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魔術幻想録  作者: 白洲悠
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魔術競技大会 前編

Ⅳ 魔術競技大会 前編


「雅人さん!私に剣を教えて下さい!」

魔術競技大会が1週間後に迫った日曜の日。

朝食を終えた後開口一番にルミカが雅人に頭を下げる。

「剣を?急にどうしたんだ?」

雅人はクロエにお茶のお代わりを貰いながら聞き返す。

洋風建築が多いこの世界では紅茶しかないと思っていたが、先日学院の帰りに央都で緑茶の葉を見つけたので毎日欠かさず飲んでいるのだ。

別に紅茶が苦手というわけではないのだが、雅人にとっては馴染みの多い緑茶を飲む方が落ち着けるのだ。緑茶を見たことが無かったルミカには「その緑色の液体は何かの薬品なのですか?」と聞かれたが特に気にしない。

「ずっと考えていたのですが、やはり私に足りていないのは近距離戦闘だと思うんです」

学院の初日での模擬線での一件からというもの授業で模擬戦を行うときはほぼ毎日エリシアと対戦をしているのだ。向こうも引き分けで終わらせたくないのか喜んで引き受けてくれる。ルクス曰く、誘ってくれることが嬉しいらしいのだ。それを聞いた直後ルクスの頭にエリシアが投げつけた棍が命中する。

正直にならないエリシアもそうだが、毎日から毎日のように棍棒をげつけられているのにも関わらず懲りないルクスである。

エリシアとの対戦のたびに対策を練っているがいまだに一度も棍による連撃を突破できていないのだ。

その悔しさがあるのだろう、表情は少し暗い。

「分かった。でも場所はあるのか?」

セレヌンディーネは湖の周囲に都市が形成されている。周辺には建物が密集しているため人も多く行きかう。剣を振る練習をするには不安がある。そのため人の迷惑にならない場所でなくてはならない。そして雅人の頭の中に真っ先に思い浮かぶのは都市の外側を囲む森林であるが、ここも野生の猛獣が出てくるわけであり完全に練習に適した場所とはいえないだろう。

そんな雅人の疑問を投げかけられてルミカは一瞬考えた後

「ご心配には及びません、確実とまではいきませんが可能性がありそうなところに心当たりがあります」

自身ありげな笑みを返してくる。

半信半疑のまま屋敷を出るとルミカの後に着いて行く。

屋敷から一直線に続く道に沿ってしばらく歩いていくと右と左に道が分かれた分岐点が見えてくる。

央都の行き来にいつも使っている右側の道に行くのかと思っていたが、ルミカは迷わず左側の道を進んでいく。

しばらく進んでいくと小さな村が見えてくる。毎日賑わいを見せる央都と比べると賑わいは劣るが雅人の元居た世界で住んでいた町を思い出させる雰囲気を漂わせていた。

村の入り口の門に近づいた所で

「あ!ルミカ様!いらっしゃいませ!」

門のところで立っていた警備団の団員の格好をした若い青年がこちらに気づいて声を掛けてくる。

その声を聞きつけ門からまるでバーゲンセールを聞き付けてきたかの様な勢いで村人が続々と出てくる。その姿に雅人は呆気に取られる。

「ルミカ様、本日はどういった御用で?」

「実はこちらに居る雅人さんと御用がありまして」

ルミカに紹介されて雅人は若い青年に会釈する。

「そうでしたか。・・・お初お目にかかります。自分はルドウェンと申します。魔術警備団のセレヌンディーネ担当の者です」

ルドウェンと名乗った青年は左胸に右手の拳を当てる警備団流という挨拶を向けてくる。

それを合図かの様に集まってきた町人達が一斉にルミカへと群がってきて、あっという間にルミカが人の波に飲み込まれて見えなくなる。

「いつもながらすごいですよね」

人混みの外で苦笑いを浮かべる。

「そうなんですか?」

「ええ、ルミカ様はこんな辺境の村の人々にも良くしてくださる方ですからね。自分も今は警備団の一団員という立場に置かれていますがルミカ様は自分にも気遣って下さいます」

ルドウェンはまるで親に何かを誉められた時の子供のように笑う。

(まだまだ、俺の知らないルミカが居たって事か)

雅人が穏やかに微笑み返す。

こちらの世界に来てもう数日経ったとはいえ自分でもまだ馴染めてない部分があると確信している。なるべく早く馴染めるようにしたいのだ。

「ところで、ルミカ様は・・・その、人見知りはもう克服されたですか?」

「あ」

雅人が気づいて人混みの方へバッと振り返ると

「ま、雅人さん助けてくださ~い」

人ごみの中からルミカの蚊の鳴いたような弱々しい声が響いてきたので、雅人はやれやれと肩をすくめ人ごみを掻き分けていく。

髪が少々乱れ、顔が青ざめた様子でルミカが何か口元で呟きながらガクガクと震えている。

本当に領主なんだよな?とつい口から出てしまいそうになるのを何とか留め、人混みから離れさせる。

「なあルミカ、特訓する場所はこの町の中でいいんだよな?」

本来の目的を忘れていないだろうかと確認の意味を含めて尋ねるとルミカがコクコクと首を縦に振り、雅人の背に隠れ始める。よっぽどの重症である。

ルミカの様子を察した町人達がぞろぞろと町の中に戻っていく。中には申し訳なさそうにペコリと軽く頭を下げていく者もいる。

ルミカの震えが治まるのを待ってから雅人達は町の中へ入っていく。

ルミカの案内どおりに町の中を進んでいくと少し広めの広場があった。木などの邪魔になりそうなものも少なく町の中であるため安全だろう。

雅人は背中に担いできた袋を広げて中に入った木製の剣をを二本取り出すとそのうちの一本をルミカに渡す。

「さて、早速始めよう・・・・とその前に、確認しておきたいんだけど剣とか何か得物を使った経験はある?」

「無いです」

「無いの?」

「今回が初めてです」

「・・・そう、なんだ」

雅人は内心ポカンとする。「剣を教えて欲しい」と聞いた時、多少経験があるのかと思っていたが、まさか未経験の人を教えることになるとは思ってもいなかった。

ルミカの熱意の込められた真剣な眼差しを見て今更断われる雰囲気ではないだろう。

雅人は決意を固めると、

「じゃあまず素振りから始めるから俺がやるみたいに振ってみて」

一から剣の指導を始めるのだった。


町に設置された鐘の音が鳴り響いたところで

「よし、ここで一旦休憩にしようか」

「は、はい」

誰かに一から指導するのは初めてだったため少し手間取ったが教えていく少しずつ慣れて来た。というのもルミカが真剣に聞いていてくれるため遣り甲斐が在ったということもある。

芝生に座って一休みしているルミカを尻目に

(う~ん、やる気は問題ないんだけどな。)

雅人が首をかしげて考え込んでいると

「雅人さん!私は上達してますか?」

「あ、ああ」

正直ルミカと剣の相性は微妙であった。剣を振るうときの重心が安定していなかったり、

斬撃が剣を振るごとにぶれてしまうといったことがある。このまま練習していても上達するか不安である。

正直に言うべきか、それとも誤魔化すべきかという岐路に雅人は立たされているのだ。

正直に言ってしまえばそれまでのルミカのやる気が失われてしまう恐れがあったからだ。

「・・・やっぱり無理でしたか」

心を読み取られたのか雅人は驚いて目を見開く。

「やはりそうでしたか。剣は向いていませんでしたか」

「いやいや、もう少しやれば上達するよ」

慌てて雅人が誤魔化すが、ルミカはゆっくりと首を横に振る。

「ありがとうございます。・・・ですが、自分でもやってる中で薄々感じてました。自分には向いてないと」

このままではまたしてもルミカが自身を無くしてしまうと思い、策をめぐらす。

(やっぱり一番の原因は剣を振るのに慣れてないって事なんだよな。何か別のもので補えればいいんだけど。・・・ん?)

雅人が周りを見渡していると少し遠くに離れた所に居る女性が目に入る。

女性の目の前には大きな大木が横たわっていた。それも到底運べそうに無いほど立派な木であった。女性が腕を振るうと大木が目の見えない何かに持ち上げられるように浮かび上がり、運ばれていく。

それを見て雅人の頭の中に一つの考えが浮かぶ。

「なあルミカ。前に使ってた【アイスブレード】だっけ?あれ氷の刃出したままって出来るか?」

「へ?こうですか?」

状況がよく理解できてないままルミカは口元で呟き氷の刃を作り出す。

(俺の推測が正しければこれでいけるはず。)

雅人は一瞬でルミカに詰め寄り剣を振るう。

「きゃあ!」

雅人が剣を振ったことにより反射的に目を瞑ったルミカは腕を交差する。

一瞬遅れてガキーンという音が響き渡る。

その音に周りで見ていた人々が驚きの声を上げる。雅人が突然ルミカに剣を振るったことに対しての驚きであったが、人々の驚きを生んだのはそれだけでなかった。

「やっぱりな」

雅人が嬉しそうな声を挙げる。

恐る恐るルミカが瞼を開くと雅人の振ったはずの剣がルミカの数センチ手前で止まっていた。雅人が寸止めを行ったのかと思っていたがその正体はルミカが作った氷の刃であった。

ルミカが腕を交差した瞬間、腕の動きに連動して氷の刃が盾の役割をしたのだ。

「やっぱり俺の思ったとおりだったよ」

「一体どういうことですか?」

「我々にも教えてくれませんか?」

ルミカに続いて周りの人までが疑問の声を挙げる。雅人は「まあ、よく見てて」と言うと

「万物よ重心を断て!」

詠唱に反応して木刀が雅人の手を離れ宙に浮かび上がる。

雅人は「ちょっと離れてて」と付け加えると

近くに生えた木に狙いを定め腕をボールを投げるかのように振るう、剣は円を描きながら一直線へ木へと飛んで行く。木に当たる直前で雅人は腕を引くと剣が逆再生でもするかのようにこちらへと戻ってくる。

剣をキャッチすると雅人は他の人のほうへと振り返り

「今、剣を俺の意思だけで投げた。手は一切使わずにね」

そのとたん「おおっ!」と周りで歓声が広がる。

「さっきルミカがやったのもこれと同じだよ。意思によって氷の刃を動かしたってこと」

雅人は手で振るうよりも慣れている魔術を使って剣を振るう方がやりやすいのではないかという思い浮かんだことを説明する。

そして、先程のは意志で防御が出来るかということを確認するためだったと付け加える。

説明が一通り終わると

「でも、それって一言声を掛けて貰った方がよかったです」

と疑問の声が上がる。それに反応して「うんうん」、「そっちの方が怪我しなかったかも」と言う声も挙がる。

「確かに・・・よく考えてみればそうすればよかったかもな。ごめん」

雅人が頭を垂れると周りの人はそれ以上問い詰めることは無かった。

「結果的に、剣を教えるってこととずれたがこれならエリシアに多少対抗できるんじゃないか?」

雅人の投げかけにルミカは少し考えた後納得したのかうんうんと頷く。

「これならいけますね!今度こそ勝って見せます!」

ルミカが決意を込めて腕を挙げると「ぐ~」という音が鳴る。そのとたん周りからは笑いが巻き起こる。ルミカはお腹を抑えると顔を真っ赤にして俯く。

「そういえばお昼ご飯がまだだったな。どうするか・・・」

剣の練習をすることで頭がいっぱいであったため、お昼ご飯を持ってくるのを忘れてしまっていた。町には飲食店の様なものが見当たらなかったため屋敷に一旦戻るべきかと考えていると町の入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

日光で煌く金髪を見ればそれが誰であるか雅人にはすぐ分かった。

「お昼ごはんを持っていき忘れたのかと思ったので持ってきました」

クロエがバスケットをルミカに手渡してくる。

「お嬢様、頑張るのもいいですがお昼ご飯も忘れないでくださいね?何も食べずに倒れられたら皆慌ててしまいますから」

「あはは、ごめんなさい」

「でも、以外です。まさかご自分で作られたサンドイッチを忘れるなんて思いませんでしたよ」

クロエが呆れと苦笑いが混ざったような笑みを浮かべる。

雅人とルミカはクロエが持ってきてくれたサンドイッチを頬張り、特訓で空いた腹を満たすのであった。


「あまり無理はなさらないでくださいね」と言い残して空のバスケットを持って帰って行ったクロエを送った後、再びトレーニングを始める。今度は氷の刃を自在に操れるようにすることを中心に行っていった。

剣を素手で振るよりかは魔法を使う方が慣れていたため指導は順調に進んだ。

「てやあああ!」

雅人は思いっきり剣を振るい、対するルミカは氷の刃を操ってそれを防ぐ。午後はそのような立会いをひたすら繰り返した。魔法となってしまっては雅人よりかはルミカのほうが詳しいため、雅人はひたすら剣を振る位しかしてやれない。だからこそ自分に出来る精一杯の事を行った。

「はああっ!」

午前中の剣を持って行った特訓も決して無駄ではなかった。剣が振るわれる方向が読めてきているのかルミカの表情には余裕といえるような笑みが浮かんでいた。初めは防御するだけであった彼女も、少しずつではあるが防御する合間にを繰り出すようになってきた。

「おい、見ろよ!あの二人の動きどんどん早くいくぞ!」

「すげぇ!あんな戦い始めてみるぞ!」

観衆の目をさらに集め始めた。それを見た子供たちが興奮して駆け寄ろうとするのをその母親らしき人がなだめている。

雅人もさらにその動きを早くしようと【ブースト】を唱える。

急に動きを早くした雅人に流石にルミカも防御が間に合わず尻餅をついてしまう。

さすがに身体強化の魔術はやり過ぎたかと思いすぐさま【ブースト】を解く。

「ごめん、流石にやりすぎた」

「いえ、もう一度お願いします!今の速さにも太刀打ち出来るようにしたいんです!」

真剣な顔を向けてくるルミカに雅人は「分かった」と頷きを返し、再び立会いを行う。

周りでも町の人が同じように剣を持って特訓を始めていた。もちろ木でできた剣である。

その輪は徐々に広がり、雅人達が気づくころには何かのお祭りだろうかと思えるほど多くの人が剣を振っていた。

「大変なことになりましたね」

「そうだな、町の人には悪い事したな。折角の日に俺達が特訓に来たんだからな」

そんな時、ルドウェンがやってくる。

「いえいえ、そんなこと無いですよ。ほとんど娯楽がないこの町の人々にとって退屈しないですから」

町の入り口の門番は平気なのかと尋ねると、休憩の時間で代わって貰ってると笑う。

「して、雅人殿。良ければ自分もお願いしたいのできませんか?少しでも実力をつけておきたいもので」

雅人はもちろんと了承すると剣を構える。

「では、早速」

腰に刺さった剣を抜くと雅人の方へ振り下ろしてくる。

最初の一撃を剣で受けてつばぜり合いを始める。警備団の団員ということもあり、雅人が想像よりも手ごたえがあるのを感じる。

「まだまだ!」

縦横無尽から振るわれる剣を雅人は剣で受け流す。その斬撃は単調であり雅人にとってはあしらうことなど造作も無い。

なかなか剣の当たらないことで徐々に焦りを見せ始めたルドウェンは思いっきり振り下ろす。雅人はそれを受け止め、再びつばぜり合いが始まる。

剣を弾き返して一瞬距離をとったルドウェンは剣を前に構えて突進してくる。

雅人は避けると側面から剣の腹へ向けて自分の剣を振り下ろす。剣を打ち落とそうと考えたのである。

剣がぶつかるとその衝撃でルドウェンが剣を取り落とす。慌てて拾い直すもののその時にはすでに雅人の剣がルドウェンの首元に突きつけられていた。

「チェックメイトだ!」

「参りました」

ルドウェンは剣から手を離すと両手を挙げる。

互いに礼を向けていると、剣を振るってる途中で怪我をした人に治癒魔法術をかけ終えたルミカが駆け寄ってくる。その表情にはうっすらと汗が浮かんでいる。相当な人数に治癒の魔術をかけたようだ。

「二人ともお疲れ様でした。怪我はありませんか?」

雅人達が首を横に振ると安どの表情を浮かべる。

「しかし、雅人殿は本当に強いです。どこで修行をされたのですか?」

「自分の親が剣の達人ですので、その人に教えてもらったんです」

「では、ルミカ様のお屋敷にはもっと強い方がいらっしゃるのですか?」

「まあ、そんな感じです」

自分の世界のことを話して最初はルミカも首をかしげていたので、本当のことを話してさらにややこしくなっても困るので、曖昧に答えた。

「ところで、警備団って剣が上手く使えない人もいたんだな。てっきりキースさんみたいな人がいっぱいいるのかと思ってた」

追求されるのを避けるために別の話題に変えた。

「ああ、実は警備団で剣士と言えるほど剣をうまく使える方ってあまり居ないんですよ。国最大と大げさに言われてますが、剣が強いのは団長と副団長、そして国の重役の護衛の方くらいなんです」

自分は一番下の地位なので剣の腕は素人なんですと付け加える。

「でも、あまり気にしませんよ。自分にはこれがありますから」

そう言うと、ルドウェンの手からきらきらと光る氷の粒を出てくる。氷の粒は手のひらの上ををくるくると回ると、そよ風にあおられて空の彼方に飛んでいく。

その粒をルドウェンが自分の子供を見るかのように穏やかな表情で眺めていた。

「ともかくお相手ありがとうございました。できればまたお願いしたいです」

ルドウェンはそういって去っていった。休憩の時間が終わったのだろう。

日が傾きかけてきていたので周りでそれまで休んでいた人々も少しずつ家に帰り始める様子が見られた。

自分やルミカに声を掛けていく人も居て、挨拶を返していく。

「さてと、そろそろもう一試合やる?」

「はい!お願いします!」

再び互いに刃を向けると町にぶつかり合う音が響いていく。紅色に染まり始めた空がさらにその赤さを増していった。


六回ほど続けて試合を行ったところで、互いに疲れも出てきたためそろそろ屋敷に帰ろうという二人の意見が合致した。

夜道を元来た道を戻る。灯りを持ってくるの忘れてしまったためを少々不気味に感じられるその道を急いで戻ろうと考えていたのだが、その歩みはのんびりとしたものであった。

その原因となっているのは雅人の腕にぎゅっとしがみついて震えている銀髪の少女である。

「ルミカ、もしかして暗いの怖かったりする?」

顔を真っ青にしたままいる少女に声を掛けるものの

「そ、そんなこと無いです。早く行きましょう」

声にも震えが現れている。

草むらが風に揺れて「ガサッ」と音が立てれば「ひいっ!」と涙声を挙げてより一層雅人を掴む腕が強くなる。一方、雅人はよく生徒会の仕事で遅くなる柚葉を迎えに行くこともあったため夜道には慣れていた。柚葉も暗いのが苦手のため、たまに面白半分で夜道に置いて帰っては、次の日は一日中口を利いてもらえなくなったこともある。

早く行こうとは言うがそれなら腕を放して欲しいのだがと思ってただが、この状態ではルミカを背負って走ることもできない。

月明かりが多少明るいため、少なくとも帰り道が分からなくなることはないがルミカのためにも早く帰るべきだろう。

何か方法が無いかと模索していると遠くから淡い光が揺ら揺らと揺れながら徐々にこちらへと向かってくる。

「何だあれ?」

近づくにつれ大きさを増した光はバレーボール程の火の玉であった。

「お?お主はいつぞやの坊主ではないか!久しいのう!」

「あ、あなたは!」

宙に浮かんでいた火の玉が屈強の体つきの大男の姿を照らしだす。

「こんな所で合うとは、運命というべきかのう!」

魔術警備団の副団長キースがそこに立っていた。

火の玉がキースが立ち止まるのと同時に止まったことから、キースの魔術であったようだ。

先日の騒ぎで団長から謹慎を受けたと聞いたはずのキースが今目の前に立っていることに雅人が驚きを隠せなかった。

「こんな夜中まで修行かね?」

「はい。近くの村でルミカと行ってて」

「ほほぅ。という事はあれからまた強くなったのだろうな!」

キースが口の端を持ち上げニヤリと笑みを浮かべ、腰に刺さった剣の柄に手を掛ける。

「是非ともこの場で改めてお主に決闘を申し込みたい。今度はわしも本気で戦いたい!」

瞬間、キースの体から溢れんばかりの覇気が表れ、雅人に緊張が走る。それも前回戦った時とは比べ物にならないほどの。

雅人は腰に差した鞘の剣に手を掛ける。練習用の木製の剣ではなくルミカから貰った剣。何かあった時のために屋敷から持ってきていたのだ。

風が吹き抜けザワザワと木々が揺れる。二人の間に沈黙が広がる。

「・・・と、言いたいところだが今はまだその時ではないようだ」

長い沈黙を破ったのはまさかのキースであった。鞘から剣を抜くことなく手を引いた。

体から出ていた覇気も徐々に引いていった。

雅人も内心安堵して、同じように剣から手を引く。

「・・・今日のところはやめておこう。その方がよかろう」

なぜかと分からずに居ると、キースが顎で雅人の後ろに居るルミカを指し示す。震えているルミカを考慮してくれたのだろう。

雅人はその御好意に甘えることにして、後ろのルミカに声を掛ける。

しかし、当のルミカから反応がない。

もしやと思い雅人が振り返るとルミカは白目を向いたまま気絶していた。


ルミカが気絶していたため、ルミカを背負って屋敷に帰ってきた。

「・・・本当にすまぬ。迷惑を掛けたな」

その後ろではキースが着いてきていた。自分が出した火の玉に驚いてルミカが気絶してしまったことに責任を感じているらしく、屋敷まで護衛をしてくれたのだ。

ルミカを背負ってい両手が塞がってしまっていた為ありがたかった。

ソフィーナの時までとはいかないが萎縮してしまっているキースの姿につい笑いそうになるのを必死に堪えていた。

「お帰りなさいませ!お嬢様!雅人様!夕飯の準備ができておりますよ。・・・おや?魔術警備団のキース様もようこそいらっしゃいました」

エントランスに入るとクロエがメイド服姿のまま立っていた。本来だったら自分の仕事が終わってるはずの時間ではあるはずなのだが、主が帰るのを待っていたその献身ぶりには感心する。

「ルミカがちょっと気絶してるから先に部屋に運んでくるよ」

「かしこまりました。・・・キース様もよろしければ夕飯を召し上がっていって下さいませ」

「いや、儂はここで失礼させてもらおう。この後行かねば成らぬ所があるのでな」

「そうですか。お気をつけて」

クロエが屋敷の外までキースを見送るため共に出て行った。

雅人はそのまま背中に乗せたルミカをそのまま部屋まで運んでいった。

領主の執務室の隣にあるドアのノブを空中に浮かせた剣の時と同様、魔力を集中させて回す。両手が塞がってるのでこうするしかなかった。

部屋の隅にある天蓋付きのベッドの上にルミカを寝かせる。

毛布を掛けた後雅人がベッドから背を向けると、ぎゅっと服の裾が引っ張られる。一瞬起きたのかと思って振り返ると

「もっと・・・強く・・・ならないと・・」

どうやら寝言らしい。普段は領主としての職務に明け暮れる日々を過ごしているが、こうして改めて見てみると普通の女の子にしか見えない。

「そうだな・・・一緒に頑張ろうな」

雅人は微笑み返すと裾を引っ張る指の力が抜ける。

そのまま音を立てないようにドアを閉めて夕食の待つ大広間に向かうのだった。

少ししてパチッと瞼を開けたルミカは起き上がって周りの状況を確認する。

「あ、そっか。私気絶しちゃってたのか」

ベッドから降りて部屋を出たルミカは夕食の待っている大広間とは逆の方向へと向かっていく。廊下の突き当たりを曲がって本のマークのある扉を開く。

月明かりが入らない位置にある部屋のため薄暗くなっているその部屋に入ると口元で何かを呟く。

すると、部屋に明かりが灯り隅々まで明るくなる。

ルミカは並び立つ本棚からぶ厚い本を何冊か取り出してテーブルに運ぶ。

それを何往復か繰り返した後、テーブルの上に本の山がいくつも作られる。

その前に座ったルミカは懐から眼鏡を取り出す。

決して視力が悪いというわけではないが集中する時には必ず着けているその眼鏡を掛けると本を開き読み始める。ペラペラと紙を捲る音と壁に備え付けられた時計の針が動く音がリズムを刻むようにひたすら繰り返されている。

やがて、「ボーン、ボーン」と音をたてた時計の短針が十二時を指し示した頃、十冊目となる本をパタンと閉じた頃、眼鏡を外し「ふぅ~」と息をついて椅子に体を預ける―――が座っていた椅子が揺り椅子ではないことなど頭からすっかり抜けていたためそのまま後ろにバタンと倒れる。倒れた衝撃で本もテーブルから落ちてくる。

「いたたたた・・」

ルミカは倒れた椅子を立て直そうとするが先ほどの衝撃で足の部分が折れてしまっていた。

すぐ直そうにも工具など持ち合わせてはいないため一旦部屋の隅に置こうかと考えていると、壊れた椅子が浮かび上がり自然に部屋の隅へと動いていく。

それとすれ違う形で新しい椅子がルミカの元にやってくる。

ルミカが椅子に座りなおすと、先程落ちたはずの本が「コトッ」と音を立てて目の前に置かれる。

「ありがとう。・・あ、そうだ」

誰も姿も見えない方向にルミカが礼を述べると、ポケットから小さな袋を取り出してテーブルの上に広げる。

袋の中には金平糖が入っていた。一瞬置いて金平糖をポリポリと食べる微かな音がルミカの耳に聞こえてくる。

「沢山あるから慌てないでね」

ルミカが金平糖の方に笑みを向ける。

「ルミカ、居る?」

ノックの音がしてお盆を持った雅人が入ってくる。

すると、それまで聞こえていたポリポリという音が止む。

「雅人さんどうしたのですか?」

「夕食まだ食べてなかっただろ?部屋に居なかったから、こっちにいるかと思って。

軽めの物作ってきたけど食べれるか?」

「はい、いただきます」

空腹だったことを忘れていたルミカのお腹がちょうど小さな音を奏でたので、おずおずと答える。

苦笑いを浮かべた雅人はお盆に載ったおむすびをテーブルの上に置く。ルミカはおむすびを見て首をかしげる。

「この三角形の物は何ですか?初めて見ますが」

「おむすびだよ。夜食の定番といったらこれかなって思ったんだが」

ルミカがおむすびを口に運ぶ。その瞬間ルミカの目に輝きが戻る。

「・・・美味しいです」

口の中に入った米が一粒一粒噛み締めるごとにほのかな甘みを出している。そしておむすびの中の鮭の塩加減が米の味をさらに引き立てている。

夢中になって食べ続けていると

「そういえばさっき誰かと話してたみたいだけど」

「ああ、あれは妖精です。この書庫に住んでいて管理を行ってもらってます」

「妖精って実在したのか。てっきり空想のものかと思ってた」

「実在しますよ。ただ、恥ずかしがり屋でめったに人前には姿を現しませんが。見たいですか?」

雅人が是非!と答えるとルミカが何も無い方向に声を掛ける。

すると、四方八方の本棚の陰からじーっと雅人たちを見つめてくる視線が現われる。なかなか出てこないところを見るとやはり恥ずかしがり屋というのは本当らしい。

「大丈夫ですよ。この人はいい人ですから」

ルミカの声に本棚の後ろから尖った耳と透明な羽を持つ四センチ程の大きさの小人達が続々と出てくる。

妖精達はテーブルの上の金平糖の周りに集まるとポリポリと音を立てて食べ始める。

その様子は餌を食べるハムスターの様にも見えて触ってみたく思い、恐る恐る手を伸ばすと、妖精はさっと、ルミカの後ろに隠れてしまう。

「大丈夫です。この人は皆さんを食べたりしませんから」

ルミカが優しく言い聞かせているが、ぷるぷると震えている。雅人が妖精の方に手を伸ばすもののよけいにガタガタ震えてしまう。

小さい子をいじめているかのような感覚に雅人は罪悪感を覚え始める。

何とか警戒心を解く方法が無いかと模索していると、ルミカが小さな袋を差し出してくる。

その袋の中身を見て雅人はその意図を理解した。

袋を受け取った雅人はそれを震えている妖精たちに差し出す。

ビクッとして再びルミカの後ろに隠れてしまいそうなところで雅人は袋の中身を見せる。

すると、妖精の動きがぴたっと止まる。

雅人が差し出した袋の中には金平糖がぎっしり詰まっていたのだ。つまり動物と同様、警戒心を解くためには餌付けをすればよかったのだ。

金平糖を見た妖精達は最初のほうは戸惑っていたものの徐々にこちらへの関心を持ってきているのかチラチラと見ている。

やがて、一匹が雅人の持っている金平糖の袋に近づいてくる。妖精は楊枝程しかない太さの指で恐る恐る雅人の手を突っついてくる。

少々くすぐったくはあったが、警戒心を解くためにも雅人は耐えた。

数十秒ほど雅人の手をいじくった頃雅人に近づいてきた妖精がいまだルミカの後ろに隠れている妖精たちに何か話しているようだ。雅人には何を話しているのか分からなかったが、ルミカの後ろから他の妖精が出てくる。どうやらこの妖精は雅人が危険で無いということを仲間に話してくれたっらしい。

警戒心を完全になくした妖精達が続々と雅人の手の上に載っかって金平糖をポリポリと食べ始める。

一心不乱に金平糖を食べ始める妖精達を見て

「やっぱりこいつら可愛いな」

つい声に出てしまう。しかし、妖精達はそれでも逃げ出すということは無かった。

「良かったですね。でも珍しいですね、妖精がこんなに早く懐くなんて。私なんて半年もかかったのに」

ルミカが感心した声を挙げる。

「ルミカが説得と助力してくれたこともあると思う。ありがとな」

「どういたしまして!」

すると、先程真っ先に雅人の元にやってきた妖精が雅人の服の裾をくいくいと引っ張る。

雅人が視線を落とすと何かを身振り手振りをして話しているが妖精の言語なんて分かるはずも何ので首を傾げるしかない。

「『さっきは冷たくしてごめんなさい』だそうです」

「そうなのか。・・・そんなこともういいよ」

途端に妖精達の表情がぱっと晴れやかになりその場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。

「・・・でもちょっと傷ついたかな~」

一転変わってあたふたしだしぺこぺこと頭を下げ始める。うん、やっぱり可愛い。

「冗談だよ。そんな事で傷つく訳ないだろ」

雅人が声を掛けるとやっと安堵の息をついた様だ。一部の妖精はからかわれたことにムカついたのか小さな拳でポコポコと叩き始める。といっても少しくすぐったいだけであるが。

ふと、妖精たちが一冊の本を運んでくる。雅人の前で立ち止まると本を差し出してくる。

「読めってか?」

雅人の言葉に妖精達は肯定の意を示す。本をめくると果物から生まれた若者が国を荒らしまわっている鬼人を仲間とともに退治するお話であった。

最初は鬼人の前では無力であった主人公が鬼人を倒す方法を探すために旅をする。旅の途中で狼、鷲、猿が仲間に成っていく。やっとの思いで唯一鬼人を切る事の出来る刀を見つける。

方法が見つかって故郷に帰った主人公の目の前には何も無い荒地が広がっていた。荒地には鬼人が立っていた。その傍らには主人公の両親や友人達の骸が積みあがっていた。

その怒りに一度は我を忘れ欠けた主人公は仲間の助けもあり鬼人を倒すのだった。

何とも雅人の関心をそそる内容であった。読んでいると、いつの間にか妖精たちが雅人の周りに座っている。その視線は雅人に集まっている。

「な、何?どうしたんだ?」

「この子達はまだ妖精の中では幼い方なんです。会話が出来ますが、まだ文字を読むことが出来ないんです。雅人さんが良ければ、読み聞かせてあげてもらえませんか?」

ルミカの頼みに同調するかのように妖精たちもそろって頭を下げ始める。

最近になり、こちらの文字も読めるようになったためまだ不安は残っているが、こうして熱心に頼まれてしまっては断わるわけにはいかない。雅人は妖精達をさらに自分の近くに集める。読み聞かせるついでにこの子達にも文字も覚えてもらおうと思ったからだ。

妖精達が雅人の肩や頭の上に座ったのを確認すると雅人はゆっくりと本を読むのであった。

(そういえば小さい頃の柚葉にもこんな風に読んであげてたっけ)

脳裏に少しずつ思い出がよみがえる。両親が居なくなってから笑顔が消えていた柚葉に毎日本を読み聞かせていた。最初はあまり関心を示さなかった柚葉であったが、辛抱強く続けていたおかげで柚葉は物語に徐々に関心を持ち始めるようになったのだ。目を輝かせて聞いてくれていた柚葉のおかげで暗くなり掛けていた家の雰囲気が明るくなり始めたのだ。

小学校に入った頃には、もう読み聞かせをしなくとも柚葉の笑顔が絶える事はなくなっていた。雅人に目を輝かせて聞いてくれていたあの時の顔をもう見れないことに少し残念にも思えたが。

「雅人さん?どうしましたか?」

本を読み終えたところで物思いにふけった表情を心配したルミカが声を掛けてくる。

妖精達もつんつんと突っついている。

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて何でもない。」

「そうですか。何かあったら言って下さいね。私でよければいつでも力を貸しますから!」

自信満々に言ってくる。寝不足で目がうつろになっていて説得力には少々欠けるがこれが今の彼女の精一杯なのだろう。

雅人の周りの妖精達も「任せろ!」とばかりに胸を叩いている。

ありがとうと述べたところで妖精たちが後ろに積みあがった絵本をぺちぺちと叩いている。

「それも読んで欲しいの?」

まさかと思い、恐る恐る尋ねると妖精達の表情がきらきらと輝く。

壁に付けられた時計を見ると深夜二時になるところであった。

「ごめん、これ以上はさすがに無理かな。」

とたんに悲しげな顔をしだしてしまい罪悪感で心が痛む。

さすがに断わり辛い雰囲気にルミカに助けを求めようと振り返るが

「くー、くー」

眠気に耐えられなかったのかテーブルにうつ伏せになったまま眠っていた。

ルミカという逃げ道を失ってしまったため雅人にはどうしようもなくなる。

「・・・あと少しだけだからな。」

再び妖精たちに笑顔が戻る。

雅人は次の本を開くと妖精たちへの読み聞かせを再開するのだった。


「・・・で、終わった頃には日が昇っていた・・・ですか。」

「うん、アルフレッドさんが来てくれてなかったらずっと読んでたかもしれない。」

雅人は欠伸を噛み殺しながらまだ眠さの残る目をこする。眠気覚ましに顔を洗ったお陰で眠気は多少晴れてきたものの昨日の疲れは多少残っている。

「すみません、妖精達には私の方からきつく言っておきますので」

これでもう読み聞かせで寝不足に陥ることは無いだろう。寝不足で生活バランスを崩してしまっては周りにも迷惑が掛かるだろう。体がだるいためつい学校を休みたくなる衝動に駆られながらも魔術学院の正面門にたどり着く。

見ても圧巻を感じさせられる学院を眺めていると

「雅人!ルミカ!おはよう!」

「・・・お二人とも、おはようございます」

クラスの体育会系男子たる風貌のアレフと草食系といった風貌のニックが声を掛けてくる。

「お、おはようございます。アレフさん、ランドルさん」

最近になって人見知りにも慣れてきたルミカが挨拶を返す。学院に入った当初の様子とはまるで別人のようだ。まだ、緊張している部分もある様子だがこの調子ならばクラスに溶け込むまでそう時間は掛からないだろう。このルミカの成長には二人も少し驚いた表情を浮かべる。

「何か変わったんじゃないか?こいつとは大違いだな!」

アレフはそういってランドルの肩に腕を乗せる。

「僕だって変わりましたよ。身長だってこの前よりも四センチも伸びました」

「お?そうか?言われてみればそうだな。でも、まだ俺より小さいな。」

身長が一七〇センチあるアレフと違いランドルは一四〇センチ程度とかなり小柄である。

「これから大きくなるんです!それにいつか背を高くする魔法薬を作って見せますから。」

背の小ささがコンプレックスを持つニコラには背を高くしたいという夢があってこの学院に入ったそうだ。二年生から希望のコース分かれるこの学院の『魔法薬開発専攻』のコースを選択するつもりだと自慢げにに話す。

「そっか、頑張れよ!俺も応援するよ!」

「ありがとうございます。」

「もちろん!俺も半分だけ応援しとくな!」

「・・半分って、そこは全力って言って欲しかったな」

すると、ルミカがくすくすと笑い出す。

「ごめんなさい、何か楽しそうでつい。」

可憐な花のように笑うルミカに一瞬見とれそうになる。RPGだったら一ターン休みとなっていただろう。

「ルミカ可愛いんだからもっと笑えばいいのに」

「ふぇ!?」

雅人の口からつい出てしまった事にルミカの顔が赤くなる。少し間を置いて自分の言葉に恥ずかしくなった雅人は慌てて弁明をする。

「おやおや、青春してますな~?なあランドルさんや」

「駄目ですよ~?お二人の邪魔をしちゃ。後は若い者だけで僕らはおいとましましょう」

アルフだけでなく、大人しいイメージのあったランドルまでニヤニヤしながら話している。若い者って・・・お前達も同い年だろうが。

自分をからかってくる二人の対応に追われていた事もあって気づくのが遅れた。

「おーおー!賑やかだね~!私も混ぜて貰おうかな?」

最もこの場で厄介になりそうな人物がすぐそこまで迫っていたのだ。

「混ぜませんよ!今それどころじゃないんです」

紫色の髪の少女は「ちぇ~」と文句を垂れる。幸いな事に内容を聞かれてなかった様子であったが為、安堵の息をつけたがこのままここに居られてはやばい。

早くこのを遠ざけなければと頭をフル回転させるが、時すでに遅くアレフが内容を暴露してしまう。

「へ~、なるほどね~!」

グレーシアの口元がニヤリとする。これはやばいと思い身構える。

「良かったね!ルミカさん雅人君に誉めてもらえて」

意外な言葉がグレーシアの口から出た事に雅人自身だけでなくアレフやランドルまでもポカーンとする。あのからかってばかりだったグレーシアが人をからかわなかった事などあっただろうか。

「それよりもそっちの二人は日直だから急いだ方がいいよ~?当番遅れたら課題割り増しにしとくから。」

グレーシアの言葉に真っ青な表情を浮かべたアレフとランドルは【ブースト】を唱えて校舎へと向かっていく。

二人が校舎の中に消えていったのを見届けるとこちらに振り返ったグレーシアはウインクを向けてくる。どうやら助けてくれたのだろう。少々この人を軽蔑していた節はあったが見直す必要があるかと思って礼を述べようとするとグレーシアがポケットからルービックキューブを一回り小さくしたような物体を取り出して見せてくる。雅人が首を傾げたところで物体の突起の部分が押される。ぶ~んとした機械音の後


『ルミカ可愛いんだからもっと笑えばいいのに』

『ふぇ!?』


数分前の様子が映像として空中に投影される。その映像に雅人とルミカが固まる。

二~三回ほど映像が繰り返された後

「甘いな!油断は禁物だぜ?お二人さん?」

ドヤ顔を向けると物体を持ったまま【ブースト】を唱えて走り去っていく。

我に返った雅人達はそれを追いかける。

やはりこの人は少々軽蔑したままのほうが良かった。

その後、映像がばら撒かれる前に何とかグレーシアを捕まえる事ができた。

現場を知ってる二人にはばらさないようにと念を押しておいたのでおそらく大丈夫だろう。

映像を記録したキューブの処分の仕方に困ったが、自分に任せて欲しいと意気揚々に言ってくれていたのであとはルミカに任せる事にした。


グレーシアの所作が学院長の耳に入り授業が自由時間となったので競技の練習をするべくグラウンドに出る。そこではもう他の生徒が練習をしている風景が目に入る。さすがは国でも最大級の学院とのこともあり生徒が全員居たとしてもなお広々している。

「相変わらず広いな、〔マナリスト・ラン〕だとここを一周するのか」

「いえ、央都の周りを一周するんです」

「央都ってどれくらいの長さなんだ?」

「そうですね・・・三百キロといった所でしょうか?」

「三百キロ!?俺のいた国でもマラソンでも四十二キロだぞ!?普通そんな距離走ったら普通死ぬぞ!?」

「大丈夫ですよ。三人でリレー形式で周るそうですから。一人当たりたった百キロです。

そんなに長いのですか?」

首をかしげたルミカを見て、自分がおかしいのかこちらの世界が常識おかしいのか雅人は混乱しそうになる。

「一人につき一つしか出れないから良く考えて慎重に決めてね♪」とグレーシアに言われていたが、雅人はもう〔デュエル・オブ・マジック〕に出場する事を決めていた。

空中飛行の魔術が必要となる〔マナリスト・ラン〕は【スカイウェイ】が未だに使えないため出れない。〔アーチェリング・ターゲット〕は前回の最低記録が1キロ先の的と聞いて自信が失せたからという理由から自動的に消去法と言う形になった。

ルミカは【スカイウェイ】がクラスでも飛びぬけて上手いこともあり〔マナリスト・ラン〕に出場するらしい。本番当日は明後日に控えているため時間ももう限られている。

時間を無駄にしないために練習を始めようとしたまさにその時

「おい!お前ら!ここは俺ら二年が使ってる場所だ!」

グラウンドで練習していた男子生徒がやってくる。強面の面だけでいったらとヤンキーという表現が似合う。後ろにそのヤンキー風の男の取り巻きらしい男子生徒も並んでいる。

「私達も練習したいのでグラウンドの端だけでも使わせていただけないでしょうか?決して皆様の邪魔にならないようにいたしますので。」

ルミカがヤンキー風の男子生徒に頭を下げる。

「は?何言ってんだ?グラウンド全体が俺達二年の練習場所に決まってるだろ?」

頭を下げるルミカに対してヤンキーは嘲笑を向ける。

「てか、何で俺らがお前らに場所譲らなくちゃいけないわけ?」

「この場所は生徒全員の公共の場のはずです。少しくらい使わせて頂いても・・・」

「無知なお前らに教えてやるよ!ここでは俺らが先輩。つまり俺達が占領してもいいってことだ。ほら、さっさと場所を開けろ」

ヤンキーは悪い虫を追い払うように手をひらひらと動かす。

「ルミカ、行こう。」

「ですが・・・。」

このままここに居て頼み続けたとしてもこのヤンキー達は場所を譲ってくれる事はないだろう。それでは時間が無駄になるだけだ。それならば他の場所を探した方が懸命だと思い雅人はルミカの手を引く。

「ルミカ?ああ、あの事件時のやつか。何であんなやつがまだこの学院に居るんだろうな。

試験相手が死んでるっていうのに、ノンビリと学院生活を送ってるなんて」

「!?」

雅人の眉がピクッと動く

(こいつ、あの事件の事を知ってるのか!?)

雅人はすぐさま身構える。どこからか情報が漏れたのかという思いを巡らす。

「どういうことだ?」

恐る恐る雅人は尋ねる。

「それはそいつが良く知ってるんじゃないのか?」

ヤンキーはルミカを指差す。一緒に練習をするべく集まって来ていた雅人のクラスメイト達の視線を集める。

「先日のコルンで起こった事件。あれ、お前が引き起こしたんだろ?」

周囲でざわめきが起こり、さらに鋭い視線がルミカへと刺さる。

「そんな!私はそんな事してません!」

ルミカが必死に異を唱える。雅人も同意見だ。第一、どんな根拠があってルミカが言われなければいけないのだろうか。

「は?お前以外に誰が居るって言うんだよ?」

ルミカの言葉を遮るかのような勢いで詰め寄ってくる。

「キマイラが出たのはお前の試合だけだったそうだ。だったらお前が何かしたと考えるのが妥当だろ!」

ヤンキーの取り巻きの男子生徒達もうんうんと頷いている。

「無茶苦茶な物言いだな。」

「お前!何か知っているような口ぶりだな!」

「雅人さん、何か知ってるのですか?知っているのでしたら教えて下さい」

ルミカが神妙な顔つきで尋ねてくる。

事件の詳細は他言無用にしておくことを学院長のマークスにも言われていたが、よりにもよって魔術競技大会が間近に控えているというこの時期にルミカがあらぬ疑いを掛けられているこの状況が続いてしまうのなら少しでも空気を良くしておきたかった。

「・・・ルミカの試験相手の人は試合直前、キマイラに殺されたんだ。」

「そんな・・・」

ルミカの表情に驚きが走る。当然だろう、対戦相手が辞退したと聞いていたのだから。

「警備団がやってきた時にはもう遅かったそうだ。」

雅人は全て話した。自分の知っている事を包み隠すことなく。

これでこのヤンキーが納得してくれればいいのだがと思ったがそんな願いも空しく

「お前もこいつのグルだったのか!」

どうすればそういう考えになるのだろうか、雅人は驚き半分呆れた表情を浮かべる。

「これでお前らも分かっただろ!」

ヤンキーの視線が周りに集まってきたクラスメイト達へと移る。

「こんなやつが居たらお前らの評価も落ちるぞ!」

しばらく沈黙が続く。自分達よりも実力のある二年のヤンキー風の先輩、それとあって数ヶ月程しか居ない雅人達どちらを信じるのかの岐路に立たされているのだ。

「・・・それで?それが何か問題でもあって?」

沈黙を最初に破ったのは驚くべき事にエリシアであった。

「は?お前俺の言った事が理解できないのか?」

自分の言葉を信じるかと思って居たのだろうか。このヤンキーもおどろいた表情を浮かべていた。

「ええ、存分に理解してますわ!貴方の如きの言葉聞く価値すらないって事は」

「お前!俺は二年だぞ!」

「というより、黙って戯言を聞いていて貰っておきながら感謝の言葉も無いですの?」

「てめぇ!」

「黙りなさい!このルミカを侮辱するというのなら私を侮辱と同様。」

ヤンキーの堪忍袋が切れたのかエリシアを掴み掛かろうとするが、それを最小限の動きで容易に避けるエリシア。余計にヒートアップしたヤンキー風の生徒は

「ぶっ飛ばしてやる!覚悟しろよ!」

「あら、構いませんわよ?でも私を楽しませられるほど丈夫でして?すぐにつぶれてしまってはつまらないですもの」

いつの間にか雅人達の目の前ではヤンキーとエリシアが魔術を打ち合っている。といっても怒りに任せて魔術が撃たれているのでもはやエリシアの独壇場とも言えるものであった。

次期領主といえど、あんな強面の先輩を挑発するなんて怖いもの知らずだなとこの場の全員が雅人と同じ事を考えた事だろう。

「お前達!何をしているんだ!」

ここで、中年の位の男性がやってくる。取り巻きの男子生徒達がぺこぺことしていることから二年の先生らしい。

「ちゃお~♪相変わらず君達の所は賑やかだね~感心感心!」

おじさん先生の傍らにはグレーシアが居る。

「グレーシア先生、とにかくあの二人を止めますよ」

「待ってください!エッセル先生!」

グレーシアが深刻な顔をして男性の先生を止める。何か問題があるのだろうかその場の全員が思った次の瞬間

「私達が若い者達の探究心を留めてもいいのでしょうか!?いや、すべきではない事なのではないだろうか!?」

哲学じみた事を言い出したグレーシアの脳天にエッセルが物理魔術(手刀)を食らわせる。

「全く、貴女という人は・・・」

頭から煙を上げて気絶しているグレーシアを尻目にエッセルは溜息をつく。

ちょうど同じように魔術をぶつけ合っていた二人も終わった様子である。

服が風属性魔法で少し切れて炎魔法を使った際のススがついた程度であるエリシアに対し、ボロボロのヤンキー。ヤンキーはよろよろと立ち上がると

「まだだ、俺はまだ負けてないぞ!」

「もう飽きましたわ。あなた弱すぎではありませんこと?」

完全に興味をなくしたエリシアはヤンキーに対して背を向ける。

突如、「くらえ!」と声を挙げたヤンキーが懐から取り出した何かを投げつける。

反応が数瞬遅れたルミカが目を見開く。

「危ない!」

雅人は【ブースト】を唱えてルミカを突き飛ばす。

数瞬遅れてドカーンという爆発が巻き起こり雅人が空中へ飛ばされる。

(あ、これ死んだわ・・・)

爆発の衝撃で半分意識を失いかけた雅人はそう悟る。

すると、地上から何かが猛スピード飛んできた。

「はろ~♪元気~?」

いつの間にか気絶から戻っていたグレーシアが【スカイウェイ】で飛んできたのだ。

グレーシアは雅人を掴むと、そのままゆっくりと地上に降りていく。

地面に足が着いたところでグレーシアが雅人を掴む手を離す。

「ありがとう・・・ございます!」

「うんうん、存分に感謝してくれたまえよ、末代までね♪」

雅人は意識を失いそうになりながらもグレーシアに礼を言う。

少し離れたところで爆発を引き起こした張本人がエッセルによって押さえ付けられている。

そして、ルミカは幸いにも掠り傷程度で済んだようで大した怪我していなかった。

「お前ら分かってんのか!?そいつをそのままにしておいて!」

エッセルの魔術によって縛り付けられていてもなおヤンキーは吠える。

すると――

「うるせえ!何ゴチャゴチャ言ってるんだよ!」

「ルミカは俺達の仲間だ!」

「例え先輩だろうがそんなこといわれる筋合いなどありません!」

今まで黙って立っていたクラスメイトがルミカを守るためにヤンキーとの間に立ち塞がってくれている。

集団が相手では勝ち目が無いと思ったのかヤンキーはおとなしく男性の先生に連れて行かれている。

ヤンキーの姿が校舎の方へと消えていくと、雅人のクラスメイト達はそろってほっと息をつく。

「ふぅ~。あ、二人とも大丈夫か?」

アルフが声を掛けてくる。最初に積極的に立ち塞がってくれたのはこのアルフだった。

その膝には微かではあるが今だに震えがある。それなのに身を挺してルミカを守ろうとしてくれたのだ。

クラスメイト達がルミカに治療魔術を掛けてくれている。ルミカ自身は遠慮していたが、クラスの女子達を中心に女の子が体に掠り傷でも残すわけにはいかないという風に何度も説得されては結局折れたようである。必要以上の人数で掛けているのが気にはなるが。

雅人が立ち上がって皆の方へと向かおうとすると頭に激痛が走る。頭を抑えるとヌルッとした感触とともに赤黒い物が手に付く。

「へっ・・・?」

一瞬遅れて雅人はそのまま倒れる。先程の爆発を受けた祭に頭から出血していたようだ。

(ああ、頭から出血するとこんなに痛いんだな・・・)

遠くなっていく意識の中で雅人はそう思うのであった。


「自宅療養ね。最低でも三日程は休んでもらわないと」

「は?」

オレリア魔法学院内に設置された保健室で保険医に言われた一言に頭に包帯を巻いた雅人は唖然とする。

「それって魔術競技大会はどうなるんですか?」

「残念だけど出れないわ」

「そんな、何とかなりませんか?そうだ!は無いんですか!?」

屋敷の本棚で、この世界にすぐさま傷を治せるが存在する事は知っていた。それさえあれば雅人も大会に出れるだろう。

「あのねー、そんな大層な物こんな傷に使えるわけ無いでしょ?焦る気持ちは分かるけど、はもっと重症でない時しか使っちゃいけないの。ほらほら、そんなに興奮するからまた傷口が開いちゃった」

傷口から出た血で赤く染まってしまった包帯を取って新しい物を巻き直す。

「それに、あんな近距離で爆発に巻き込まれて・・・普通だったらもっと重症になってるはずなのよ?自分の運が良かったことに感謝なさいよ?」

保険医の先生がさらに念を押してくる。

ここまで言われてしまっては、諦めるしかないと思い雅人は保健室を出て行く。

自分の状態を知って心配掛けたくないという事で、ルミカには一足先に帰ってもらった。といっても、またさっきの様な事がルミカにあってはという心配の方が大きかったが。

大会の練習をするために魔術演習用の服に着替えたまま保健室で眠っていたため男子の更衣室へと入っていった。

とっくに放課後を過ぎていたため中には雅人以外誰も居なかった。

ポケットからロッカーの鍵を取り出すとロッカーを開ける。

「待ってたよ♪」

すぐさま雅人はロッカーの扉を閉める。きっと見間違えたのだろうと信じたかった。いくらなんでもロッカーの中になんて気のせいだろう。

意を決して再び扉を開ける。

「ちょっと!閉めないでよ!」

やはり見間違いなどではなかった。ロッカーの中には一度閉められた事に怒った表情のグレーシアが入っていた。

「何でこんな所に入っているんですか」

「よくぞ聞いてくれた!実はここに隠れた驚かせようと思って!」

雅人は無言でロッカーを閉めて立ち去る。今度はちゃんと鍵を閉めておいた。

うん、やはり何も見なかった。ロッカーには誰も入っていなかった。

そう自分に言い聞かせて早足で更衣室を立ち去る。

「ごめんなさい!ごめんなさい!悪ふざけが過ぎました!開けて!お願いだからこんなところで一晩なんて過ごしたら死んじゃうから~!ねえ行かないで~!」

ロッカーがガタガタ音を立てているなんて後から噂を流されては困るため戻って開けてあげることにした。

先程の仕返しが堪えたのかげっそりしているグレーシア。

「セマイトココワイ、クライトココワイ」

と先ほどから呪文のように唱えている。少しやりすぎたかと罪悪感を感じる。

グレーシアも転移門近くまで行くということで途中まで一緒に行くことになった。

教師だから肩掛け鞄を持ち歩いているのだろうかと思っていたのだが、グレーシアが肩から提げていたのは、小さい子供が持っていそうな小さなポシェットであった。

こうして並んで歩いていると誘拐しているように見えるのではないかとすら思ってしまう。

学院を出てしばらく歩いた所でグレーシアが口を開く。

「・・・今日の事、君はどう思った?」

「?」

「ルミカちゃんが事件の犯人じゃないかって言われた時の事」

「許せないと思いました。ルミカが疑われて、さらに危険な目に合わされたので」

この先生の事だから「ラブラブだねぇ♪」と言う風にからかうネタにでもするのだろうかと一瞬考えたが、

「・・・そう」

雅人の予想とは違い、落ち着いた様子で答える。

その横顔を見ると、いつもふざけている様子のグレーシアとはまるで別人のように難しそうな表情をしていた。

それ以降会話は続くことなくあっという間に転移門広場に着く。

「では、自分はここで失礼します」

雅人が転移門へと乗ろうとしたとたん、グレーシアに呼び止められる。

「雅人君、人生の先輩から一つアドバイスしておくね」

やはりここでいつものアレが来るのかと思っていると

「・・・君が聞くか聞かないかは任せる」

頭の中に疑問を浮かべ立ち止まる。

「怒りや絶望で我を忘れそうになった時程落ち着いて周りを良く見て考える事。」

急にこの人は何を言い出すのかと思っていると

「かつての私が出来なかった事だから・・・」

雅人が振り返った時にはもうそこにはグレーシアの姿は無かった。


雅人達とは別の道を歩く一人の男の姿があった。その手には紋章の様な物が刻まれている。

夕暮れに染まっていた空がすでに暗くなり始めても明かりを付けずに歩いているのは手の甲に描かれた紋章が影響しているようだった。ランタンの様な明かりもこの男の性格からは持ち運ぶような者では無かった。

「あの野郎!あと少しの所で邪魔しやがって!」

男は立ち並ぶ家のレンガの壁を力任せに叩くがそんな事で紋章が消える筈も無い。

消えない紋章を見てヤンキーは憎憎しげに歯を食い縛る。

「ちくしょう!こんなもの無ければ!」

何度も紋章の描かれた手を壁に打ち付けるが結果は変わらない。男は昼間の行いの結果、謹慎処分を申し付けられたのだ。

「おやおや~?失敗した様子ですな」

路地裏から仮面をかぶった男が出てくる。その仮面の隙間から黒金の瞳が煌めく。

「おい!どういうことだ!これを使えば上手くいくんじゃないのか!?」

ヤンキーの手には濁った色の液体が入った小瓶が握られている。昼間に彼自身が投げた物と全く同じものだ。

「それは君がしくじっただけでは?せっかく知恵を与えてたのにがっかりですヨ・・・」

仮面の男はオヨヨと泣くようなしぐさをする。それが挑発しているようにヤンキーに見えたのか

「何だと!」

ヤンキーは仮面の男に掴み掛かる。

「まあまあ、慌てない。まだ策はございます」

「本当か?」

仮面男はヤンキー掴まれている手を離させると懐をごそごそと漁る。

「今度はこちらをお持ち下さい」

仮面の男は金色の腕輪を取り出すとヤンキーに差し出す。

「何だ?これは?」

「フフフ、貴方の魔力を強化するものですよ。もちろんあなたの想像よりもはるかに強力のね・・・ああ、それと」

仮面の男はヤンキーの手を掴むとその甲に自分の手を被せて何かを呟く。

その手が退かされると数瞬前まであった筈の紋章が消えていた。

「これはおまけです」

「な!?魔封の印が消えてる!?」

ヤンキーは驚いて嘗め回すように何度も自分の手を見る。

「これで今度こそいけるぜ!」

男は叫ぶと腕輪を自分の腕に嵌めると走り去っていく

「フフフ、楽しみにしていますよ。あなたがコルン事件の元凶を倒す事を。

そう、ルミカ・オリオールを・・ね」

暗くなった空に仮面の男の笑いがこだまする。走り去ったヤンキーの腕に嵌められた金の腕輪が怪しい輝きを放ちだしたのを彼自身が知る由も無かった。

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