたところ転移門が反応しないせず、セレヌンディーネに帰れなくなったことを伝える。

すると、グレーシアはきょとんとした表情を向けるのと同時に

「転移門はこの時間使えないよ?」

と断言する。

雅人はルミカと顔を見合わせた後なぜかと聞き返すと

国の防衛や犯罪防止のために転移門は深夜に使う事ができないという決まりがある事がグレーシアから説明される。

つまりは、中の人間も外の人間もこの時間は自由に出入りができないという事だ。

「ま、それでも抜け道はあるんだけどね♪」

グレーシアは笑みを浮かべた後、横に座るグリフォンを指し示す。指されたグリフォンは見た目どおりに鳥と獣が混ざったような声で一鳴きする。

「空を飛べる動物に対してはその決まりが通用しないってこと!」

雅人はなるほどと納得する。グリフォンに乗ればセレヌンディーネに帰れるだろう。

「先生!私達を乗せて屋敷まで送ってもらえませんか?」

ルミカに続いて雅人も頼む。央都の宿も閉まっている時間なので無理ならば朝まで待たなければならない。それはどうしても避けなくてはならない。

「いいよ♪どうせ元からそうするつもりだったし♪」

グレーシアが勿論とばかりに即答する。

グリフォンに指示を出すがグレーシアが最初に乗り、続いてルミカが乗る。最後に雅人がグリフォンの背に乗った時雅人はふと感じる事があった。

普通なら何かしらの動物に乗る際に、必ずといっていいほど落ちない為の安全策として何かしらの器具が動物の背に付いてるはずなのだがこのグリフォンの背にはふわふわとした肌触りのいい羽しかなく手綱のようなものすらない。

「あの、先生?何処に捕まってればいいんだ?」

「ん~?とりあえずグリちゃんにしがみついとけばいいと思うよ?」

途端にグリフォンが羽を広げ助走を始めると次の瞬間、空へと飛び立つ。

「うわぁぁぁぁ!?」

グリフォンの影響で風圧をもろに体に受けてほとんど声にならない叫びを上げる。

「・・・!」

ルミカも必死にグリフォンに必死にしがみ付いているため、無口になってしまっている。

そして――

「アハハハハ!」

ただ一人グレーシアは絶叫マシンに興奮しているかのような高笑いを上げた後。

「〈蒼穹を舞う風よ、やわらかな息吹となり包み込め!〉」

グレーシアが【ウインドベール】を唱えた途端に、それまで雅人達を襲っていた風圧がピタリと止む。

雅人はしっかりとグリフォンに捕まり直すと風圧でキーンと痛む耳を抑える。

ルミカの方も風圧の影響が無くなった事で余裕が出来たのかグリフォンを掴んでいた手を少し緩めていた。

「雅人さん、見てください!」

ルミカが空を指で指すので見上げる。

「おお!」

しがみ付くのに必死で気づかなかったが、グリフォンの上を満天の星空が輝いていた。

こうして空を飛ぶという事が無ければ、この光景は見られなかったかもしれないと密かに心の中でグレーシアに感謝を述べる。

「盛り上がってるところ悪いけどそろそろ着くよ?」

星空に見とれていた雅人達がグレーシアの言葉ではっと我に返る。

見下ろすと転々と並んだ家々の先に見慣れた屋敷の姿が見えていた。ゆっくりと屋敷の正面の地面にグリフォンが降りようとしたところでちょうど【ウインドベール】の効力が切れる。

途端に再び風圧が襲い掛かり始めた。

地面に降りたったグリフォンの背から降りるへよろよろと数歩程歩いた後、地面に手を着く。こちらの世界に来て以来、体力作りは今まで以上にしたつもりだったが、地面に足が付いた途端一気に疲れがどっと来たのだ。

その一方、ルミカは疲れている様子は見せるものの、雅人のように地面に手を着くまでには疲れてはいないようだった。

屋敷の扉を開けるとそこにはクロエ達屋敷の使用人達が全員勢揃いしていた。

雅人達の帰りが遅かったので、全員で盛大にお出迎えしてくれようと並んでいたのだろうかと一瞬考える。

「ルミカ様・・・申し訳・・・ありませぬ・・・」

アルフレッドが深く頭を下げる。

「え?え?」

突然の事にルミカが困惑していると、他の使用人達が続々と頭を下げ始める。

すると、アルフレッドが頭を上げて

「療養中の身である雅人様を屋敷から出さぬようにとお嬢様に期待して頂いたのにもかかわらずこの失態。使用人一同、心よりお詫び申し上げます!」

使用人達が今度は土下座し始める。

「頭を上げて下さい!そんな大層なことでもありませんし、もう過ぎた事ですから!」

ふらつきながらも使用人達の元に近づき、必死に彼らの頭を上げさせようとするルミカ。

全員が頭を上げた所でルミカが一人一人の顔を見回した後、

「あれ?クロエはどこですか?」

雅人もこの場にクロエの姿が皆無い事に気づき、隅々に視線を巡らすがやはりクロエの姿は何処にもいない。

途端に使用人達が沈黙して俯きだす。

「クロエは・・・その」

言い難そうにしている使用人達に対してルミカは彼らと目線を合わせる。

「ゆっくりでいいので話してくださいませんか?決して怒ったりなどしませんから」

「・・・はい」

優しく微笑み語り掛けるルミカに落ち着いたのか口々に話し始める。

「雅人様が屋敷を抜け出した後」

「はい」

「お嬢様の期待に答えられなかったと深くショックを受けて」

「それで?」

「部屋に閉じこもってしまいまして」

「うんうん」

相槌を打ちながらルミカは使用人の言葉を聞く。

(何か目の前で言われると胸ががすごく痛む。本当に俺のせいでごめんな、クロエ)

元々の原因が自分にあるということを使用人の口から聞いた事で雅人の心がチクチクと痛み出し、徐々にその痛みが増していくのを感じる。

そこへちょうどグリフォンを外に繋ぎ止めてきたグレーシアが屋敷に入って中の様子を目の当たりにする。グレーシアは床に座り込んでいる雅人を見て

「どしたの?これどういう状況なの?」

と怪訝そうに声を掛けてくる。

「それからどうなったんですか?」

「それ以降、部屋から出なくて。何度も声を掛けても出てくる様子が無くて」

「うんうん」

「その時部屋の中で喋ってるのを聞いたのですが・・・」

「何を聞いたの?」

「グレーシア先生に雅人様の捜索をお願いした・・・と」

「うんうん・・・うん?」

「あ・・・」

グレーシアが一八〇度回れ右して駆け出したのとルミカがこちらへガバッと振り返り目を光らせたのは同時だった。

「〈し、疾風の風となり・・・〉」

「〈大いなる猛吹雪よ、氷獄の監獄となれ!」

焦っていたのか、少し遅れて唱え始めたグレーシアの【ブースト】の詠唱が終わる前にルミカの魔術が早く発動する。手から青白い魔術陣が浮かび上がると、あっという間にグレーシアの体が氷漬けになる。ランニングフォームのままで固まっているグレーシアは首元までしか凍ってはいなかったが白目を向いて気絶していた。

「ふぅ!」

雅人は目の前の光景に唖然とする。グレーシアが回れ右をしたと思ったら一秒足らずで雅人の横に氷像が出来上がっていたのだ。

胸の痛みが引いて立ち上がろうとするが、足が動かない。そして足元から漂う冷気。

雅人の足は氷漬けになっていた。

「ま~さ~と~さ~ん?私、今日の事許すなんてまだ一言も言ってませんよ~?」

ルミカがこちらへと振り向く。

目が笑ってないルミカに雅人は背筋に悪寒が感じる。決して、足元の氷の冷たさによる寒さではないその寒気に雅人は顔を真っ青にする。

使用人達に目で助けを求めるが皆雅人と目をあわせようともしない。

「雅人さ~ん?私の話聞いてますか?」

「お、おう!」

言葉が上手く口から出ない。

ルミカの手から青白い魔術陣が浮かび上がる。


拝啓、柚葉へ

兄ちゃんは現在進行形で死の危険に晒されています。もし、今一度願いが叶うのならばもう一度お前の顔が見たかったな。せめてもう少し長く生きていたかったな。


心の中で妹の柚葉への遺言述べた次の瞬間、また一つ氷の氷像がその場に並ぶのだった。


大会の日が終わった次の日、やっとルミカに許して貰えた雅人は使用人達の前で自分が彼らに迷惑を掛けた事の謝罪を行った。誠心誠意謝る雅人の姿に彼らは許してくれた。

だが問題だったのはクロエであった。謝罪しに行くが部屋から一向に出て来てくれない。

それが二、三日続いたところでルミカに相談をしに行くと

「流石に私もクロエのことをこのまま放って置くわけには行きませんから」

と快く協力してくれた。

杖を使えば何とか普通に歩けるようになったルミカと共にクロエの部屋へと向かう。

ルミカが部屋の外から呼び出してみるが中からは返事がない。ルミカがドアノブに手を掛けると簡単にドアが開いた。部屋の中にクロエの姿は無く、閉じこもっていたのにも関わらず綺麗に掃除がなされていた。

ルミカが机に封筒が置いてあることに気づき、それを見た途端、血相を変えたルミカが雅人に声を掛けてくる。

封筒には『退職届』という文字が書かれている。

窓を見るとちょうど屋敷の正面から出て行こうとしているクロエの姿を発見する。

雅人達は急いで屋敷を飛び出して呼び止める。

振り返ったクロエはルミカの顔を見た途端、紫色の目からポロポロと涙を流して地面に膝を着着始める。

「お嬢様・・・申し訳・・・ありません・・でした。・・・役目・・・ぐすっ・・果たせ・・・・ぐすっ・・・なかった」

クロエの第一声はそれだった。

「私が・・・お嬢様の・・・役立たない、役に立てなかった私が・・・ここに居る資格なんてありません」

クロエは普段のメイド服姿ではなく、白色のワンピース姿であった。ただ季節外れにもかかわらず何時も嵌めている手袋だけはいつも通り嵌められている。

その手には荷物が握られていた。荷物を掴んだ手にぎゅっと力が入る。

「お世話に・・・なりました」

ペコッと頭を下げたクロエは腕で涙を拭う。

「お嬢様の役に立てない私はいらない子同然です。だから・・・」

その途端、パンッと乾いた音が空に響き渡った。ルミカがクロエの頬を叩いたのだ。

この予想外のルミカの行動に雅人自身も驚く。

叩かれた頬を押さえてポカーンとするクロエ、それ対して目に涙を浮かべるルミカ。

「どうしてそうやって自分を見下すんですか!?」

何故自分が叩かれたのか分からないのか俯いてしまう。

「たった一度の失敗で、私の役に立てなかったからそんな簡単にやめるんですか!?」

「だって・・・」

ここでようやくクロエが喋り始める。

「仕方じゃないですか!お嬢様に信じて任せて貰えたのに!それなのに私はその役目を果たせなかったんです!」

失望させてしまった。捨てられて当然のことをしてしまったとブツブツと言うクロエにルミカは両肩を掴んで目線を合わせる。

「この屋敷の皆が私にとっての家族です!私は家族の誰がどんな失敗しようが決して失望したり、見捨てたりなどしません!」

「本当・・ですか?私のこと見捨てないでくれますか?」

じっと見つめるクロエにルミカは力強くうなづき返すと

「セレヌンディーネ領主の名に掛けて誓います!」

クロエは瞼の涙を腕でしっかりと拭う。その目には先ほどの光を失った紫の瞳ではなく赤紫の瞳に戻っていた。

「ルミカお嬢様、もう一度私にここで働くチャンスを頂けますか?」

「勿論です!」

「ぐすっ、ありがとう・・・ございます!」

再び目にクロエが涙を浮かべ始めたので、ルミカはクロエをぎゅっと抱きしめて、その頭を撫で始めるのだった。

ルミカ達が振り返ると、いつの間にか屋敷の塀の陰から他の使用人達が見守っていた。先程のルミカの声で集まって来ていた様だ。中には貰い泣きしている人も居た。

雅人もクロエに謝るために二人に近づく。

「クロエ、本当にごめん。迷惑掛けたな」

「いやです。許しません」

「・・・え?」

予想外の返しに雅人がポカーンとした表情を浮かべる。

「・・・だそうですよ?どうしたらクロエは許してくれるのでしょうか?」

ルミカまでくすくすと笑ってそう言ってくる。

「氷漬けにしましょう。勿論、そのまま外に放置で。それで許してあげましょう」

真顔でえげつない事を言ってくるクロエ。

クロエが雅人の想像以上に怒っていた事を感じ取る。

「頼む!それ以外じゃだめか?」

「だめです♪」

ニッコリと笑み向けてくるクロエ。すぐに背を向けて雅人は走り出すと、その後ろからクロエが走ってくる。それも昨日までよりも幾分も早くなっている。

「今度は逃がしませんよ~♪」

狩人に追いかけられる動物ってこういう気持ちなんだろうなと思い始める。

数十分にも及んだクロエと雅人の鬼ごっこは雅人が足を滑らせて湖に落ちたところで終止符が打たれた。

「今回はこれで氷漬けは勘弁してあげます♪」

雅人が湖から上がってきたところでようやくクロエから開放されて一息つく。

数十分も走ったのにも関わらず汗一つすらかかないクロエであった。

こうしてクロエはオリオール家のメイドを続ける事となったのだ。

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